表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/127

Tales 48【ピアニィ・メトロノーム】


「……やっぱり、こうなるわよね」


「致し方なし、でしょうな。事前知識が無ければ、ナガレ様のワールドホリックは精霊召喚と誤って認識してしまうものです」


「そう、ね」



 耳をつんざくほどの会場の驚愕っぷりを、少々オーバーだとさえ言い切れなかった。

 精霊召喚というものがどういう意味を持つのかは、人間だろうとエルフだろうと変わらない。

 だからこそ、ワールドホリックを知らない者が見れば、精霊召喚と誤認するのも当然だと語るセリアとアムソン。

 何しろ彼女達とて、当初はワールドホリックについて理解が追い付かないほどに混乱したくらいだった。

 なら、当然この現状についての予測だって出来るだろう。



「ほっほ。ナガレ様が心配ですかな?」


「……」


「恐らく、この一幕をもってあの方に対する『見方』は劇的に変化する事でしょう。この会場の観客のみならず、参加者や……或いはルーイック陛下やヴィジスタ宰相にとっても、ただの使者とは映らなくなるやも知れません」



 後ろ手を組みながら朗々と語るアムソンの言葉は、まさにセリアにとっての懸念であった。

 ナガレのワールドホリックは紛れもなく強力であり、利便性も高い。

 しかし、それは同時に異端的とも捉えられかねないリスクもあれば、利用価値があるという意味も持つ。


 だからこそセリアは当初、ナガレの闘魔祭参加に反対した。

 死というリスクに加えて、そんな余計なモノまで背負う羽目になるかもしれないのに。



『下らない意地でも突っ張るのが男でしょーが』



 簡単に決めて良い事じゃない。

 いつかの土妖精の石橋で、それでも首を横には振ってくれやしなかった青年とのやり取りを、伏し目がちな瞳が思い描く。



「……しかし、最後の一歩はナガレ様が自らお進みになられた事。であるならば、セリア様にも思うところはありましょうが、励む男の背を今はただ見守る……それで良いかと」


「──えぇ、そうね。ありがとう、アムソン」


「ほっほ」


「むむぅ、ナガレぇ……い、いくらなんでも、目立ち過ぎですわよ! このわたくしを差し置いて……うらやま……じゃなくてえっと、け、けしからんですわ!」


「…………ふむ。見守るのが難しいようでしたら、お嬢様の様に理不尽極まりない嫉妬の炎を燃やされてはいかがでしょう」


「遠慮しておくわ」



 暗に自分を責めるなと告げる老執事は、目尻の小皺を深めながら優しげに喉を鳴らした。

 気遣わせてばかりなのも情けない話だと、先程よりも少しだけ張り詰めたものを薄めた横顔が、励む男の背を見つめた。





────

──


【ピアニィ・メトロノーム】


──

────






「……凄い湧き具合だな。これは正直予想以上というか……」


「えっへん。メリーさんの浸透性からしてとーぜんなの」


「いやいや、浸透性はあくまで元の世界での話でしょうが……まぁいいや。何だったら手でも振っとく?」


「む。め、メリーさんはそんなに御安い女じゃないの」


「言うねぇ」



 お高くとまってるレディであると胸を張るメリーさんだが、こんなにも注目を集めていることに内心喜んでいるのは異能を介さずとも伝わる。

 心なしか蝶のブローチをアピールしている様な動きもしてるし。

 やはり認知されるという事は、都市伝説という概念に属する証という事なんだろう。

 銀鋏を地面に立ててちょっと格好付けてる辺り、特に分かりやすい。



「そ、そんな……」


「ん?」


「ナガレさんが、精霊召喚を使えるくらい凄い人だったなんて……ど、どうしよう……」


「……」



 見るからに顔を青くして、愛用の杖を支えにしているピアの表情に、思わず口ごもる。

 普段からしてそう気の強い性格じゃないのは分かってるけど、今はもう申し訳ないと思えるくらいに怯えてしまっていた。

 実際のところワールドホリックと精霊召喚ってのは似て非なるものだろう。

 精霊じゃなくて都市伝説であり、召喚じゃなくて再現。

 後者はともかく前者に至っては全くの別物。



(だけど国中の人が集まってるこの場所で、都市伝説とは何か、なんて講義出来る訳ないよなぁ……死ぬほどやりたいけど!)



 都市伝説愛好家を名乗る以上、本来なら都市伝説というものを一から十まできっちりとホワイトボードに書き連ねて解き教えたいところだけども。

 いや本当になんならこの場できっちりみっちり説明したくて仕方ないぐらい疼くものがあるけれども。


 流石にくっちーの噂が蔓延してるセントハイムにて、そんな真似はする訳にはいかない。

 それはある意味、大貴族の嫡男を色々大変な目に合わせたのは自分ですと白状する様なものだし。



(メリーさんをはじめとした都市伝説達には、また何かしら埋め合わせしてやらないとな)



 彼女達はあくまで都市伝説であり、精霊じゃない。

 それは彼女達にとっての矜持であるのは他でもない俺が知ってる。

 そんな俺の都合に付き合わせるのだから、彼女達には、いつか必ず報いてやらなくちゃいけない。

 だから今は、そのいつかの為に。

 目の前で青ざめたピアに──鋼の切っ先を向ける。



「ピア」


「!」


「……続き、どうする?」


「……え」



 俺の動きに呼応する様に、メリーさんが突き立てていた鋏を引き抜き、銀の顎門(あぎと)をギギと鈍く開いた。

 相棒の手に収まる大鋏は、彼女のブロンドの蜜をくすぐる蝶のブローチとは違って、着飾る為のアクセサリーではない。



「……私は」



 寒気すらする程の冷たい光を放つ両刃を向けられた彼女からすれば、生きた心地はしなかっただろう。

 今、ピアの前に立つ存在は見掛け通りの、甘い笑顔が似合う少女なんかじゃない。

 時にいくつもの『ご主人様(少女)』を脅かした恐れ多き【都市伝説】なのだから。



「私だって……た、闘います! 剣を使えなくたって『メゾネの剣』は……闘えるから!」


「!!」



 グレーの瞳が強い意志を宿した様に、黒の虹彩がキリッと映える。

 もうそこに、精霊奏者という看板に青ざめる少女の姿はなかった。


 メゾネの剣。

 それが何を指しているのかは俺には分からないけれども、きっと彼女とフォルにとっての譲れない矜持を奮い起こす魔法の言葉なんだろう。



「上等! メリーさん!」


「お任せなの!」


「負けませんよ……【ウンディーネ(水の精霊よ)】!!」


『おっとー! 再開の火蓋がいきなり切られたー! ピアニィ選手、先程のように水の弾を乱れ打ちィィィィ!!!』



 再開の火蓋なんてすぐにでも消火しかねない、大量の水弾が魔法陣から展開される。

 放出、放出、また放出といった具合で、その様相はまるで陸で起こされる、小さな波。


 先程よりもコントロール性や一発一発の速度は一気に落ちてるものの、連打性に特化した魔法はいわば水の障壁と化していた。



『しかぁぁし! ナガレ選手と精霊……メリーさん、だっけ? ええっとナガレ選手とメリーさん、水の弾の中を的確に進んでいくー!』


「っと」


「うふふ、お遊戯みたいで楽しいの」


「っ、速い……」



 だが、それでも隙間を見付けて前へ進む事が出来ない訳じゃない。

 メリーさんみたいにお遊戯気分とまではいかないけど、これなら俺にも突破出来る。

 しかし、やっぱりピアも俺達が自分に迫ってくるのをただ指を加えて見ているだけではなかった。



「『もしも願いが叶うなら、美しい舞台へ私を招いて。銀の世界へと、輝けるだけの舞台へと。私をそこへ連れてって』」


「詠唱……魔法か!」



 水弾を展開しながらも次なる魔法を完成させるべく、ピアは朗々とソプラノを響かせる。

 メトロノームみたく杖の足を一小節ごと地面に打ちつければ、水色の魔力が奔流となって彼女の四隅から唸りを上げた。



「『綺麗である事の証明に、姿を映す鏡はいらない』」


「させない!」


『メリーさん、ついにピアニィ選手を捕らえたかー!?』



 ならこっちはその詠唱を妨害させるのが最優先。

 クルクルと風車のように複数の水弾をまとめて切り裂いたメリーさんが、一足早くピアへと銀鋏を届かせようと振りかぶる──が。



「【精霊壁(エレメントシールド)】!!」


「なっ──」


『ピア選手、上手い! 魔力障壁でメリーさんの奇襲を防ぎました!』



 メリーさんの接近に対して、ピアは白銀色の壁を展開してみせた。

 多分防御魔法の類なのは見て取れるけれども、タイミングが絶妙過ぎる。

 なるべく怪我させないようにとメリーさんが手加減したのもあって、エレメントシールドにパキンと淡い音を立てて弾かれるという結果を作った。



「『輝ける事の証明に、鏡のような銀幕の舞台へ』」


「間に合わない……メリーさん後退!」


「! う、うん」



 水弾を撒き散らされた影響でぬかるんだフィールドに、ピアの詠唱が完成に近付くにつれて青い雪の様なものが降り立つ。

 肉薄したとはいえ、これ以上は手痛い反撃を食らうかもと後退を指示した一秒後、その魔法名が紡がれた。



「──【氷上の妖精(キスアンドクライ)】」




◆◇◆◇◆




『こ、これは……なんということでしょう! ピアニィ選手の魔法が、コロシアムの地面を次々に凍らせています!!』



「マジかよ……!」


「私メリーさん。スケート……多分苦手なの」


「耳寄りな情報どうも……って言ってる場合じゃないな」



 キスアンドクライ、という響きが彷彿とさせる光景が、今まさにコロシアムの一面に築かれようとしていた。

 ピアが形成していた魔法陣から、まるで引くことを知らない波みたく、地面がどんどん凍り付いていく。


 淡くも激しい効果音と共に『泥混じりの地面』に侵食していくその結末は、きっと氷上の妖精と呼ばれる人達をより美しく映えさせる舞台となるんだろう。

 だがよくよく注視してみると、どうにも所々に凍りきってないところやムラがある箇所も見えた。



(水弾の痕跡がある場所しか凍らないって事か? だとしたらあの水弾全部、このリングの為の布石だったって事かよ!)



「メリーさん!」


「え? ふあっ」



 完全にしてやられた。


 凍土の領域を増やしていく侵食の速度も目まぐるしく、あと十数秒もしない内にコロシアムの大地は青く塗り変わる。

 しかも、その恐ろしい凍結の手はもうすぐそこまで迫っていた。


 状況を今一つ掴めていないらしきメリーさんを咄嗟に抱き寄せれば、彼女のエメラルドが大きく見開かれる。

 だが、それについての説明も謝辞も後回し。

 凍る範囲が仮に想像通りなら……靴の裏を泥土に濡らしてしまった俺にはもう、逃げ場がない。



「メリーさん、"浮いてくれ"!」


「!」


『な、なんと! メリーさんは浮遊する事によってピアニィ選手の魔法を回避しました! しかしナガレ選手の足元がカッチンコチンにィィィィ!!』



 けど、メリーさんだけなら別だ。

 俺の意図を掴んだ彼女が、鋏を抱えながらふよふよと浮いてみせれば、凍結の手は届かない。

 だがそれが今出来る精一杯で、俺の足の裏から脛にかけて、まるで無数の針糸に縫い付けられるかの様に凍ってしまった。




「私メリーさん。ナガレ、大丈夫?」


「……不思議とそんなに冷たくないから大丈夫。けど……」



 身動きは取れないも同然。

 氷を剥がすのにも時間掛かりそう。

 そして、相手は遠距離用の魔法──アイシクルバレットがある。



「……これ、めっちゃピンチじゃん」



 不利な状況に陥った自覚を前に、背筋までもが凍り付いたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現在参加中です!応援宜しくお願いします! cont_access.php?citi_cont_id=568290005&s 小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ