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Tales 39【影法師は胸に秘める】

『第十二ブロック。ラド・バラキ選手!』



 人の振り見て我が振り直せじゃないけれど。

 あんな偉そうな励ましをしていた我が身は、組んだばかりの腕をそそくさと組み直すぐらいには緊張していた。

 そこいらの不良とは訳が違う猛者達の視線に、ひたすら居心地の悪さを押し潰す。



『ナガレ・サザナミ選手!』


「……」



 どうせならもっと早く呼んでくれって意味もない苦情が思い浮かぶ辺り、浮き彫りになる余裕のなさ。

 お嬢には聞かせられない弱音だと、ちまちまと動かした足が──止まる。



『続けて、セナト選手!』


「…………」


「…………人の背後に回るの、趣味?」


「さて……だとしたら?」


「悪趣味じゃない、それ」


「全くだ。私もそう思う」



 いつから居たの、俺の背後に。

 いや、もうそこは突っ込むまい。

 うん、まぁセナトが参加者ってのは頭に入ってたけど。

だからこそ周囲の観察もしつつセナトの姿を探してたんだけど。



「あー……お元気そうでなにより」


「"お陰様"でな」



 はい、今や何故か『女性に対するトラウマの反動で、男色に目覚めた』と巷で噂のロートン様。

 つまりこの行為は、その雇われ傭兵であるセナトさんに対する意味深過ぎる意趣返しという事なんでしょうか。


 うん、ごめん。

 誰か助けてくれませんか。



────

──


【影法師は胸に秘める】


──

────



「まさかナガレ殿と一緒のブロックになるとはな」


「……よ、呼び捨てでいいよ、セナトさん」


「……そうか。ならば私もセナトで良い」



 リノリウムの様な光沢を放つ白い床に、大の大人がぞろぞろと列を作って進むのは中々に面白い絵図なのかも知れない。

 とはいえ、これから向かうブロックごとの闘技場で行われるのは、和気藹々としたものでは当然なく。


 付け加えれば、さっきから真後ろでジーっと物言いたげな視線を向けているセナトが怖すぎる。

 他の参加者達も、ちらちらと此方を盗み見ている辺り、彼の異端的雰囲気に少なからず脅威を感じているんだろうか。



「……その、色々あったっぽいな」


「ほう。色々とは?」


「……ロートン卿関連で」


「あぁ……確かに。例の騒ぎの次の日には護衛を解除されたのでな。もっとも、私としてはかえって精々する所だが」


「……それって、責任を負わされてってこと?」


「そうなる……とはいえ、当日私を護衛役から外したのは他でもないヤツ自身。ならば元々の依頼に集中するまで、というだけの話だ」


「……そか(通りで情報が予想以上に錯綜してる訳だ。おかげでこっちは無理矢理すっとぼけなくとも良くなったけど)」



 メリーさんに変装までして貰って、あのレインコート買いに行かせたりした努力が無駄になったのは、幸か不幸か。

 結果、俺は随分楽な思いが出来ている分、セナトには皺寄せがいってしまったんだろう。

 だからといって謝れるはずもない。

 そんな事すれば、ロートンについては俺がやったと白状するようなものだから。



「……因果は応報を招きたがるもの。ヤツの成れ果てには興味はない、が」


「ん?」


「……他に関しては興味を惹く。何せたった一夜にして、国中があの噂で持ちきりだ。情報屋を何人雇えばそんな規模の流布が行えるというのか……そう、思わないか、ナガレ?」


「……確かに。そういう類の魔法でも使ったとしか思えないね。ホント、"手の込んだ悪戯"だったな」


「──……くく。あぁ、全くだ。愉快犯には是非種をご教授願いたいものだ」



 必死なポーカーフェイスも見透かされている様な、(くすぐ)ったそうな微笑。

 全身黒尽くめの男の黒々とした瞳が、不思議と柔らかく緩む。

 ゆったりとした蝶の羽ばたきみたいな睫毛の動きが、なんかちょっと色っぽいと思ってしまった。


 しかし、セナトの言う元々依頼って多分、闘魔祭に参加するって内容だよな。

 言い換えれば、貴族派閥からの刺客。

 つまりは仮とはいえ俺達傭兵団側からすれば、大きな障害という立ち位置なんだろう、けど。



「……ん、待てよ。ねぇセナト。その依頼って──うわっ」


「おおっと、悪いなぁ坊主。へへへ。旦那、旦那。ちょいとええですかい?」


「っ……何だ、お前は」



 ふと思い付いた尋ね事は、言葉に成りきる途中で、にゅっと俺の前から伸びた男の手に遮られた。

 危うく(つまづ)きかけた所を、セナトが咄嗟に長い腕で抱き留めてくれたから、何とか転けずに済んだ。



「……? あ、ごめん。あと、ありがと(……何か、今……)」


「……」



 その際のちょっとした違和感に顔を上げれば、セリア以上の冷悧な目付きを男に向けたまま、身体を離される。

 セナトの視線を迎えるのは、身のこもらない会釈と薄ら笑い。

 琥珀色のおかっぱ頭とリスみたいに膨らんだ頬が印象的な男に、どうやら立ち位置を奪われたらしい。



「ワイはジム・クリケットっちゅーもんで。見たところ、旦那は相当に出来るお人やないんかなぁって思いまして、へへ。あ、兄ちゃん。危なくしてごめんな、お詫びにワイの前、歩いてくれてええで」


「は、はぁ……(体よく追い払われたし)」


「……で?」


「盗み聞きするつもりはなかったんやけど、旦那はアレなんでしょ? 用心棒、っちゅーやつなんでしょ?」


「……だったらどうした?」



 後ろ足で進みながら、ジムは擦り手とへつらいを怠らない。

 そのポーズは卑しくも見えるせいか、彼の言葉運びからしてセナトに何を求めているかは俺にも直ぐ察せれた。

 無論、それは求められてるセナトも同様らしい。



「……へへ。実はワイ、それなりに蓄えがありましてな。どうでっしゃろ。この予選に限りワイと手ェ組むっちゅーのは」


(ですよねー)


「……断る」


「ん、なんでや? 言っとくが、ワイは嘘ゆーとらんし、それなりの額は支払う用意はあるんや。なんてったってワイは──」


「……真偽はどうあれ、契約書一つも用意出来ないこの状況で、口約束を結ぶつもりはない」



 つまり、用心棒であるならこの場凌ぎの契約を結ばないかと提案してる訳だが、あえなく一蹴。

 しかもそんな大金持ってそうな風に見えないとかではなく、きっちりとした理由付けてまで。



「……チッ。ほな、気が変わったらまた言いなはれや」



 まだ食い下がるかと思いきや、ジムはあっさりと引き下がった。

 さしずめ、口車に乗せるには相手が悪いと思ったのか、しかめっ面の額には冷や汗が吹き出ている。


 と思いきや、今度はこっちに擦り寄って来たよ。

 しかも肩を組んで、ボソボソと声を潜める感じに来たよ近いって。



「……んー……! なぁ兄ちゃん、ワイと組まへんか?」


「……俺と? つかちょい離れて」


「おっとと。へへ、で、どない? 兄ちゃん、ワイが見るに……結構出来るんやない?」


「……はい?」



 さっきまで眼中に無しって感じだったのに、いきなりのリップサービスが白々しい。

 思わず間の抜けた声が出てしまった。



「ままま、多くは語らんでええねん。ワイには分かっとる。"あんな綺麗どころ"侍らしとるんや、それだけでも大した器を持っとる証やねんな!」


「……(コイツ、俺とナナルゥ達が一緒に居たのを思い出したってとこか)」



 なるほど、それでこの変わり身ね。

……大した面の厚さとでも言うべきか。


 綺麗どころってのはエルフ。

 そんなのと一緒に居る時点で、それなりの実力と見積もれるって事かな。



「……それにな。ワイと組んだら報酬付きやで」


「……いや、あのな」


「兄ちゃんもさっき、話こっそり聞いてたやろ? それなりの額っちゅうのは……ワイの身分が保証したる」


「……身分?」



 俺が言うのもあれだけど、どう見てもちょっと太り気味のおっさんって感じだぞ。

 ていうか、実は意外な正体隠してますって言われて食い付くように見られてんのかな、俺。



「……ええか、ここだけのハナシやで。実は、ワイはな……」


「……」


「なんとやな……」


「……」


「──ガートリアム同盟国からの使者やねん」


「──────は?」



 はい? いや、なにそれ。

 えっ、これ笑うとこ?

 いやいや、ていうかなに、そのピンポイント。

 ひょっとして、お前の身分は知ってるぞっていう遠回りな脅しか何か?



「おおっと、そんな驚かんでや。まぁ詳しい理由は教えれへんけどな。今、よその国の使者が来てるって噂、兄さんも耳にしてるんやないか? で、その使者がワイって……あれ、もしかして兄さん、聞いた事ない?」


「……まぁ。初耳」


「なんや、『繁華街』じゃそこそこ流れてる噂やのに……ま、あんな綺麗どころと宜しくやってそうな兄ちゃん来ぃへんか」


(繁華街、ねぇ)



 なんとなく、酒に溺れたロートンがドレスを着た女性にそんな事を愚痴ってる図がありありと。

 まぁアイツと限った訳じゃないが……候補は、今のところ彼しか思い浮かばない。



「で、どうや? ワイと組んだら……上のモンに頼んで、もっとええ思い出来るやもしれんなあ?」


「……(これは、どう考えても出任せだな)」



 何が悲しいって、俺がそんな出任せを信じるように見えるって事だよ。

 我ながら威厳の欠片もない外見してるとは思うけど、ちょっと凹む。


 ささくれ立って仕方ない心模様であるし、当然こんな交渉を飲んでやるつもりはない。

 ここは丁重に断ろうと、組まれたままの腕を少し乱暴に外した時だった。



「──ほう、ガートリアムからの使者。それはそれは……」


「……ん? お、なんやなんや、もしかして旦那……」


「……ふっ。そうだな。悪くはない」


「おぉぉぉ! マジやんなそれ!」



 おいおいおい、セナト、どういうつもりだよ。

 ジムのおっちゃん、めっちゃ目ぇ輝かせてるじゃん。


 そんな俺の白んだ目線も何処吹く風な影法師。

 本命の今更な好感触に嬉々として乗り換えたジムに、彼はそっと人差し指を突き付ける。



「一つ問いたい。ガートリアムの人間は、『冗談が好き』だろうか?」


「……は? 冗談? な、なんやそのけったいな質問は……」


「早く答えろ」


「……う、えーと……そら人それぞれやけどな、ワイは……冗談、割と『好き』やで! このご時世、人を楽しませる為には冗談の一つも覚えてへんとや……」


「……フッ」



 正直、彼の真意はまるで掴めない。

 だが、ジムから俺へと静かに視線をスライドさせた『確信犯』の性格は、少しだけ理解出来た。



「……了解した。組むとしようか」



──この人、かなり、意地が悪い。



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