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Tales 43【花鳥、酔う月】

「ではわたくしの美しく天才的で華々しい勝利と!! ついでにナガレの勝利を祝って、乾杯ですわー!!」


「はい乾杯」


「乾杯」


「キュイ!」


「……えっと、乾杯……」


「ほっほ、乾杯でございます。しかしお嬢様、そう淑女が脇を見せるのは些かはしたのうございますぞ」


「何を固い事を言いますの、アムソン。今夜はぶれいこぉと言う奴ではありませんの! それに此処は個室ですわ!」


「淑女というものは、衆目関係なく作法を心掛けるものですぞ……ほっほ。とはいえ、お嬢様が珍しくご活躍された本日ばかりはこのアムソン、あまり口うるさく言いますまい」


「オーッホッホッホ! 分かれば宜しいのですわ! 珍しくは余計ですけど」



 セントハイム王国城下、繁華街の夜は明るい。

 サービスの行き届いた優良飲食店、居酒屋『ピオーネ』の広い個室に、有頂天なお嬢のソプラノが響いた。


 グラスを傾ければ、酸味の強いレモンの味が、喉ごしと共に爽やかに広がる。

 といってもチューハイじゃなくてレモネードだけど。

 ぷはーっという通過儀礼を済ませれば、膝の近くで湯通しした鳥肉をぱくついていたナインが、旨いとでも言いたげにキュイと鳴いた。



「にしても完全個室とか。良い店見つけてくれてありがとね、二人とも。おかげでくっちーも喚べたし」


「といっても、エースの紹介だけれど」


「お気に召したのであれば何よりでございます」



 わざわざ予選中に祝勝会の会場を用意してくれたらしく、その心遣いには、気が早くないかという照れも言葉にならず立ち消える。

 目の前の大きなテーブルにはローストビーフ中心のオードブル、彩りの良いサラダ、海鮮パエリアに塩だれあんかけ肉団子。

 他にも見てるだけで涎垂モノな料理が万漢全席みたく皿を寄せ合っていた。


 俺の知ってるのと細部は多少違えど、香りや見た目からして絶対旨いだろこれ。



「でも……良いの、かな」


「良いって、何が? メリーさんはもう疲れて眠ってるし、ブギーマンは反応すらしないし。別に遠慮しなくても 」


「でも、ナガレくん……負荷は?」


「まだ余裕あるって」


「……分かった。ありがとう」


「ん。あ、セリア。そのローストビーフひと切れ!」


「……はいはい」



 遠慮がちな彼女に言い聞かせれば、消極的ながらも素直に応じてくれる。

 ホント都市伝説って感じがしない。

 スプーンで料理を口に運ぶのにも、わざわざマスクを伸ばしながら不便に食べてるし。



「んふっ……んくっ…………っ、くぅぅぅ効きますわぁぁぁぁ……」


「お嬢、良い飲みっぷりじゃん。酒強いの?」


「オーッホッホッホ! グリーンセプテンバー家の者が酒を嗜めぬ訳がありませんわ! というか貴方こそ、何故飲みませんの」


「色々あんの」



 一杯目にして早くも赤ら顔になってるお嬢にぐいっとジョッキを押し付けられるのを、やんわり返す。

 別に二十歳になってないから、とかそんな殊勝な理由じゃない。

 強いて言うなら、過去に対する反省ってとこ。

 いつか悪のりで一口だけ飲んだビールの味。

 その後に経験した諸々が苦味となって思い出されて、つい顔をしかめてしまう。

……今のお嬢以上に顔を真っ赤にしたアキラにボコボコにされた時は、マジで死ぬかと思ったな。

 酔っ払って何したんだよ、あの時の俺。



「くっちー飲む?」


「え? あ、あたし飲んだ事なくて」


「あら、でしたらこれも経験ですわよ。アムソン」


「畏まりました。では、飲みやすいカクテルを」


「えっ、えっ?」



 恐るべしアムソンさん、既に出入口の扉に手を掛けているとは。先読み凄いな。

 トントン拍子に進んでいく事態にオロオロし出すくっちーは、もはや都市伝説的な威厳がどこにもない。



「……」



 上品にワインを傾けながら、程々にしておけとサファイアの眼差しが訴えてくる。

 さっきまでささみを啄むナインの姿に静かに悶えてた癖に。



「んぐっ……んくっ……ふぅ……ふへへ、勝利の美酒は最高ですわぁ」



 まぁ、俺はともかくお嬢は羽目を外させ過ぎない様に見張っとかないといけないみたいだ。

 明日から本選だってのに、歯止めを感じさせない飲みっぷりに不安になった。

 なお、その不安は見事に的中してしまった。



────

──


【花鳥、酔う月】


──

────



「でしゅからぁ……そこでわたくしがぶわぁっとぉ……ひっく……」


「もう七度目だってその流れは」


「ニャガレだけに、でしゅわにぇ! おほほ、うみゃい!! うみゃいでしゅわぁ!!」


「……」



 バシバシと背を叩かれ、ふにゃふにゃに緩んだ蕩け顔が至近距離で微笑むこの状況こそは男として役得と言ってもいい。

 でも流石に同じ武勇伝が七度目のループを迎えれば、色情を抱こうにも冷めるというか。

 しかも不幸中の更なる不幸が、お嬢の反対側にある。



「別に……綺麗じゃないって知ってるし……だからってあんなに叫ぶことないでしょ……あたしだってそういうものなんだって自覚してるけどさぁ……うぅ、ぐす」


「あー……いやでも、くっちーのこと綺麗だってセリアも言ってたじゃん。俺もそう思うし(……片膝がびしょ濡れに……)」


「うぅ……ほんと?」


「ほんと」


「めんどくさいとか思ってない?」


「……えっ」


「やっぱりぃぃ……あたしだって、あたじだっで分かってるけどぉ……うぅ、ううぅ……」


「にゃがれ! はなしぃ聞ぃてますのぉ?!」



 前門の絡み酒、後門の泣き上戸。

 どっちも見目麗しいのは間違いなく、この光景を見れば世の男性に舌打ちされるのは勿論分かってる。

 でもこれ結構辛い。

 お嬢の話に相槌打てばくっちーに袖を引かれ、くっちーを慰めればお嬢に顎を掴まれ話聞けと叱咤されて。

 めっちゃ面倒臭い。

 というかくっちーもう普通に、ただ打たれ弱い人じゃないか。



「……それにしても、エルディスト・ラ・ディー組は全員本選参加になるなんてね。少し出来すぎな気もするわ」


「キュイ」


「左様で。しかし、あのセナトという御仁が大きな壁でしょうな。それに例の魔女の弟子というのも、油断出来ぬ要素かと」


山札(キティ)部隊のピアとフォル、それとナナルゥの幼馴染のエトエナ……だったかしら。トーナメント形式というからには、運次第で彼女達と闘う事になりかねないけれど」


「そうなれば致し方ありませぬでしょう。いずれにせよ、お嬢様には気を引き締めていただきたいものです」


「いやアムソンさん、そう思うならお嬢何とかしてって! のほほんと談義してる場合かっ!」


「にゃあもーうるしゃいですわ!耳元で叫ぶなぁ! ですわぁ……」


「え、いやちょっ、っんぷ、おじょ、 待って悪かったから一旦ジョッキ置いて零れる零れる!」



 神妙な顔付きすらわざとらしい。

 必死にSOS送ってたのに二人揃って気付かないふりとか薄情過ぎじゃないの。

 セリアに至ってはずっと膝の上のナインを撫でる手を止めやしない。

 挙げ句、耳元で叫んだヘルプに目を据わらせたお嬢が、ジョッキの口で俺の唇を物理的に封じようとしてきた。



「……ほっほ。残念でございます。もうしばし執事としてのタイを緩めておきたかったのですが」


「無礼講は終わりね」


「名残惜しいものです……さ、お嬢様。そろそろ酔いを冷ましに風にでも当たりませぬかな? あまりそうナガレ様にご迷惑をおかけなさいますな」


「んぅー……? にゃにが迷惑なものですのぉ! ナガレがわたくしの活躍をききたいっていうからぁ」


「(一言も言ってない)」


「ささ、参りましょうぞ。そろそろ淑女に戻っていただけねばこのアムソン、アレーヌ様に叱られてしまいます」


「!!……うー……」



 アレーヌ。

 その名前を耳にした瞬間、酔っ払いエルフがピタリと固まり、次いで拗ねた様に口を尖らせた。

 それがお嬢に対するこの上ない有効札であるのは、渋々とアムソンさんの手に掴まるお嬢の態度を見れば一目瞭然。


 けど、先程まで散々浮かれ調子のソプラノを聞き続けていたせいか──



「おかあさま……」


「──……」



 呂律の乱れた飴声で呟く背中が、必要以上に小さく、細く見えてしまった。



◆◇◆◇◆



「今夜は甘やかすと決めた以上、そう責める事は出来ませんが、それでも寄りかかり方を選ばれては如何かと」


「むぐぐ……そ、そんなつもりじゃありませんでしたわよ」


「ほっほ。殿方であるナガレ様にあそこまで迫っておいて言える台詞ではありますまい」


「なっ、違いますわよッ」



 ピオーネから出て直ぐの脇道にて冷ました酒精に、またも火を告けるは確信犯。

 小皺を蓄える老執事にガーッと怒鳴ってみても、彼女自身にも酒席といえど淑女らしからぬ真似をしたという自覚があったのだろう。

 いつもよりその威勢は弱かった。



「お嬢様」


「……なんですの?」



 肌寒さから、抱くように腕を持つ緑髪を薄い月明かりが照らす。

 月化粧に頬の熱を奪われた少女は、執事が手短に自分を呼ぶときは大抵直球を放ることを知っていた。

 しかもその軌道の先は、投げて欲しくない所が多い。



「ナガレ様にお惹かれになられておいでですかな?」


「……はっ?」



 今宵も、類を漏れず。



「ほっほ。まぁ無理もありますまい。風無き峠での一幕からして、そうなってもおかしくないと思っておりました故」


「お、おおお待ちなさいなアムソン!! 何を勝手に決めつけてるんですの!」


「……おや。どうやら、まだ芽が出始めた程度ですか。淑女たれとの教えを磨いて来られたとはいえ、春の迎え方は教えようがありませぬなぁ」


「ですから! 何を一人で納得してるんですの!」


「まぁ冗談はともかく」


「冗談なんですの!?」


「ほっほ」


「アムソン!」



 からかいましたわね、なんて。

 そこで金切り声を挙げたところで、手玉としてジャグリングされるだけの末路がいい加減見え透いていた。



「……ですが、そう、ナガレ様。このアムソンが見るに……『今は』あまりあの方に寄りかかり過ぎない方が宜しいかと」


「だ、だからそんなつもりは……くっ、まぁ、良いですわ。はぁ……それで、結局何が言いたいんですの?」


「ほっほ」



 好々爺に掌を返されるのも弄ばれるのも気に食わないが、ナナルゥは馴れている。

 こういう時、彼は決して間違った事を言わないという事も。

 細波 流。この夕陽色の瞳は、非凡と平凡が同居した様なあの青年に何を感じたというのか。



「僭越ながら、ナガレ様は……──随分と長い、"空元気"を続けておられるように思うのです」


「から、げんき……?」



 月が、(かげ)る。




◆◇◆◇◆



「セリアは、聞いた?」


「何を?」


「お嬢が、故郷(フルヘイム)を飛び出して東に来た理由」


「……少しの経緯なら、聞いたわ」


「そっか」


「ナガレはどこまで?」


「……再起と復讐。その為に二人は旅してるって、アムソンさんから」


「……そう、大体同じね」



 広々とした個室で、角を丸めたロックアイスが舌先で遊んで欲しいと艶っぽく鳴いた。

 酒精を多く溶かした様なウィスキーの量は中々減らない。

 紛れるものと紛れないものがあるとでも言いたげに、掌に身を預ける琥珀色の夜をサファイアブルーが見下ろしていた。



「──スゥ……ンン」


「……(良く寝てるな)」


「キュイ……」


「……」



 特別柔らかくもない膝の上で、すやすやと寝息を立てるくっちーの表情は草臥(くたび)れていながらも幼い。

 きっと柔らかそうな膝の上で、腹一杯で幸せとでも聞こえて来そうなナインの背を、細い指が撫でる。


 頬は綻び、横顔は見惚れるくらい優しい。

 でも──それでもセリアの瞳に浮く色から、憂いは消えず。



「聞かないのね」


「──何を?」


「私の事」


「……」



 本心を暴こうとするのは、彼女自身の意思か。

 グラスの中の丸い氷月が、目に見えない月光でセリアの心雲を払っているのか。



「聞いて欲しくないんだろ」


「……」


「だったら、聞かない。傷を(えぐ)る趣味なんてないし。セリアが自分から話したくなってからでいい」


「そう。そうね」



 我ながら、大人な言葉だと思う。

 大人みたいに慎重で、"相手に深入らない為"の、子供染みた言い訳だった。


 セリアが何を思って剣を振っているのか。

 そこに騎士の様な清廉さが根を生やしている訳ではない事くらい、俺でも分かる。

 むしろ根を焼き尽くすぐらいに冷めた青い焔の様な、暗く重い理由。


 多分、"憎しみ"。



「……」



 それは底の方に沈殿させた記憶を引っ張るのには充分過ぎる。

 憎しみ。それも、奪われた時に出来た傷痕のよう。


──奇遇にも俺が一時、"都市伝説という存在に"抱いていたものと同じ形をしていたから、深入らずとも分かってしまう。



「はは……酒、頼んでみよっかな……」


「……ナガレ」


「嘘うそ、冗談」




──死んで、生き返って。でもどこか自分が臆病になっている気がする。



 (かさ)を減らした二杯目のレモネード。

 甘酸っぱさはどこにもなく、ありもしない苦味ばかりが浮いてくる。

 こういう時、突き放す様に励ますという離れ業をしてくれる親友達は、この世界には居ない。



 個室の広さが、いやに虚ろで伽藍堂(がらんどう)に思えた。



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