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Tales 6 【末恐ろしきはどちら様】

 カランと爪先にぶつかった瓦礫の欠片が、荒れ果てた石床を転がる。

 外れかけたドアを潜っても、惨状は変わらない。

 壁に突き刺さったひび割れた剣、半分に折れた槍、樽に纏められてそのまま粉々に砕かれて使われる事のなくなった弓矢の束。


 激しい闘いの後、負けて出来た傷痕ばかりが至るところに溢れていた。



「私メリーさん、生きてる人はもう此処には居ないみたい」


「……そう。ありがとうメリーさん」


「……生きてる人は居ない、か……」



 森を抜けた先にあるという砦は、もう砦としての機能すら失ってしまった。

 偵察としての役割を引き受けてくれたメリーさんからの報告に、セリアは静かに頷くだけだった。



「……これ、まだ使えそうね。こっちも」


「そういえば、セリアの剣は折れてたっけ。でもあんまり無理に闘おうとかしないでくれよ」


「貴方に心配されるのは心外だわ。剣もろくに振った事もないんでしょう?」


「……メリーさん居るし」


「……冗談よ。とりあえず、ラスタリアに戻りましょう。でも、気を抜かないで。戻りの道中で魔の物に遭遇しないとも限らない」


「……つまり、いざとなったら俺もって事か。いいよ、腹括る。けど、どうせならもう少し自分を労る人に命救って欲しかった」


「そう。それは、残念だったわね」



 砦の武器庫らしき場所から、辛うじて無事だった剣の内の一本を手渡されて、大きく息を吐いた。


 魔物。

 それはさっきメリーさんが倒してくれたアークデーモンのような怪物と遭遇するかもしれないって話で、いざという時の為の護身の手段は持っておいた方が良い。


 この砦に来る前はそこまで深刻にとらえてなかったけど、惨状の重さを見れば誰だって楽観的にはいられない。

 剣なんて持ったことないから、予想以上の重さに軽くふらつけば、肩をトントンと叩かれる。



 背後に回るの好きだな、流石メリーさん。



「私、メリーさん。私の力、信用してないの?」


「そうじゃないって。もしもの時の保険ってこと」


「私メリーさん。もしもなんて来させないの」


「……頼もしいわね」



 自分に任せろ、と愛らしく胸を張るけど、いつの間にか手に持った大鋏をジョキンと勇ましく鳴らすのは危ないから止めて欲しい。

 でもまぁ、その方が都市伝説のメリーさんって感じがしていいか。



「……」



 そんな事を思う背後で、シャキンと鉄が滑る音に振り向けば、蒼い騎士が、静かな眼差しで剣の刃を眺めていた。

 切れ味とかの確認、という何気ない所作。


 けれども、その立ち姿が誓いを立てる騎士そのものだと見えたのはきっと。

 前髪に隠れがちな青い瞳が、静かに、それでいて鋭く細まっていたからだろう。





────

──


【末恐ろしきはどちら様】


──

────



「噂をすれば、にしてはタイムラグがあるけれど……やっぱり居るわね。ゴブリンの、群れ……面倒な」


「……ゴブリン、小鬼か。たまにオーガと同一視されてる」


「……えぇ、そういう事もあるとは思うわ。でも、ナガレ。貴方には魔物の知識があるの?」


「都市伝説に比べたらほんの少し(かじ)った程度。まぁ、都市伝説の考察してたらファンタジーも多少は絡んでくる場合あるし」


「……ふぁんたじー?」


「ちょっと舌足らずな感じ、意外といいよ」


「からかわないで」



 まさか本当に魔物の遭遇を果たすとは思わなかったが、ゴブリンと聞いて少し安心してしまうのは俺の悪い所だと思う。


 森を抜けた時と同じようにセリアを背負い直して、砦を出てから小さな川を渡……ろうとしたけど背負いながらでは流石に無理で。

 纏めてメリーさんに軽々運搬された時は、また一つ男としての尊厳が崩れかけたけれども。


 とにもかくにも、渡りきった先の先、葉を落としはじめた樹林や背の低い草花が広がる通り道で、そいつらは居た。

 緑色の荒い肌に耳鼻が独特に伸びたり欠けたり、人の顔に近いのに人とは違うとハッキリ分かる。

 あれは魔物だ、間違いなく。



「……小さな剣みたいなの持ってる。武器を使うのか」


「えぇ。総数は八。その内、三匹が兜を被ってるわ。魔物の癖に、人の道具を使うのに抵抗とかないのかしらね」



 盛り上がった丘を影にして、何やらコンビニの前にたむろしてるヤンキーみたいに集まってる姿は、正直ちょっと面白い。

 しかし、その手に握られた剣や斧にこびりついた血を見れば、失笑さえ浮かばなくなる。


 セリアの皮肉の冷たさに、むしろ気を引き締めてしまうくらいには緊張していた。



「……この先、あとどれくらい?」


「そう遠くはないけど、このまま行けば夜になるわね」



 広く遠大な道を行けば目的地であるラスタリアへと到着するけれども、空の向こうはオレンジ色の夕焼けが頭を出し始めている。


 夜になればその分、魔物と遭遇した時の危険性が増すから、なるべくここは急ぎたいところ。

 自ずと鞘から白光る剣を抜いたセリアが、腰を浮かせた瞬間だった。



「…………ねぇ。ちょっと、あれ」


「……ん? え、なっ、メリーさん……!」



 ふよふよとそこらを散歩でもするような軽快さで、一人ゴブリンの群れへと飛んで行ってしまったメリーさんに、俺とセリアの体感ストップウォッチが叩かれる。


 確かに彼女の存在格は優れているんだろうけど、アークデーモンは背後からの不意討ちがきっちり決まったから勝てたのであって、複数相手ではそう簡単な話にならない。


 だからセリアも群れが厄介って言ったのに。

 弾かれるように腰を上げ、駆け寄ろうとするが……そんな心配など無意味だった。



「私、メリーさん。鬼さん此方、手の鳴る方へ……って知ってる?」


「……ギギ」


「今、お遊戯がしたいの。だからご一緒にどう?」


「……ギィ、クカカ」



 淑女のお遊戯の申し出に快く応じて、各々の武器を構えてゴブリン達がニタリと笑い、殺到する。

 その活気ぶりに心を良くした彼女は、嬉しそうに頬を緩めて、あの大きな鋏を手元へと喚んだ。



「私、メリーさん。さぁ、遊びましょう」



 彼女にとってのお遊戯でも、ゴブリン達にとっては死闘と言っていいかもしれない。

 だが文字通り、死んでしまう闘い、という意味だけど。




◆◇◆◇◆





「……圧倒的、ね」


「……いや、俺もここまでとは」



 セリアが抜いたはずの剣を再び鞘へと収めたのは、勝負の行く末を語らずとも察せれる行為といえるだろう。


最初の一匹を刺し貫いて、その後三匹纏めて首を鋏で断ち、残りの半分がたった一人の少女を相手に逃げ出すところを、バラバラバラ、と。

 もしかしたら、あのアークデーモンに対して不意討ちしなくても勝てたんじゃないのか。

 そう思えるくらいの強さに、流石と言いたい所だけども。


 どうしてか、さっきからずっと両肩にズシンとした重さを感じる。

 あれかな、とんでもない存在を味方にしているって実感が変なプレッシャーにでもなってるのか。



「正直、あのメリーさんって娘がアークデーモンを葬ったと聞いた時は半信半疑だったけれど……信じざるを得ないわね」


「……納得してくれてありがとう」


「御礼を言われても困るのだけど」


「……いや、多分だけど、都市伝説ってのは人に信じて貰いたいって思うものだから。そっちのがメリーさんも喜ぶでしょ」


「その都市伝説というモノも、まだ良く分からないけれどね」


「大丈夫、その内たっぷり聞かせてやるから!」


「……そ、そう」



 そう引きつった顔をされると、こちらとしても色々見返してやりたくなる。

 都市伝説の良さを誰かに語るのは愉しい事だし、その魅力にはまって貰えれば俺も嬉しい、非常に嬉しい。


 と、そこで、また少し肩の重みが増して……ようやく、身体の変調に気付く。

 何というか、ダルい。

 熱でも出たのかという程に徐々にしんどくなって来る。



「……ナガレ? どうしたの、顔色が悪いけれど」


「……いや、なんか急に疲れが……」


「私、メリーさん。多分、それは私を再現し続けているからなの」



 ゴブリン達を全て塵に還したメリーさんがいつの間にか傍らに寄り添い、申し訳なさそうにエメラルドを伏せる。


 え、もしかして俺呪われたとか?

 どうしよう、それはそれでテンションあがるって言って良い場面じゃないよな。



「私、メリーさん。私が此処に居るのは、ナガレの不思議な力のお蔭。でも、私はもともと不確かな存在。私とナガレはとても相性が良いみたいだから今まで大丈夫だったけれど、それを現実に縛りつけ続けるのは、とても大変な事みたい」


「あー……そういや、テラーさんも負荷がどうとか言ってたな……」


「……つまり、魔力を消耗しているようなもの、という意味かしら。けれど、それは危険よ。魔力の枯渇が巻き起こすのは軽くて気絶。最悪の場合は、暴走するわ。メリーさん、その能力を止めるにはどうすれば良いの?」


「私、メリーさん。それは多分簡単。ナガレが能力の使用を止めるように意識すれば私は消えるの。私を再現した時と、逆に意識を集中させれば」


「……き、消える!? せっかく再現したのにか!?」



 冗談じゃない。

 せっかく彼女とこうして話せるようになったってのに、消えてしまうだなんて。

 いや、俺の身を案じての事なんだろうが、どうしたって惜しんでしまう気持ちが前に出る。


 しかし、そんな俺の感情を読み取ったのか、少しだけ頬を染めてメリーさんはそっと俺の掌を両手で包み込んだ。



「……私、メリーさん。大丈夫。ナガレ、ほんの少しの間だから」


「メリー、さん……」


「私、メリーさん。いつも貴方の傍に居るの」


「…………分かったよ。都市伝説にそんな顔させるとか、愛好家として失格だな」



 いつも貴方の傍に居る。

 メリーさんにそう言われたのなら、もう従うしかない。



「【奇譚書を(アーカイブ)此処に(/Archive)】」



 あの時と同じように、アーカイブが目の前に躍り出て、独りでに書が開く。

 彼女とは、一時的にお別れだ。

 だが、ずっとじゃない。



「……私メリーさん。また、すぐに会えるわ」


「……あぁ。ありがとう、メリーさん──【プレスクリプション(お大事にね)



 脳裏に自然と浮かんだ、再現終了の言葉を紡ぐ。


 そしてメリーさんはまるで蜃気楼のように薄っすらと風景に輪郭を溶かしていき、やがてその愛らしい姿はどこにも見当たらなくなった。


 都市伝説、不確かな存在。

 けれどもどこか人間味があって、お茶目で、常に俺の味方をしてくれたメリーさんの名残を謳うかのように、優しい風がそっと頬を撫でた。



「……ナガレ」


「大丈夫。また、再現するから」



 もう一度、近い内に、絶対。

 初めての再現、俺の拙い語りに応えてくれた彼女は、また必ず喚んで見せるから。


 だから待っててくれよ、メリーさん……と、そんな台詞を寂しげに呟いたところで。



──プルルルルル



「……」


「……」



 あれ、ちょっと待って。

 え、もしかしてだけど、この音って俺の着てるジャケットから聞こえてませんかね。


 恐る恐る着信音を響かせる壊れたはずのスマートフォンを取り出してみれば、非通知着信ではなく、バッチリ『メリーさん』って登録されてる文字が。


 いやいや、いつの間に。

 いやそれ以前にちょっと待って欲しい。



「……もしもし」


『私メリーさん。ね? すぐ会えたでしょ?』



 いやいやメリーさんね。言った通りでしょってそんな可愛く言われてもね。

 そりゃ会えたのは嬉しいけど。

 嬉しいのは間違いないんですけども。


 さっきのなんかほら、感動的な別れっぽいアレは何だったの。

 いつも傍に居るってスマートフォン的な意味?

 確かにいつも持ち歩くけど。



『このオモチャの中、結構広くて楽しいの』


「そ、そっか。気に入って貰えて……あれ? というか、そもそもなんでスマートフォンの中に……」



 一瞬、再現する時に触媒みたく扱ったからかとも思ったけど、それより閃くものがあった。

 手に持ち直したアーカイブを開いて見ると──どうやらその閃きは正しかったらしい。



─────


【依存少女】


「人の形でなくとも、物であるなら者と成る。

 何かに依って誰かと共に。

 そうして彼女は悲劇を生んだ」


・命や魂のない物質を依代にして憑依する事が可能



─────




【背後より来たりて】の下の欄、未提示だった保有技能が、いつの間にか解放されてる。



「……なるほど。じゃあ、スマホじゃなくても……例えばこの剣とかにも憑依出来るって事?」


『多分。でも、居心地悪いのはメリーさんもイヤだし、自由に動かせるとは思えないの』


「……これにも相性があるって訳ね」


『このオモチャはとっても居心地良いの。でも、一番はナガレの背中。くっついてると安心するの、うふふ』



 これってつまり、メリーさんが人形じゃなくて人間の姿ってのが影響してるのか?

 考察してみるに、恐らく再現の時に外国製の人形がなかったのが原因かも知れない。



『それじゃあ、ナガレ。またね』



──ツー、ツー、ツー



 いやぁ……これは流石にね、予想出来ないって。

 つまりアレかね、スマートフォンをブックマーク的な感じで依り代にしてんのか。

 なるほど、ほんと便利で助かるけどさ。



「……うああ、めっちゃ恥ずかしい。なんでもっと早く気付かなかったし」


「…………ええと、それじゃあ行きましょうか、ナガレ」


「……あ、おぶらなくても……」


「もう多少回復したから大丈夫よ……」


「……そっすか……」



 気を取り直して、なんて簡単に出来たら苦労しない。

 なんかさ、セリアだって俺に気を遣ってそっと肩に手を置いてくれてた訳ですよ。

 シリアスが肩透かし食らうと、想像以上にクる。


 互いに何とも言えない気恥ずかしさを誤魔化しながら進んだラスタリアへの道は、会話が弾む訳もなく。

 ただただ微妙な空気に、別の意味で肩が重くなった。




_______



補足『メリーさん』



【背後より来たりて】について


原題のメリーさんのオチから引用された技能。

背後からの奇襲の際、強さに補正が掛かる。





【依存少女】について


物質を依代にして憑依する能力。

命や魂が介在していない、というのが憑依の条件。

メリーさんいわく、憑依する対象にも居心地の良し悪しというものがある。

居心地の悪いものは短い時間しか憑依出来ないらしく、操作もほとんど出来ない。


反対に、居心地の良いものは多少操作をする事が出来るらしい。

メリーさんいわく、ナガレのスマートフォンはかなり快適らしく、スマートフォンから電話を掛けたり、アラームを鳴らしたりする事も可能。

スマートフォンに憑依する場合、ナガレとのリンクは遮断される。



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