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Tales 35【精霊樹の雫】

──聖域『精霊樹』


 周りを清らかな小湖と木々に囲まれた、水晶で出来た幹の霊樹であり、セントハイムの国宝に指定されている聖域であるとか。

 そう呼ばれると荘厳に聞こえるけど、実はセントハイム有数の観光名所も兼ねてるらしい。


 そしてエースいわく、そんな場所……しかも白昼に『女の幽霊』が出たのだという。

 しかもしかも、何故だかその女の顔を『思い出せない』という不思議要素までセット。

 なんで顔を思い出せないのに女って分かったのかというツッコミ所も素晴らしい。

 いかにも胡散臭い。

 そんな面白そうな体験談を聞いたなら、俺が取るべき行動は一つしかなかった。



「すごい! ナガレ! すごい! 凄く綺麗な樹! 見て見て!」


「はぁ……そりゃ観光スポットになる訳だ。街の虹模様も度肝抜かれたけど、これは……魂抜かれる。すげぇ」



 雲の隙間から射した陽光を反射して輝く水晶の樹木。

 根元から幹、枝の先まで。

 夏の深雪。

 春の紅葉。

 秋の白桜。

 冬の花火。


 そのいずれよりもなお遠い幻想が、燦然とした光の世界で佇んでいるようだった。



「んー? あの、真ん中の幹のところ、ちょっと窪んでるとこ……なにか光ってるの」


「あぁ……エースが話してた、闘魔祭の"優勝商品"じゃない? たしか【精霊樹の雫】……口にしたらあらゆる病気が治る神秘薬らしいよ」


「んんー……雫ってより、果物みたいだけど……ガラスの林檎? ふふ、とっても不思議」



 精霊樹の樹洞らしき空洞にて光る、硝子のような艶を放つ林檎。

 四年に一度、一つだけ実るという奇跡の果実。

 それ一つで巨額の富を築ける価値があるそうで、エルディスト・ラ・ディーが何を置いてでも手に入れたがってるものらしい。

 その用途までは、流石に聞けなかったけど。



「……にしても、観光名所にしちゃ人が居ないな。やっぱ皆、夜に来るのか?」


「お昼からでもこんなに綺麗なのに、どうして夜に来るの?」


「夜になると、夜光雷虫って蛍みたいなのが集まってイルミネーションみたいになるとか。で、誰かと一緒にナイトシオンって花を湖に献花すると、その絆が永遠のモノに……っていう、パワースポットに付き物な縁結びもあるんだってさ」


「へぇ、とってもロマンチックね。ナガレ、ナガレ! メリーさんは縁結びなんてしなくても、ずっとナガレのパートナーで居る気マンマンなの! でも、ナガレが一緒に献花してみたいなら、メリーさんがお相手するの」


「光栄だけど、昼に一度でも此処に来るとご利益が薄れるらしいよ。ナイトシオンの花は別名『夜想花』って言って、昼に萎れて夜に花開くって特性があるって話な訳」


「……むぅ。だから人が居ないのね。けど、そーゆー事は先に言って欲しいの。ナガレのばか。ばぁか」


「さっき屋台でハニージュエル売ってたの見たけど、気のせいだな」


「えっ、あ、うそうそ。冗談なの。私メリーさん、ジョークも言えるメリーさんなの」


「おーけー。後でね」


「わーい」



 蜂蜜の様に煌めく髪を撫で付けてやれば、あっさり機嫌を直してくれるメリーさん。

 彼女の無邪気な笑みは、同時再現による負担さえも軽くしてくれるほどに柔らかい。



「(後でナインにもなんか買ってあげるか。今頃お嬢かセリアに撫で回されてるだろうし)」



 セリアは興味なさそうだが、最初はお嬢もこの縁結びに食い付いていた。

 しかし、アジトの出口付近で例のエトエナ嬢とはち合わせて、まーそれは子供の喧嘩みたいな口論を繰り広げて。


『あのワガママで貧相娘の減らず口を、絶対黙らせてやりますわ!』


 と意気込み、トレーニングを優先したと。

 でも俺にナインを喚ばせる辺り、お嬢もちゃっかりしてる。



「……じゃ、一応グルっと一周しようか。噂の幽霊が居るかもだしな」


「はーい」



 そういえば、お嬢は気付いてなかったみたいだな。

 エースの話してた女幽霊の発見者の口調からして、多分……あれエトエナの体験談じゃないの。




────

──


【精霊樹の雫】


──

────



 困り顔のメイドからの報告に、呆れながらも肩の荷が軽くなった実感があった。

 客室から執務室へと意味合いを変えた部屋の中で、テレイザは置いたペンの羽根を指先で撫でる。


 彼女なりの高揚の落ち着かせ方。

 変わった癖ですね、とはじめて指摘してくれた蒼い騎士は、今頃どうしているだろうか。



「そうですか、お父様が。ふふ、後であまり無理をしないようにと釘を刺しておかければいけませんね」


「快調に向かわれているようですが、ファムト様の傷はまだ塞ぎきっておりません。姫様の多忙ぶりは承知してますが、何卒……」


「分かっていますよ。お母様は?」


「今日も民達を励ましに城下へ降りられてます」



 重傷の身であった、父であり国王であるファムト・フィンドル・ラスタリア。

 避難が遅れた子供を魔物の手から庇ってしまったが故に、重症を負い床に伏してしまった。

 人としては善性だが、王としての自覚の足らない行為だと膨れっ面で指摘したのが堪えていたらしい。



 娘に難事を押し付けてしまった事に責任を感じてもいるのだろう。

 気炎を吐いてリハビリに臨んでいるそうだが、無茶は禁物と後で釘を刺さなければ。

 母のマードリンも、自分だけが安穏として良い訳がないと精力的に行動しているようで、精力的な両親の性格に、困ったものですと苦笑を浮かべた。



「我が民達も、不安の中よく耐えてくれてくれています。ガートリアムの国民との衝突が少ないのも幸いでした」


「なにをおっしゃいます。ガートリアム国民の方々がふところ深く迎えて下さいますのは、姫様の為してきた徳があってこそです」


「……」


「あの、姫様。セントハイムは我らに力を貸して下さいますでしょうか?」


「……案ずる事はありません。英雄とは、遅れて登場してくるものです。さぁ、もう下がっていいですよ。また何かあれば報告を」


「畏まりました」


「よしなに」



 姿勢良く一礼し退席するメイドの背を見送って、肉付きの薄い太ももの上で手を重ねる。

 メイドの語る徳というのも、言葉通りに受け取るには色々と思うところがあった。

 ガートリアム国民の間でテレイザが慕われている理由。

 語り草とされている『バルトレイ宮殿』の経緯を思い出せば、今でも当時の自分の迂闊さが苦々しい。

 枕に顔を埋めてジタバタしたくなる気分を遮った、力強いノックの音を、テレイザは褒めてやりたい気分だった。



「早かったですね、ラグルフ」


「偵察任務に時間かけたって仕方ないでしょうよ」


「身も蓋もない言い方ですね」


「そこについては御容赦いただかねぇと」


「えぇ、分かってます。偵察任務ご苦労様でした。報告をお願いします」



 大男の砕けた口調に、姫は少しも眉を潜める事はしない。

 甲冑を脱ぐ事もせずに報告を優先するラグルフの生真面目さが、むしろテレイザにとって微笑ましかった。



「報告、といってもお察しの通り。連中は大人しいもんで、気味が悪いったらない」


「やはり、そうですか。ありがとうございます」


「……別に疑うつもりじゃないんですがね。姫さんの『魔物連中が闘魔祭までは動かないのでは』ってのは、どういう計算から出た結論で?」



 以前、それとなくテレイザがこぼした推論を、今更になって拾い上げる。

 片膝をついたままのラグルフの疑問に、テレイザは年齢不相応に落ち着いた眼差しで答えた。



「確固たる根拠がある訳ではありませんが……まず、セントハイム方面を含めた敵軍の動きが少々悠長過ぎる上に、杜撰(ずさん)であること」


「……まぁ、そりゃもっとも。向こうじゃ包囲網みてぇな形にはなってるが、分散的で距離も遠い。包囲戦を仕掛けるつもりにしても、連携を取れねぇなら意味がねぇ」


「はい。近年には類を見ない魔王軍の動きではありますが、大規模な包囲戦をするぐらいなら『静けさ』を演出してないで、嵐を起こす方が余程効果があるでしょう。ならば、別の目的があるのではと思うのは自然なことです」


「……その目的が、闘魔祭だと?」


「……ぐらい、じゃないかなぁ、と私は思うんですけどね。ふふ、自信はありませんよ?」


「……ったく。仮にそうだとして、なんでまた化け物共が……人間様の祭りでも見学したいってか?」


「さぁ、そこまでは」



 無論、こんなものは軍議では到底口に出来ない与太話。

 確証もない楽観だと、自分を疎ましがるガートリアム上層の一部に嗤われるのが目に見える。

 だが、ニヒルに顎髭を撫でている目下の隊長は、この話を打ち切る事を選ばなかった。



「……そういや、あいつらはどうするんで? どういう手品を使ったか知らねぇが、ワイバーンをなんとかしちまいやがった以上、セントハイムに着いてるんでしょうが」


「あぁ、そうですね。上手く事が運べば、きっと闘魔祭で『大健闘』してくれるんじゃないでしょうか。帰ってくるのもその後でしょうね」


「…………はっ? あー、と姫さん。聞き間違えですかね? その言葉だと、誰かしらが闘魔祭に参加するみてぇに聞こえますが」


「はい、そうですよ。ナナルゥ様は……どうなるかは分かりませんけど、ナガレ様はきっと参加してくれますよ。なにせ、ヴィジスタ宰相にそうなるようお願いしましたから」


「賢老まで担ぐたぁな……姫さん。あの小僧に何を期待……いや。確かに『四ツ足』の力はとんでもねぇ武器になるが……」



 救世主か、災禍の種か。

 徐々に民達の中で風化しつつある、あの小生意気な小僧の顔をラグルフは思い浮かべる。

 しかし、テレイザはそれに明確な答えを出しはせず、ゆっくりと席を立つ。

 シルクの手袋をはめた掌が、窓際のカーテンを少しだけ開ければ、光に透かされたピンクの髪が艶を振り撒いた。



「……私は、彼に恨まれるかもしれませんね」


「……?」



 どこぞの老人に、女狐と呼ばれた幼き姫君の瞳が静かに瞬く。

 窓の向こう、青を渡る鳥の群れ。

 例えばあの自由な翼を持つ鳥を、変わり者ながら芯の確かなあの青年とするならば。



「知っていますか、ラグルフ」



 テレイザ・フィンドル・ラスタリアは、さしずめ鳥の首に鎖を繋ぐ者なのだろう。






「心と力に優れた人を味方につけておくコツは、純粋で危なっかしい者を傍に与えることです」







◆◇◆◇◆




「私メリーさん。この湖、結構広いね」


「確かに。精霊樹の元まで行くのにも橋とか架かってないし……まぁ聖域っていうほどだから、人の手が入らないんだろ」


「ふぅん。でも……誰も盗もうと思ったりしないの? 精霊樹の雫って、凄いアイテムなんでしょう? あんなにキラキラしてるし、メリーさんも欲しいぐらいだもの」


「精霊樹の周りに結界が張ってあるらしいよ。ルーイック陛下じゃないと解除出来ない超強力なヤツ」


「そう、残念」



 湖周りの木々が見下ろす草花の絨毯を踏み越える度、靴の底から伝わるサクッとした感覚は小気味良い。

 俺の背中に抱き付きながら残念がるメリーさん。

 さては、もし結界がなかったら触りに行こうとしてたな。



「……」



 無邪気なくっつき虫のお茶目さに苦笑しつつ、緑映える光景を見渡していく。

 聖域。確かに、ここだけ流れる空気が違うと思えるほどに静謐で神秘的な場所。


──では逆に、聖域とは真逆の意味合いを持つ『魔境』はどんな場所なんだろうか。



「( 魔境の【闇沼の畔】……)」



 荒れ果てた地の奥深く。

 闇とさえ形容されるなら、底なし沼を連想する。

 どんな場所なのか、という推測から浮かぶ想像図。


 それはいとも容易く出来上がり、鮮明過ぎて、具体的過ぎて。

 例えばそう、俺が都市伝説を追い求める切っ掛けとなった【あの場所】とか、まさにピッタリと当てはまって……───



「ナガレ、どうしたの?」


「──っ、あぁゴメン。ちょっとボーっとしてた」


「大丈夫? メリーさん、還った方が良い?」


「心配しなくて大丈夫。最近、負荷にも馴れて来たし、まだまだ余裕」


「ん、そっか。分かったの」



 どうやらボーッとしたのが同時再現の負荷のせいだと思われてしまったらしい。

 俺の背中に回していた腕をするりとほどいて、手を繋いでくるメリーさん。

 気を遣わせるつもりはなかったんだけどな。

 甘えたがりな妹分がみせた優しさに、つい苦笑が浮かんだ時だった。



「! ナガレ……あそこ。誰か居るの」


「ん、どこ? ……あ──ホントだ」



 そこは、俺達が最初に精霊樹を眺めた場所と丁度反対側。

 湖の周りに散らばって生えている痩せた木々の内の一本。

 真っ黒で厚みのあるローブを纏った誰かが、そこに背を預けていた。


 その膝にスケッチブックの様な物を乗せて、ペンを持った手がサラサラと進んでいたのだが──不意にピタリと止まってしまったのは、俺達の存在に気付いたからだろうか。



「────」



 ローブのフードで隠れがちな顔が、ゆっくりと上がって。

 気付けば近くまで歩み寄っていた俺達を、厚い布に隠れがちな、濃い緋色の眼差しが一瞬だけ見据えて。






「…………貴様ら、そこに立つな。邪魔だ」






 あっち行けと雑なジェスチャー付きで追い払われたのが、『彼女』とのファーストコンタクトだった。




【用語解説】


『ナイトシオン』


レジェンディア西方の特産。

魔力の多い地帯にのみ見られる花で、ギルドのクエストにも良く発行される。

昼に萎れ、夜に花開く特異性から、『夜想花』と呼ばれている。

水に浸けると姿を溶かし、魔力素に変わる。


花言葉は『不器用な人』『心の鍵を預けて』




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