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Tales 37【予選開始】

 実にわくわく……じゃなかった。

 実に驚かされたメリーさんの発言に、慌ててルークスの特徴やら話した内容やらを伝えてみたら、次第に彼女の事を思い出してはくれたけど。



『私メリーさん……なんで、忘れちゃったんだろう。ううーん……なんか、変な感じ。メリーさん、物覚えには自信があったのに』



 なんせガートリアム防衛戦の時、俺に誤射してしまった弓兵の顔なんて未だに髭の形まで覚えているみたいだし。

 この奇妙な体験を、セリアを始めとした仲間内に説明してみても、そんな現象や魔法に具体的な心当たりはないらしい。


 だが、結局その真偽を確かめる事は出来なかった。

 闘魔祭の予選日までの期間に折りを見て聖域に通ったが、ルークスの姿を見る事は出来なかったから。



「……お嬢、大丈夫?」


「だだだだだいじょぶでですわ。かなかなのななるーにかかればこんなの朝っ、朝飯……朝食、食べ損ねてましたわぁ」


「よし、大丈夫だな」


「……どこをどう見たら大丈夫なの」



 小学生の頃、ゴミ捨て場のゴミ箱をトイレ代わりにしていた二日酔いのサラリーマンとおんなじぐらい青い顔。

 胃に穴が開いてても不思議じゃないお嬢の緊張具合はちょっと笑えるが、深刻なのは間違いない。

 ならば、すかさずケアをするのが出来る執事の証というもの。



「お嬢様」


「うぅ、アムソン」


「分かっておられますな。辺境伯とはいえグリーンセプテンバーは名家と歌われし一門。例え西方の地とはいえ、活躍も醜態もフルヘイムの皆に届きます。よもや、たった一度の参加の機会で予選敗退などという無様を晒せば……ほっほ」


「ふぎゅっ」


「……」


「……お嬢」



 ケアどころか全力で追い込んでくアムソンさんに、セリアが唖然とした。

 お嬢、涙目になってプルプル震えてるし。

 しかもコロシアムの前だから、他の参加者と思われる厳つい男達がなんじゃあれとすれ違い様に見てくるという、泣きっ面に蜂。

 あまりに哀れだったので、剥き出しの背中をよしよしと擦ってやる。

 これじゃ滑らかな背中の肌白さに対する感想も浮かばない。


 けどお嬢の震えがやがて収まった辺りで。



「ぐっぐぬぬ……く、ふ……おほ、オーッホッホッホッホ!!!」



 やはりお嬢の事を一番理解してるのは、この執事であるのは間違いと改めて認識出来た。



「やってやりますわよ……ええ、やってみせれば良いんでしょう?! 上等ですわよこんちくしょー! わたくしはエルフ、わたくしは黄金風のナナルゥ!! どんな者が相手だろーとちょちょいのちょいさー! ですわ!」


「それでこそお嬢様にございます」


「……荒療治ね」


「……葉脈に光、ね。だったらアムソンさんは、さしずめ水と二酸化炭素ってとこか」


「それ、なんの話?」


「んー、他愛ない話」



 これ以上となく胸を張りながらコロシアムに入場していくお嬢の背を眺め、やがてその背を追いかける。

 水と二酸化炭素を与えられ、いつもみたく生き生きする彼女の姿が、少し眩しい。

 でもちょっと無理してる感もヒシヒシ伝わって来るのが、いかにもお嬢らしかった。




────

──


【予選開始】


──

────




「えー…………サザナミ・ナガレ、様ですね……えっと、まぁ『モラルモノクロ』での記入は問題なし、条件もクリアされました。エントリー受付完了です」


「どうも」


「それではナガレ様から見て右手の通路をお進み下さい。先の会場にて予選説明会が行われますので」


「りょーかいです」



 マジマジと俺が記入した書面を見るのは、俺の字が下手で読みづらいからだろう。

 というのも、何故か俺はレジェンディアの文字が読めるし、日本語で文字を書いても相手に伝わる。

 伝わるのだが、俺の書いた文字には『癖』みたいなものが濃く出ているらしい。

 要はおじいちゃんの書く字が崩れて読みにくい的なやつであった。



「モラルモノクロか、便利だなぁ」


「王室の公文書や重要書類にも使われるマジックアイテムですもの。不正防止にはもってこいですわ」


「『本心』をインクにするんだっけ。真実であれば黒いインク、嘘があればインクが出ない……自分の心に嘘はつけないって事かねぇ」



 エントリー用の書面を記入するのに使った特殊なペンの効果を聞いた時には、ほほーと感嘆の息が出ちゃったもんだ。

 正直、一個欲しいぐらい。デザインもお洒落だったし。



「ほら。感心してないで、さっさと会場へ向かいますわよ!」


「へーい(予選は選手以外は会場に入れないって聞いて、滅茶苦茶焦ってたのに)」



 人の溢れかえるロビーの右手口を進む背中に付いていきつつ、出入口をそっと振り返る。

 参加者以外はロビーに入れない規則により、セリア達はこの場に付き添えなかった。


 その不安さを勢いで誤魔化しているお嬢を見れば、自然と頬が緩んだ。

 アムソンさんからこっそりお嬢の保護者役を頼まれてるし、まぁ、やれるだけやってみるかね。



◆◇◆◇◆



「……ふん、来たわね。どうせそよかぜの事だから、臆病風に吹かれて欠場するもんだと思ってたけど」


「カ・ナ・カ・ゼ! ですわ! エトエナ、今に見ていなさいな。その高慢ちきな鼻っ柱を、このわたくしがてってー的に折ってさしあげます!!」


「吹いたわね、落ちこぼれ!」


「だからなんだというのです、この──」


「はいはいはい、どーどー。お嬢もポニ娘も落ち着きなって」


「馬扱いすんなですわ!」


「誰がポニ娘よ!」



 体育館に似た造りの会場に着くなり、御約束のようにいがみ合う二人。

 なまじ美少女同士だから目の保養にはなるけど、悪目立ちは勘弁願いたい。

 緑色のカーディガンと黒のサブリナパンツといった動き易そうな格好のエトエナのリアクションは、なんか写メ娘を思い出して懐かしくなる。



「え、エトエナさん! ダメですよ、他の参加者に絡んじゃ……」


「ピア、ほっとけって」


「フォル。いやでも……」


「……ん?(双子?)」



 とそこで、何やらエトエナの知り合いであるらしき二人組が顔を出した。

 片や濃いブラウンの髪を伸ばした、グレーに近い瞳を落ち着きなく泳がせてる女の子。

 上側だけ赤い縁の欠けた眼鏡が特徴的で、年の頃はテレイザ姫と同じくらいか。


 そしてもう片方は、同じ髪色、同じ眼の色からして女の子と親族らしき男の子。

 荒っぽく後ろに流した髪型と、肩当てやら籠手やらと戦士のような軽装備といった外見の違いはあるけれども、顔立ちは彼女と非常に似ていた。



「そちらさんは?」


「アンタ……ナガレ、だったっけ? エースから山札(キティ)については聞いてんの?」


「キティ? それって確か……」


「エルディスト・ラ・ディーの補充部隊だっけか」


「そーよ。そこの二人で……此処に居る理由も、分かんでしょ」


「なーるほど。んじゃえーっと、俺は細波 流。ナガレって呼んでよ、お二人さん」


「……オホン。わたくしはナナルゥ・グリーンセプテンバー……人呼んで、黄金風(かなかぜ)のナナルゥですわ! 決してそよかぜではありませんので悪しからず!」


「は、はい。ナガレさんに、かなかぜのナナルゥさんですね。私、ピアニィ・メトロノームです。ピアって呼んでください。で、えっと……こっちが私のお兄ちゃんの……」


「……フォルティ・メトロノーム。言っとくけど、俺はお前らと馴れ合うつもりなんてないからな!」


「もぉ、フォルってば、またそんな……」



 なんか敵意向けられてるけど、なんでだろうか。

 髪型同様にツンツンしてらっしゃるフォルの様子に小首を傾げると、さっきまで彼以上に怒り肩だったエトエナが大袈裟に溜め息をついた。


……エトエナはアレだな、熱しやすく冷めやすい気質っぽい。

 お嬢に似てると指摘したらまた熱くなるだろうから、口にはしないけど。



「あたし達って、言い替えればこの兄弟の『保険』って事でしょ。それが気にいらないのよ、このガキんちょは」


「お前だってガキみたいな見かけの癖に」


「……は? 喧嘩売ってんの?」


「先に喧嘩売ってきたのはお前の方だろ!」


「だから何よ。上に信用されてないのはあんたが未熟だからじゃないの!」


「フォル、もうやめてったら! エトエナさん、ごめんなさい! 今日はちょっと、虫の居所が悪かったみたいで……」


「……子供の喧嘩ですわね。全く、はしたないですわ……」


「……そーですねー……」



 とりあえずお嬢のコメントはスルーさせて貰うとして。

要するに、優勝出来ないかもって不安視されるのが悔しいって事か。

 同じ男として、気持ちは分からんでもない。

 しっかしこの面々、ピアを除いてみんな我が強いのばかり。


 おかげで周りの参加者らしき人達の嘲笑を貰ってる訳だけども、本人達は気付いていない。

 てか参加者めっちゃ多いな。百人以上居るだろこれ。


 ま、そんな事よりもだ。

 さっきからひたすら困り顔で間を取り繕ってるピアがそろそろ可哀想になってきたし、そろそろ助け舟を出そうとしたところで。



『参加者の皆さん、お待たせ致しました! これより闘魔祭の予選説明を行います!』



 ビジネススーツを着込んだ男性の、よく通る声が、ざわめいた会場に静寂を呼び込んだ。

 導かれるように、壇上へと参加者達の視線が集まる。


 大盾を中心に、交わされた剣と杖。

 この闘魔祭の象徴であるエンブレムが刻まれたタペストリーを背に、赤いネクタイを整える彼がアナウンス役なんだろう。



『まずは本日お集まりの、総勢160名のもの勇敢なる皆様に感謝を。私は予選進行役のオルガナ・ローンと申すもの。どうぞお見知りおきを』



 粛々と腰を曲げる彼の言葉に、会場の空気が途端に引き締まった。



『さて早速ではありますが、闘魔祭予選についての説明をさせていただきます。その内容は──参加者十名をワンブロックとした、バトルロワイアル!!』


「!」


『ランダムに選ばれた十名同士で対戦を行っていただき、その内、"二名"の勝利者のみが本選トーナメントの出場資格を得る、という事になります。つまり、この場に居る160名の内、本選に出場出来るのは……総勢32名まで!!』


(……二名。それはまた厄介な……)


『加えて、本選出場者の代理参加も当然不可です。予選参加者は、敗退が決定したその時点で、今後例外なく闘魔祭への参加資格を失いますのでご了承をお願い致します』


(しかも煽ってるし)



 十人中、二名のみの本選枠を争い合うバトルロワイアル。

 つまりそれは純粋な実力のみならず、知り合い同士と組める『運』、結託する為の『交渉力』、駆け引きの為の『知力』も状況次第では必要になってきそうだ。


 流石は四年に一度の祭典、予選ですら一筋縄ではいかないか。

 参加者達も気炎を灯らせつつ、周囲に油断なく視線を通わせていた。



『それでは、只今よりそれぞれのブロックごとの選出を発表して参ります! 名前を呼ばれた参加者は、割り当てられたブロック名のプラカードを持った係員の元へお集まりください!』



 かくして非常にシステマチックなモルガナ氏の挨拶は終わり、本選出場に関わる重要な振り分けが始まったのだった。



【おまけ】


『メリーさんのアプリ入門』



聖域に行った翌日



『わたしメリーさん。今アプリを開いてるの』


「え、ちょい待ち。メリーさん、スマホのなか住んでる内にンな事出来るようになってたの?」


『なんか一番大きなお部屋をお掃除してたらピローンって』


「なにその効果音。てか俺のスマホ壊れてんのに、どういう原理……いや、スマホの中にメリーさん住んでる時点でそういう次元の話じゃないか……」


『メリーさんには無限の可能性があるの。うふふ』


「……でも俺、ゲームとかのアプリ落としてたっけ。基本トークツールぐらいだった気が」


『ライントークのことね。うん、それも後でいじいじしてみるの』


「なんかそれだとイジけてるみたいじゃない?」


『私メリーさん。でも今開いてるのは、この【ぷにょぷにょん】ってアプリなんだけど。これはゲームじゃないの?』


「あー……そういやリョージに対戦すんぞって無理矢理インストールされてたっけな」


『あ、起動出来たの。ふーん……パズルゲームかしら?』


「そそ。ま、とりあえずそのストーリーモードっての、頑張ってみなよ」


『はーい』



10分後



『もう! この邪魔ぷにょ、なんでメリーさんの邪魔ばっかりするの!』


「そりゃ邪魔ぷにょだからな」



20分後



『あぁ~違うの、そこは緑と赤のぷにょで、青はいらない……あぁぁぁぁぁ』


「あるある」



30分後



『むっかつく! むっかつくのー! ぷにょバトルじゃなかったら、メリーさんこんな吸血鬼どーってことないのにぃぃぃ! 16連コンボ決めれるのにぃぃ!』


「……プレイアブルキャラとリアルファイトしちゃダメだろ」



一時間後



『…………ぐすん』


「まさかノーマルステージの一面すらクリア出来なかったとは……」


『……もーいいの。メリーさん一生ぷにょぷにょで遊ばないの』


「……コツ教えるから、拗ねない拗ねない」


『ホント?! ドラキュラ倒せる?』


「余裕よゆー」


『悪の魔法使いは』


「べりーいーじー」


『私メリーさん! 今、リベンジに燃えてるの!』


「はいはい」



こうしてナガレがアムソンと修行する一方で、メリーさんはひたすらぷにょぷにょのコンボ練習をしていたとか。



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