表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/127

Tales 67【紺碧の将星】

『せ、セナト選手って、女の子だったんですかぁぁぁ?!?!』



 幽霊の正体見たり枯れ尾花、とは不思議なモノの正体は実際、大したことないみたいな意味合いを持つけれど。

 影法師の正体は大したこと大有りだったらしく、衝撃の余波は、秋空高くに昇り始めた白陽を揺らしてしまいかねない程だった。



『今明かされる衝撃の真実とでも言いましょうか。波乱につぐ波乱の展開に、私ことミリアムちゃんは勿論、会場全体がどよめいております!』


「その顔を見るに、確信犯か。いつからだ?」


「確信犯って人聞き悪いな、否定しないけど。気付いたのは予選開始前ん時か」


「チッ……『あの時』か。ふん、なんだ。私の胸の感触でも楽しんだのか? 案外助平な奴だなお前」


「ひっどい言い草だなおい」



 辛辣な物言いのセナトも直ぐに思い至った『あの時』ってのは、予選会場へ向かう途中の一幕にある。

 ジムの割り込みに突飛ばされた俺をセナトが抱き留めてくれた時、後頭部に当たった感触が男の胸板にしちゃなんだか柔らかさを伴っていて。


 シルエットは細長の男性のモノと変わらないだけにその違和感が拭い去れなかった。

 予選で打ち合い、近距離でセナトと対峙したメリーさんにも尋ねてみたところ、彼女も似たような違和感を抱いたらしい。

 根拠は女の勘だそうだから、信憑性は微妙だったけれども。


 結果はご覧の通り『大当たり』だった、という訳で。

 正直誉められたやり方じゃないし、セナトも理由あって隠してた事だろうから、怨み節は甘んじて受けるとして。



「まぁいい。暴かれたのなら、もう隠し立てる必要もない。この借りはいずれ必ず払って貰うとしてだ…………スゥ……ハァッ……『解』」


「借りって……────え、ちょ、は……? 声……って、え、嘘、身体付きそのものが変わってない?」


「ちょっとした呼吸法の応用だ。人体神秘に通じれば、このくらいは誰にでも出来るように……」


「いやなる訳ないだろ!」


『な、なんと……セナトの体格が女性らしく……これが東方の神秘というやつなので──ってこれはつまりスタイルが思いのまま……? ぜ、是非ともバストアップやヒップラインのあれこれを伝授していただきたいですねッッ!!』



 みるみる内に、セナトの体格が骨張った男のものから、なだらかさを伴ったスリムな女性ものへと移り変わる。

 外套がはためいて、開けっ広げになってたヘソ回りの肉質も柔らかさを伴って、妙に色っぽい。

 劇的とまでは言わないけど、明確な変化。

 いやもう、ワールドホリック使ってる俺が言うのもなんだけど、なんでもありかよコイツ。



「それで? か弱い女の秘密を公衆の面前に晒して、それからどうするつもりだ?」


「か弱さなんて微塵もなかったでしょうがよ……でも、まぁ……んなもん、『勝つ』つもり以外にないだろ?」


「……ほう」



 いけしゃあしゃあと宣ってくれるセナトに尋ねられ、げんなりしつつも口端が上がる。

 誉められたやり方じゃない。それでも言うなれば、これは『必要性』があったことに他ならない。


 この状況を生み出す為だけに、下手くそなりのトリックを尽くした。

 なら、後は。



「【奇譚書を(アーカイブ)此処に(/Archive)】」


(時間稼ぎ、頼んだよ、ナイン)


「キュイ!」



 決起して、()け繋いで、格好悪く転び回ってでも──掴み取ったこの機会を、(むす)ぶだけ。



「【虎が生んだ龍を、知っているか】」




────

──


【紺碧の将星】


──

────




「【それは戦乱の時代。星の数ほどの願いと合理が輝き、瞬いた大河の中で、清廉に光る星一つ】」



 軌道を(はし)る尻尾鎌と、閃く黒刀の火花。

 残響を生んで散ったそれは不思議と、遠く遠く、知るはずのない世界の過去の肩を叩く。 



「【多く兵を率いて戦い、武士としての有り様を示した将が居た。武神たる毘沙門天を己に描き、多くの赤い戦場を駆けて、後に越後の龍とさえ呼ばれた星の名は──



──『軍神』上杉謙信】」



 唇を滑らせて紡いだ名前は、実在した人物のもの。

 遠い異国どころか、成層圏、惑星系、あるいはもっともっと遠くの異世界の住人には、当然知る由もない誰かのもの。



「【戦乱の時代において、最も強い将とさえ謳われる彼ではあるが。同時に、多くの謎に包まれた人物でもある。謎につきまとうのは尾ひれと憶測。それらで繋ぎ合わせた不確かながらの『説』が唱えられる事もまた……過去でも未来でも、変わらない夜影の摂理とも言えて】」



 朗々と説話を唱えていく最中、シルエットを緩めた影法師と、目が合う。

 牽制と足留めに務めるナインの鎌を受け止める黒曜石の瞳には焦りは浮かんでいなかった。



「【婚姻を結ばず、後継を定めず、月に一度体調を崩していた事、不確かなエトセトラを積み立てて、それでも誰かがこう唱えた】」



 むしろ興味深そうに、黒絹に覆われた口元を緩めてる。



「【越後の龍は『女性』だったのではないか、と】」



 ただ、『そういう理屈でか』と、少しだけ人間味のある不満を挟みながら。

 だからこちらも悪びれず、そういう訳でだ、としてやったり。



「【World(ワールド) Holic(ホリック)】」



 白金色の奔流が、人を象り。




「……一睡夢を経ても、変わらぬものな。空の青は」



 目の前を、ほうき星の尻尾の様に、紺色の髪が流れた。




◆◇◆




『こ、ここに来て……! この土壇場に、またしてもナガレ選手が新たな精霊を召喚しました! しかも今度は……騎士、でしょうか。真っ白な鎧に身を包んだ美少女騎士の登場です!!』



 くるりと半分こちらを振り返った横顔は、欠けた半月のように耽美だった。

 パチリと一度瞬いた菫色の瞳は、澄んだ昼にも満たない今なのに、夜空を見つめている気にさせる。

 鎧と同様に白塗りの兜から、サッと流れた紺色のポニーテールが、より一層夜に近付く感覚に拍車をかけた。


 戦国最強の武将と誉れ高い人物が持つ雰囲気にしては、儚い。

 160にも満たない小柄さと、鎧を纏っても女性らしさを隠せない耽美が、そう思わせるんだろうか。


 けれど。



「──抜刀」



 まばたきをひとつだけ置いた後、何も語らないまま向き直った正面。

 セナトを正眼に捉えれば、氷の瓦礫の中にほんの少しの蜜を溶かしたようなソプラノで、囁きながら腰の刀を抜いた瞬間に、"変わる"。


 ガチャ、という鎧の鳴りが、何かのスイッチ代わりに。

 彗星が駆けた。



「──」


「!」



 鎧を着込んでいるとは到底思えない駿足が地を駆けて、目を見開いたセナトへと直線を結ぶ。

 合間とも呼べない空白が埋まった後は、星同士の衝突したかの様だった。



(シッ)──」


「っ!」



 瞬く白刀と、閃く黒刀。

 断つ、ではなく、絶つ。

 色塗りの刃が空をなぞる軌道が、残像のように散らばるかと思えば、金打つ鉄の(いなな)きが、一拍置いて聞こえてくるほど。


 あまりにも高速な世界に、目が眩んでしまうくらいに。



「チィッ」


「三十六計か」



 追えない方が多い剣戟が積もった末、舌打ち気味に後退する影法師を、それでも紺色の龍は逃がしはしない。

 徐々に闘技場の端へと斬り結び、果てには壁伝いに刃を打ち鳴らす。



手練(てだれ)だな」


「追い詰めておいて、その台詞か」


「然り」


「くぅッ」



 手に持つ物と、身に纏う物。

 黒と白に偏った両者の交差は、ともすれば武術を尊ぶ人からすれば涎垂モノなのかもしれない。

 まぁ、もっとも。




『え~っと……お、思わず言葉を失ってしまうような斬り合いと言いますか……は、早すぎて……なにがなにやらなんですけど』


(……ぶっちゃけ俺も)



 ミリアムさんが代弁してくれた様に、あの凄まじい高速戦闘のやり取りが目で追えたら、の話だ。

 どっちとも、なんつー強さだよ。

 人間止めてるといっても過言じゃない。いや、謙信はそうなのかも知れないけど。

 戦国最強クラスって、あれぐらい出来ないと務まらない……ってのはないよな、流石に。



 というか、セナト……アイツ、まだあんなに余力残してたのかよ。

 謙信の再現の時はナインが頑張ってくれてたとはいえ、セナトも妙に消極的というか、むしろ再現を"見届ける"つもりみたいだったし。



(……でも、これで……、──っ!)



 セナトの企みが気になる所だけど、これなら勝てるかも知れない。

 黒を押し始めた白の勢いに、勝利の予感が目に見えた瞬間だった。



「っっ、う……ぐあっ……」


『!! ど、どうしたんでしょうナガレ選手、急にその場にうずくまってしまいました! 召喚の反動でしょうか?!』



 ヤバい。反動が一気に来た。

 突発的なインフルエンザにかかったように、ズシンと身体に鉛がぶら下がって、膝から下へ落ちる。

 こめかみに釘を指すような頭痛、呻き声が喉根っこから吹き上げられているみたいに。



「──」


『セナト選手、その機を見逃さない! 投擲されたナイフが、ナガレ選手に迫ります!』



 断片的に拾い上げた実況に顔をあげれば、刃を向けたナイフが飛来していた。

 直撃コース、避けなきゃまずい。

 あんな遠くから正確にとか、どんな強肩とコントロールしてんだよ。

 下らない文句が他人事みたく頭で囁く。

 力が入らない。避けるのは無理。受け止めるしかない。片腕くらいなんだってんだ……!


 ブルブルと滑稽に震える左腕を持ち上げて、コースを塞ぐ。

 無我夢中の、拙いなりの防御。

 けれどその必要性を、白銀が払う。



「キュイ!!」


「! っ……ナイ、ン」



 目の前でカランと転がる黒い凶器に、ドッと汗が吹き出る。

 いつの間にか近くへと駆け寄ってくれたナインが飛来する暗器を叩き落とし、間一髪で左腕は事なきを得たらしい。

 そして。



「──私を前に、余所見をする余裕があるとは」


「あるにはあるな」


「それ誠か?」


「ふん……」



 謙信を前に隙を見せた代償は、きっと高くつく。

 少なくとも、俺だったらその額の余りに顔面蒼白になるくらいに。



「そんな訳あるか。冗談だ」


「然り」



 龍の研ぎ澄まされた白牙が、黒刀の双牙を砕いて────影法師を地に縫い付ける。


 その一撃はまさに、手を伸ばすには余りに苦しまされた白星を、ようやく、ようやく……掴む為の。





「…………降参だ」





 画竜点睛を打つ、越後の龍の一撃だった。





「──勝者! サザナミ・ナガレ選手!!」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現在参加中です!応援宜しくお願いします! cont_access.php?citi_cont_id=568290005&s 小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ