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Tales 70【サイレントヴォイス】



「悩ましい」



 見映えの良い宝飾を数点つけた分厚い拳が、ミシリとひとつひとつ指を開く様は、演劇じみたわざとらしさがあった。



「実に悩ましいな。音に聞こえた黒椿を下した、若き奇術師。それとも、余の要求通り、奇術の種一つを見事に"引き出してみせた"影法師。さてこの場合、どちらを立てたものか」



 嗄しわがれた声質とは裏腹に、クツクツと喉を震わせる大きなシルエットに老獪さはあれど、老いという要素を含まない。

 対面にて柳の様に立つ影法師と比べれば、その身には生半可では持ち得ない、覇気とも呼ぶべき圧があった。



「どちらとでも。しかしその口振り……『闘魔祭優勝』をまんまと逃した私だが、その働きはグローゼム大公の依頼に添えた、という事で宜しいか?」


「あぁ、構わぬ。『余の目的』は充分に果たせた。そも、闘魔祭優勝など他愛もない事……貴様を下した奇術師か、それとも忌々しい魔女の弟子にでもくれてやればよい」


「……であれば、此度の契約は完了、という事だな」


「そうとも」


「……」



 大貴族アルバリーズ家現当主、グローゼム大公は、(したたか)な笑い皺を深めた。

 その様を物言わず観察するセナトは、内心で一つ舌を打つ。


 というのも、彼女が遠い遠い東の地より招かれた契約の内容。

 それはたった今、グローゼム大公が他愛もないと一笑に伏した『闘魔祭優勝』だったのだ。

 しかし三回戦が始まる当日、目の前の大公は契約の内容を、『対戦相手の奇術師の業を、引き出せる限り引き出せ』というモノに変えた。

 それさえ果たせば三回戦にて敗退しても良い、という条件の緩和と依頼金の上積みも添えて。



──つまり。



「あぁ、そういえば……貴様には、余の息子の件で苦労をかけたな」


「……フン」


「全く、才覚の至らぬ出来損ないの癖に、妙な方へと目覚めたかと思えば……途端に、貴様を"女"だと見抜くほどの嗅覚に身に付けおってからに。しかし……些末ではあるが、お蔭で少しは"使い道"が出来るやも知れぬな」


「……(ぬけぬけと)」



 セナトは、グローゼム大公の告げた『本当の目的』を知らない。


 彼女は体のいい隠れ蓑として利用されただけなのだろう。

 きっと、今までは使い道のない役立たずとしか見られていなかった彼の息子である"ロートン卿さえも"。 


 当初、ロートンの護衛をさせられたのも、闘魔祭優勝という契約内容を表に出さない為と彼女は従った。

 だが、その必要性すらも今となっては疑わしい。

 恐らくその真意は──かの『賢老』ヴィジスタ宰相の目を、『本当の目的』から逸らす為のスケープゴートだったのだろう、と。


 もっとも、肝心のグローゼム大公の目的についてはセナトには知りようもない事だし、傭兵でもある彼女自身、知らなくて良い事だったのだが。



「……では」


「あぁ、ご苦労」


「……」



 依頼主の事情には深く突っ込まない事が傭兵の鉄則ではあるものの、こうもあざとく利用されるのは気に入らない。

 そんな意思を滲ませる様に踵を返した彼女の背に、向けられる声も視線もなかった。


 手切れが済んだのならば、もうそれまで。

 合理的で冷淡な大貴族の判別に、傭兵であるセナトが感傷を抱くはずもなかった。


 けれど。



(…………フッ)



 東から遥々訪れた用向きには、形がついた。

 となれば、後は彼女の帰るべき場所へと帰還するだけなのだが。



(……羽根を伸ばすのも、悪くはないか)



 このまま帰るのは、なにか釈然としないし、何より味気無い。

 異国の地の観光など心底楽しむ性根でもあるまいに、それも悪くはないと思えて。



(……)



 らしくもない思考が過ぎった先に、不思議と浮かんだ顔は。

 あの小憎たらしくも妙に波長の合った──ナガレという青年の顔だった。




────

──


【サイレントヴォイス】


──

────




『第二試合、けっちゃあぁぁぁっっく!!! 準決勝戦へと駒を進めたのは、トト・フィンメル選手! オルガスタ選手もかなりの健闘を見せてくれましたが、それでも巨大魔法人形、マザーグースには及びませんでした!』



 間に合った、とも。

 間に合わなかった、とも。

 ある意味でどっちとも取れる試合終了のアナウンスが流れるのと、第二試合を観覧してたセリア達の元へと合流出来たのはほぼ同タイミングだった。



「げっ、ギリギリ間に合わなかったか……」


「あらナガレ、ちゃんと戻って来ましたのね……って、間に合わなかったってなにがですの? わたくしの試合にはちゃんと間に合ってるじゃありませんの」


「や、お嬢の試合にはね。けどどうせなら次の対戦相手の試合も見ときたかったって」


「トト・フィンメルね。それなら多少の収穫はあったから、後で説明するわ」



 お嬢の試合には間に合ったけど、トトの試合も出来れば観戦したかったって話。

 そう漏らせば、俺の代わりに情報収集をしてくれたらしきセリアが人差し指をピンと立てた。


 眼鏡かけてスーツでも着たら、美人教師にでもなりそうな仕草だな。

 けどもこちとら、鼻を伸ばす男子生徒ではなく、むしろ苦情を申し立てる厄介な親御さんばりの心境になってる。



「あんがとセリア。ついでに治療の時にそそくさとお嬢達連れて退席した理由についても説明求む」


「……貴方の代わりにトトについての情報を集めておく必要があったからよ」


「目を逸らしながらじゃあ、説得力ない」


「ほっほ。お疲れ様ですナガレ様。顔色を伺うに、なかなかハードな治療であったようですな。病み上がりに紅茶を一杯、いかがですかな」


「貰っとく。ありがとう、アムソンさん」



 どうやら体力が快復した分、精神的疲労が顔に出ちゃってるらしい。

 まぁ、あんな一部のマニア受けしそうなプレイを味合わされたら、こうもなるだろうな。

 また御贔屓に、って艶々した顔でクイーンに告げられたけども、出来ることなら二度とご免だった。



「それにしてもナガレ。次の相手が魔女の弟子とはいえ、そう構える事はないんじゃなくって? 貴方が新しく喚んだあの女騎士……ええと、名前はなんて呼べばいいんですの?」


「女騎士……あぁ、景虎のことね」


「カゲトラ、変わった響きですわねぇ。しかし、景虎の剣捌きはこのわたくしから見ても、実に勇ましく見事でしたわ!」


「ん。お嬢は景虎が随分お気に入りみたいだな」


「えぇ! 優雅に美しく、そして派手な剣技! このわたくしの華々しさに通ずる所がありますわ!」


「……そっすね」



 どうやらこのお嬢様は、新顔の景虎の存在をいたく気に召したらしい。

 確かに静やかな雰囲気とは裏腹な研ぎ澄まされた剣技は、見映えが良い。派手好きなお嬢が気に入るのも納得だ。

 お嬢の華々しさ云々については納得しかねるけど。



「それに、あれほど手強い黒椿の者を打ち破れたんですもの。あのガーゴイルもどきも、ちょちょいのサッという具合にやっつけられるんじゃありませんの?」


「確かに景虎は"すんごい頼りになる"都市伝説だけど、流石にそう上手くはいかないだろ。事前の情報集めは大事だって、マルスとセナトに散々思い知らされたし」


「むぅ、情報集め……なんだかみみっちくて地味ですわね。どうせなら正面から堂々と打ち破るのが王道らしくて良いじゃありませんの」


「お嬢らしいな、それ。でも、そんな事言って……次、あのエトエナが相手なんだろ? んな余裕かましてられる相手じゃないと思うけど」


「んなっ……い、言ってくれるじゃありませんの……」



 からかいも含めた忠告は、お嬢のやわらかいとこにサクッと刺さったらしい。

 目尻を吊り上げるお嬢の雰囲気に、気付けにしちゃ効き過ぎたかも、と心中で冷たい汗が流れる。


 ふと、ワナワナと小刻みに震えるお嬢に圧されて一歩後ろに引いたとき、ポケットの中もお嬢に同調するかの様に振動した。



(ん、メリーさん?)



 メリーさんからの電話かと思ったけど、すぐにピタリと止む。

 あれ、電話じゃない……と内心で小首を傾げるが、すぐに思い至る。

 多分これは、最近メリーさんが覚えだしたメッセージアプリの通知だろう。


 どちらにしろ彼女からの呼び掛けだろうから、内容確認にそそくさとポケットに突っ込んだ手は……けれどもピタッと止められる。

 その原因は、見えざる手というより、目に見えたお嬢様の圧力だった。



「そこまで言うのならば、良いですわよナガレ! そのつぶらなお目々をバチィッと開いて、わたくしがあのちんちくりんを成敗する一部始終をとくと焼き付けなさいな! 試合中のまばたきは一切合切禁止ですわよ!」


「……まばたき禁止とかドライアイ待ったなしじゃん」


「ドライアイだかマンドラゴラだか知りませんが、禁止ったら禁止ですわ!」


「ちょ、近い近い! わかったから!」



 鼻息荒く迫って来るお嬢とのこんな感じのやり取りも、もう何度目か。

 とはいえ油に火を注いだのも他ならぬ自分である。

 そういう時に視線で救いを求めても、セリアやアムソンさんが助け船の舵を手にしてくれないのもいつもの事。


 血気の盛んぶりは因縁の対決を控えていることもあってなかなか収まってはくれず。

 ついには会場のスタッフがお嬢を呼びに来るまで続き、朝同様、とんだ藪蛇を味わう羽目になったのだった。



──後にして思えば、ここでもう少し早く、スマートフォンのメッセージを確認しとくべきだったと。



 やっぱり後悔というものは、先に立ってくれるほど、親切には出来ちゃいない。







◆◇◆◇◆




『はてさて、それではお待たせ致しました! 三回戦も後半に差し掛かりまして、魔のブロック、第一試合!

まずは剣のコーナーより!』



 晴天直下、昼下がり。



『二回戦にてエドワード選手の飽くなき矜持を堂々と迎え打った、器量も態度もお持ちのお餅もビッグスケールな風精令嬢! 今日もまた、優雅に華麗に勝利を掴み、その高笑いを天高くに響かせてくれてくれるのか?! ナナルゥ・グリーンセプテンバー選手の入場です!』


「オーッホッホッホッ! モチの論ですわっ! ご期待通り、優雅に華麗に勝利を掴んで差し上げますわよ!……ところでおモチってなんの話ですの?」



 セナトとナガレの因縁よりも根深い因縁のぶつかり合いが、幕を上げようとしていた。



『続きまして、魔のコーナーより! 一回戦、二回戦と圧倒的な火力の魔法で対戦相手を薙ぎ払って来ました炎麗淑女! 荒々しく息吹く火炎の如き勢いは、今日もまた更なる燃え上がりを魅せてくれるのでしょうか?! エトエナ・ゴールドオーガスト選手の入場です!』


「ふん。魅入る目ごと焼き尽くされないよう、精々気を付けなさいよ」



 闘魔の祭典の中心にて、対峙するのは新緑と黄金。

 



「優雅に華麗に、ねぇ。そよかぜ風情が相変わらずでかい口を。どうせ叩くなら、せめて出来る事にしとけって言ってんでしょ」


「口を開けば憎たらしい事ばかり……相変わらずなのはそっちこそですわよ。それと、わたくしは黄金風ですわ! なんべん言わせれば覚えますの、このちんちくりんは!」


「まぁ、アンタみたいな落ちこぼれが一回でも勝ち抜けた事自体奇跡みたいなもんだけど……それもここまでよ。アンタのお仲間の前で、このアタシが直々にそのオンボロ金メッキを剥がしてやるわ」


「ぐっ……エトエナこそ、そんなちっちゃな背丈で大言壮語を宣うんじゃありませんわよ! 可愛げのない女ですわね!」


「っ、アンタこそいちいち……身長は関係ないでしょ! ほんっとムカつくわね! 弱っちい落ちこぼれで口ばっかりの癖に!」



 ぶつかり合う火花は、油を必要せずとも過剰に燃え上がる。

 互いにエルフ、互いに紅眼。



『おおーっと、なにやら既に口先による激しい鍔競り合いが巻き起こってる様子! これはセナト選手とナガレ選手に続く因縁対決ということでしょうか?!』



 しかし、彼女達が進んできた道筋は、真逆といっても良かったほどに異なった。



『美少女エルフ同士のぶつかり合い、注目の一戦となります! それでは早速参りまっっしょうッッ!!』



 かつての過程の明暗は、既に光と影に別たれている。


 ならば、それは『この今』にさえ及んでしまうのか。


 その答えは、きっと、未だに霧の中。



『試合────開始でっっす!!!』



 高き清空に、その霧を払う風の第一陣を招く宣言が響き渡った。






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