0、ある隊員の記憶
◆西暦2124年4月18日
バラバラとヘリのローターが立てるけたたましい風きり音と、外壁から伝わってくる小刻みな振動が内部の空気を揺らす。
首を傾けて小さな窓枠から外を見下ろせば、地表の景色ははるか下方を凄まじい速度で流れていく。
輸送ヘリには初めて乗ったのだが、案外と乗り心地は良いのだなとのんきにそんなことを考える。
ヘリ前方側で誰かが立ち上がるのが視界の隅に映ったのでそちらを向く。
「防衛班第四部隊、各員へ通達! もうすぐ作戦区域に到着する。」
やかましい騒音に負けじと声を張り上げるのは、支部本拠点へ転属となった自分の新たな配属先である防衛班の第四部隊、そこの隊長だ。
「今回の作戦と目標は先に通達されていると思うが、合流した別部隊との食い違いを防ぐため、ここで再確認を行う。」
別部隊、と聞いてヘリ後方の一団にさりげなく視線を向けた。
作戦行動中ということもあり、普段よりも一層ピリピリとした空気を纏う第四部隊の面々とは異なり、まるで空間が切り離されているかのように和やかな雰囲気の……有り体に言えば″浮いている″様子の連中だ。
件の別部隊の人数は三人。
一人目は黒髪に黒目と、この業界ではやや珍しい特徴を持った子だ。
整った顔立ちにくりくりとした目が主張する可愛らしいさと、時折浮かべる不敵な笑みとやんちゃそうな雰囲気が醸し出す格好良さとが絶妙な具合にマッチしている。
髪はショートに切り揃えられ、シャツと涼しげなパーカーというラフな服装と相まって非常にボーイッシュな印象を受ける。
明らかな武器は持っておらず、おそらくはアビリティを用いた戦法を得意とするタイプだろうか。
二人目は青みがかった銀髪をポニーテールにした子だ。
透けるような白い肌に鮮血のような深紅の瞳は良く映えているが、眼は眠たげに半ば閉じられ、表情が乏しさはまるで能面のよう。オマケにヘリの動きに合わせてユラユラと揺られるものだから、その様はまるで命の無い人形のようにも見える。
服装はどこかのお嬢様と言われても納得できそうな可憐なもので、淡い水色の短めのスカートに白いブラウス。特にブラウスの細かいフリルを押し上げる膨らみは随分と大きいようである。
とはいえ手足に身に着けた籠手と脚甲が明確にそれを否定してくるが……。
最後の一人はなんとも驚いたことにおそらく人竜種と呼ばれる種族の少女のようだ。
パッと見た限りでは、肘から先、膝上から下および尻尾が白い鱗の竜のそれと置き換わっている。おそらくダボっとした部屋着そのままのような服装も、それらが邪魔になるからだろう。中でも特に尻尾が邪魔して備え付けの椅子に座れないらしく代わりに複数の椅子を占領し、その上で腰まで届く茶色のロングヘアを振り乱してぐぅぐぅと寝入る様はまるで幼い子どもか大きな猫のようにも見える。
一方で、その身長は他の二人よりも一回りか二回りほど高く、だがむしろそれにより彼女の手足のゴツさを緩和しむしろモデルのごときスタイルの良さを際立たせている。
いずれも方向性は違えども紛れもない美少女揃いで、装備や人数の諸々を鑑みるにミラージュなのだろう。
ミラージュ達に年齢や性別の違いはそれほど関係ないとはよく聞くが、ここまで浮ついた様子を見せられているとさすがに不安になって来た。
「では再度情報共有を頼みます。」
そう言って隊長がオペレーターにバトンタッチした。
「今から一時間ほど前、支部の魔力波レーダーが”歪み”の発生を感知。また同時に多数の禍の侵入が確認されました。侵入した禍の内訳は、大型種のスカイキャリアーが二体と随伴する小型種のエアレモラスが多数となります。」
スカイキャリアーにエアレモラス。資料でもよく聞く厄介な組み合わせだ。
耐久性の高いスカイキャリアーの撃破と、スカイキャリアーから無限に湧いてくるエアレモラスの処理。その双方を並行して行わなければ討伐難易度が跳ね上がることで有名な奴らだ。
「本来であればセオリー通り防衛班のミラージュ部隊と共同作戦を行うところですが、現在第一から第三部隊は別任務に携わっている真っ最中です。そのため本任務においては特別任務小隊の皆さんに代理を務めていただくことになります。」
皆が視線をやると、唯一黒髪の子だけが軽く会釈を返す。
「どうも。あぁこっちのことはご心配なく、与えられた仕事分はきっちり──」
「──んや、もう食べらんにゃいよ……」
人の言葉を遮っておきながら弛緩した顔でよだれを垂らし、むにゃむにゃと幸せそうに惰眠を貪る人竜種の少女を、黒髪の子が無言のままスパァン!!と景気良い音を立てて引っ叩いた。
……本当に大丈夫なのだろうか。
*
「十二時方向、上!!」
その声にハッとして地面に飛び込み、上空から勢いよく突っ込んできた腕ほどもある魚のような姿のエアレモラスを回避。即座に腰を捻り、離脱を試みる隙だらけの背にトリガーを引き絞る。
弾丸がいくつか当たり、パッパッと肉塊が飛び散った。
『ポイントベータ、周辺の禍反応の消滅を確認しました。次の出現に備えてください。』
どうやら今のが最後の一匹だったらしい。
さっき警告を発してくれた仲間にハンドサインを返しつつ、立ち上がって一息ついているとオペレーターからの全体通信が入る。
『スカイキャリアーの魔力反応、二匹共に低下しています。良いペースです。』
「へぇ、やるもんだなぁ……。」
思わず呟くと、同じ持ち場の隊員から気になる発言が飛び出す。
「なんだ新入り、あいつらのことを知らないのか。……あぁそういや別拠点からの異動だったか。」
「確かにそうだが……こっちじゃ有名なのか?」
「有名……有名、ね……。そうとも言うかもな。」
有名なのか?という問いに、みんなして苦笑いを浮かべる。俄然、興味が湧いてきた。
「A+ランクの禍を単独で撃破しただの、天導十二宮の一人を完封しただの、怪しい噂も絶えなくてな……まぁ確かに実力は本物なんだが……あ、おい、下手に近づくなよ。巻き添え食ら──」
言われたそばからドズリと鈍い音がしたかと思うと、目の前の木が大きくグラグラと揺らぐ。
剣だ。赤い半透明の剣が木の幹を半ば貫通するように突き刺さっている。
「こいつは──」
息を呑んだのも束の間、周りの面々が慌ただしくなる。
「始まったぞ!!」
「全員、下がれ! 自身の安全を最優先に!」
「報告。ポイントベータから退避を開始する。」
「おい新入り、お前も後退しろ! 食らったら怪我じゃ済まないぞ!!」
肩を掴まれ強引に後ろに引っ張られていく中でも、視線は前を向いたままだった。
「ははは……」
視界に入るその光景に思わず乾いた笑い声が漏れる。
「やべぇなこれは……」
他の隊員たちの反応も納得の光景だった。