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Tales 59【再会】

「……ちょっと散歩してくる」



 真上に広がるキャンバスの赤黄色が、やがて紺碧へと変われば、肌を撫でる風もまた冷たさを増す。

 日は暮れて、こっちも途方に暮れていた。自然と靴の先っぽばかりに目が行ってしまう。

 見咎められる前に、頭を冷やしたいと願い出た。



「それは別に、構いませんわよ。けれどナガレ、帰ってくる頃にはもう少しマシな顔をすること! ……わたくし達は試合に勝ったんですのよ? 今日の勝者が俯いていてどうするんですの」


「……」


「如何なる犠牲を払ったとて、勝ったのならば、その日その晩は笑顔であるべし……家訓第七条ですわ! 落ち込むなら、今夜の夢の中でなさいな」


「……はは、俺とおんなじくらい凹んでたあんたが言うか」



 けれどもすんなり見送られる事はなく。

 手厳しいような、暖かいような、どっちにも転ばせれる言葉につい笑みが浮かぶ。

 お礼代わりのからかいは、心の重石を無茶苦茶な風がさらってった証だろう。



「ナガレ」


「ん?」


「……えっと。あまり遠くは、ダメよ」


「はは、子供じゃないんだから。分かってるよ、セリア」


「……そう」



 だから、俺の心情につられて瞳に陰が差してしまっているセリアにも、冗談混じりに返せた。

 靴底を砂利で鳴らして、一人、別の道へ。

 背を向けた際につい落っこちた溜め息を、どうか聞かれていませんように。




◆◇◆




「明日も頑張ってね、さもなーさん! メリーさんによろしくね!」



 夜空の満天の星々をそのまま散りばめたような笑顔を浮かべながら手を振る少女を、ヒラヒラと力の抜けた返礼でもって見送る。

 顔に貼り付けたのは自分でも分かるくらいの苦笑、下手すりゃ引きつって見えるくらいの。

 あぁ、参った。一人になるどころじゃない。

 闘魔祭で勝ち抜けば勝ち抜くほどに、俺という個人が注目される事くらい百も承知だったのに。


 道行くだけで視線が集まりと、中にはさっきみたいに小さな子供に声をかけられる事もあった。その殆どがメリーさん目当て、というのは流石というべきか。

 好意的な視線もあれば、勿論、懐疑的な視線もある。

 懐疑的、の理由は言うまでもない。



「サモナー、か」



 気のままに進む足先は、市街地から人の居ない方へと外れていく。

 サモナー、精霊奏者、魔法使い。

 そこに付きまとう疑惑はあれど、俺はその『誤解』に甘えたはずだった。

 はず、だったんだけれど。



「……」



 本当は、精霊魔法使いなんてものじゃなく、都市伝説愛好家を名乗りたい。

 そう、都市伝説愛好家。都市伝説を愛でて好み広める者。

 不可思議にときめき、噂の火種を是が非でも確かたがる探求人。

 そう在りたいって欲求は、紛れもなく本心であるはずなのに。



「……」



 掌のスマートフォンをチラッと見ても、画面は暗いまま。

 まだ、メリーさんは起きてない。

 それほどまでに疲れきってしまったという事なんだろうけど。

 そう伝えた途端頬を膨れさせた先程の少女の言葉が、心の水面に滲んで浮かぶ。



『メリーさんは女の子なんだから、無理させたらダメだよ、さもなーさん』


「……返す言葉もないよなぁ」



 武器にしてるつもりはない。駒だなんて思ってない。

 彼女達は愛すべき隣人で、焦がれ続けた憧れで。

 でも、"死んで"こっちの世界に来て以降、俺が都市伝説(彼女達)にやらせている事を鑑みれば、愛好家という称号は到底相応しくないものだと。



『テメェがそんな調子じゃあ浮かばれねぇなぁ、"あの娘っ子共"も』



 自分で闘うと決めた癖に、まだ俺は心のどっかで女々しくも割り切れないでいる。

 それを、まんまと見抜かれた。

 エースいわく、キング(あの男)は生粋の傭兵であり、多くの戦士と共に多くの戦場を経験した強者であるらしい。

 その経緯の中で育った洞察力と観察眼の前では、俺の迷いなんて明け透けに映るものだったんだろう。



『下らない意地でも突っ張るのが男でしょーが』



 闘魔祭の参加を決めた日の、土妖精の石橋でセリアに切った啖呵も、これじゃあただの強がりに落ちぶれる。

 でも、じゃあ、なんで俺は自ら参加を望んだのか。


 セリアの為。

 テレイザ姫の為。

 ラスタリアとガートリアムの力添え。


 どれも、間違いじゃあないけれど、正しいとも言えない。

 本当は、ただ『必死』なだけだった。

 それこそ本当に強がってるだけだった。


 俺はただ。


 自分の死を──────



「っ、どわぁっ!?」


「うわっと!?」



 深々とした心の海にもう一歩沈みそうな意識を引き上げたのは、ジンジンと額に走る痛みだった。

 思いっきりぶつかったせいで、目の奥に火花が散る。

 けれど、それはつまり痛い思いをしたのは相手側も同じということで。



「んのぉ……どこ見てんねや!! ちゃんと前向いて歩かんかい!! って……おぉ?!」


「ったぁ……す、すいませ……ん? あれ」


「ナガレの兄ちゃんやん!」


「……ジム?」



 このだだっ広いセントハイム国内の、更に人通りの少ないはぐれ道で文字通り行き当たるのが、まさかの数少ない顔見知りとは。

 ドスの効かせた声から一転、朗らかに手を伸ばして来たのは、琥珀色のおかっぱ頭とリスみたいに膨らんだ頬が印象的な男。

 予選で闘った、色んな意味で印象の強い相手、ジム・クリケットその人だった。



「なんやこんな所で一人、もしかして迷ったんか?」


「あーちょっとした散歩。ジムは?」


「ワイも似たよぉなもんや……あ、せや! 兄ちゃんの試合、二つとも見させてもろたでぇ。あんな隠し球もっとったとは、ナガレの兄ちゃんはホンマに食わせもんやな!」


「……ジムにだけは言われたくない」


「かかか、そりゃごもっとも。一本取られたわ」



 どうやらジムも観戦に来ていたらしく、隅に置けないとでも言いたげに肘で小突いて来る。

 相変わらず軽薄なのか友好的なのか分かり辛い相手だけど、ある意味この人らしいと言うべきか。



「ま、折角や。こんなとこで()うたのも何かの縁や……ちと面白い話聞いてかんか?」


「面白い話?」


「せやせや。あんな、兄ちゃん。




────『精霊樹の幽霊』って聞いたことあるか?」





◆◇◆



 鏡を見ずとも、自分を薄情な女だと思う。


 何かを抱えている事は分かっていた。

 迷っている事も、悩んでいる事も、飄々とした笑みの向こうに消化しきれてない想いがあることも。



「……全く、ナガレったら、らしくもないですわね。いつものヘラヘラとした態度はどこにいったんですの」


「ふむ。らしくない、ですか……そも、ナガレ様とはどういう方なのでしょうな。ガートリアムから供をさせていただき、かれこれ二週間。お嬢様の目には、あの御方はどのようにお映りになられてますかな?」


「どのようにも何も……ナガレといえば都市伝説とかいう奇妙珍妙を好む変わり者でしょうに」


「ふむ、それ以外にございますかな?」


「え? そ、それ以外……へらへらと軽薄で、何を考えてるか分からない……やっぱり変人ですわよ。ま、まぁ、時々、その、妙な男気を見せるというか、ええと……もう、何でわたくしにばっかり聞くんですの! セリア! 貴女も何か仰いなさいな!」


「……私?」


「そうですわよ。ナガレと一番長い付き合いじゃありませんの」


「……」



 じんわりと頬に朱を浮かべたナナルゥの言葉に、形の良い眉が力なく垂れる。

 確かに、彼の奇妙な経緯をそのまま鵜呑みにしたのなら、この世界の住人でナガレと一番付き合いが長いのは自分だ。


 たがそれは供に過ごした時間が長いだけで、理解を深めたという訳ではない。

 無論嫌いだからじゃない。むしろ供に居ても、面白味のない女の自分でさえ心地良いと感じてるくらいには、許している部分もある。



「……彼は」



 けれど、それまで。

 互いが互いに踏み込むことをしていない。

 妙に波長が合ってしまったから、その居心地に甘えているのだ、お互いに。

 安堵したのだ。

 復讐の理由を問わない彼に。

 意地だなんて"無理矢理な理由"で力を貸してくれる彼に。



「……『不安』なのよ、きっと」


「不安、ですって?」


「えぇ」


「なんでそう思うんですの」


「……」



 命の恩人だからと、危険付きまとう風無し峠にまで付き合ってくれる無鉄砲な彼の事だから、自分に関われば関わっていくだけ、自分の復讐にも関わる可能性が高い。

 だからこそ、踏み込ませるつもりはなかった。

 だからこそ、彼に踏み込むつもりもなかった。



「──このアムソン、ずっと腑に落ちずに引っ掛かって居る疑問がございます」


「アムソン?」


「お嬢様も、旅の道中に一度、ナガレ様のいきさつについてお聞きなさいましたでしょう。彼が如何(いか)にして……我らの世界に訪れたかを」


「……まぁ、聞きましたけれど。階段で転んでどうとか、神がどうとか、正直馬鹿馬鹿しい話ではありましたわね。で、アークデーモンに襲われていたところにセリアが、という感じだったはず。それが何か?」


「ふむ……まぁ、信憑性についてはともかく。お嬢様、"そこを踏まえて"……普段のナガレ様について、何かおかしいと思う事はございませんかな?」


「……? おかしいも何も、踏まえる所が既に変ちんくりん妙ちくりんりん過ぎて、どこもかしこもおかし過ぎますわよ」


「ほっほ。左様にございますか。しかし……このアムソンからしてみれば、普段のナガレ様は都市伝説に関しての情熱は並々ならぬものですが、それでも存外冷静で思慮深いところもある御仁。気配りも中々……"年不相応"なほどに」


「…………っ、あぁもう、さっきからまどろっこしいですわね! はっきりと仰いなさいな、アムソン!」


「ほっほ」



 でも。

 あの予選の夜の酒の席で垣間見た、ナガレの仄暗い感情と空虚な笑み。

 あれを見てから、今もずっと。

 本当にこのままで良いのだろうかと、鏡の向こうからずっと問いかけている自分が居るのだ。



「このアムソンが引っ掛かるのは、ごく単純な疑問にございます。


ナガレ様は、あの若さで亡くなられた。

いえ、亡くなられた『ばかり』なのです。

如何なる不可思議な奇跡により生き返ったとしても、死んだという事実はなくなりませぬ。

その事実が呼ぶ傷は、痛みは、必ずあるはず。

挙げ句、行き着く先は異なる世界。掻き立てられるのは、きっと、興味心ばかりではないでしょう。



では、何故あの方はああも平静でいられるのか?


答えは、否。セリア様のおっしゃる通り、不安なのでしょう。

この老いぼれの目にも、ナガレ様の普段の有り様は──まるで、"不安"から目を逸らそうと必死であるように、映るのです」



「「────」」



 市街地の色とりどりの屋根に止まっていた鳥の群れが、大きな音を立てながら羽ばたく。

 紺碧を呑み込んだ、黒い星空に一斉に溶けていった。

 羽根の一枚、落とす事なく。残すことなく。




◆◇◆



 ヒュルリと巻き込むような風が、灰色から朱色に染まり変わる髪ごと、草花を舞い上げて(さら)う。

 風圧に千切れた葉の一片が、彼女の手元に寝かせられたスケッチブックにそっと重なった。



「……あと、二日か」




 小高い丘に一本だけ生えた樹木に寄り添うのは、黒々と華奢なシルエット。

 目深に被ったフードの隙間から囁かれた凛とした響きには、どことなく懐旧を含ませる。

 音にならない燐閔を緋色の瞳に滲ませるルークスを一目見て、『魔王』という肩書きを思い浮かべれる者など、きっと一人足りとも居ないだろう。

 少なくとも、人間には。


 

「…………」



 残り、二日。

 あと二度の朝日と月夜の循環を迎えた時には、二百の刻を重ねた祭典が終わる。

 そうすれば。ルークスは、魔王を再び『始める』こととなる。人類の敵として、魔の頂点として。

 いわばこの残り二日は、彼女が様々な想いや懐旧を精算する為の、『タイムリミット』だった。


 自分を奉り上げた配下の者共の中には、この僅かな、彼女にとって余りに僅かな刻でさえ、待つのが惜しいと痺れを切らしているらしい。

 ともすれば、魔王を待たずして戦いを始めてしまうだろう。

 彼らにとっても、魔王とは畏怖すべきモノであり『魔の者共』における力の象徴に過ぎない。

 "理解し合える者"とは、違う。



「……サザナミ・ナガレ」



 深淵へと沈みゆく思考を拭うべく、思考の矛先を変えれば、自然と浮かぶのはあの不思議な青年だった。

 聖域にて出逢い、メリーという少女と共に自分へとちょっかいを出して来た、面倒で馴れ馴れしく──けれど不思議と心地の良さを覚えた人間。


……だが、ナガレを思い浮かべた理由はそこが理由ではない。

 今日、彼が本選で示し、その上で勝利を勝ち取ったあの未知の力【ワールドホリック】。

 そして、多くの観客や選手達に、状況的に精霊と断じられたメリーという少女。



(私の知らない、未知の力……精霊の力を借りるものでもなく、『魔に堕ちた者の法』でもない。単なる偶然の産物か、それとも、まだ誰も知らない、新しき力の法則なのか……)



 魔王と呼ばれるルークスの眼を通しても、あの能力は『奇妙な何か』としか映らない。

 だがそれは同時に、とうに枯れ果てた願いを潤すように、何かを期待させてしまう。



(或いは……ナガレ。アイツならば、『私』を……──)



【人の記憶に、残らない】



 傍迷惑な祝福のようにも、履き違えた愛情のようでもある、魔王ルークスの心を永遠に枯死させ続ける『呪縛』。

 あの未知の力ならば、もしかすればこの鎖を断ち切る術になるかもしれないと──淡い願いが一筋、流星のように過ぎ去った。



「──……馬鹿馬鹿しい。また甘い夢に浸ろうというのか、私は」




 光って、過ぎ去る。それだけだった。


 大きな光の涙が散々に千切れたような、ありきたりな星の夜。

 それこそあの星々の数に届くほどの星霜の中、幾度も幾度もこの忌まわしき呪いを断ち切る術を、探し続けた。

 けれども、彼女は未だに『因果の鎖』に囚われている。ご覧の通りの有り様で。




【魔王】が浮かべるには、あまりに弱く儚い失笑を、彫刻のように整った顔に浮かばせた────その時だった。




「あ、やっぱり」


「……、────お前は」



 小脇に甘い香りが漂う紙袋を抱えて、何故か苦笑を浮かべている青年。

 夜闇の深い景色の中でも存在を主張する、長い烏羽色の髪と、青めいた黒曜石の瞳。


 嗚呼、噂をすれば影というべきか。

 世界に呪われし者の宿命とでもいうのだろうか。

 たった今、淡い希望を切り捨てたばかりだというのに。

 何もわざわざ、残酷な結果を突き付けなくても良いだろうに。



 そう、直に宣告される呪いのような『はじめまして』に、魔王は脅えるように、身を(すく)めた。





「やっぱり、ジムが言ってたのって、"ルークス"の事だったか。






──"久しぶり"、今度はここでスケッチ?」




けれど。




「────えっ?」





 彼の薄い唇から紡がれたのは、ルークスにとって『あり得ない』一言を含んでいて。



 零れ落ちたのは、あまりに無垢な茫然。



 魔王は、紅蓮の瞳を見開いて。

 年端もいかぬ少女の様な、あまりに無垢な顔をした。







◆◇◆── Tales 59【再会】──◆◇◆






  

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