Tales 24【王城への途中で】
大国というのはそれだけ人の数が多いということで、であればある程度の共通点から先は、十人十色の言葉の通り多種多様な生活が築かれている。
その例を挙げればきっとキリがないが、さっとひとつ掬い上げるのなら、身近な所で家屋や建物の屋根の色の豊富さだろうか。
赤や青、黄色に緑、オレンジやパープル、果てはピンクといった多種の色彩に染められた街並み。
さながらセントハイムという巨大な白いキャンバスの上に星屑みたく溢れた一つ一つの色が、カラフルな天の河の様に国そのものを飾り付けている。
広大な面積に色彩の欠片をめいっぱい敷き詰めたかの様な壮麗さ、故に、人はこの国をこう呼んだ。
「レジェンディア西部の最大総人口と面積を誇る国にして、レジェンディアの三大国の一つ──セントハイム王国。通称、虹の在処……由来は、御覧の通りよ」
「……納得。晴れだろうが雨だろうが虹がお目にかかれるとは……もうお洒落とかそういう域を越えてんなこれ」
建ち並ぶ色彩過多をキョロキョロと見回しながら遊歩するだけでも、一風変わった虹のアーチを潜ってるようでちょっとした観光気分に浸れる、のだけども。
今はちょっと足早にこの場を去りたい気分だった。
「オーッホッホッホッホッ!! 良いではありませんの、セントハイム! 噂に聞いてはいましたが、スケール、外観、どこをとってもわたくしが訪れるに相応しいですわ! アムソン、宜しくてよ! いつかこの色とりどりの街並みに、眩いほどの黄金色を差し込んで見せますわよ! このッ、黄金風のナナルゥが! オーッホッホッホ!」
「大国の広場にて大口を叩いて自ら全力で背水の陣を敷くその姿勢、いやはや天晴れでございますぞお嬢様」
「私メリーさん。なんだかナナルゥがいつも以上に張り切ってるように見えるの」
「張り切ってるというか、空回ってるだけだぞアレ」
大衆還視の中で、いつものキメポーズを作りつつ高笑いするお嬢だが、小刻みに震えてる膝からして色々察せれる。
都会の空気に呑まれまいと抗った結果、やらかしちゃった田舎者って絵図がまさに当てはまる光景を偲びはするものの、助け舟になるのは遠慮したい。
「そういやセリア、聞きそびれたけどレジェンディア三大国ってなに?」
「その名前の通り、レジェンディア大陸で最も大きい国々の事よ。さっきも言ったけれど、大陸西部は此処、【セントハイム】。他には大陸東部の魔法国家【エシュティナ】、大陸南部の聖都【ベルゴレット】……その三つを総括して、三大国と呼ぶの」
「東部と南部と……で、残る北部が魔王軍のテリトリーだったっけ」
「そうよ」
「魔王軍はともかくとして、魔法国家と宗教国家か……行ってみたいね、特にエシュティナ。セリアは行った事あんの?」
宗教信仰に関してはあんまり琴線に触れないものの、魔法国家というのは興味をそそる。
ワールドホリックなんてとんでも異能力があるにせよ、正直セリア達が扱う魔法に憧れない訳じゃあない。
「あるわ……といっても、騎士になる前の事だけれど。エシュティナには大陸唯一の魔法学園があって、私も以前はそこに通ってたの」
「……学校!?」
「え、えぇ……そこまで驚く事かしら」
憧れない訳じゃあないし、魔法の学校ってのに通ってちょろっと魔法を習ってみるのも悪くない。
だがしかし。だがしかし!!
それ以上に俺の心を引っ掴んで離さないというのは学校というワード!
「学校。そう、それはもはや都市伝説の宝庫と言って良い。トイレの花子さん、動く人体模型、数が変わる階段、そして歩く二ノ宮金次郎像!! メジャーからマイナーまで数を挙げればキリがないけど、そのどれもが七不思議……つまり学校という環境下で語り継がれる都市伝説! そもそも都市伝説自体、学校の七不思議を下地に大衆化したものって見解もある訳だし。ふふ、ふふふ……夜遅くまで残っては警備員のおっちゃんに大目玉食らい続け辛酸を舐め続けた日々のリベンジが、巡りめぐって来てるという話ですね分かりますッ!!」
「……奇しくも母校の危機を招いてしまったのかしらね、私……」
「むぅ……私メリーさん。なんだかまたライバルが増えそうな予感がするの」
危機とは失礼な、ちょっくらロマンを追い掛けるだけじゃないか。
まぁ何かしらのトラブルが巻き起こるのはご容赦戴きたい、っとまだ見ぬ未踏の地へと想いを馳せながら、サクッと用事を片付けるとしよう。
そんな意気込みから軽くなる足取りに枷を付けたのは、呆れ顔のセリアでも膨れっ面のメリーさんでもなかった。
いやメリーさんはさっきからずっと俺の背中にしがみついてるから、枷っちゃ枷だけども、この場合はもっと後ろの方。
「ちょっとー! わたくし達を置いていくんじゃありませんわよー!」
「キュイキュイィィ!!!」
あ、やべっ、忘れてた。
いやお嬢に関してはあえてスルーしてたんだけど、そういえばナインがお嬢にホールドされたまんまだったよ、いかんいかん。
ちょいと振り向けば、多分見捨てられたと思われたのか、お嬢に負けず劣らずの赤い瞳がうるうると潤んでらっしゃった。
「……むふん、良い気味なの」
「メリーさん、大人げない」
「……前途多難だわ」
立場的にパーティの纏め役に就き続けた女騎士の、もう何度目かも分からない疲れきった溜め息は、ダッシュで駆け寄ってくるお嬢の喧騒にあっさりと掻き消されたのだった。
────
──
【王城への途中で】
──
────
「……遠目で見るだけでも馬鹿みたいに広いのは分かってたけど、実際歩くと広いどころの話じゃないな」
「純粋な国土だけでもガートリアムの四倍以上と言われてるくらいだから。その分、人も物も集まり易いから便利ではあるのよ……水、要るかしら」
「貰う。ありがとセリア」
「私メリーさん……大丈夫、ナガレ? メリーさん達、やっぱり還った方がいい?」
「キュイ……」
「そんな顔しなくたって大丈夫、ちょっとバテただけだって。そのうち回復するから」
「全くナガレはだらしがないですわね。毎朝セリアと剣の鍛練を積んでるのであれば、もっと体力がついても良い筈でしょうに」
「その付いたはずの体力を削っているのは他ならぬお嬢様でありましょうに。ナイン様と戯れたくなるお気持ちはこのアムソンも重々承知しておりますが、もう少しナガレ様を労って差し上げては如何かと」
「……むぅ。悪かったですわね」
流石は大陸西部最大国家なだけあって、王城への道程も非常に長い。
歩き始めて三十分、まだ国の中枢であるシルエットすら見えない中、先に俺の方が音を上げてしまった。
という訳で丁度街への入り口と王城との中間地点にある噴水広場にて一息入れている訳で。
まぁ、だらしがないとは言うけれど、その原因がメリーさんとナインの同時再現による負荷だとお嬢も理解しているらしく、罰が悪そうに椅子の上で縮こまってる。
とはいえ、折角だしメリーさんとナインにもセントハイムの風景だったりを楽しんで貰いたい気持ちは俺も同じだから、別に気にしちゃいないんだけど。
「……にしても、セリアが言うだけあって店の数も種類も半端じゃないな。武器屋とかだけでも相当な数あったし」
「何故そこで第一に挙がるのが武器屋なんですの。色気のないことを……宝石店やブティックもあったでしょうに」
「先人に倣ってみた」
「先人ですの?」
「先人ですの。つまりセリアリスペクト……って、いだだ、冗談だってセリア」
「……ふん、あまり好ましくない冗談ね」
いつぞやのガートリアムについて尋ねたくだりをちょっとなぞってみようという遊び心は、セリアのお気に召さなかったらしい。
ヒリヒリと痛む太腿を軽く擦りながら見渡せば、アクセサリーの露店やら軽食の屋台やらで賑わっている。
「……どしたのメリーさん」
「! わ、私メリーさん。別になんでもないの。なんでも……」
「……そう?」
「……うん、そうなの」
そして、人が織り成す景気の良い喧騒に惹かれたらしく、俺の隣で建ち並ぶ露店商を見渡しているメリーさん。
なんでもないとは言うけれど、そのぼやーっとした眼差しは再び露店商の方へと向けられている。
多分、なんか欲しいものでもあったんだろう。
けど俺がバテたのを気にして、変に遠慮してしまってると、そんな所かな。
都市伝説とはいえショッピングに興味を抱く年頃とも言える訳だし、いっつも戦って貰ってる分、日頃のお礼をしとくのも悪くないか。
「セリア」
「えぇ。コンビニエンス」
どうやらセリアにも俺の意図は汲み取れたらしく、二の句を告げるまでもなく、彼女の手には俺の財布が握られていた。
ま、1エンスの相場もよく分かってない俺が持ってるより信頼出来るとこに預けとこうって判断な訳だけど、やっぱ収納魔法って便利。
姫様から貰った防衛戦の報酬もあんま減ってないし、露店で売られてる物ならそう高くもつかないだろうってなもんで。
「メリーさん、なんか欲しいもんあったら買ってきていいよ」
「えっ、あ、財布? じゃなかった、私メリーさん! え、いいの?」
「魔物相手に頑張って貰ってるし、たまには労んないとな。あ、アムソンさん……良かったら付き添ってやって貰っても良いですか? 俺じゃ下手したらカモにされるかもしれないんで」
「ホッホ、お任せあれ。このアムソン、値切り交渉も得意でございますぞ」
「ふむ、わたくしも行きますわ。メリー。淑女たるもの、身に付ける装飾のチョイスにも当ッ然、こだわらなくてはなりませんわ! という訳で、わたくしがアドバイスして差し上げます!」
「あ、ありがとう……それと私メリーさん。さん付けを忘れたらめーなの」
「キュイ」
「ナイン、あなたにもわたくしの美的センスが如何に優れているか見せて差し上げますわ! オーッホッホッホ!」
「キュイィィ……」
何気ない提案のつもりだったけど、何故かやる気になってくれたエルフの主従に引き摺られていくメリーさんは、ちょっと苦笑いながらも嬉しそうで。
ナインは巻き込まれる形で不満そうだけど、この際ちょっとはメリーさんと仲良くなってくれたら儲けものってヤツだ。
「……セリアも行ってくる?」
「いいえ、私も残るわ」
「宝石には興味なし?」
「……私が着飾った所で、意味はないもの」
「冷めてんねぇ」
「今更よ」
ヒラヒラと手を振って見送りながら、フゥと息をつく。
促してみたものの、やんわりと断られるこの一連の流れは不思議と予測出来た。
着飾る意味はあんのにね、勿体ない。
ティアラとかヒラヒラのドレスとかテレイザ姫が身に付けるような派手な装飾ってよりも、ワントップのネックレスとか普通に似合いそうなもんなのに。
「……ん?」
「どうしたの?」
「いや、アレ……なに?」
にべもないセリアの淡白っぷりも確かに今更だと肩をすくめて、何気なく視線をさまよわせていると目に付いた巨大な何かに目を奪われる。
噴水広場から王城へと続く遊歩道から別れた先にある、石造りの、城砦にも見えなくもない不思議なシルエットはあまりに大きくて、その全貌が見えない。
けれど、なんとなく見た事がある。
確か、あれって……
「…………あぁ、アレ。セントハイムの名物、というよりシンボルと言っても良いかも知れないわね」
「……シンボル?」
「そう。詳しくは知らないけれど……セントハイムで四年に一度催される祭の会場────確か、『闘技場』って場所だったかしらね」
「…………四年に一度って、なんかオリンピックみたいだな」
「おりんぴっく?」
「あーうん、なんでもない」
あぁ、通りで見覚えがある筈だ。
といっても知識の上、もとい歴史の教科書とかテレビや映画での既視感という意味ではあるけども。
ローマ帝政期に建てられた、血生臭い娯楽施設──闘技場。
ではそこで開かれる催しとは何だろうか、と聞かれればもはや考えるまでもないだろう。
「……闘技場、か」
まぁ何にせよ、俺には無縁な話だろう。
暇があれば覗いてみんのも悪くないかも、だなんて楽観的な事を精一杯思っては見るものの。
何故だか、じっとりと背中を伝う生々しい冷や汗を、止めることは出来なかった。