3、事の発端-2
「学園のシステムは理解しているな?」
「まぁ、通ってるとこだし……ある程度ならな。」
学園は大雑把に言うと中学、高校、大学をひとまとめにし、その上で各学年の授業に戦闘学や魔法学等の普通の学校では行わない特殊な授業内容を追加したものである。
入学についてだが、一般的に能力を保持している者はほぼ必ず入ることになる。
無論、その目的はGRIDの人員育成であるが、何らかの理由でGRIDに入らない(入れない)者についても自らの能力を暴走させないようにする力を養うと同時に、最低限身を守れるようにするためである。(例えばミラージュを敵視し加害しようとする者やその力を利用しようと企む者が存在するため。)
なお、能力を持っていない人については希望すれば普通に入学することは可能だが、そもそもがミラージュを鍛えることを目的としているため必然的に魔法を行使する技能や単純に武道を修めていて高い戦闘力を持つなど、それ相応の実力は必要である。
「今回の依頼についての資料だ。目を通せ。」
檜山はホッチキス止めされた紙束を取り出すと光に差し出した。
光はそれを受けとると椅子にどかりと座り込み、パラパラと流し読みをする。
資料を読み進めながら光は檜山の言葉の中で一つ気になった事を聞いておくことにした。
「なぁ、さっき"依頼"って言ってたよな? てことは断ってもいいのか?」
「まぁ待て、まずは話を全部聞いてからにしろ。」
光の質問にそれだけ答えると檜山はそれっきり口をつぐんでしまった。
資料を一通り見終えた光は紙束をテーブルに放り投げ、足と腕を組んで背もたれに体重を預けた。
「……それで? 今回の経緯は?」
「もともとその子、藍川彼岸は一斉能力検査時にミラージュではないと結果が出ていた。……が、とある事情でここ……桜花学園に編入することになった。」
「とある事情?」
怪訝そうな顔をした光が聞き返すと脇に居る学園長が短く答えた。
「生徒会長よ。」
それを聞いて光はなるほど、と納得した。
桜花学園生徒会長、本名は七瀬澪。
今から二年前、高等部一年の時から継続的に学園の生徒会長を努めており、皆からも慕われ、才色兼備、容姿端麗という完璧超人である。
もちろんミラージュとしての実力も折り紙つきであり、次代の『宝瓶宮』候補だと噂される程だ。
そんな彼女だが、実は一つ特技を持っている。
正直、特技というレベルを越えて能力疑惑があるのだが……本人曰く、能力関連の才能を秘めている人を見ると、直感的にピンッと来るらしい。
そうして目をつけられた犠せ……人物は皆、物理的に学園に連行されて編入させられるのだ。
いささか誘拐じみているが、まぁ、本人達も納得しているようなので問題は無いだろう。
余談になるが光もその内の一人であり、中学一年の終わり頃に連行されている。
──ん? ちょっと待った……会長が連行した?
光は微かな引っ掛かりを覚え回想を中断した。
──さっき聞いた話だと、この子は能力を持ってなかったはず……
光がその点に思い至ったのを見て檜山は話を継ぐ。
「そう、そこなのだ。私も七瀬生徒会長の特技には信頼を置いている。何せ今まで外れた事がなかったからな。……だから私は『天秤宮』に調査をさせた。」
それには流石の光も驚く。
天秤宮という事は、単なるグリッド職員すらも凌駕する、調査・探知の分野における人類最高峰のミラージュに調べさせたということだからだ。
驚愕により光は一呼吸の間動きを止めたが、やがてすぐに口を開いた。
「……けど、調査が俺に回ってくるってことはだ…………アイツにも分からなかったんだろ? なら俺には無理だ、他をあたってくれ。」
冷静に返答しつつ光が帰ろうと椅子から立ち上がると、後ろから慌てた様に声が投げ掛けられた。
「だから待てと言っている! 確かに詳細は分からなかったが判明したことがある。能力ランクは確実にS-を越えている!」
それを聞いて光の足はピタリと止まった。
考えてみれば当然のことである。
タイプ"バランス"に分類される調査系の能力にはある特性があり、それは"自身の能力ランクを越える物については調べられない"というものだ。
ならば、『天秤宮』の持つランクS-の能力で判明しないということは、少なくとも藍川彼岸の持つ能力はランクS以上であることは確定する。
光はしばし黙りこんで考える。
──……もしその子の能力が俺の予想通りなら、かなりマズイ事態になるな……
猛烈に頭を回転させる光に向かって檜山が言葉を続ける。
「理解したか? そしてそれがお前に対して依頼がでた理由でもあるが……受ける気になったか?」
「……あぁわかった。その依頼受けさせてもらう。」
諸々の事情を理解した光は振り向くと了承を伝えた。
「よし、後日、本人を特務小隊本部に向かわせる。用件は以上だ。退出してくれ。」
そうして話が終わった時、わずかに身動ぎして姿勢を崩した檜山は唐突に呟き出した。
「ちなみに、この件は上層部には伝えていない。」
「……おいおい良いのか? 支部長とあろうものが報告を怠って。」
振り返った光の呆れた視線を受けながら檜山は続ける。
「私はグリッドの一員ではあるが、お前の事情を知る一人でもある。加えて私も連中のやり方には辟易している。どうせ連中のことだ。この事を知ればまず間違いなく手を出してくる。またお前に暴れられてはこっちが困る。」
光は檜山の少々率直すぎる物言いに苦笑いを浮かべた。
それと同時に、数少ない知り合いの一人が上層部の考えに賛同していない事を嬉しく思った。
「いや、感謝しとくよ。……けどそっちの都合かよ。」
「あぁ、お前の暴れ方は後処理が面倒なことこの上ないからな。せめてやるんだったら連中全部まとめて一気に始末してくれ。」
光の突っ込みにごく僅かに頬を緩めた檜山は物騒なことを言い放ち、光はそのあんまりな言い方に苦笑を浮かべた。
そしてまぁ考えとくよ、とだけ返しておき学園長室を退出した。
「本当に彼に全て任せて良かったのですか?」
光が部屋を出て行った後、学園長は顔の微笑を消すと真剣な眼差しでチラリと目を横にやり尋ねる。
「問題ない。上層部に目を付けられたミラージュがどうなるかはアイツ自身が良く知っている。であれば同じ立場の者に対して悪いようにはせんだろう。」
光に何があったかを知る学園長は嘆息する。
「……そうですか……彼はやはり……恨んでいるのでしょうか?」
「さぁな……だが少なくとも自身の境遇については割りきっているようだ。それ故かは知らんが、他人を自分と同じ目に遭わせたくない、とは言っていたな。」
檜山は以前光と話し合いをした際に光がポツリと漏らした心情を語った。
「同じ目に……ではやはり、彼が引き受けたということは──」
「あぁ、アイツも現時点では確証は持っていないだろうが、彼女は……藍川彼岸は…………二人目だ」
●先走り補足(後で説明するけど先に説明する)
・能力にはその性質に基づいた分類があり、12種類存在する。
本文で出てきた"バランス"というのがそのうちの一つ。
・一方で『天秤宮』や『宝瓶宮』というのは、各分類におけるトップミラージュが保持する称号、または地位を示している。