Tales 51【青を灼く赤】
『とっ、トト選手の反撃ィー!! 突如棺から現れた羽根つきの像が、ビルズ選手の剣を叩き折ったァー!!』
コロシアムの中心は、まさしく異様だった。
陶器的な光沢が艶やかな石の肌と、純白の羽衣を纏ったシルエットは女性的で滑らか。
腕に赤ん坊を抱いた姿を絵描きが描けば、きっと清らかなる一枚絵として飾られてもおかしくない。
だというのにギラリと禍々しく光る刃の五本指は、慈悲も救いもない鋼の剣を破壊してみせた。
彼女の威力。彼女の威容。
金色の髪とアメジストを持つ翼の生えた巨大な人形は、まさしく異様だった。
「まさかあれは……魔導人形、なの?」
「ガーゴイル!? "旧時代"の魔導兵器じゃありませんの!」
「旧時代?」
「魔物が台頭する以前、人同士が争う時代があったと言ったのを覚えてるかしら。その時代の総称を旧時代……そして旧時代に用いられた兵器をガーゴイルと呼ぶの。今では聖都ベルゴレッドを始めとした一部地域では禁忌とさえされてるモノなのよ」
「禁忌扱いって……そんなヤバいもんなのか」
「……ナガレ様、ガーゴイルが活動するには周囲の魔素を"強引に"取り込むという性質があるのです」
「強引に? じゃ、セリアとかお嬢の精霊魔法とは……」
「全ッ然違いますわよ! 魔素を介して、精霊と同調する事で魔法陣を形成する『精霊魔法』とは正反対の真っ逆さまですわ!」
「そ、そーゆーヤツね、了解。分かったからお嬢、近い近い」
目を皿にして興奮するお嬢もそうだけど、あのアムソンですら難しそうな顔をしてる辺り、ガーゴイルって兵器がどういうモノであるかは明白だった。
簡単に言えば、精霊にとって害がある代物って事なんだろう。
けれども歯切れが悪そうに眉を潜めるセリアには、何か気に掛かる所があるらしい。
「でも……アレは、私が資料で見たものとは違うわね。ガーゴイルは、レッドクォーツと呼ばれる魔力結晶を眼にはめ込んでいるのが特徴なんだけれど」
「……! そ、そういえばあのガーゴイルの目は……アメジストみたいですわね。それに、ガーゴイルの周囲の魔素が枯れている訳でもなさそうですし……」
「じゃあ、ガーゴイルとは別物って事か」
「はっきりと断じれる訳じゃないけれど」
「……っ、お、お待ちなさいな。枯れている訳ではありませんが、魔素の流れが少し妙ですわ! それに、あのトトとやらの手から、なにか……」
細かな憶測に、推測の糸があちらこちらへ巡りそうなのを断ったのは、またもや魔力探査に優れたお嬢。
彼女の指差す何メートルも遠くのトトへと揃って目を凝らしてみれば、いち早くお嬢の意図にたどり着いたアムソンさんがポツリと呟いた。
「……あれは、魔力の糸、でしょうかな?」
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──
【青を灼く赤】
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双剣の使い手である青年、ビルズ・マニアックの感情は解れた糸屑の様に絡まっていた。
レジェンディア南部、聖都ベルゴレッドの出身である彼が、幼き頃から母から子守唄代わりに聞かされていたものが目の前に泰然と佇んでいるのだ。
ガーゴイル。人が生んだ、世界に対する仇返し。
人間の業そのものとして、特にベルゴレッドの地域では禁忌とされているモノ。
それに対する理解はなくとも、幼少から培われていた道徳の欠片がビルズの脳裏に嫌悪感をもたらした。
無論、聖母像の主である少女に対しても。
「魔女の弟子め……! そんな悪辣な兵器を持ち出してまでこの祭儀を制したいのか!」
「……兵器じゃない」
「嘘を言うな! 魔物と変わらぬその歪さ、禍々しさ……旧時代の汚点そのものだろうが!」
「……」
双牙の内、残った片割れの剣の切っ先を向けてみても、表情一つ変えない。
それがより一層、勇敢であり正義感の強い彼の思考に義憤を添えた。
冷静に考えれば、きっとビルズとて気付けたのだろう。
友好国とは言えないまでも、同じ三大国として在るセントハイムが聖都側が厳しく審問出来る要素を、祭儀に招くはずがないという点。
そして、抱き留められるような形でマザーグースに背を預けているトト・フィンメル。
彼女の指から伸びる──淡藤色に発光した"糸"の存在に、気付けていたはずだった。
けれど。
「そんな『汚点』や『ガラクタ』は……あってはならないんだよ!!」
『ビルズ選手、あの巨大なヒトガタを前に、一歩も退く姿勢を見せません! その勇姿はさながら、ドラゴンに立ち向かう戦士の如しです!』
最後に、ビルズ・マニアックは気付けたのだろう。
それこそ作り物のように無感情であったトトのアメジストの色に、より一層の冷たさが帯びた事を。
年相応の静謐な少女の淡々とした声が、かすかに震えた事を。
「マザーグースは──」
「!!」
「ガラクタなんかじゃない」
自分が、踏んではならない虎の尾を踏んでしまったことを。
「く、そ……魔女が……」
慈愛の欠片も宿さない右手の振り下ろしによって、本来ガーゴイルの持つレッドクォーツよりも一層赤く紅い、鮮血が舞い散った。
◇◆◇
『波乱が起こり、波紋が広がり、激動の導入となりました剣のブロックの一回戦!! 新星ばかりが煌めこの舞台、五十の大台を飾るに相応しい祭儀である事を、早くも予感させる試合内容ばかりでした!』
ざわめきに満たされたコロシアムの空気を変えるべく生き生きとした声を飛ばすミリアムさん。
ハツラツとしたアナウンスに会場内の盛り上がりのベクトルが変わりつつあるも、やっぱり脳裏に残るあのインパクトは消しきれないものがあった。
「あのビルズって剣士、素人目にも相当な実力者に見えたんだけど」
「……実際に手合わせしてみないと分からない所もあるけれど、予選を勝ち抜けるだけの実力はあったと思うわ。あの状況から命だけでも守り通したのがその証でしょう」
付け焼き刃な俺と違う、修練をしっかり積んだ剣士でさえ無慈悲な一撃に沈んだ。
多くの観客に鮮烈な印象を与えた聖母像。
セリア達の見立てでは、どうやらガーゴイルってのは別物であるらしく、本来ガーゴイルは自律機動するものなんだとか。
恐らくトトが魔力の糸を生成して、あの聖母像を操り人形みたく扱ってるって話なんだけど、脅威であるのには変わらなかった。
『そ~れ~で~は~……会場の興奮冷めやらぬまま、続いて魔のブロックの試合へと参りまっしょうッッッ!!!』
けれど、先に待つ強敵の影に脅威を感じているのは何も、俺だけに限った話じゃない。
『魔のブロック、第一試合決着ぅぅ!!! エドワード選手、鍛え上げられた鋼鉄の肉体で魅せる、見事なインファイトでした!!』
魔のブロックは、いわばお嬢が勝ち抜いていくべきブロック。
『バーベム選手、ギブアップを宣告!! 試合しゅうりょぉぉでっす!! 魔のブロック第三試合の勝者はブリジット選手となりましたぁ! おめでとうございまぁす!!』
そしてそこには、お嬢にとっての因縁ともいうべき相手の存在が居る。
『魔のブロック第四試合……ユフィ・トランダム選手 対 エトエナ・ゴールドオーガスト選手!!』
彗星みたいな金色の尻尾髪を風に流す小柄なシルエットには、確かな存在感があった。
悠然と腕を組むエトエナのワインレッドが此方を向いて、隣のお嬢が小さく息を飲む。
それがまるで、エトエナを満たしているものとお嬢に欠けているモノの輪郭を、よりはっきり浮き彫りにしているようで。
「……っ、エトエナ。もし負けようものなら、指差して笑って差し上げますわよ……」
無理矢理に紡いだ台詞は、他でもないお嬢自身がエトエナの勝利を疑っていない何よりの証。
そしてその証は、第四試合開始宣告と共に、あまりに鮮やかに証明される事となった。
◆◇◆
精霊魔法使いへの対策は、何より距離を詰める事が鉄則である。
威力や範囲が大きい魔法であればあるほど、詠唱を完成させるには時を必要とする。
であるのなら、そもそも詠唱をさせなければ良いという結論に行き着くのは当然の理。
一回戦の相手がエルフだと決まったユフィ・トランダムが、その日の内に装備をより軽いモノを選んだのも間違った判断とは言えないだろう。
ハンターとしての経験を積んだ彼女が対峙してきた魔物の中にも、魔法を扱う種族は居たし、その鉄則は確かな有効打となり得た。
加えて、本選開始までの僅かな時間を新調した剣と盾を手に馴染ませる為に費やした彼女に油断はない。
『さぁ、始まりました魔のブロック、第四試合! 両者、まずは相手の出方を窺っているのでしょうか、睨み合いが続いております!』
「──」
試合開始と共に腰を低くし、腕に括った円形の盾を構えて、鞘から抜いた剣の柄を握り締める。
しかし、軽装ゆえに太ももまで露出した彼女の脚は踵を上げたまま、地を蹴ることはない。
それは一見、あの鉄則に添わないようにも映るだろう。
だがユフィの狙いは、エルフが自分の警戒を"怖じ気ついた"と見なして詠唱を始めて貰う事にあった。
「『道理を振るうには、揺るぎない強さが在れば良い』」
「!!」
『は、疾い!! ユフィ選手、グングンとエトエナ選手との距離を埋めていくー!』
理由は、詠唱と同時にあえて駆け出すことによって相手のタイムラグを生じさせる為であった。
「『間違いを正すには、揺るぎない正義が在れば良い』」
「よし!」
精霊魔法というのは強力な武器ともなる反面、詠唱という行為だけでもかなりの集中力を要するモノ。
そもそも詠唱とはただ単に言葉を紡いでいる訳ではなく、魔素を介して魔力を練り、口語に変換し、属性にあった精霊と同調するという複雑な工程を行っている。
「──チッ」
故に本来なら、相手の動向に合わせて対応しなければならない一対一の闘いには向いてない。
その不足を補うために遅延や短縮、破棄といったスペルアーツが産み出されたくらいだ。
ユフィの接近に、咄嗟に詠唱を中止し、そこから対応を構築するのなら、思考のタイムラグは必ず生まれる。
加えて、あえて試合開始と同時に距離を埋めなかったユフィの行動に対する疑問を僅かでも挟んでしまったのならば、タイムラグはより大きなものになるだろう。
「見え透いてんのよ……【精霊壁】!」
「っ、それは……」
ならエトエナが取るべき選択は、スペルアーツによる魔法の発動か、詠唱を必要としない初級精霊魔法による対処。
しかし、実はエルフという種族は通常より高威力で精霊魔法を発現出来る反面、このスペルアーツの習得を非常に苦手としている。
何故ならエルフの一個体が持つ魔力量の大きさが人間とは比べ物にならず、それ故にスペルアーツを扱う為の技術レベルが相応に高くなるからだ。
ナナルゥが一週間でスペルアーツを身に付けられたのも、彼女自身が魔力の扱いに長けている点と、純粋な努力量によるものである。
となれば、エトエナが用いる手段は、サポートマジックの精霊壁。
苛立たしそうに彼女の前方に展開されたルビーの輝きに満ちた魔法障壁が展開される。
最初の試合でピアが見せた精霊壁よりも大きく、密度も段違いに硬いものだが──それもまたユフィの描いていた絵図の内だった。
『ユフィ選手! なんという俊足でしょうか!』
「──それはっ、私の台詞よ!」
『エトエナ選手の背後を取ったー!』
障壁の付近で急停止し、並外れた脚力でそこからエトエナの背後に回り込んだ。
短期決戦を選ぶ胆力。戦術を噛み合わせるだけの脚力、より多くの時間を稼ぐ為の心理的細工。
「アタシの台詞で合ってるわよ。【詠唱短縮】」
「えっ」
彼女もまた、本選に進めるだけの知性と武技を持ち合わせた戦士であった。
そこに疑いようも間違いようもない。
けれども。
「【緋色の拒絶】」
「──なっ、ぐうぅぅぅぅぅぁぁぁ!!!」
『こ、これはスペルアーツの短縮?! なんとエトエナ選手、防衛魔法を予め仕込んでいたようです! 分厚い炎の壁に遮られて、ユフィ選手を弾き飛ばされてしました!』
大陸唯一魔法学園にて秀才と謳われるほどの実力者であるエトエナ・ゴールドオーガストと、ユフィ・トランダム。
「ちゃんと"ここまで"、見え透いてたわよ」
立ち昇る炎の壁よりもなお隔絶した高い壁が、埋めようのない差が、彼女達の間にはあっただけのこと。
「『握り続ければ身を焦がし、いずれは灰になるのなら。その全てを費やしてでも、青を赤に灼け』」
「ま、待って──」
「【焔の鉄槌】」
そしてそれはエトエナとユフィの間のみにある認識ではなく、この闘いの行く末を眺めていた者達にも明確に芽生えるのだろう。
満を辞して詠唱を完遂し、エトエナの頭上に掲げられたのは、紅蓮の大鎚。
地を這う弱者を裁く破壊の鉄槌の荒々しさは、余りに大きく、余りに人の身に余る。
その灼熱が落ちた先の末路など、どんな愚者とて簡単に想像出来るくらいに。
「で、どーすんのよ。言っとくけどあたし、別に加減とかは得意じゃないわよ」
「い、いや……待って、待って! お願いだから……」
「チッ、めんどくさいわね。だったらさっさと降参しなさい」
「は、はいぃぃぃ!!!」
だからこそ、賢明なる敗者ユフィは、白旗を振るのも実に潔かった。
「──勝者! エトエナ・ゴールドオーガスト選手!!」
【魔法補足】
『焔の鉄槌』
「道理を振るうには、揺るぎない強さが在れば良い
間違いを正すには、揺るぎない正義が在れば良い
握り続ければ身を焦がし、いずれは灰になるのなら。
その全てを費やしてでも、青を赤に灼け」
中級炎精霊魔法
火炎で構成された鎚を現出させ、振り下ろすことによって相手を叩き潰す。本来、大地を叩くことにより高熱の衝撃破を副次的に産み出し攻撃する事も可能。
対複数戦に有効な魔法である。