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Tales 42【予選結果と魔女の弟子】

「はぁ……ぜぇ……あー……ちょっとスッキリしまし……うっぷ、けほっ」



 汗で張り付いた前髪をサッと払い、クールに勝ち誇る。

 理想の姿は往々にして遠いもの、口の中に広がるポーションの苦みにむせる姿はクールのくの字も見当たらない。



「……はぁっ……ふふ。ふふふふっ、オーッホッホッホ!!!」



 華麗に美しく正々堂々。

 望んでいた勝利とは最後の四文字が食い違うものの、それでも──そよかぜは喜色満面に高笑う。

 バテ気味の彼女の周りは死屍累々の有り様だが、それでもナナルゥの笑顔は子供の様に無垢だった。



「セリア、ナガレ、アムソン……! わたくし──勝ちましたわよ……ッ!」


「お、おめでとうございます、ナナルゥ・グリーンセプテンバー選手」


「……え?……あっ、ま、まぁこれくらいわたくしにかかれば余裕のよっちゃんですわ! よっちゃんなんて知り合い居ませんけど!」


「はぁ、そうですか。まぁ、構いません。では──『二名』の勝者が確定した只今を持ちまして、第九ブロック、予選試合を終了とします」


「……? 二名?」



 頭の上から輪っかをつけた精神がふよ~と抜け出してそうな有象無象を見下ろしながら、こてんと首を傾げた。

 そういえばそんなルールだったと、参加者にあるまじき感想を一つ抱いたなら。

 彼女の背に向けた、少し調子の悪そうな声色が感触もなく肩を叩く。



「俺のことさ、ハニー」


「!!……な、なんですって?! この、この下衆男が?!」


「はい、マルス・イェンサークル選手は『まだ』気絶しておりませんし、ギブアップ宣告もしておりません。よって……本選出場となります」


「おい、何故不満そうだ」


「お気になさらず、マルス選手」


「こ、このっ、この……変態はぁ……ぐぬぬぬ……」



 もう一人の本選枠は、真っ白な歯をキランと光らせ、プルプルと内股で震えているマルスだった。

 参加者達がハイにキマッたナナルゥの魔の手から逃げ回っている際に、実はこっそり壁際で息を押し殺していたのである。

 勝利の美酒に、苦物を注がれる様な気分だった。

 こんな形で利用されるとは、腹立たしいことこの上ない。



「……はは、という訳で。本選で俺様と当たった時には優しくするぜハニー」


「ふん、容赦なく潰して差し上げますわ!」


「ば、馬鹿言うな。今度こそ本当に使い物にならなくなっちまうだろ!」


「使い道ない癖に」


「係員?! さっきから何故俺様だけ辛辣?!」



 温厚な顔立ちの係員の性別を考えれば分かろうものだが、ともあれ決着は決着。

 不満の残る要素はあれど、本選に出場出来たという実績がナナルゥの顔をにやけさせる。


 抑えようもなければ、隠しようもない。

 んふふと猫みたいなにやけ口を手で隠すようにしつつ、彼女はそっと心内で呟いた。



(ナガレ。わたくし、やりましたわ……『目的』はどうあれ、あんな風にわたくしの肌に触れておいて……もし負けてたりしてたら承知しませんわよ)



 もう一人の無礼者の、勝利を願う為に。

 少しだけ赤くなる頬を、口元ごと掌で隠した。



────

──


【予選結果と魔女の弟子】


──

────



 剣と剣がかち合って一種だけ咲いた赤い火花。

 それよりも尚紅く紅い、生々しくべっとりとした血飛沫(しぶき)に見開いたのは、お互いに同様だった。



「私メリーさん……これって、あの……」


「セナト……」


「……ぐっ、ど……どういう、つもりや……旦那ァ」



 肩口へと深く刺さった黒小刀を、呻きながら抜き取ったジムの台詞も当然だろう。

 おかげでさっきまでセナトと戦っていたメリーさんはすっかり混乱気味。


「……」


 しかし当の本人はさも間違いなど犯してないと、顔色一つ変えぬまま此方へと歩み寄ってくる。

 メリーさんも、一応鋏を構えながら此方へ。

その折に、もう一方で握っていた黒小刀を懐に仕舞う仕草が、『事の終わり』を示した。



「なに悪びれもせんと、ワイはどういうつもりやって聞いてんねん! 答えんかい」


「煩い男だ。見て気付かないか?」


「はぁ? 気付けやと? 何を気付け、っちゅうん…………」



 捻れてるとまでは言わないけど。

 意地が悪い促し方というか、"嘘をついた"ジムに対する意趣返しだからか。


 肩を抑えるジムの目が、俺の顔へと向いた途端。

 その剣幕が徐々に取れていく。



「……まさか、兄ちゃん」


「言っとくけど、最初からって訳じゃないから。ジムに不意討ちされるまでは、俺もそんなつもりじゃなかったけど」


「んな訳ッ……づっ、クソ、なんやねんそれ。兄ちゃんと旦那は最初っから『グル』じゃなかったんか?!」


「……だってさ、セナト。俺も、どうして土壇場でこっち側に付いたのか……理由くらい教えてくれない?」


「……」



 俺にとっては、そこだけがハッキリしない所。

 まぁ裏を返せば、もしかしたらセナトが組む事を決めた相手は……っていうのはあったし、現にそうなんだろうけど。

 疑問を呈せば、影法師は静かに口鼻を覆う黒布を整えながら、少しばかりの嫌味を添えて答えた。



「言っておくが……そもそも私は、貴様と組んだ覚えはない」


「は? 何言うてんねん! しっかり言うたやろが!」


「何を勘違いしている。私はあくまで、『ガートリアムの使者』と組むのは悪くないと言ったまで」


「な、なにがやねん……」


「……そうだった筈だろう。違うか、ナガレ? いや、同盟国からの使者よ」


「……へっ??」



 うわ、そこでパスすんのかい。

 わざとらしい"種"明かしするな、セナトのヤツ。



「……確かに。しかも、俺に目を合わせながらね。でも正直すんなり信じれる訳ないでしょ」


「そうだろうな。私としても、別にどちらと組もうが構わなかった。だが──」


「ちょ、ちょい待て。待ってくれやお二人さん。もしかしてそっちの兄ちゃんは……マジもんの使者なんかいな?!」


「──そゆこと」


「…………は、なんや……んなドンピシャ、アホかっちゅう……ハナシやんか」



 膝から崩れながら、茫然と呟く台詞は俺も心底同意する。

 ていうか、ツイてないよな。

 取れたてのハナシのネタで釣ろうとした相手が、その本人だったとかどんな喜劇だよ。

 自業自得だけど、そこは素直に同情してやれる。



「……あぁ、せや。もうえぇけど、あの質問は結局なんや? ガートリアムの人間が冗談どうこうっていうヤツや」


「…………くく。あれか。なに、大した事じゃないが」



 そして、彼の不運はもうひとつ。


『……う、えーと……そら人それぞれやけどな、ワイは……冗談、割と"好き"やで! このご時世、人を楽しませる為には冗談の一つも覚えてへんとや……』


 セナトからの与えられた二択を──外してしまった事だろう。


『いや、結構です。たまには冗談を言いたくなる時もありますよ、えぇ。けれど、我が国の方々はあまり"冗談を好まない方"が多いので、残念ながらこの冗談を披露する機会は訪れないでしょうね』


 でも、なーんかこれって。

 ジムに対する意地悪というよりもさー。



「──私は、冗談を言う男が嫌いなだけだ」



 やっぱり、俺に対する意趣返しな感じするのは気のせいじゃないなこれ。



「いや、正確には……ここ数日で心底嫌いになった」



『……うぉっほん!! い、いや、いやいや全く……人が悪いなぁ、それならそうと早く名乗ってくれれば良いものを……いやどうにも最近虫の居所が悪くてねぇ! 軽い冗談にもつい熱が入ってしまってねぇ! 全く全く、困ったものでねぇ!』


 んーこれ全然気のせいじゃなかった。

 ホント何があったんだよ。いや、なんとなく想像つくけど。

 多分護衛を外された理由って……うん、考えるのは止しとこう。

 相当ボコボコにしちゃったんだろうとか、思っても触れるまい。


……てかやっぱり原因、間違いなく俺のせいじゃん。

 わざわざ遠回しに悟らせるとか。

 ホント、セナトって意地が悪い。



「…………はぁ。もう、ええわ……おいねーちゃん。ワイもギブアップや!」


「畏まりました」


「むぅ……何だか消化不良気味なの」


「メリーさん、お疲れ様」


「……」


「……けったいなヤツらやなホンマに」


「私メリーさん。頬っぺたのブヨブヨ、削ぎ落としてあげようかしら? うふふ」


「ひっ」



 少女らしかぬ獰猛な笑みを振りまくメリーさんを宥めながら、フゥと息を吐く。

 今更な話だけど、防御とはいえ人間相手に刃物向けられるのは、なかなか肝が冷えた。



「それでは、サザナミ ナガレ選手。セナト選手。以上の二名の勝者が確定した只今を持ちまして──第十二ブロック、予選試合を終了します」



 それにしてもセナト、結局俺の側につく事にした決め手については教えてくれないみたいだし。

 ってより、理屈じゃなくて単なる気まぐれぽいっけど……まぁいいか。



「それでは勝ち抜かれたお二方、明朝にまたコロシアムに足をお運び下さい。そこで、本選トーナメントの発表を行います」


「どうも」


「……」



 それならそれで、もしかしたら『あの再現』に使えるかも知れないし。

 とりあえず後でメリーさんに確認を──

 とそこで、物思いと企みを遮ったのはジムだった。

 怪我を押さえた手とは逆の手で、肩を叩かれる。



「……どしたの?」


「まぁ、ワイがツイてなかったんはワイの責任やからな。しゃーなしや」


「?」


「……応援したるっちゅう事やろが。本選、すぐに負けたりするんじゃないで」


「……あ、あぁ、うん。どうもね、ジム」



 割と恨まれたりするもんだと思ってただけに、少し拍子抜けした。

 おー痛い痛い、なんてわざとらしい台詞を残して、その背中が去っていく。



「気張れや、ナガレ。ついでにセナトの旦那」


「……」


「……ん、ありがと。ジムこそ『見境なし』なのも程々にね」


「────……はは、そら無理やな」



 鉄扉が軋む音が、まるで彼の潔さをせせら笑う様に鈍い。

 バタンと無感情に遮られた音が、やけに重く聞こえた。

 ま、何はともあれ、目的の本選には出場出来た訳だ。



「さて、帰るか……」


「私メリーさん。ナナルゥ、勝てたと思う?」


「さぁ、どーかな……」


「ふふ、メリーさんの予想では、きっと大丈夫なの……それじゃあナガレ。また後でね」


「……ん、了解。【奇譚書を(アーカイブ)此処に(/Archive)】」



 少しだけ大人びたメリーさんの微笑みを受けて、奇譚書を呼び寄せる。

 本選に向けて、なるべく手の内は隠しておかないといけない。



「【プレスクリプション(お大事にね)】」



 だから、また後で。

 その時に、セナトと闘った時に感じたものを教えて貰おう。


──隠してそうな秘密も一緒に。




◆◇◆◇◆




 隅々まで清掃の行き届いた執務室の中に、他の誰かが居る訳でもなかった。

 それでも緩めることをしない赤ネクタイは、彼の几帳面さをよく表すシンボルなのかも知れない。



「……ふむ。盛況と言っても過言じゃないな、今年は。五十度目の大台に相応しい面々になりそうだ」



 幅のあるデスクに並んだ資料は、既に終了報告がなされた予選の結果が記載されている。

 普段は専ら内政官として働く彼の厚い指が、紙面へと添われた所で、硬いノックの音。


 また一つ、予選ブロックの結果が出たらしい。

 扉の向こうから届いたのは、冷ややかな印象を受けがちな女性の声だった。



「失礼致します、オルガナ様」


「お、来たな。入りなさい」


「では」



 フォーマルスーツとベルキャップ。

 つい先程決着がついたばかりの、第十二ブロックの係員だった。

 きびきびとした会釈を一つ置いて、その脇に挟んでいた資料をデスクの上へと提出する動きは早い。



「第十二ブロックの出場者は、サザナミナガレ選手、セナト選手の両名です」


「ほう……セナト選手といえば、アルバリーズが雇い入れたという『黒椿』の一人だったね。いやはや、流石だ……しかし、ナガレ選手というのは……チラと見た限り、普通の青年に見えたが」


「それは…………いえ、取り敢えず報告を優先させていただきます。まだ予選会場の片付けが残ってますので」


「せっかちな事だ。いや、後のお楽しみという演出かな?」


「どちらとも……ところで、他の会場の結果は?」


「……うむ。それが少々厄介でね。『シード枠』を二つほど用意せねばならなくなった」


「!」



 シード枠。

 それが意味するのは、いずれかの予選に滞り、もしくはトラブルが発生したという事だ。

 しかし、オルガナはどうしてか愉快げに口元を歪めている。

 それは逆に言えば、彼にとっては歓迎するべき内容であるという証明に他ならない。



「……もしや、"彼女"ですか?」


「あぁ、察しがいいな。そうだよ、第十六ブロック"唯一"の勝者……かの魔女カンパネルラの弟子殿だ」


「唯一……」


「そう、唯一だ。もっとも、同じく唯一の勝者を生んだ第七ブロックでは、全員棄権となったがね。どうにも、エトエナ選手の強力な精霊魔法の前に戦意を喪失してしまったらしい」


「……ギブアップを宣言したと」


「あぁ。終了のアナウンスをする前に、最後の一人がギブアップを叫んだらしくてね。やれやれ、恐怖というのは冷静な判断を奪うものだ」



 その時点で冷静さを取り戻していれば、その参加者も本選に出場していたのだろう。

 もっとも、勝ち進めれるかは別。

 しかし、その終わり方は圧倒的とはいえ、まだマシな終わり方と言える。


 であれば、第十六ブロックは──棄権ではすまなかったという事で。



「第十六ブロックは、重傷者五名、内三名が再起不能。軽傷者二名、残り二名は早々に棄権した故に無傷だが……しばらく、心を癒やす事になりそうだ」


「……何があったというのですか」


「それは直に分かる事だろう。さて──」



 第十二ブロック勝利者達の資料を一纏めに整えつつ、彼はゆっくりと立ち上がる。

 執務室の窓からは、清々しい程の青さ。

 深い漆黒など何処にも見えるはずがないのに。



「……魔女の弟子殿。彼女の優勝を止められるほどの実力者は、果たして現れるのかな」



 予選開会宣言の際に視界に留めたシルエット。

 "闇を溶かしたような、真っ黒なローブ"に顔さえ隠れそうな彼女の姿が、オルガナの脳裏に、未だ色濃く残っていた。



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