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Tales 72【トゥ・ファミリア】

 ツツと静かに頬を伝う冷や汗を真似て滑り落ちる生唾を、飲み込むだけで精一杯だった。

 本意真意も喉の奥に留めて、さも"それっぽく"振る舞っていた俺の眼下にて立つ、あの姿は。

 灼熱を纏って天へと吼えたあの炎狼と、それを従えるように隣立つ、金色の精霊魔法使いの姿は。



「精霊──、……召喚……?」


『え、えええええぇぇぇぇえぇぇ?!?!?!』



 晴天直下、悠々空飛ぶ鳥の群れだって、一目散に逃げていくほどの大音声が至るところで響き渡った。



『な、なななななんという展開でありましょうかッ?! エトエナ選手が美しい笛の音で喚び出しましたのは、燃え盛る火焔に包まれた狼! ま、紛れもなく炎の精霊でありましょう! と、いう事は……!』


「ってことは……エトエナって、精霊、奏者(セプテットサモナー)なのかよ……アイツ」



 とんだ隠し球の公開に、俺含めて誰しもが唖然としていた。しかと握ってるはずの手摺の支柱が、不思議と脆く頼りないとさえ錯覚するくらい。


 俺のワールドホリックよりもよっぽどファンタジーチックな神秘的な姿形は、本物を知らない俺でさえ分かるほどに精霊らしさに満ち溢れていた。

 エトエナには、ことあるごとにエセ精霊魔法使い呼ばわりされてたけど、そういう意味でもあったのだろうと。


 しかし、その解釈に待ったの声が隣から掛かった。



「いいえ……違う。違うわ……『アレ』は、精霊奏者の精霊召喚じゃない」


「セリア?」


「……ふむ。確かに、この老翁の耳が昔に伝え聞いた

炎の大精霊(イフリート)の偉容とは、少々異なりますな。しかし、セリア様がおっしゃる根拠は、どうやらそれだけではないようですが」


「……」



 どうやらセリアの瞳には、アレが例の精霊召喚とは映らなかったらしい。

 温和な笑顔ながらもその根拠に切り込むアムソンさんに、セリアはどこか"気まずそう"に、"罰が悪そうに"薄い唇を開いた。



「あれは、多分……『召喚契約(トゥ・ファミリア)』。私がエシュティナ魔法学院に在学していた頃に、研究され始めた技術、だと思うわ」


「トゥ・ファミリア……? 思うわ、って事は……」


「私が卒院する時にもまだ、研究段階だったはずなんだけれど」


「それが完成していたらしい、って事か」



 セリアいわく、精霊奏者の偉業である精霊召喚とは別物であるという事は理解出来たけれども。

 気にかけるべきは、二つ。


 一つは、どうしてそんなにセリアが気まずそうな顔してるのかってこと。多分なんか事情があるんだろう。


 けど、もう一つの方が現状では余程大事だ。

 つまり、トゥ・ファミリアによって召喚されたあの狼は……どれくらいの戦力として捉えるべきかということで。


 その気掛かりを晴らすなら、百聞は一見に如かずといわんばかりに、目下の戦局が動きを見せたのだった。




─────

──


【トゥ・ファミリア】


──

─────




「そんな……! い、いつの間に、精霊召喚なんて……」


「ふん、魔力だけじゃなく、知識面に関しても落ちこぼれね。似てはいるけど、精霊召喚とは違うって事くらい気付きなさいよ」


「精霊召喚とは、別ですって? どういう事ですの!? 炎を纏った狼なんて、どこからどう見たって精霊じゃありませんの!」


「属性を"司る"大精霊と、属性に"類する"精霊は別物でしょうが」


【──クゥン】


「ん? あぁ、拗ねないの、ハティ。別にアンタを卑下してる訳じゃないから」



 蜂の巣をつついたような外野の喧騒も、狼狽するナナルゥの耳には入って来やしなかった。


 精霊召喚。精霊魔法使いの中でも最たるものの証。

 例え別物だとしても、主に対して喉を鳴らす炎狼を招く事自体が容易いはずもないだろう。


 秀才と落ちこぼれ。

 埋めれたと浮わついた思考は、より大きな開きをまざまざと見せ付けられる事で急速に冷えていった。

 沸き上がる悔しさと共に。



「……じゃ、早速続きと行きましょうか。靴に羽根が生えたぐらいでアタシの上を行ったと勘違いしたその思い上がり……叩き直してあげるわ」


【グオォォォォォォォン!!!】


「ひっ」



 その忸怩(しくじ)たる思いとて、確かな力の象徴の咆哮(ほうこう)を耳にすれば恐怖に転がる。

 制空権の有利はまだこちらが握っているはずだと、鼓舞する自身の声も自然と小さい。



「行くわよ! 詠唱破棄(スペルピリオド)、【ブラッディ(深紅の矢)】!!」


「っ、す、詠唱破棄(スペルピリオド)、【エアスラッシュ(空咲く三日月)】!」



 時を待たずして、エトエナが先ほどの精霊魔法を放てば、咄嗟にナナルゥも魔法にて迎え撃つ。

 半ば反射的に、防衛本能といっても良い。


 空にて弾ける緑の刃と深紅の矢。

 しかし刃はその中枢を食い千切られ、深紅はより赤きを求めてナナルゥの元へと飛来する。



「!」



 身を沈めて掻い潜る。

 空を蹴り、次なる行動は旋回。一所に留まらない鳥のように。

 しかし、鳥を狩る猟師の少女には、今や炎を纏う猟犬が居る。



【ガウッ!】


「っ」



 息を焦がす正面。カパリと開いた顎から覗く白牙が、翼を食らわんと高く躍動した。

 壁伝いに渡って来たのだろう。それはさながら、湾曲に曲がることを可能にした魔の弾丸。



「くっ……【精霊壁(エレメントシールド)】!」



 主の魔法に追撃するタイミングもまた鋭い。

 確かな連携を感じさせる波状の攻撃を、緑色の精霊壁を展開することで、逸らし、避ける。


 アムソンに仕込まれた防御動作。身に染み付いた信頼すべき技術でさえ、充分な余裕を作ってはくれない。




「『道理を振るうには、揺るぎない強さが在れば良い。

 間違いを正すには、揺るぎない正義が在れば良い』」


(まずいですわ! 詠唱を止めないと!)



 炎狼ハティの奇襲を凌いだと思えば、朗々と詠唱を紡ぐエトエナの姿が、息つく暇を奪う。

 空を駆けるナナルゥの脳裏に過ぎるのは、エトエナの初戦で見た、紅蓮の大鎚。


 魔に優れたエルフたる由縁ともいうべき禍々しい中級精霊魔法は、中級といえど自分には防ぎ切れるとのではない。



詠唱破棄(スペルピリオド)、【エアスラッシュ(撃たせませんわ)】!!」


「あっそ……【精霊壁(エレメントシールド)】」



 妨害の一手を放ってみても、赤色の障壁を断ち切ることは出来ず、儚く霧散する。

 火力と出力の差は、ここでも。



「『握り続ければ身を焦がし、いずれは灰になるのなら

──その全てを、費やしてでも』」


(間に、合わない……!)


「『青を赤に()け』……【フレイムジャッジ(焔の鉄槌)】」



 掲げた掌の先に形成されたのは、風すら焼き尽くす紅蓮の鉄槌。

 豪々と火炎渦巻く鉄槌は完全詠唱の元に紡がれたが故か、一回戦で見たフレイムジャッジと比べて、更に一回り大きい。



『な、なんという大きさ……! こんなもの食らえばひとたまりもありません! ナナルゥ選手、防ぎ切れるかー?!』



 けたたましく響くミリアムの動揺をたっぷり含んだシャウトが、耳に入り込む。

 影すら焼き尽くしかねない火龍達の巣を、防ぎ切る手立て。

 呆然と緑髪をそよがせる紅い瞳に、絶望の色が忍び寄る。

 そんなもの、ナナルゥの扱える魔法の中には残っていないのだから。



「じょ、冗談じゃ……」



 真下の罪深きを全て裁くような鉄槌が、振り下ろされる。

 皿ほどに目を見開かせたナナルゥは、かつてないほど靴の翼をはためかせて。



「ありませんわよぉぉぉ!!」



 全身全霊の、緊急離脱。

 優雅さなど微塵も感じさせない絶叫を響かせて、何とか見出だした鎚の範囲の外へと目掛けて疾走する。

 迫る業火の塊に、チリチリとあらゆるものが焦げる音が鳴り、胸内で焦燥が煙を上げるほどに巻き起こった。



──辛うじて、その身は燃え尽くされる事はなかったけれど。



『か、間一髪! ナナルゥ選手、なんとかエトエナ選手の魔法から逃れ切りました!』


「ぜぇっ……ぜぇっ……!」



 今までにない急加速と九死に一生を強いられた精神が、ナナルゥの肉体に多大な疲労をもたらした。

 息も絶え絶えに、宙にて漂う彼女には余裕の一欠片とて残っていない。


 それはつまり。

 金色サイドポニーを風に流すハンターにとっては、絶好の隙と映る。



「お嬢!!」


「──え?」


【グァウ!!】




 やけにスルリと届いた、遠くからの声。

 誘われるように顔を上げれば、側面から獰猛な(いなな)きをあげる炎狼ハティが、その周囲に炎の弾丸を複数、浮かばせていて。


 ただ、駆けて喰らい付くだけではないと。

 炎の精霊たる由縁を示すかの様に、魔力素によって編まれた炎の弾丸が、一斉にナナルゥへ向けて放たれた。



「──っ、【精霊壁(エレメント、シールド)】……くぅっ!」



 呆気に取られた一瞬から立ち直り、展開した障壁。

 しかし、精霊が放つ魔法の弾丸は高密度の魔力で形成されているのか、強靭であり、障壁で受け止めるたびに衝撃が身体を突き抜ける。

 展開するタイミングも悪く、充分に練れなかった出来た障壁の盾は、一発、また一発と受け止める度に綻びを生んでしまい。


 そして、遂に。



「ぁ──ッッ?!」



 最後の焔の弾丸は、精霊壁を跡形もなく消し飛ばし。


 その余波で壁に叩きつけられたナナルゥは、ズルズルと壁伝いに地へと、落とされてしまった。




◆◇◆




「お嬢……!」


「お嬢様!」


「ナナルゥ!」



 力なく地へと伏せたお嬢の姿を目にして、思考よりも先に、反射的に言葉が出た。


 気絶、している訳じゃない。

 受けたダメージに表情を歪めながらも、必死に上体を起こそうとしているのはここからでも分かる。



「……」



 けど……けれど。


 立ち上がった先に、勝機はあるんだろうかと。

 お嬢の姿を憂慮する一方で、脳裏に冷淡を気取る声がひっそりと囁いた。

 そしてどうやら、それは俺だけではなかったらしい。



「試合を止めましょう」


「セリア?」


「空を飛べるイニシアチブも、手数の有利も、あの精霊を喚ばれた以上はもう……これ以上は、あの娘がより傷付くだけよ」


「……」



 セリアも、同じ考えに至ったんだろう。

 

 平静に務めた口調ながら、それでも端々に滲む悔しさを隠し切れていない。お嬢の事を信じていないという訳じゃない何よりの証左。


 それもそのはず。お嬢の修行の為に色々と教鞭を振るったのが彼女なのだから、悔しいに決まってる。

 だが、それ故にお嬢の限界を見極めるのにも説得力があった。


 無論、お嬢がこの大会に参加する運びとなった経緯もセリア側にあるが故に、人一倍責任を感じてるってのもあるんだろうけれど。



「……」



 アムソンさんは、何も言わない。

 ただ静かに夕陽色の瞳を、お嬢へと向けている。

 しかし、その組まれた後ろ手は微かに震えていた。



(止めるしか、ないのか……)



 展望が見えない。

 お嬢の手持ちの攻め手じゃ、エトエナの布陣を崩し切れない。

 手数の有利を押し出した速攻も厳しい。持久戦も、あの火力を誇るエトエナの魔法と連携に押し切られるだろう。


 どう見ても、引き際だった。

 でも、それで良いんだろうか。

 ここで俺達がタオルを投げて中止を求めたら……お嬢の心は、お嬢の矜持は、どうなる。


 決定的な傷を、付けてしまうんじゃないのか。

 ぐるぐると渦巻く躊躇いに、答えを見出だせずにいる、そんな最中。



「ナガレ、それ……!」


「え? なっ────『アーカイブ』が、勝手にっ」



 セリアの指摘に振り向けば、ホルスターから外れたアーカイブが白金色の光を放っていた。

 いや、なんだっていきなり、そんな馬鹿な現象が起きてるんだよ。

 俺、起動させた覚えないし、あのいつもの言葉だって言ってやいないのに。



「!」



 けれど、思わず呆気に取られている俺の意識とは裏腹に、独りでに起動したアーカイブは、いつも見たいに項目を開き出す。

 風一つ流れていないのにパラパラと捲れるページ。

 泡沫のように浮かぶ疑問符を置き去りにして、やがてアーカイブはある項を示して。



「────キュイ!」


「ナイン?!」


「キュイッ!」


「なっ、ちょっと、おい! ナイン!!」



 今度は喚んだはずもないナインが、いつもの鳴き声を響かせたのも束の間、一目散に駆け出した。

 リンク機能で必死に制止を響かせても、まるで聞こえちゃいないように、小さな体躯を走らせる。


 しかも。

 よりにもよって、その白銀が辿り着いた先は──



「キュイィィィィッッ!!」


「は? え、アンタ……」



 なんとか上体を起こしたが、膝とスカートはべったりと地に伏せた態勢でいた、お嬢の元で。


 まるでお嬢を守るかの様に、そして。



【グルォン!】


「キュイィッ!!」



 お嬢の正面にて、涼しげに彼女を見下ろしていたエトエナとハティの前へと立ち塞がったのだった。








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