Tales 34【うわさパンデミック】
危ない橋を渡るなら、悪知恵を働かせる必要があった。
相手は仮にも大貴族。
ましてやロートンの様な相手なら、報復も想定しておかなくちゃいけない。
だが、アルバリーズ家が報復の手を打つとしても、まずは事実確認の調査があるはず。
なら俺が取るべき対抗策は、その調査の目を全力で誤魔化すことだった。
有り体に言えば、すっとぼけちゃいましょーって話。
昨日セリアがロートンさんと会ってたって?
はっはっは、なんの事ですか?
昨日の夜は宿に居ましたよ。
なになに、途中で宿から外出した記録があるって?
あーはいはい、その時間ね。
エースに呼び出されて、アジトの方にお邪魔してましたけど?
……と、要は大貴族だろうが迂闊に手を出せないエースに口裏合わせて貰う、つもり、だったんです、ホントは。
けど。
事態は予想以上の展開になってしまって。
「大人気やなぁホンマ。『真っ赤なコートの口裂け女』ゆうて、えらい広まってるみたいや。市民街に繁華街、下街に貴族街。あの宰相の地獄耳にも勿論入ってるやろうし」
「市民街ではすごい勢いで広まってましたよ。猫も杓子も口裂け女、口裂け女って。内容も襲われるくだりまでは一緒ですが、その正体については色んな意見があるみたいですね。ナンパで不誠実な男に襲いかかる女の魔物だとか、不正で私腹を肥やす輩に制裁を加える正義の女だとか」
「いやー怖い怖い。ボクも襲われたらどないしようかなぁ……なぁ、ナガレ君。キミもそう思わへん?」
「すいませんしたぁぁ!! いやホントこの展開は想定外でして!! ってか一番驚いてんのは俺だよ!」
もうね、口裏合わせどころじゃない。
昨日の今日……時間で言えばまだ半日も経ってないのに街中で噂になってるとか、ヤバ過ぎる。
さっきから胃袋キュッてなる。
隣を見れば、蒼い騎士の顔まで真っ青。
だがそんな俺とセリアの消沈具合に、逆に顔を真っ赤にしたのはお嬢だった。
「な、なんですのなんですの! そもそもロートンという輩は大貴族でありながら平然と悪徳三昧する色情魔なのでしょう?! それに、先に無礼を働いたというのも──」
「お嬢様、お気持ちは分かりますが、此処はお控えください」
「何を言いますのアムソン!」
「お、お嬢、落ち着いて! 気持ちはすっげー嬉しいけど、多分問題そこと違うから!」
「へ? 何が違うんですの?」
「なっはっは! いやいや、責めてる訳やないんよ、ナナルゥちゃん。ナガレくんの仕返しに乗っかったんはボクも一緒やし」
「アルバリーズ家の嫡男から娘や恋人を取り返して欲しいって依頼に来る方達も居ましたからね。私達はあくまで魔物専門なのに」
「けど、まさかあのドラ息子が『女性恐怖症』になるとはなぁ……ま、おかげで無理矢理囲ってた女の子らに笑顔を取り戻したんは事実やし、ボクも悩みの種が減ったしで、めでたしめでたし……って終わってもええねんけど……なっ?」
一応事情を聞かせて欲しいと、そういう話の流れになる。
しらを切るには今更だし、いかんせん相手が相手なので、慎重に言葉を選ばないといけない。
だってこれ、下手したら俺、危険人物と思われかねないし。
冷や汗を背中に伝わせつつ説明しながら、俺の脳裏は今朝の記憶をなぞりはじめていた。
────
──
【うわさパンデミック】
──
────
『はぁ……分かってたけど、またライバルが増えちゃったの。しかも女の都市伝説……ぶーぶー』
ってな感じで宿のベッドから起きるなり、電話越しに拗ねるメリーさんのご機嫌取りから始まった今朝。
なんだかんだで疲れていたせいで、アーカイブでくっちーのステータスを見るのを先延ばしていた。
とりあえず確認、という気軽さでアーカイブを開いた訳なんだけど。
─────
No.005
【口裂け女】
・再現性『A』
・親和性『B→B+』
・浸透性『B』
─────
『ん、親和性……プラス? ってことは上がってるって意味?』
『……ちっ』
『なんで舌打ち』
『多分、口裂け女がナガレに心を許した証なの。くっちーって名前が嬉しかったのか、あの飴が美味しかったのか知らないけど』
『え……親和性って好感度も兼ねてたんかい』
『私メリーさん。親和性は、ナガレとの心の距離。だから仲良くなればなるだけ上がるの。ふふん、くっちーなんて新入りに大きな顔させないの! なんたってメリーさんの親和性は最初っから、か・ん・ろ・くの『A』!! これこそメリーさんがナガレの最高の相棒って証なの! いえーい!!』
『(ナインも最初からAなんだけど。ま、黙っとくか)』
つまり再現した彼女達と親交を深めれば、親和性が上げる事が出来るって事で。
これは非常に良い情報、というかもっと早く知っておきたかった。
ブギーマンもアレから再現出来てないけど、どうにか歩み寄れる可能性も見えてくるし。
なにより──自分の好きな存在と触れ合い、語り合えた証にもなる。
それは愛好家冥利に尽きること他ならない。
一層のやる気に頬をニヤつかせる俺だったが、その幸福感は長くは続かなかった。
────
保有技能【─未提示─】
保有技能【うわさパンデミック】
「ねぇ、知ってる?
余計なことばかり、ヒトは大きな口で囁くの。
廃れることのない流行病みたいに。
大きな口で。大きな口で。
あぁ、いっそ。
お前が裂ければ良かったのに」
・都市伝説についての情報を拡散する能力
それ以外についての情報も拡散出来るが、その場合は拡散範囲と速度が低下する。
─────
昨日の再現したくっちーの情報。
親和性の要素についての発見はとてつもなく大きいが、それ以上に見過ごせない部分。
それは言うまでもなく、くっちーの保有技能だ。
最初その能力を見た時は、都市伝説を広めれるなんて最高の能力じゃないかと歓喜したもんだけど。
その拡散スピードの勢いと、この能力の『ヤバさ』に気付いた今では、もう素直に喜ぶ訳にはいかなかった。
「【うわさパンデミック】なぁ……なんかゆるーい名前の能力やけど、つまりはこれが原因っちゅう訳やな」
「都市伝説"限定"の情報拡散ですか……その変わった能力が、知らず知らずの内に発揮された結果が今の現状だと」
「事故……って言い訳出来る立場じゃないけど。決してこの状況を望んでた訳じゃないから! (いやホントはちょっと嬉しいけど! 都市伝説限定だったら今もきっと喜んでたと思うけど!)」
この異変を察知して呼び出された以上、最低限は手の内を明かしておかなくちゃいけない。
でも普通の情報すら拡散出来る事は、流石に伏せた。
だってこれ、政治的に見れば恐ろしすぎる能力じゃん。
いや、政治方面どころじゃない。
誰かにとっても都合の良い情報も、悪い情報も制限はありながら拡散出来る。
言い方を変えれば、都合の良い情報操作が出来るという事。
ネットも電話もないこの世界では、下手な魔法よりもよっぽど危険な力なのは間違いないだろう。
「…………ふぅ。まぁ、ええか。わざとじゃないみたいやし……ただ、悪戯に世間を騒がせる様な真似はアカンよ? ただでさえ今は王国師団が出払ってるから、国民も不安がってんねん。過度な刺激はパニックになってまう可能性もあるしな」
「『おもろいやん、ええよ。口裏合わせとく』って即答した方が言えた台詞じゃないと思いますが」
「あたた、ジャック痛いとこ突くぅ。ま、そーゆー事。気にせんでええとは言えんけど、そう青くならんでもえーよ」
ヒラヒラと、細長い掌が舞う。
大袈裟な安堵の息を吐き出した俺とセリアのシンクロ具合に、エースはケラケラと笑いジワを作った。
まぁ、この中でくっちーの真価を知ってる二人だから、そりゃ息も合うよね。
あとお嬢。
教えたらボロ出しそうだからって黙っててゴメン。
「……お嬢、庇ってくれてありがと。あとで五分間、ナイン触り放題ね」
「!! べ、別に庇ったんではなく、同じ貴族としてロートンが許せなかっただけですわよ…………あと五分じゃ足りませんわ」
「え? なになに、触り放題ってなんかエッチやん」
「ばっ、ななな何をとち狂ったことおっしゃいますの! って、ひ、人のむ、胸をガッツリ見やがるんじゃありませんわ!!」
「なっはっは! むしろそないなご立派ちゃん、見ぃひんとかえって失礼っちゅー……ジャック、足踏むんやめて。踵はアカンよ、踵は」
「知りません」
場を和まそうとしてくれたのか、それとも素の発言か。
羞恥の赤に染まったお嬢に肩を引っ張られて、またもや盾扱いにされる俺。
うーとか唸るぐらい恥ずかしいんなら、そんな谷間見えるドレス着なきゃいいのに。
…………ま、俺も男だから。
わざわざ忠告はしないけど。
背中に胸あたってても、気付かないふりするけど。
◆◇◆◇◆◇
「あ、せやせや。用件は口裂け女のハナシだけやなかったんや。自分らに朗報があんねんな」
「朗報?」
一段落を迎えてそろそろおいとましようかなと返す踵を止められる。
セリアのオウム返しに頷き、彼はその着流しの懐から一枚の手紙を取り出した。
「これ、今朝がた届いた報告書なんやけど……ガートリアム側の状況、知りたいやろ?」
「!!」
「調べてくれたのか!?」
「ボクらにとっても情報は大切やからね。闘魔祭があるとはいえ、基本的に周辺状況は把握しとくもんや。各地のギルドと仲良ぅさせて貰っとるし、その定期連絡ついでやから細かい事までは分からんけど」
「構わないわ。拝見しても?」
「細部は暗号化してますから、私が訳しますね」
大国に居を構える傭兵団なだけあって、抜かりない。
『手段なき者の為の手札』という理念の為でもあるんだろうけど、なんにせよこれはありがたい。
もしかしたらすでにガートリアムは魔王軍に陥落してるかも知れない。
エースとの契約も、闘魔祭に向けての訓練も全部無駄になる可能性もある。
そんな不安を抱えながらの日々だっただけに、生唾が喉を重く通った。
「えーと……『ガートリアム西方にて。魔王軍、ラスタリアに拠点を構築。魔響陣を形成し、総数を増やしている兆候有り。時折、偵察の魔物を出し此方の動向を監視しているが、それ以上の動き無し』……以上です」
「……そう。なら、ガートリアムはまだ無事なのね」
「一安心ってとこだけど……魔響陣って確か、魔物を生み出す魔法陣の事だっけ?」
「えぇ。その土地に残留する負の思念を取り込んで、新たな魔物が生まれるの。取り込む負の思念の強さによって、生まれる魔物がより強大になるらしいのだけど……」
「(……映画とかで出る理不尽なレベルの自縛霊みたいなもんなのか)」
怪談の都市伝説でも、大半が怨みや執念の深さが影響してる。
メリーさん、口裂け女とかその代表といっても過言じゃない。
個人的に興味が非常にそそられる話だ
ガートリアムの現状も知れたし、これで少しはセリアも心の余裕を持てるかな。
「……ふむ。ですが、少し妙ですな」
「何が妙ですの?」
「いえ、お嬢様。ガートリアム方面の状況についてですが……魔王軍の動きがいささか慎重に過ぎませんかな? それに……似たような話を先日耳に入れた覚えがありましょう」
「──……あ、そっか。エルゲニー平原でも騎兵団と膠着状態だっけ。それに、この国の師団も……」
「左様にございます。ガートリアム北東、エルゲニー平原。宰相様の言葉を借りれば、セントハイムより東のガルシア荒野。加えて北東方面、北部方面でも戦線が『膠着』してるという状況、となれば……いかがでしょう」
「──セントハイムに包囲網が築かれつつある? いえ、それならどうして……魔王軍は『戦線を押し上げない』のかしら……」
「……!!」
セリアの怪訝そうな呟き。
どうして魔王軍は戦線を押し上げないのか。
その疑問こそ、アムソンさんが妙だと言った肝だろう。
「なっはっは、ホンマ可笑しな話や。包囲網を作って、その網を縮めんでどないすんねんってな。長期戦にしたいんか、魔王軍にもそない余裕がないんか……それとも、別の本命があるんか」
「……各地で戦力を分散させて、セントハイムに直接攻めてくるとか?」
「勿論その可能性もありそうやけどな。あの賢老……ヴィジスタのじーさんなら当然、最低限備えてるやろな。ま、後手に回るんは気に食わんけど、様子見するしかなさそうやね」
変な知恵回しよってからに。
そう疲れたように呟くエースも気苦労がありそうだが、きっとそれ以上に気が気でないのはヴィジスタ宰相なんだろう。
今頃、いきなり広まった口裂け女の噂に頭を抱えているかも知れない。
厳しいながらも真摯に対応してくれた宰相の恩を、仇みたいな形で返してしまった事に、心の中で深く詫びるのだった。
◆◇◆◇
そして。
「……ナガレくん。キミ、都市伝説とかいうんが好きなんやろ?」
「うん、好きだけど。てか俺の人生そのものだけど」
「……な、なんて輝いた目を……本当にお好きなんですね」
「そりゃもう! あ、聞くのも好きだけど語るのも好きなんで! ジャック、もしかして都市伝説に興味ある?! 興味あるんなら細波流セレクションの、とっておきレパートリーを披露するけど!」
「は、はい!?」
「ナガレ、やめなさい」
「アナタのレパートリーって基本怖いのばっかりじゃないですの!」
布教のチャンスに身を乗り出せば、お嬢とセリアに呆れられながら抑えられた。
特にお嬢の反応。
セントハイムの道中に怪奇談系を語ったら、めっちゃ怯えられたのを思い出す。
【くねくね】の話とか半泣きになりながら耳塞いでたし、軽くトラウマになってるらしい。
くっちーの件といい、反省しとらんのかお前はとも思われそうだが……これはこれ、それはそれ。
「披露するのはまた今度の機会にしとき。キミのワールドホリックについて聞かせて貰った分のお返しに、ボクもちょっと面白い話聞かせたる」
「え! マジで!? それって都市伝説みたいな話!?」
「キミの好みに合うかは知れへんけど、一応それっぽいかなぁ。それに、キミらとボクらの『契約』についても関係ある話やし。どう?」
「聞くー!」
まさか語り手側じゃなく、聞き手側に回れる機会がくるとは。
一もニもなく飛び付く俺に、力の抜けた溜め息を落とす両サイド。
全く、浪漫が分からないやつらめ。
コホンと一つ咳を払うエース。
かくして、いかにも俺好みな眉唾が語られて──
「ほんの五日ほど前な。セントハイム王城と貴族街の境目に、聖域と呼ばれてる場所があんねんけど……そこにな、出たっちゅー話やねん」
「……出た? 何が出たんですの?」
何が出た?
こーいう切り口の語りなら、何が出たかなんて相場が決まってる。
「女の幽霊。しかも何でか知らんけど、その幽霊の顔が思い出せへんねんて」
─────
【都市伝説紹介】
No.005
『口裂け女』
・再現性『A』
・親和性『B→B+』
・浸透性『B』
保有技能【─未提示─】
保有技能【うわさパンデミック】
「ねぇ、知ってる?
余計なことばかり、ヒトは大きな口で囁くの。
廃れることのない流行病みたいに。
大きな口で。大きな口で。
あぁ、いっそ。
お前が裂ければ良かったのに」
・都市伝説についての情報を拡散する能力
それ以外についての情報も拡散出来るが、その場合は拡散範囲と速度が低下する。
───
1979年に流行した超有名な都市伝説。
発祥は岐阜県と言われており、そのルーツは多岐に渡る。
内容については、マスクをかけた姿で表れ、自分は綺麗かと問われる。
その問いに綺麗と答えればマスクを外して素顔を晒し、綺麗じゃないと答えた相手には鋏や鉈、包丁などで襲いかかってくる、というもの。
その特徴に加え地域によっては
・二メートルを越える身長で
・赤い傘をさして空を飛ぶ
・三軒茶屋など「三」の数字が好き
・百メートルを六秒で走る
・実は三姉妹いる
などがある。
だが、ナガレが再現した口裂け女ことくっちーには、本人いわく戦闘は苦手であるらしい。
その代わりに噂の拡散という脅威の能力を持つ。
都市伝説の内容とは裏腹に、くっちーの性格は案外普通の、ちょっとシャイな大人の女性。
誉められたら照れるし、綺麗なものには見惚れる。
ナガレの事をかなりの変わり者だと思いながらも、自分のためにべっこう飴を用意してくれた事に深く感謝している。