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Tales 61【夏影】

「……あにひへんほ」


「死人の口にしては随分と柔らかいな、ええ?」


「はなへ」


「……」



 小馬鹿にした様に、グニグニと頬を引っ張るルークスを不服そうに睨めば、負けず劣らず不機嫌そうな緋色に迎え撃たれる。

 ひょっとしなくとも冗談だと取られたんだろう、重い会話にウェットを求めるようなタイプじゃなさそうだし。



「嘘みたいだけど本当の話だぞこれ」


「だとしたら私よりお前の方がよっぽど『幽霊』として噂されるべきだな」


「ちゃんと説明するって」


「ふん」



 胡散臭いと目で語るルークスに、曖昧に笑いかけながら視線を夜空へと逃がす。

 さて、何から話そうか。

 なんせ俺自身の話だってのに、どこか腑に落ちない経緯だから。

 でもまぁとりあえず、先ずは前提の照らし合わせから。



「ねぇルークス、『異世界』って信じる?」





◆─◇─◆─◇─◆





 異なる文明、異なる常識、異なる思考。

 同じ地球の上で住む人間同士だってそれらを共有するのに途方もない苦労を生むんだから、違う世界の人間ともなれば尚更だ。

 セリアやお嬢に説明した時だって半信半疑って顔してたし。



「で、これもお前のセカイの代物だというのか?」


「そそ。遠くの人と話したりゲームしたり写真撮ったり。今はもう壊れて、代わりにメリーさんの棲み家になってるけど」


「壊れて棲み家……もう、訳が分からん。というより分かるように言ってないだろう」


「バレた? まぁ俺もこっちの魔法の概念とか仕組みとか未だに良くわかってないし、いくら説明したってすんなり腑に落ちるもんでもないだろーな、って」


「……」



 明かりの付かないスマホの画面を、気難しそうに人差し指でノックする。

 俺の言いたい事が分かっても、なんとなく投げやりに済まされたように思えたのか、どこか拗ねた仕草だった。



「ニッポン、か。お前の育った国の名は、随分変わった響きだな」


「確かに、こっちじゃ聞かないかもな。もしかして、興味ある?」


「……別に」



 素っ気なく言い捨てるけれども、緋色の瞳は彼女の手の中にある無機質な未知に落ちたまま。

 言葉と感情が結び付いていない事は、直ぐに分かったから。



「……その、ニッポンという場所に、お前にとっての大切な者達が居るんだな」


「……ん。そういう訳」



 まるで、彼女自身が抱えている何かしらの境遇を、違う世界の違うの文明へと重ねているみたいで。

 だから俺は、ルークスの更に踏み込んだ問い掛けに、案外すんなり答えられたんだろう。



「──お前の言う大切な者達とは、両親のことか?」



 揺蕩(たゆた)う月の銀色の様な、ヒヤリとした静けさが、一瞬。

 脳裏に浮かび上がったのは、フローリングに転がった黒いランドセルと、シミと、一通の手紙と、振り子のように揺れる両足。



「──いいや。俺にはもう、父さんも母さんも『居ない』から」



 振り切れるものじゃない、忘れられるものじゃない過去。

 ソレに囚われなくても良いと、遮るように俺へと伸ばされたのは、皺だらけなのに逞しい掌と、綺麗な癖に力強かった掌。



「だから、そういう意味では、俺を育ててくれた『爺ちゃん』と……、──いっしょに馬鹿をやってくれたアイツら……ってことになるかな」


「アイツら?」


「俺が言うのも何だけど、お行儀の良い連中じゃなかったよ。善良か不良かで言うと、間違いなく不良の方に票数(レッテル)が集まるくらいに」



 だからこれは、その片方の掌についての語り。



「だってのにさ、これが割と付き合いが良い奴らで。『こっくりさん』って遊びを一緒にやろうぜって頼んだら、嫌々ながらも結局やってくれたり」


「……良く分からんが、そんな札付き相手に遊びを持ち掛けるお前もお前で何を考えてるんだか。大方、体良く追い払う為に、といった所じゃないのか」


「ま、しつこく迫ったから仕方なく、ってのもあったけど。でもなんでか、それ以降もよくつるむ様になって。変わった噂だったり、よくある迷信だったり些細な都市伝説だったり、そんな曰く付きの場所やら遊びの『調査』にも、割と付き合ってくれたんだよ」


「暇な連中だ」


「勿論、断られた時もあった。でも、不思議と……特にリーダー格のアキラってのとは相性が良かったみたいで。俺も俺で周りから変人扱いされてたから、自然とつるむ機会も増えてったな」


「……要は、はみ出し者同士の傷の舐め合いか」


「……かもな。でも、俺はともかく、アイツがそんな慰め欲しがるような女々しいヤツだったらどんなに『楽』だったか」



 口を開けば乱暴な口振りばっかりで。

 人並み外れた腕っぷしで。

 意地っ張りで負けず嫌いで。

 それでもなんだかんだで面倒見がよくて。


 本人は決して認めなかったけど、髪の手入れを怠ることはなかったり、背の高さが実はコンプレックスだったりと、案外、女らしいとこもあって。

 でも、それ以上に。



「……正直、男としては滅茶苦茶悔しいけど……格好良いヤツだったよ、ホント」



 そんで、俺こと細波 流もまた負けず嫌いで意地っ張りなんだって自覚させられた。

 青春ドラマみたいに青臭い感情を抱いたその時のことは、今でも鮮明に覚えている。


 赤黄色に移ろいゆく最中の季節、風通しの良い冷夏。

 思い出は、残響みたく駆け巡る、遠い蝉時雨と風鈴の一鳴きが運んでくれた。




────

──


【夏影】


──

────



 アキラやチアキ、リョージにも時折注意されていたことだし、事実何度か遭遇しかけた事もあった。

 その時も、何度かの内の一つに過ぎないんだけれど、色々と運が悪かったってのもあったと思う。


 人の寄り付かない曰く付きのスポットが呼び寄せるのは、何も霊的なものばかりとは限らない。

 寄り付かないからこそ都合が良いと考える人だって中にはいるもので、そういう輩と遭遇した方がよっぽど危険が付き纏うこともある。


 アキラ達と出会う以前にも、一度や二度、うっかり絡まれた事もあったし、取り敢えずベルトは即席の武器に出来るって余計な知識を持てるくらいには、多少喧嘩馴れしてしまった訳で。

 でも、流石に五人に囲まれてしまえば、もうお手上げだった。



『あーあー、ダメダメ。ダメじゃんこーんな場所に一人で来たら。怖ーい幽霊に、ボッコボコに呪われんぞー? ぶはははっ!!』



 自業自得といえば話はそれでおしまいだが、その夜に絡まれた相手が災難の象徴とも言えた。

 一昔前に居たという、現代ではそれこそ都市伝説レベルに希少な『カラーギャング』という連中で、揃いも揃ってブルーカラーのパーカーやら靴やらで身を固めていた。


 最近になって結成され、悪評を小耳に挟む事も増えてきたような、リーダー格の金髪でさえ、当時高校二年の俺とそう変わらない年頃のチーム。

 冷や汗垂らしながら適当に話を合わせて、なんとか逃げる機会を窺ってみたものの。



『は? なにヘラヘラしてんの? つか勝手に口聞いてんじゃねーよオラァ!』



 厚いブーツの前蹴りと共に放たれた台詞からして分かるように、"最初っから見逃がしてやるつもり"なんてなかったんだろう。

 体の良いストレス解消道具にされて、『痛い』に飽きるぐらいには、ボッコボコにされて。


 歯が一本も欠けなかったのが奇跡だったくらいだ、代わりにあばらが大惨事になってしまったけれども。

 翌朝、晴れ上がった瞼に朝日が染み込む頃、なんとか麓のアスファルトまでたどり着いた俺を搬送する救急車の車内で、どうやら右腕も駄目みたいと分かった時は、鉄臭い苦笑をする羽目になった。


 まぁそんな目に合えば騒ぎにもなり、漁を引き上げて駆け付けてくれた爺ちゃんに滅茶苦茶叱られるという、泣きっ面に蜂。

 でも、問題はそのあと。

 恐らく爺ちゃんから連絡が行ったのか、普通に授業中である午前半ばにゾロゾロと病室にやって来たアキラ達が、俺のボコボコの有り様を見て、一言。



『……不っ細工になりやがって。"笑えるな"』



 こういう時ぐらい慰めてくれよって。

 いつもみたいに軽口を叩いてやりたかったのに、出来なかった。

 取り繕うような言葉さえ喉の奥に引っ込むくらいに、アキラ達の雰囲気が違ったから。



『青荻山の奥の一軒家、つってたっけな』


『リョージ、余計なこと言わない。じゃあね、ルー君。お大事に~』



 どこを怪我したのとか、何があったのかとか。

 そんな"本来"を一切問わず、アイツらの中でだけで会話を成立させて。



『いだっ』


『ふん。馬鹿が』



 爺ちゃんに食らった拳骨でコブが出来てる頭に軽く一発、土産を置いて、もう用は済んだとばかりに紅い尻尾髪が病室の外へと向かおうとする。

 遠退く背中に沸き上がったのは、疎外感か、物足りなさか、それとも、何かしらの胸騒ぎか。

 (うめ)くように引き止めた俺に、アキラだけが振り返らなかった。



『アキラ……?』


『──悪いな』



 ただ一言、今までの交遊の中で一度たりとも聴いたことの無かった詫びの言葉を置いて、アイツらは足早に病室から去って行った。



 まるで、俺一人を置いてけぼりにするみたいに。




……だなんて勿体振ってみたけど、まぁ、アイツらとの再会は思ったより早かった。

 なんせ、この日の『翌朝』だ。こんな如何にもな別れ方をしておいてだよ。


 しかも、まさか……隣のベッドに並んでの再会になるとは、少なくともあの時の俺には一ミリだって想像してなかったな。



◆◇◆




『……こんな時は、折角の美人が台無し、って言えばいいのかね』


『うるせぇ』


『アイツらのアジトに直接乗り込んで大立ち回りして、挙げ句全員ぶっ倒すとか。ていうかなんで俺を痛め付けた連中の事とか居場所とかその日のうちに突き止められんの』


『チアキがイカれたネットワーク持ってる事くらいテメェだって知ってんだろ』


『……一緒に乗り込んだリョージが「男の俺が軽傷で済んじまった」って凹んでたし。女が頭から血ぃ流すまで殴り合って、しかも右腕まで折って。なに、お揃いにでもしたかったの』


『気色の悪い冗談言うんじゃねぇ』


『冗談で済めばどんだけ良かったか』


『……』


『……』



 矢継ぎ早に苦言を呈せば、お隣さんは罰が悪そうに突っぱねるだけで、取り付く島もない。

 頭に包帯、右腕にギプス、患者衣でペアルックなお互いは、視線すら交わることなくシミのない天井を睨み付けてる。


 リョージは比較的軽傷ということで、チアキと一緒に警察に事情聴取。

 となれば学校側にも連絡は行くだろうし、停学はまず間逃れない。最悪、退学。



『勝手に、身体張るなよ』


『あ?』


『俺の不注意が招いた事なのに、お前らが……アキラがそんな様になって。返せない借り、作られても……困るだろ』



 アキラ達が、誰の為にここまでしたのかなんて、言われなくても分かってる。

 あぁそうだよ、袋叩きにされた時よりも痛いくらいに。



『面倒クセェな』


『は?』


『何が返せない借りだ、変人の癖にまともぶりやがって。第一そういう考えなら、テメェのツケはとっくに返し切れないぐらいに膨らんでるだろ。何度テメェの"趣味"に付き合わされたと思ってる』


『……』


『それに、だ──』



 だからこそ、不安になった。

 そこまでして貰う理由が、あるのかって。

 最近一緒につるむようになった程度の、ちょっとした悪友程度にそこまで身体を張るなよ、って。


……思いっきり危ない橋を渡ってくれたことを、素直に嬉しいと思えてしまう"幼稚な自分"が居る事に、どうしようもなく不安になったから。



『オレ……、──私は、私の意地を通す為に、あのクソ野郎共に喧嘩売ったんだ。お前に迷惑がられようが、関係ない。それこそ私の勝手だろうが』


『……アキラ』


『例えこれから同じ事が起きれば、また同じ様に意地を通す。何度だってな。だから、嫌なら…………もう、離れちまえば良い。それこそお前の……勝手だろ』


『────』



 そして、極めつけにこれだもんな。

 格好付けてる癖に、それでちゃんと格好良く決まってる癖に。

 最後の突き放し方が下手くそで、まるで腕をぎゅっと掴んだまま、どっか行けって言われてるみたいで。


 ズルいよな、そういうの。



『言っとくが……自分を安く見て、他人を高く見積もるようなヤツの忠告なんて知らねぇ。文句ならリョージ辺りに言ってろ』


『……あっそ。じゃあ、もう言わない』


『ふん』



 結局、ありがとう、と素直な本心を伝えることはなく。むしろ伝えない方が良い、だなんて謎めいた確信を抱いたまま。



『そういや、病院の公衆電話についての都市伝説知ってる? あれさ、基本的にかける事はあってもかけられる事はなくってね』


『ちっとは遠慮しろ、この変人!』



 ギクシャクとも呼べない、喧嘩未満の未熟なやり取りから来る気恥ずかしさを誤魔化したのは、俺の方が先だった。

 窓際で、誰かが吊るした淡い色した風鈴の微笑むような音色が、蝉時雨の中にそっと溶けていた。




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