Tales 5 【蒼き騎士のセリア】
「あの、大丈夫っすか」
「……く、アーク、デーモン、は……?」
「え……見てなかったんすか?」
「……?」
どうやら気付かない内に気絶してしまったらしい。多分、メリーさんの話の途中辺りだろうか。
正直あの時、メリーさんを物語る高揚感に酔ってしまってて、蒼騎士にまで注意を払えてなかった。
「立てる?」
「っ」
出来るだけゆっくりと首に手を通して上体を起こそうとして、気付く。
彼女の臍の右側に、酷い傷が出来てしまっている。
「……くそ、アイツの爪か。メリーさん、ちょっとこのハンカチ、湖で洗ってきて欲しい」
「私メリーさん、物を綺麗にするのは得意なの」
「ん、ありがと」
ポケットから取り出したハンカチを受け取って、ふよふよと漂いながら湖へと向かうメリーさん。
なんだか再現してから一向、ずっと頼ってばかりで申し訳ないな。
「……? ねぇ、あの娘は……」
「……気になるだろうけど、説明は後。傷に障るから、静かにしてて下さい」
「…………」
薄目の中でメリーさんの姿を見たからだろうか、気付けば増えていた存在に疑問を抱くのは当然だろう。
けど、今は怪我の手当てを優先したいと諭せば、怪訝そうに顔をしかめながらも彼女は静かにしていてくれた。
「はい、しっかり洗ってきたの」
「仕事が早いね」
「私メリーさん。メリーさんは出来る子なの」
「はは、全く」
おっしゃる通り、頼りになる存在だ。
ともあれハンカチを受け取り、そっと傷口に当てれば騎士の眉が痛みに潜む。
白い布目が赤く染まる度、痛みに耐える騎士の声が、徐々に安らかになっていく。
欲を言えば消毒液とかガーゼとかほしいとこだけど、そこまで高望みは出来ない。
何せ、ここはどこかの森の中の湖畔ってことぐらいしか分からないんだから。
「染みます?」
「……っ……いいえ。何ともないわ」
「嘘が下手っすね」
「……貴方は上手だったみたいね。アークデーモン、何とかしたんでしょう」
「いやまぁ、何とかしたのは俺だけじゃなくて、こっちの……」
「私、メリーさん。初めまして、藍くて青い、蒼き騎士さん」
「……!」
突然にょきっと彼女の視界に現れるもんだから、ブルーアイズが氷結晶みたいに固まってしまう。
エメラルドとサファイアの宝石同士が覗き合って一秒二秒、先に動いたのは我等が都市伝説の方からだった。
「私、メリーさん。貴方のお名前は?」
「……わ、私は……セリアよ。あの、そういえば……貴女、いつから……?」
「さっき、俺が能力使って再現した……って言っても伝わんないよね。んーどうしよ」
「私、メリーさん。セリア、私、メリーさんなの」
「え、ええと……そう、メリー。メリーね、分かったわ」
「私メリーさん。私、メリー、さん」
「あ、あの…………ちょっと、この娘は一体」
どう説明しようと頭の中を整理してたら、何やらすがるように騎士にくいっと腕を引かれた。
あれどうしたのと見れば、今度はメリーさんから反対の腕を引かれる。
そっちは今ハンカチ当ててるから引っ張んないで欲しいんだけど。
仕方なくメリーさんの方を窺えば、ジトッとつまらなそうにエメラルドが細くなってて、私は不満ですとばかりにアピールしてらっしゃった。
「私、メリーさん!」
「…………あ、なるほど」
「……何が、なるほどなのかしら」
「私、メリィ、さぁん!」
「あー……ちゃんとメリー『さん』って呼ばないとダメだってさ」
「メリー、さん…………あぁ、そう……」
いやホント、人間臭いなメリーさん。
本音で言えばもっと都市伝説っぽくして貰えると嬉しいんだけど。
「私メリーさん。分かってくれて嬉しいの」
にっこりと花開く笑顔を見せられれば、もう何も言うことないか。
────
──
【蒼き騎士のセリア】
──
────
「【ワールドホリック】……聞いた事、ないわね。その、都市伝説というのも聞いたのは初めてよ。この本、アーカイブ……だったかしら? 魔導書かと思ったけど、中身も違うみたい」
「……んーまぁ、荒唐無稽な話だって思われるのは仕方ないな。俺だってまだ夢でも見てんじゃないかって気持ちもあるし」
「……でも、貴方は大丈夫? ニホン……だったかしら。そんな所からたった一人、なのに──」
「私、メリーさん。ナガレは一人じゃないの」
「だ、そうです……まぁ、想うことがない訳じゃないけど。挫けてたって仕方ないから」
「……そう。それと、畏まらなくて結構よ。普通にしてくれていいわ」
「……なら、お言葉に甘えて」
ざっと細かい事は抜きにしてあらましを説明すれば、怪我人かつ恩人のセリアに色々と気遣われてしまった。
まぁ、半信半疑ながらも、一応信じてくれてはいるらしい。
冷静、というよりはどこか陰りのある所作を感じさせる蒼い騎士は、血で真っ赤に染まってしまったハンカチを抑えながら、ゆっくりと立ち上がる。
「血は止まったけど、あんまり動かない方が良いって」
「そうも行かないわ。砦に、戻らないと」
「砦……そういえば、アークデーモンが言ってた砦って」
「何か、知っているの?」
サファイアの熱のない眼差しが、言葉を詰まらせる。
あの時、いきなり現れたアイツは確かに、砦が落ちたとか言ってたはずだ。
じゃあ、アークデーモンと闘っていたらしいセリアにとって、砦っていうのは……
伝えるべきか悩んだけれども、どっちにしろ遅かれ早かれなら、先に教えておいた方が良いかも知れない。
「……砦、落ちたらしい」
「──……そう」
予想していたんだろうか。セリアの瞳にそこまで動揺の色は浮かばない。
しかし、それでも彼女は足を動かしはじめた。
「ちょっ、まだ動いたら……」
「それでも、私は戻らなくてはならないの。国に、ラスタリアに帰らなくては……」
「ラスタリア?」
当然聞き覚えはないけれども、それが騎士にとって忠誠を捧げた拠り所の名前だって事は分かる。
身体はボロボロ、血は止まったとはいえ満身創痍。それでも、セリアは止めたって聞きそうにない。
「……っ……ぐ……」
「あーもう、頑固な人はこれだから。メリーさん、アーカイブ持っててくんない?」
「はーい」
周りの心配とか他所に突っ走るから、逆に心配を掛けてしまう。そうだったよな、アキラ。
俺の数少ない友達、いつもめっちゃ心配させてたし。
心機一転じゃないけれど、俺も少し……アイツの真似でもしてみようか。
「な、に……ナガレ、貴方……」
「ほら乗って。けど、乗り心地は保証しないし、ぶっちゃけあんまり早くは動けないかんね!」
「……貴方だって、怪我してるでしょう」
「アンタよりマシ。ほら早ーく。ちんたらしてると無理矢理抱えてくけど」
「……そんな細い腕で?」
「う、うるさい! 結構気にしてる事言うなって!」
白状すれば俺は線が細いし筋肉もそんなについてないから、背丈が足りなかったら女にも見えるらしい。
けどやるときゃやるんだってば、信用してよ。
ムキになって早くしろとせがめば、セリアはどこか呆れたように溜め息一つを風に溶かした。
「重いは禁句よ」
「ぐおっ……ぜ、善処する」
「…変な子」
そう年も変わらないだろうに子供扱いはカチンと来るけど、冷ややかだけどどこか甘い香りと共に背中に乗っかる重みに、それどころじゃなくなる。
……ヤバい、西洋甲冑の分の重さをすっかり忘れてしまってた。
足痛いし蹴られた腹も痛むし支える為に触れてるふくらはぎはなんか柔らかいし。
けど禁句は口に出来ないし……はぁ、アイツみたいにスマートにはいかないな、もう。
「……私、メリーさん。ナガレ、メリーさんも手伝うわ」
「や、手伝うったって……結構、その、アレだし」
「──」
包んだオブラートではまるで厚みが足りなかったようで、不服を訴えるセリアの両腕の力が強くなった。
別にセリア自体が重いって訳じゃないから良いじゃん、とは開き直れなかった。
けど、じわりと俺の額に浮かび始めた油汗を躊躇なくエプロンドレスの袖で拭いて、にっこり笑いながらそっと後ろの方にメリーさんが回った途端。
背中の重みが、ほとんどなくなった。
ていうか、メリーさんはアーカイブを器用に頭に乗っけながらセリアの脇に両手を通し、『軽々』と上半身を持ち上げながら支えていた。
「……えっ」
「……えっ」
「私、メリーさん。有名だから、力持ち」
「……ええと、どういう理屈かしら、それ」
「……さっき説明したワールドホリックの内容覚えてる? メリーさん、俺の世界じゃめちゃくちゃ有名なんだよ」
「…………魔法より、よっぽど侮れない力ね」
「私、メリーさん。どんなもんだい、なの」
再現性も高く親和性バッチリで、浸透性も凄い、だから彼女自身のスペックも相当凄くなってるって事なんだろうけど。
自分より一回りは小さいメリーさんと人間の平均よりやや上程度の俺とでは、腕相撲とか両手使っても歯が立たないのは目に見えるくらいの差があって。
なんか、立つ瀬なくないか、これ。
「…………心意気は、買うから」
「…………お気遣い、どうも」
……凹んだ。今日の夜、寝る前辺り、筋トレしよう。
風に擽られてざわめく木々を潜りながら、こっそり溜め息をついた。
【人物紹介】
『セリア』
ラスタリア辺境国の女性騎士。
身長165cm、年齢20歳。
プラチナブルーの長髪を三つ編みとお団子シニヨンみたくまとめており、前髪は左多めのアシメントリー。
モデルみたいな体型
かなりの美人顔だが、どことなく冷たい印象を受け、あまり人を寄せ付けない雰囲気。
物腰は女性的だが、騎士という身分であるものの厳格という訳ではない。
合理的に行動するタイプ。
水精霊魔法の使い手。