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Tales 47【Moment】

「それでは──闘魔祭、第一試合…………始めッッ!!」



 畏まったよーいスタートと同時に、向けられた杖から灯るウォーターブルーの閃光。

 鮮やかな魔法陣の色彩に目を奪われそうになるがそれは彼女達、精霊魔法使いにとっての銃口を意味する。



「い、行きます!【ウンディーネ(水の精霊よ)】!」


「!」



 ならば放たれるのは弾丸であるのが相場と決まっている。

 ファンタジーチックな精霊名をピアが唱えたなら、魔法陣から顔ぐらいはある水の塊がこっちに向かって一直線に飛んできた。



「っ、と……(セリアと同じ水精霊の魔法使いか!)」



 ぎっしり積もったシャボン玉を斜め後ろに大きく回避。

 幸い速度は弾丸には到底及ばないので、避けること事態はそう難しくない。

 ただ、それは単発ならの話。



「まだです!」


「げっ」



 フォギュン、と独特な鳴りを響かせながら放たれる水泡の連弾に、思わず眉間に皺が寄る。

 二秒くらいに一回、というペースで打たれると、流石に大幅な回避運動を取り続けるのはキツい。


 アムソンさんから教わった、軸をずらす形のスマートな足捌きを思い描きながら、最小限の回避で切り抜けた。

 アムソンさんぐらいの的確さはなくとも、この速度なら対応出来なくもない。



「『凍る世界で伸ばした爪は、"優しい"色に艶光る』」


「やばっ」



 だがピアもさるもので、ならばといわんばかりに唱え始めた詠唱には聞き覚えがあった。

 今から止めようにも、最初の大幅な回避運動が仇となって間に合いそうにないか。



「『水面映える染まりやすいプリズムを、"貴方の為"にどうか削って』」



 微妙に細部は異なるものの、その一節はセリアが得意とするあの魔法だ。

 反射的に利き腕で、腰のショートソードを引き抜く。

 今度はさっきまでのとは訳が違う。



「【アイシクルバレット(爪弾く氷柱)】!」



 文字通りの弾丸が五連も飛来して来る光景に、まさに背中に氷塊を投下されたような寒気を感じた。

 セリアのと比べると小さく、先鋭さも劣ってはいるけれどもむざむざ食らっていいもんじゃない。


 グッとトカゲみたく地面を這うように沈めて、比較的上に狙いをつけていた五つの内の四つはやり過ごせる。

 そして、唯一脚目掛けてとんでいた一つをショートソードで横凪ぎに切り払った。



「……あっぶねー」


「ぜ、全部避けられちゃいました」


「割と容赦なかったな」


「え、あっ、ごめんなさい……」


「はは、そこで謝んないでよ」


『おーっとぉ! 開始早々、ピアニィ選手の怒涛の攻めと、ナガレ選手の鮮やかな守備が繰り広げられました! 見事な攻防に観客席も盛り上がっております!』



 やや過剰気味なアナウンスと申し訳なさそうに肩を落とすピアに、つい苦笑が浮かぶ。

 多分、本来は争いごととか好きなタイプじゃないんだろう。



「……じゃ、攻守交代とさせて貰うか」



 手の内見せずに勝つ、ってのも虫が良すぎたか。

 次のマルス戦を考慮するのも大事だけど、とらぬ狸の皮算用になっては元も子もない。

 切るべき札を切ろう。

 片腕の中に抱えていた奇譚書の背を、人差し指でコツンと叩いた。



「【奇譚書を(アーカイブ)此処に(/Archive)】」



「ま、魔導書が……!」


『おおっと! ここでナガレ選手が魔術書を発動! 彼の持つ神秘とはいかなるものなのでしょうか!?』



 お馴染みのキーワードと共に捲れるページと白金光の奔流に、ピアのグレーの瞳が驚きに見開く。

 慌てて杖を構えて詠唱を始めようとしても、もう遅い。



「行くよ、メリーさん────【World Holic】」


「【水の精霊よ(ウンディーネ)】!」



 放たれる水泡の淡い色彩は、彼女のデビューに華を添えるだけの演出となるだろう。

 ジョキンと音立てて、縦に走る大きな鋏の銀閃光が瞬けば──弾けた水精霊魔法の残滓が、キラキラと陽光に輝いた。



「──ウフフ。私、メリーさん」



 光の舞台の中心を、飾り付けるかの様に。





「メリーさんとお遊戯……してくれる?」








────

──


【Moment】


──

────





 ファサと、スカートの衣擦れの音がやけに明確に聞こえる程に、訪れた静寂は瞬く間に会場全体を抱き締めた。

 小波一つ立てない水面を荒らすには石を投げれば済む話。反対に、水面が平静に戻るには時を必要とする。

 では、刹那とも言うべき合間にシンと静まり返ったこの舞台。次はどのような題目で展開するのだろうか。



「『…………へっ?』」



 奇妙な事態を招いた二人と対峙していたピアニィと実況のミリアムが、これまた不思議なシンクロを引き起こす。

 心の底から呆気に取られている彼女達のリアクションが、次なる題目の呼び水となった。

 この静寂を言葉にするなら、嵐の前の静けさ、という形が相応しい。

 であれば、この後に訪れるのは──




『え? え!?……こ、ここここれこれこれって────まさかもしかして……せっ、精霊召喚んんんンンンン!?!?!?!?』



「「「「「「ええええぇぇえええぇえええ!?!?!?!?!?!?」」」」」



 喉を破りかねないほどの声量でもって奏でられる、暴風雨のオーケストラであるのは、至極当然の成り行きである。



『こっ、これはサザナミナガレ選手、とっ、とんでもないかくし球を持っていたぁぁぁ!!! っていうか、えっ、マジで本当に精霊召喚?!?!』


「精霊召喚?! あ、あの坊主が精霊奏者(セプテットサモナー)だって言うのか?!」


「も、もしかしてあの人が噂の……魔女の弟子?!?!」


「あの女の子が精霊なの?! うっそ、あんな可愛いのに?!」


「いや可愛さ関係ある?」


「うおおぉぉ!!! 一試合目からスゲー展開だぞこれは!!」




「嘘、でしょ……?」



 隣席の小太り中年みたく両手で頭を抱える大袈裟なリアクションこそなかったものの、エトエナもまた周りの観衆と同じく驚愕していた。

 しかし、それは無理もない話だ。

 ナガレのワールドホリックを見たことがないものは例外なく腰を浮かし、程度の差はあれど、その瞳を見開いている。



「……馬鹿な」


 ピアニィの兄であるフォルティ。


「お、おいおい……冗談だろ」


 シード枠を掴み、つい先程までは浮かれ調子だったマルス。


「…………なんてことだ」


 驚きの余りに椅子からずり落ちたルーイック。



「……ウチの大将は随分とんでもねぇ札を引いてたみてぇだな。クククッ」


「……(あれが、例の……ワールドホリックですか)」



 エルディスト・ラ・ディーの幹部であるキングは勿論、口裂け女の一件でナガレから概要を軽く説明されていたジャックもまたその現象を目撃した狼狽を隠しきれてはいない。



「テレイザめ……!」



 賢老ヴィジスタでさえ、特別観覧席の手摺に両手を乗せて、目下の現象を食い入る様に見据えているくらいだ。

 この会場を取り巻く異様な空気こそ、精霊召喚……そして精霊奏者(セプテットサモナー)とは、レジェンディアにおいてそれほどまでに特別視される存在である、この上ない証左である。



「……」



 だからこそ、エトエナの狼狽もまた当然の事ではあったのだ。

 しかし、彼女はここから更に思考を深める。

 その理由は、目下の現象に対する違和感だった。



(まさかアイツ"も"……? いや、そんなはずは……というか、そもそもアレ……ホントに精霊召喚?)



 頭によぎった心当たりを否定するように小首を振りながら、召喚された精霊を紅い虹彩が深く注視した。

 ゴシックドレスに身を包むあの少女。

 あれが精霊召喚であるのなら、炎精や氷精などといった属性が、彼女にも必ず見受けられるはず。



(……今のところアレの属性は不明。それに、奏者(サモナー)の証である『楽器』……あの魔術書がそうだって言うの? …………けどやっぱり、アタシの知ってる精霊召喚とは"どっちとも違う"。そんな気がする)



 エシュティナの魔法学院で学んだ知識を総動員して照らし合わせてみれば、エトエナは明確な違和感を覚えた。

 あれは果たして、精霊召喚と呼べる代物なのだろうか。



──そして、時を同じくして、その違和感に辿り着いた者がもう一人。




「……違う」



 奇遇にも、彼女はエトエナの六つ後ろの席にて座っていた。

 エトエナの真紅をより濃く沈めた深紅の瞳が、確固たる根拠を持った口振りで否定する。



「あれは……精霊召喚じゃない」



 興奮に熱をあげた周囲が挙げる爆発的な歓声を前に、灰のように千切れてしまうほどの、小さな、けれど凛とした響きの声。

 とあるお節介によってそれとなく人波に溶け込めるような、素朴な服装に着替えている彼女のアッシュグレーの髪が、サラサラと流れた。



「……サザナミ・ナガレ。メリー」



 緋色の女、魔王ルークスは、静かに問う。

 届くはずもない疑問を、囁くように。



「貴様らは……」



 彼らは一体、何者なのか。

 もうきっと、"自分の事など忘れ去ってるはず"の二人へ。



 魔王ルークスが、静かに問いかけた。



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