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Tales 52【噂のMr.ミステリアス】



『エトエナも、スペルアーツを使えるというんですの……』



 膝上のスカートの生地を握り締めながらお嬢が呟いた、か細い弱音に、気付かないふりをするだけが精一杯だった。

 エルフの使う魔法の恐ろしさ。

 魔法使い達のなかで火力主義が声高に叫ばれるのも、エトエナが掲げたあの灼熱の鉄槌を見れば嫌でも分かる。

 本来ならば自分ももっていたはずの才覚の大きさを、明確に見せ付けられたお嬢の静かな歯軋りが、今も耳に残っていた。



「そろそろか」



 物音がこもりやすい造りの選手控え室に響く自分の声は、遠くからの歓声にさえ負けそうなほどに小さい。

 魔のブロックラスト、フォルが出場している第八試合。

 進行の都合により控え室へと連れてこられた俺には、その内容を見ることはできなくとも、歓声の盛り上がりやミリアムさんのアナウンスからして察せた。



「メリーさん」


『私、メリーさん。どうしたの、ナガレ』


「次も宜しく」


『……うん! メリーさんにお任せなの!』



 お嬢に対する気掛かりは確かにあるけど、他人の心配に囚われてばかりじゃ自分の足元がおろそかになる。

 だからまずは、俺が為すべきと思うことに集中しよう、そう意気込んで。



『第八試合の勝者は──フォルティ・メトロノーム選手となりましたぁぁ!!!』


「……」



 熱戦の結末を告げるミリアムさんの声に、力強く両手で膝を叩いた。



────

──


【噂のMr.ミステリアス】


──

────




『多種多様な見所盛り沢山な第五十回闘魔祭、これより二回戦へと参ります!! 白熱の一回戦をご覧になられた皆々様、声援のあまりに喉をからした方はいらっしゃいますでしょうか?! 今なら会場内の売り子ちゃん達が、枯れた喉を癒すお飲み物を格安料金で販売しておりますので、是非是非お求めくださいませー!』



 ありがたがるべきか、呆れるべきか。

 軽快なセールストークに、色んな意味で強ばっていた肩の力がゆるりと抜けた入場ゲート前。



『それでは早速始めて行きまっしょう!! まずは剣のコーナー!! 一回戦にてメリーさんという可憐な少女を召喚し、華麗な闘いぶりを見せてくれました! 精霊奏者疑惑も浮上させる噂のMr.ミステリアス!! ミリアムさん的にも要注目な選手! サザナミ・ナガレ選手の入ッッッ場でっす!!』


(……謎のハードルを感じる)



 大袈裟過ぎとも感じるのは、この世界の郷に入ってまだ日が浅いからってだけじゃないなこれ。

 自分の名が呼ばれた途端にワァッと湧くのも、変にくすぐったい。

 ザクザクとコロシアムの砂を蹴って太陽が照らす中心に近付けば、より一層のこと。



『続きまして魔のコーナー!! 予選でのシード枠を勝ち取った幸運は、秘めた実力を裏付けるものなのでしょうか?! 「言語道断の色男、花より男子な色男!」 マルス・イェンサークル選手の入場でっっす!!!』


「……なにそのキャッチコピー的なの」



 緊張感が露と還りそうなアナウンスと共に、正面向こうの鉄柵から、爽やかな笑顔と白い歯をマルスが悠々とやって来る。

 左腕に古びた槍と、甲羅のような大きな盾を背負ってるシルエットは何度か見かけた時と同じだった。


 それにしても、二回戦から付きだした一風変わった紹介文の内容は、果たしてミリアムさんが考えたものなのか、それとも自分で持ち込んだものなのか。

 多分、自分で持ち込んだんだろう、あの笑顔の振り撒き具合からして。



「よう、噂のMr.ミステリアスくん! そういや挨拶がまだだったな。悪く思うなよ、レディは全てにおいて最優先、男は二の次が俺様の信条なんでね」


「気にしなくていいよ。あと、そのMr.ミステリアスってのは止めてくんない?」


「ん? どーしてだ。謎めいた存在ってのは、男女違わず魅力的に映るもんだろうに」


「ミステリアスなモノは好きだけど、自分が謎めいたモノに見られるのはそうでもないって訳」


「ははん、成る程。それがお前……いや、『ナガレ』の信条って事か」


「そそ。『マルス』の言う信条ってより、単にこだわり云々の話だけども」


「そーかい」



 ニカッと歯を見せつつ、我が意を得たりとすんなり頷くマルスは口振り以上に友好的だった。

 顔を合わせるなりのフェミニスト宣言に、色々あったロートンとの経緯を思い描いてしまったのが失礼に感じるくらい。



「こらぁぁぁナガレェェ!! そんな男となーに和気藹々と話し込んでますのぉぉぉ!! さっさとボッコボコのギッタンギタンにしてお仕舞いなさい!!」


「お嬢様、はしたのうございますぞ」


『……ぉ、おーっと、会場から開始のゴングを求めるヤジが飛んでいるー! 血気をメラメラと盛んにヒートアップさせるのは選手だけではなく、観客も同じ!! これも闘魔祭らしいエールと言えるでしょうっ!!』



 いやホント、決して今こうして話す分にはマルスの印象が悪いとは思わない。

 だってのに、ついさっきまであんなにブルーになってたお嬢があんな激情に駆られたシャウト飛ばしてくるもんだから、思わず目が点になる。



「……そういやナガレ、ハニーとはどういう関係なんだ?」


「むしろ俺の方こそお嬢と何があったのか聞きたい。ホント何したの」


「ありのままの気持ちを伝えたまでだが」


「なんかお嬢からはセクハラされたって聞いたんだけど」


「…………俺様は不器用な男でね。花を愛でるのにも誤解を招いてしまう事もあんのさ」


(そこで脂汗流して内股になるなよ……ホント何があったし)



 酔っぱらいのうわ言みたいなお嬢の説明では、セクハラに対して何かしらの制裁を加えたって事ぐらいしか分からなかったけど。

 顔面蒼白になりながらバンダナを被り直す辺り、男としての直感がこれ以上の深入りを躊躇(ためら)わせた。



「両者、私語はそこまでにして下さい。後続のこともありますので、そろそろ試合を開始させていただきます」



 都合良くレフェリーの横槍が入ったところで、互いにザクザクと距離を取る。

 フォーマルスーツを身につけた背の高い男性レフェリーが片手を挙げれば、コロシアムの空気がキリリと真剣さを帯びてきた。



「……」



 鞘から静かに抜く剣の、シャランという鉄鳴きにスッと意識が切り替わる。

 対面のマルスもまた右手に大盾、左手に槍を備えて、焦げた紅茶色の瞳が自信ありげに尖っていた。

 さて、マルスが見た目通りのファイトスタイルをしてくれるんなら幾分か楽に突破出来そうなもんだけど。



『両者ともに準備が整ったようですね!! 闘魔祭、二回戦の第一試合!! サザナミ・ナガレ選手 対

マルス・イェンサークル選手! 果たしてどういった試合展開になるのでしょうかぁっ!!!』



「──試合」


『──試合』


「開始ッ!!」


『開始でっす!!』






「【奇譚書を(アーカイブ)此処に(/Archive)】」





◆◇◆◇



『きたきたきたキタァァ!! ナガレ選手、出し惜しみをしません! 一回戦にて私達を魅せてくれた可憐な蝶、精霊メリーさんのとぉぉじょぉぉ!!』


「私、メリーさん。今回もばっちり活躍しちゃうの!」


 

 正面を縦に裂くレフェリーの空手刀と共に呼び出した相棒は、たった一度の活躍で観衆の心をわし掴みにしたらしい。

 割れんばかりの黄色い悲鳴にいつも以上に頬を緩めてるが、それでも小さな手に握られた大きな鋏は刃を早くも開かせていた。



「……はは、よもや精霊を相手取ることになるたぁな。俺様ってばツイてるのかツイてないのか分かったもんじゃないな」


「コイントスでもする?」


「お断りだな。色んな意味で将来有望な幸運の女神を侍らせてるお前じゃ、ちと相手が悪そうだ」


「……私メリーさん。褒めてくれてありがとう、バンダナのお兄さん。でも色んな意味、は余計なの」


「五年もすれば、もっときちんと口説かせて貰うぜ──だから」



 軽快な口調は形だけで、クルリと手回す槍の穂先が鋭く光る。

 腰を低く屈めた態勢のまま、ニヤリと口角が上がった瞬間、マルスの気配が濃厚さを増した。



「いくぜぇッ!」


「──っぁ!」



 タンッと靴底が土を削り、オレンジが疾走する。

 吐いた気炎は短く静かだが、長い腕から放たれた一点突きは素人目からしても生易しくはない。

 薙ぐような横一閃で突きを弾くメリーさんだが、その口からは小さな呻きが漏れた。



「っぜ! もう一丁!!」


「く、ぅ──速い、のッ!」


『は、速い! なんという凌ぎ合いでしょうか! メリーさんとマルス選手、凄まじい速さで打ち合い! と、遠目からではとても目で追えない速度であります!』



 張り詰めたような鉄と銀の悲鳴。

 繰り広げられる槍と鋏、異色の剣戟。

 けれどもそれらの中に混じる双方の言葉には、明確な余裕の差があった。



「そんな得物で、良くやるっ!」


「んっ、それほど、でも! ないの!」


『しかし、速度はマルス選手が上回っているのでしょうか。精霊メリーさんが少しずつ後退しております!』



 ミリアムさんの伝えた通り、この刃合わせはメリーさんが圧されてしまっている。

 それは技量の差というよりも、マルスの言う通り、得物の取り回し易さの差なんだろう。


 純粋にマルス自身の技量の高さもあり、風切り音すら遅れて聞こえるほどの突きに対して、メリーさんはどうしても振り払いとガードの二択を強いられる。

 その弾く反動でなんとか槍の突き直す速度を遅らせ、速さを間に合わせている形。

 彼女の強い腕力と技量だからこそ為せていても、そのハンデは徐々に開いていくのは自然な事だった。



「メリーさん!」


「──っ、ナガレッ」


『っとぉ! ここでナガレ選手、割って入るのでしょうか?!』



 そうと分かる上で、苦しい状況を静観してはいられない。

 ぐるっと半周し、マルスの右斜め後ろへと回り込みながら、ショートソードを構えて突っ込む。


 正面から割って入っても、俺程度の腕前じゃあマルスにカウンターを貰うことは必須。



「そう来るのを待ってたぜ!」



 だからこそ後方からのはさみ打ち……勿論、それはマルスも警戒していた事だろう。

 彼からすれば、二対一に持ち込まれる状況は避けたい。

 しかし、その瞬間を逆に好機と捉えることも彼ほどの技量なら出来る。



「──」



 突きを放っていた槍の束を握り直し、一歩下がったマルスはそのままコマのように満月を描いた。

 後ろの俺と、正面のメリーさんに対する同時攻撃。


 しかし。



「ぐっ──げほっ」


「なにっ!」


『ナガレ選手、受け止めきれ──いや、これは……囮!?』



 それこそ求めていたアクション。

 マルスの突きは、滅茶苦茶速いし、技量の浅い俺には幸運でも噛み合わないと捌けるもんじゃない。

 なら、なんとか薙ぎ払いを引き出す。その為の突貫だった。


 そして、予め身体の片側に構えていた剣で穂先を受け止める──つもりだったんだけど。

 想像以上の力強さに受け止めきれず、鈍痛と共に軽く弾き飛ばされてしまった。


 でも、隙は作れたはず。



「メリーさん!」


「はぁぁっ!!」


「──」


『れ、連携攻撃です! しかしマルス選手、これを盾で防いだーッ!』



 その隙を縫うような、目一杯力を込めた唐竹割りをメリーさんが放てば、マルスが取れる手段は盾でのガード。


 鋏による一撃と、迎える大盾との衝突。

 ソニックブームすら発生するのではと思うような轟音が響けば、マルスは片膝を付く態勢でメリーさんの一撃を受け止め切っていた。



(よし、これで……)



 後は、がら空きとなった背中を俺が攻めればいい。

 痛む身体に鞭を打ち、握ったままのショートソードの柄に力を込めた時だった。



「囮とはな、一本取られた。だが──そう来るのも、待ってたぜ」


「え」



 パチ、パチ、と。

 皮肉な賞賛の拍手とも聞き間違えそうな、耳馴染みのある音を風が運んできて。

 背筋が凍る。



「【ヴォルティス(雷の精霊よ)】」


「い──ああァぁッッ!!!」


「メリーさん!」



 盾から伝わる小さな雷の衝撃に、メリーさんは悲鳴をあげつつ大きく後退した。

 俺との感情のリンクで、抱いた危機感が伝わった甲斐あってか、咄嗟に下がれたのは幸いだったけども。



「……今のは、雷か」


「……わ、私メリーさん。これくらいなら大丈夫、なの……」


『これは……面白い展開になって参りました!』



 それが強がりじゃない本心なのは分かったけど、厄介な問題が浮上してしまった。



「……一本取られた」



 マルス・イェンサークル。

 やっぱりこの人も、かなりの強敵って事らしい



「どうだい──痺れたろ?」





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