Tales 4 【メリーさん】
まずは騙って、それから語れば、空想逸話もご覧の通り。
波紋のように広がった語り言葉が、再現を引き起こす。
『私、メリーさん。今、折れた木の側に居るの』
彼女は再現され、聞かせたお話をなぞるように、やってくる。
『私、メリーさん。今、鳥の死骸の側に居るの』
「うっ、ケホッ⋯⋯な、なに⋯⋯?」
「小僧、貴様⋯⋯何をした!」
何が起きてるのか分からない。
手の中のマジックアイテムからいきなり、メリーさんと名乗る美しい少女のソプラノが、延々と流れ出している。
それはもう鳴るはずがないのに。
繋がるはずがないのに。
真下に敷いた騎士の狼狽が伝達したかのように、アークデーモンは薄ら笑いを浮かべている俺に問い掛ける。
一体何が起きてるんだと。
これはどういう現象なんだと。
さっき散々聞かせてあげたってのにね。
『私、メリーさん。今、湖の側に居るの』
「なにっ」
睨みつけていた此方側から、まるで夜道でふと後ろを振り返る人みたいに湖畔を見渡す。
けれどもそこには、当然誰の姿もなくて。
振り返った拍子に、アークデーモンの手からスマートフォンがガサリと落ちた。
勿論、だからといってこの『再現』は止まらない。
『私、メリーさん。今、大きな木の側に居るの』
「ッ!! そこかぁ!」
大きな木、それは例のプレゼントが置いてあった場所の事だ。
それを察知し、すぐさまその場から空中に舞い上がったアークデーモンは、三メートルくらいの高さから手を翳した。
紋章のような紫色の魔法陣を展開し、そこからバスケットボールくらいの黒い弾丸を雨のように放ち出す。
直線で結ばれた先の大木は、呆気なく穴空きチーズみたいに削り取られ、緩やかに後ろへと倒れた。
だが、それでも意味なんてない。
「クソッ、何処だ!? 確かに今そこにッ」
あぁ、ヤバい。
顔がにやける。これだから変人だって言われるんだろうけどさ。
憧れて、集めて、読んで、聞いて、試して、焦がれた存在が居るんだよ。
俺の大好きな、都市伝説の一つが、今、俺の目の前で起こるんだ。
「私、メリーさん」
「⋯⋯な、に?」
興奮しなくてどうすんだ。
「今、貴方の後ろに居るの」
──ザシュッと、肉を食い破る音がした。
────
──
【メリーさん】
──
────
「き、さま⋯⋯」
アークデーモンの胸から生えたギラリと光る二つの刃先は、まるで内側から食い破る巨大な凶鳥の嘴にも見える。
余韻も残さず、ただ恨み言のみを吐き出した羊の顔の悪魔は、真後ろからの一撃を受けて呆気なくその姿を崩す。
黒い石灰岩が、さらさらと黒砂に返るように。
風に流れて世界の色に溶け込んでいく姿が、紛れもなく人ではない異端だったのだと今更ながらに示してくれた。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
そして、今まで散々痛めつけてくれた悪魔を一撃で葬った存在が、ふわりと継ぎ接ぎフリルのスカートを浮かせながら、俺の目の前に降りてくる。
蜂蜜色のシャンパンゴールドのふわふわした長い髪に、黒白フリルのヘッドドレス。
エメラルドの瞳と、煤にところどころ汚されても尚美しいと思える少女の甘い顔。
ボロボロになってる黒いゴシックロリータのエプロンドレスを纏った12、13くらいの西洋人らしく、幼いながらもどこか大人っぽさが見え隠れしている。
『薄汚い』をまるでファッションメイクの様に振る舞って。
その手に大きなハサミを握りながら、静かに笑みを浮かべながら、彼女は俺の前へと降り立った。
メリーさんって西洋人形じゃないの、とか。
普通に人間じゃないかとか、そんなツッコミ所なんて今はどうでも良い。
「私、メリーさん。メリーさんを呼んだのは、あなた?」
正真正銘、彼女はあの日本人なら誰でも知ってる都市伝説の代表格の、メリーさんだ。
かつて、フランス人形買い漁ってゴミ捨て場に置きまくって電話来てくれマジでと、願いに願ったメリーさんだ。
「⋯⋯やった」
「⋯⋯?」
結局叶わずむしろゴミ捨て場から苦情来て、泣く泣く回収したフランス人形達に、捧げる。
俺は、成し遂げたぞ。
成し遂げたぞ!!
「いよっしゃぁぁぁぁぁぁああ!!!!」
「!?」
長年の夢が叶った興奮のあまり、全身全霊のガッツポーズをかましてみれば、急に誰かが近づいて来た時の猫みたいにビクッとしてた。
「マジのマジでメリーさんだよな! 都市伝説の!」
「わ、私、メリーさん⋯⋯」
「だよねだよね! あぁ⋯⋯俺、都市伝説と話してる…あ⋯⋯の、ずっと前からファンでした! さ、サインとか貰えませんか!?」
「さ、サイン?⋯⋯私、メリーさん。字、書けないの」
「あ、そう⋯⋯そっか、残念⋯⋯」
「げ、元気出して欲しいの」
メリーさんだけでなく、こっくりさんとか一人かくれんぼとかをやる時に、常にサイン色紙を用意していたのは伊達じゃない。
あからさまに肩を落とした俺を見かねてか、ふわっと浮きながらポンポンと肩を叩いてくれる。
あれ、メリーさんって空、飛べるのか。
いやまぁいきなり後ろに現れるくらいだから、そのくらい朝飯前かも知れないけれども。
というかメリーさん、意外と優しいってか友好的。
ひょっとしたら【ワールドホリック】の能力が関係してるのかも。
「しかし、メリーさん凄いな⋯⋯あの悪魔を一撃って。そんな強いってイメージなかったけど」
「それは多分、貴方のおかげだと思うよ?」
「え、俺の⋯⋯?」
メリーさんが強いのが俺のおかげとはどういう事だ、とよぎった疑問を晴らしたのは、テラーさんからのプレゼント。
はたと閃いて、悪魔の介入で読み損ねた部分までパラパラと捲ると、メリーさんがいつの間にか俺の肩に引っ付いて来た。
もしかして、一緒に読みたいって事だろうか。
まぁ良いか、都市伝説と一緒に本読むとか貴重な体験だし。
『再現性、親和性と来て最後の要素は⋯⋯浸透性だ。分かりやすく言うなら、知名度だね』
「知名度?」
『有名であればあるほど、再現した都市伝説は存在格を増す。逆にいえば、地方のほんの一部にしか伝わってない話であれば、その存在がもたらす影響は極端に狭くなる』
「⋯⋯」
『また、それが【都市伝説】として認識されているか否かも大事だな。なかには【妖怪】とか【民話】としての側面が強いのに都市伝説とされているのもあるが、そういうモノは浸透性が分散してしまうから、存在格も弱まってしまうし、再現不可なモノもある。まぁ、これもやはり試行錯誤あるのみだ』
メジャーであれば強く、マイナーであれば弱い。極端に言えばそういう事なんだろうか。そしてそれが『都市伝説』としてカテゴライズされているかどうかも重要と。
『では、パラメーターについて理解をいただけたようだし、大詰めと行こう。ナガレ、最初のページに戻ってみようか』
「最初⋯⋯ってあれ、中身変わってる」
記されるがままに最初のページへと戻れば、もうこれで何度目の驚きか。記されていた内容が、全く別のものに変わっていた。
──────
No.001
【メリーさん】
・再現性 『B』
・親和性 『A』
・浸透性 『A』
保有技能【背後より来たりて】
背後からの奇襲の際、強さに補正が掛かる。
「見付けて欲しいと願う癖に。
真後ろからの鋏の方が、深く深く突き刺さる。
叶わぬことこそ、少女の本質か」
保有技能【─未提示─】
──────
「⋯⋯⋯⋯ステータス画面かなにか?」
『君が再現した都市伝説についての情報だ。保有技能はその名の通り意味で、いわば彼女の個性の表れとも言えるだろうね』
「なんつーシステマチックな⋯⋯あ、この保有技能の未提示ってのは?」
『まだ君が確認していない技能。その内に分かるという意味さ』
「ふーん。あとなんか、技能のとこに不穏なのが色々書いてあるけど」
『なに、ちょっとした味付けのようなものさ。君が喚ぶ物語だ。単なるデータや注釈だけでは味気がないだろう?』
「⋯⋯遊び心のある神様でなによりだよ」
あえてぼかしたり不親切な言い方をしてくれる辺り、テラーさんは俺の性格をよく分かってくれてるらしい。
手探り上等。
なんでもかんでも教えて貰うより、そっちの方が俺好みだ。
『総括すれば、日本人である君との親和性も優れていて、かつ世界にも知られているほどの浸透性を持ち、それに再現性を与えた都市伝説──君が再現するのに選んだ【メリーさん】は、実に良いキャストだったという事さ』
確かに、このパラメーターの高水準っぷりが存分に物語ってるし。
と、ここでふと肩をトントンと叩かれた。何だろうかと振り返れば、得意満面といったご様子のメリーさんが。
「私、メリーさん。そう、私はメリーさんなの」
「⋯⋯ん、そうだな。よしよし」
「えへへ」
ね、言った通りでしょ。
緩やかな微笑みにそんな感情を乗せるメリーさんについ、苦笑してしまう。
俺のおかげっていうのは、純粋に俺との相性が良いからってことと、その知名度による自信からか。
伸ばした手をすんなり受け止めて喜ぶメリーさん。
都市伝説としての威厳もあったもんじゃないけど、ずっと会ってみたいと焦がれてきた相手だ。
仲良く出来るなら仲良くしたい。
「私メリーさん。貴方のお名前は?」
「あぁ、俺は細波 流。好きに呼んでくれていいよ」
「私メリーさん。貴方はナガレ」
「そそ。ナガレね。これから宜しく」
「私メリーさん。ナガレ、これから宜しくお願いします」
⋯⋯ヤバい、都市伝説に名前呼ばれてるよ俺。
ほんとたまんないな、これ。
宙に踊り出てステップを踏み、淑女のようにスカートの端を摘まみながらの丁寧な御挨拶が、骨身に沁みる。と、ここで本へと視線を残せば、まだ記されている言葉を見付けた。
『素晴らしい語りだったよ、流。さぁ、無粋な話はここまでとしよう。本を閉じて、君だけの物語を見せておくれ。改めて──【ワールドホリック】に幸運を──』
「⋯⋯テラーさん」
それは静かな励ましのようにそっと背中を押してくれる言葉だった。どうしてここまでしてくれるんだろうとも思えるけれども、何というか、全く悪意を感じさせない不思議な人だ。
「⋯⋯ん?」
そこでふと、いつの間にかまた肩へと乗っかるメリーさんが、開いたページの隅っこに指を置く。
これは、絵だろうか。ちょっとだけ縦に長くて丸い⋯⋯多分、なにかの卵。
ペラリと、次を捲れば、今度は真っ白なページと、また隅っこに卵。
あ、もしかして⋯⋯と閃きのままにパラパラとページを流せば、卵が右へ左へと揺れてるみたいに動いてる。
────
そしてヒビが入って、パカリと割れて、赤い毛色の雛鳥がそこから孵った。
目覚めたばかりの雛鳥は、少しずつ羽を動かして、やがて空白の空を泳ぐように飛んでいく。
けど、途中で突然力尽きたかの様に、ゆっくりと墜落して行って。
ふと、その身体を炎が包み込めば、パラパラと灰を落としながら、雛鳥はもう一度甦った。
────
「⋯⋯不死鳥?」
「私メリーさん。私もそう思うの」
紅蓮の中から甦った赤い鳥は、きっと不死鳥を意味するんだろうけれど。
生憎とページはそこで巻末、つまりはそこから先を描くものは何もない。
「意味深だな」
「意味深なの」
「⋯⋯ま、いいか。これ以上は野暮だし」
「野暮なの?」
「そそ。教えて貰ってばかりなのも考えものだしね」
「ふぅん。そういうのも素敵ね」
「話が分かるメリーさんで何より」
「私メリーさん。ナガレに褒められたの」
貰うものに慣れすぎれば、ありがたみだって忘れてしまい兼ねない。だから、これで良い。もう充分、これ以上望まなくたっていい。いつかこの大きな借りを、返せる機会がくれば良いけど。
「────く、っ、⋯⋯」
「あっ、ヤバい忘れてた。メリーさん、ちょっと手伝って」
「私メリーさん。貴方のお望みなら、喜んで」
その前に、まずは命を救ってくれた恩人に、出来るだけ報いておかないと。
【都市伝説紹介】
『メリーさん』
・再現性『B』
・親和性『A』
・浸透性『A』
保有技能【背後より来たりて】
「見付けて欲しいと願う癖に。
真後ろからの鋏の方が、深く深く突き刺さる。
叶わぬことこそ、少女の本質か」
背後から奇襲の際、効果上昇
保有技能【─未提示─】
メリーと名付けられた古い外国製の人形が、持ち主に捨てられた事から始まる都市伝説。
電話越しに徐々に迫ってくる恐怖的演出などから多くの類似作、創作が手掛けられるほどに有名。
本作では人形ではなく十二歳くらいの少女として再現されている。
親和性からも察せられる通り、再現主であるナガレには非常に好意的。
大きな銀鋏を武器として立ち回り、宙に浮くことも出来る。