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Tales 85【メトロノームの歯車】

「大人しい顔して大胆っていうか、積極的っていうか……てか俺大丈夫? 兄ちゃんに大剣でズバーっていかれたりしない?」


「しませんよ! も、もう、分かってるのにからかわないで下さいよぅ」



 遠くに虹色の街並みが一望出来る高台では、慌てふためくピアの声もよく響く。

 精霊樹が枝を伸ばす聖域が近場にあるからか、泉から流れる澄んだ風が首筋を撫でた。



「にしたって、ありゃ誤解招いても仕方ないと思う」


「うぅ、すいません……な、ナナルゥさんもすっごく驚いちゃってましたね」


「まぁお嬢は色々とオーバーなとこあるから、変にフォローするよか放っとくのが吉」


「そうですか……すいません」

 


 こう言っては憤慨したお嬢に折檻食らいそうだけど、と。

 要望通り二人きりになれるよう選んだ場所に出向く際に、機嫌悪そうに睨んで来た膨れっ面を思い出す。 

 軽く茶化してみても、寒空すら溶かすほどに顔を真っ赤にして萎縮するピア。

 ピアって名前だけあって随分ピュアな反応だが、思ったままを口にすれば余計寒さが増すので止めとこう。



「んじゃ、そろそろ本題……聞かせて貰っていい?」


「あっ、はい。えっと、わざわざこうして二人きりになって貰ったのは……ナガレさんにお願いがありまして」


「お願い?」


「……はい」



 恐る恐ると此方を窺うグレーの瞳は大きな迷いを秘めているようで。

 鳴りもしない足踏みが聞こえた気がした。



「フォルを……お兄ちゃんを、止めて欲しいんです」




────

──


【メトロノームの歯車】


──

────




「はぁ、紛らわしいったらありませんでしたわね。淑女たるもの、もう少し落ち着きというモノを持ち合わせませんと」


「ほっほ。取り乱すのも愛嬌とは思いますが、お嬢様の立場からすればはしたないと取られかねませぬからな。お気をつけて下さいませ」


「…………ん? お待ちなさい。なんでわたくしが気を付けねばなりませんの」


「なっはっは! 真っ先に焦っといてよう言うわ。二人が出てく最後までぶっすーとしたったんはナナルゥちゃんやん?」


「ち、違いますわ! あ、あれはナガレの様なお調子者と二人きりで、なんて言い出したピアニィの身を案じただけですの!」


「ほぉらまた焦りだした。おもろいなぁ自分」


「エース、デリカシー無さすぎですよ」


「ぐえっ! ちょ、鳩尾はアカン……」



 さっきまでナガレの寝ていたベッドにぼすんと腰を下ろして不服を訴えるが、明け透けな態度に思わぬからかいを受けて、ナナルゥの頬に熱が纏う。

 憐れんだジャックの鋭い肘の制裁によって多少溜飲は下がったが、それでも不満は残る。


 紛らわしい言い方をしたピアもピアだが、あっさり付いていくナガレもナガレだと。

 何かしらの考えでもあるのだろうが、なんだか面白くない。



(……祝いの席でも、と思いましたのに)



 そんなナナルゥの不器用な不満を、危惧とでも捕らえたのか。

 やんわりとした笑みを浮かべながら、ジャックが口を開いた。



「ナナルゥさんが心配するような相談内容じゃないと思いますよ」


「心配なんてしてませんわよっ……なにか心当たりでもあるんですの?」


「えぇ。きっと……フォルティの事じゃないかと」


「フォルティ?」



 考えれば、面識の薄いナガレとピアの間を繋ぐ要素として浮上しそうな名前だが、ナナルゥにとっては思慮の外だったらしい。

 オウム返しに呟いて目を丸めれば、エースが黒い髪をぼさぼさと掻き回しながら溜め息をついた。



「せやろねぇ……ま、どっちも必死になると周りが見えなくなるというか……血は争えんなぁ」


「……?」


「ボクから言うんはちょっとな。後でナガレ君にでも聞いてみたらええよ……多分、教えてはくれんかもやけど」


「どういう意味ですの、それ」


「なっはっは! 男の意地も噛んでる事やからねぇ……外野はそっとしとくのがええよ」



 意味ありげに含ませて結局肝心を掴ませない。

 エースの煙に巻くような曖昧な物言いに、ナナルゥの眉がむっと潜まる。

 彼女からすれば自分よりも付き合いの薄い男が、ナガレの事を分かったように語るのが気に入らないだけなのかも知れない。


 しかし当人はそんなエルフの機敏を飄々と受け流しながら、手を打ち鳴らした。



「さて、ほんなら……セリアちゃん。そろそろ行こか?」


「えぇ、そうね」


「えっ? セリアまで何処に行くって言うんですの?」


「セントハイム城よ。援軍要請の件……一口に傭兵団との契約といっても、相応の手続きというのは必要だから」


「ボクらとしても、王様からの判子があるとないとじゃ動きやすさが違ってくるからなぁ」



 傭兵団エルディスト・ラ・ディーはセントハイムの軍ではない。

 だが国内に本拠を置いている大規模な団体である以上、どんな理由であれ他国領へと押し掛ければ、様々な摩擦(まさつ)を産む。

 故に、セントハイムからの援軍という大義名分は必要不可欠。

 セリアが幾度と登城していた理由も、ヴィジスタと要請内容を調整する為でもあった。


 だが。



「ま……セリアちゃんにとっては、それだけが目的じゃなさそうやけど」


「え?」



 セリアが此度、登城する目的は、援軍要請だけではないのだと。

 そう語るエースの言葉に誘われてナナルゥが目を向けた先には。



「……どうかしらね」



 感情を表に出す事の少ない麗人の涼しげな、けれど確かな決意を宿した眼差しが青く灯っていた。




◆◇◆




「止めて欲しいって……フォルを?」


「……はい」



 って言われてもな。

 多分フォル関連なんだとは思ってたけど、止めて欲しいっていうのは少し要領を得ない。



「ナガレさんには、私達が闘魔祭に参加してる理由はお話しましたよね」


「二人のお祖父さん……『メゾネの剣』の強さを知らしめる為だろ、確か。もう過ぎた話だ昔の話だーって言ってくる奴らを見返してやりたい、みたいな話だったっけ」


「はい、覚えてくれててありがとうございます」


「フォルの気迫も凄かったから。孫としちゃ、身内をんな風に馬鹿にされっ放しじゃいられなかったんだろうなーって」


「あ、そのですね。孫といっても、実は私もフォルもお爺ちゃんと血が繋がってる訳じゃないんですよ」


「え、そうなの?」



 早々に飛び出した予想外に目を丸めれば、曖昧な笑みを浮かべながらピアはこくりと頷く。

 秋風に渇かされて、わずかに細まる瞳。

 夜の湖畔に漕ぎ出す舟の様に静かなグレーが、切なげに揺れていた。



「もともとお爺ちゃんの世話になる前、私達のお家は商いを稼業にしたんです。物心付いた時に遊んでだのだって天秤とか算盤とかの玩具で、剣や杖なんてまだ危ないからって、触らせても貰えませんでした」


「へぇ、商人だったのか。確かにピアは、そっちの方が似合ってそうだな」


「よく言われます。私もどんな商品がお客さんに喜んで貰えるんだろうとか考えるのが好きですから、争い事よりはそっちの方が向いてるんだなって。でもお兄ちゃんは勘定の計算とか細々した事が苦手で……」


「あぁ、それっぽい。商人の勉強とか抜け出して、地元の悪ガキと一緒に遊び回ったりとかしてそうなイメージだ」


「あはは……大正解です。よく村の男の子達と一緒に落書きとか悪戯して、お父さんに叱られてばっかりなお兄ちゃんでしたね。お父さんもお兄ちゃんも頑固で、お母さんが仲裁しなきゃ一晩経っても仲直りしないし」


「……」



 しっかり者の看板娘。退屈嫌いのわんぱくな悪童。

 思い浮かべるのに苦労しない。

 流暢に語られる身の上話、含む懐旧の情は深く。

 瑠璃色混じりの茜空へ向けて馳せる想いが、幼さの残る横顔を自然に大人にしていた。



 でも、背伸びのような歳相応な不自然さがそこにはない。

 物悲しさを感じたのは、多分。

 それだけ乗り越えなきゃならない過去があったっていう、痛ましい傷痕に見えたから。



「……けど、今から三年前のある日、隣町で流行り病が蔓延しちゃった時があって。治す為の薬品を届ける為に私達は街道に出たんですけど……その途中で、魔物に出くわしちゃって」


「!」


「普段街道に魔物なんて出ないし、稀に出てもゴブリンとかの低ランクの魔物くらいで。魔物除けの霊水も撒いてたから、弱い魔物も近付けないはずなんですけど……運が、良くなかった、のかな……」


「強い魔物だった、って事か……」


「はい……デスサーペントっていう、背中の広い大きな蛇。街道どころか人の踏み込まないような深い森や砂漠にしか居ない魔物なのに。お父さんもお母さんも、そんな強い魔物相手に太刀打ちなんて出来なくって。私達を逃がそうとして、そのまま……」


(……両親を目の前で亡くしたのか)


「私達もその魔物の餌食になっちゃうのは時間の問題でした。お兄ちゃんに庇われた私は、背中越しに泣きじゃくるしか出来なくて。お兄ちゃんも、身体が震えるのを堪えるのがやっとでしたから」



 目の前で、親を亡くす。

 音にしたって沈んでくだけの重みは、ポケットの中の掌に、掴めない透明を握り締めさせた。



「でも、私達兄妹は助かった。お爺ちゃんが、今にも私達に襲いかかろうとしてたデスサーペントを倒してくれたから」


「こういったら何だけど、不幸中の幸いってヤツか」


「はい、少し皮肉な話ですけどね……昔のお友達に会いに行く途中で、街道を通り掛かったらしくて。それで、お父さんとお母さんを喪った私達を、お爺ちゃんが引き取って育ててくれたんです」


「……血が繋がってないってのはそういう事か」



 両親を喪った悲哀と、それでも大切を持ち得た幸福が半々に溶けたような、形容しがたい微笑み。

 一つの悲劇と新しい馴れ初めを手渡されて、隣立つ女の子の輪郭がよりはっきりと見えて来る。


 けれども、まだ本題の核心には至っていない。



「でも、英雄って言われるくらいのお爺さんなんだろ? くちさがなく言うヤツも居るって話だったけど、むしろ結構持て囃されるもんじゃないの?」


「……えっと、お爺ちゃんの住んでる村では、今も英雄様って呼ぶ人達も居るんです。けどお爺ちゃん自身そう呼ばれたくないというか……剣を持つ事も、あんまり好きじゃないみたいで」


「そうなのか、なんか意外」


「だと思います。お爺ちゃん、普段は一日中畑仕事したり本を読んだり、英雄ってイメージとはむしろ正反対なんじゃないかな。お兄ちゃんが何度も剣を教えてくれって頼んでも『鍬でも振っとれ』って取り合いもしませんでしたし」


「……」


「だから、なのかな。村の、特に若い人達に『昼間のランプ』とか『メゾネの剣はとうに折れた』みたいな事を言われるのも少なくなかったんです。お爺ちゃん、本当はとっても強いのに……お爺ちゃん自身も、否定するどころか平然としてて」


「それが悔しかったんだな……」


「……はい。私も勿論。でもお兄ちゃんはきっと私よりもずっと悔しかったんだと思います。何度も村の人と喧嘩になってましたし、お爺ちゃんにも食ってかかるぐらいでした。その頃からずっと、俺が『メゾネの剣』の強さを証明するんだって……強くなる事に必死になって」



 ピアの言葉に連れ添って思い浮かんだのは、初めてフォルと会った時のこと。

 荒削りな剣みたいな目付きと他者を寄せ付けない態度。

 初対面でもそれとなく伝わる必死さが、焦燥とも映ったんだが。



「……それで遂に、もう我慢出来ないって、村から飛び出しちゃったんです。お爺ちゃんの剣を持ち出して」


「持ち出して、って。マジか。ピアも一緒に?」


「うぅ、えっと……はい。お兄ちゃん一人じゃ色々と心配で。それに、その、私も……『メゾネの剣』の強さを証明出来るようになりたいって気持ちは一緒だったから」


「なんつーか思い切りが良いというか、無鉄砲というか」


「返す言葉もないです……それで、それからギルドで依頼をこなしてく内にキングさんと知り合って……今に至るって感じでして」



 紆余曲折な経緯(いきさつ)の中で、ピア自身、軽率な行動だったと思い返す所はあるんだろう。

 俯きがちな小さな背が言葉尻と共にすっかり萎れてしまっている。


 でもこれで、ようやく見えて来た。

 フォルの強さと、裏にある"危うさ"。

 ピアがこうして俺に話を持ち出して来た核心も、きっと──



「でも時々……お兄ちゃんを見てると、恐くなるんです」


「……」


「……エルディスト・ラ・ディーに入団して、闘う力をどんどん身に付けて、お兄ちゃんは凄く強くなってます。お爺ちゃんを馬鹿にした人達を、見返してやりたい。メゾネの剣は折れないって証明したい。その為に強くなるんだって一杯一杯、努力して。


 でも、それが段々、強さを求める気持ちそのものに取り憑かれてしまってるみたいに見える時もあって……このまま突き進んでしまったら、お兄ちゃんまで居なくなっちゃうんじゃないかって──恐くなるんです」



 『どちら』の気持ちも、分からなくも無かった。

 フォルの目的に向けた、愚直なほどの意志の頑なさ。

 その真っ直ぐ過ぎる意志がまるで諸刃の剣のように、ピアには映っているのかも知れない。


 真っ直ぐである分、脆く崩れやすい。

 目の前で両親を喪った彼女だからこそ、その予感を人一倍恐れてしまうんだろう。



「それで、俺に止めて欲しいって頼んで来たのか」


「……勝手なのは勿論、分かってます。でも、今日の試合を観て……ナガレさんなら、止めてくれるかも知れないって思ったんです。


 トトさんを、魔物憑きとして倒すんじゃなく……一人の人間として受け止めていたナガレさんなら……」


「……そっか」



 止めて欲しいというピアの願い。

 それを願うだけの理由も、経緯も、全てではないにしろ分かった。


 でも、それ以上に俺に分かった事は。


 フォルの目的と、"取り憑かれてる"ってぐらいに強さに固執する理由と。

 大切な人を失いたくないって気持ちを、折れそうなぐらいに強く抱えてるのは、きっと。



(ピアだけじゃないんだろうなってことだ)



 だから俺が返すべき答えは、ひとつだった。



「残念だけど、無理だろうね」


「……!」


「ピアの危惧する所は間違ってないと思うし、止めてくれって気持ちも分かるけどな。けど、話を聞いたぶん余計に、経緯を知った程度の俺の言葉なんかで、どうにか出来るとは思えない」



 にべもない突き放し方に、小柄な肩が震える。

 彼女がどれだけの想いで俺にこの話を打ち明けたのかは、分かってるつもりだ。



「正しいだけの言葉や単なる力の差で止まるほど、器用な生き方してる奴じゃない。それこそ、折れないつもりだろうねアイツ。それはピアが一番分かってる事だろ」


「…………」



 それでも『俺』は、この願いを受け入れることは出来ない。

 ピアの話の裏にあった、フォルティ・メトロノームの我無者羅(がむしゃら)な決意と覚悟を見つけてしまったから。 

 


「だから……悪いけど、ピアの頼みを聞く事は出来ない」


「……そう、ですか……」



 はっきりとした断りの言葉に、ピアの瞳が失意に染まる。そんな少女の心を慰めようとしたのか。

 通り抜けた無自覚な夜風が、彼女の身体を縮こませる。

 本音を言えば、心が痛む。

 必死なのはピアも一緒なんだろうし。

 それだけに、無責任な約束なんて結んでやる訳にもいかなかった。



──まぁ、だからってフォルの覚悟を肯定してやるつもりもないけどな。



「あの、ほんと、ごめんなさい! いきなり変なお願いなんかしちゃって……さっきの話は、忘れてくださ──」


「いや、忘れるつもりは絶対ないけど」


「……え?」


「むしろ謝んなきゃならないのは、俺の方かもだし」


「え、あの……どういう、意味ですか?」


「秘密」



 戸惑うように目を白黒させるピアに、意地の悪い笑みだけ返して、歩き出す。

 我ながら大人げない事だと思うけど。

 それでも、ピアの話を聞いて、フォルの意志を知って。

 やるべき事を、見付けてしまったから。



(……悪いね、ピア。そして、フォル)



 正しさなんて蚊帳の外な、決意と覚悟。

 それはまるで、いつかのどこかの、誰かに取り憑いた偏執。

 なら、今此処に居る俺が出来る事はきっと。

 フォルを『止める』事じゃあないんだろう。


 


『貴方は、貴方のやりたいように。

 私も、私でやるべき事を』




 止めてやるだなんて上等な真似、向こうから願い下げだろうから。

 否定もせず、肯定もせず。

 ただ俺に出来る単純を尽くそう。



(やりたい事、やりたいように。そうだよな。最後の試合くらい……らしく行かせて貰おうか)



 静かな決意と共に砂利を足踏み、空を見上げる。


 瑠璃色と茜が混ざった彼方に、白い月が薄く浮かんでいた。







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