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Tales 22【鏡は縦にひび割れて】


 紆余曲折あったけれども、風無き峠のワイバーンを無事倒し『同時再現』『現象再現』『協力再現』といったワールドホリックの新たなる一面を開拓出来た。


 再現のオンパレードで長距離マラソン一周した後のような疲労感が襲ってくるけど、達成感と満足感がそれ以上に大きい。

 まぁちょっと予想外の結果もあったけれども。


 ティーカップの紅茶色の水面(みなも)に浮かぶ、銀色の月を傾けて喉を潤せば、心地の良い吐息が唇の間から抜け出た。



「あー……お嬢が羨ましい。晩御飯も食後の紅茶もこんなに美味いし。至れり尽くせりじゃん」


「ほっほ、左様ですか。ご満足いただけて何よりでございます」


「やっぱあれ? 貴族に仕える執事ってこんなにハイスペックなもんなの?」


「貴族の格を測るならば、傍仕えの出来を見よ、とも言いますので。奉仕の技術はある程度磨かねば、高貴なる者の傍は務まりません」



 宵の青々とした滲みがインクのような夜空の下、セントハイム王国へと続くパラミオ平原の河近く。

 長い一日を締め(くく)るべく夜営の準備を終えた後のティータイムの茶席に着いたのは、俺とアムソンさんの二人だけ。



 セリアとお嬢はなんか女同士で話があるってことで、林の中に涌いてた泉の方へ向かった。

 多分水浴びも兼ねてるんだろうけど、話の内容については……俺も少し、思うところがある。



「あのさ……エルフのお嬢がわざわざ人里に降りてまで頑張ってる理由って、聞かない方が良い?」


「ふむ。やはり、気になりますでしょうな……本来であれば、この口がお嬢様の許しもなく身の上を語る訳にはいかないのでしょうが……ほっほ。ナガレ様には、お嬢様の葉脈に光を注いでいただきました故。少々であれば、許されぬものも許されましょうな」


「葉脈に光?」


「おぉ、これは失礼。葉脈に光を注ぐ……つまり人間で言う所の、奮起を促して下さったという事でございます。ナガレ様との協力再現……あの力によってミノタウロスを打ち倒したという実績は、お嬢様にとっての大きな自信となりました。例え、それがほとんどナガレ様のお力によるものだとしても、です」


「……いや、お世辞抜きでお嬢の魔法があれだけの再現に繋がったんだと俺は思うけど。セリアに聞いたけど、本来あのリトルサイクロンって"旋風どころの威力"じゃ済まないんでしょ? こう言ったら皮肉みたいに聞こえるかもしんないけど、お嬢だからこそより伝承に近い再現になった訳だし」



 暴風(サイクロン)台風(ハリケーン)じゃ、鎌鼬どころの話じゃなくなる。

 だからこそ、お嬢の旋風程度の威力が皮肉にも再現性に一番マッチしたってこと。



「セリアから聞いたんだけど、エルフは魔法が火力面に偏るせいで、制御があんまり得意じゃないんでしょ。だからこそあのコボルト戦の時にはかなり驚かされたらしいし」


「そうですな……お嬢様の魔法は威力こそ物足りないですが、制御の方面には多少長けております。それこそ人間の扱う魔法と同じくらいに…………ですが、それ故に偏見の対象と成り得るというものでした」


「……『そよかぜのナナルゥ』ってやつか」


「えぇ。エルフであれ、人であれ、不出来な者は蔑まれてしまうのが世の常。まして……ここより東、エルフの国の辺境伯であらせられるレイバー・グリーンセプテンバー様の一人娘ともなれば……偏見とは別の感情も付きまとうものでしてな」


「……」



 エルフの国云々ってのは当然俺の中にない情報だけども、アムソンさんが言わんとするお嬢が背負ってきた重荷は、紐解かなくても充分に察せる。


 笑いたければ、笑ってくれ。


 あの時、自らのコンプレックスを晒したお嬢の自嘲は今でも思い出せるくらいだったから。

 その分ミノタウロスを倒せたっていう達成感は俺よりもお嬢の方が何倍も大きかったんだろうね。



「……じゃあ、お嬢が人里に降りてまでクエスト受けてたのって……そういうコンプレックスを解消する為の修行的なのが目的? で、ついでにその功績で家名を広めて一石二鳥、みたいな」


「ホッホ。そうですな、それも確かにありますが……主な、理由は────」



 当たり障りのない幼稚な探りをくすぐったそうに、歴史を(したた)めた目元をほころばせるアムソンさんが、不意に背筋を伸ばした途端。

 冷たい風がティーカップの紅茶から流れる湯気を、摘み取るように消し去った。



「────復讐、でしょうな」




────

──


【鏡は縦にひび割れて】


──

────




 その昔、彼女は優秀な子供として持ち上げられていた。


 まだ他のエルフが魔力を練るのにも苦戦している頃に、彼女は既にそよかぜと踊っていた。

 紙で折った動物を動かして劇をしたり、木から落ちたスズメの子供を風で巣まで運んであげたり。

 その器用さに、誰もが彼女を褒めそやした。

 まるで風の精霊の生まれ代わりだと。

 彼女もいつしかその輪の中心で、高笑いをあげていた。


 しかし、それは幼き頃の眩い思い出。


 次第に成長し、輪の周りが魔法を扱える頃、彼女の成長は底をついた。

 当たり前に火炎で壁を壊し、水流で波を作り出し、土で巨大な人形を作れる周りと違って、彼女の風はいつも物足りない。

 いつしか、『そよかぜ』と揶揄されていた。

 それを呪いとまで憎んだ事もあったけれど。

 それ以上に、ナナルゥ・グリーンセプテンバーにもたらされた災いがあった。


 思い出すのは……跡形もなく奪われた、彼女にとっての安息であり────最後の誇り。



「そう……そういう、理由なのね。聞いておいてなんだけれど、私に話しても良かったの?」


「別に隠しておく程の事じゃありませんわよ。まぁ、かといって言い触らすものでもありませんけど」


 かき上げた前髪から流れ出る水脈が、白桃色の肌を伝っていく。

 穢れを知らない澄みきった泉の水面を見つめていたワインレッドが、いつになく静かな心持ちなのは、軽々と出来る話ではなかったからだろうか。


 何故、ガートリアムを訪れたのか。

 その理由をかいつまんでセリアに語った唇が、淡い水を噛んだのは、ふと吹いた風の冷たさだけが理由じゃない。



「……ふぅ」



 タオルケットで濡れた身体に吸い付く水滴を一通り拭き取り、下着と替えのドレスを纏ったところで、背の低い草の絨毯に腰を下ろす。

 ざわざわと木枯らしを揺らす風に委ねた身体の奥で、まだ協力再現の時に感じた熱が灯っていた。



 高揚感、達成感。


 得られたものは自信だけ。

 落ちこぼれの殻を破れるほどの強さを手に入れれた訳ではない。

 それでも、その一歩は……自らの非力さを呪い続けていたナナルゥにとって、非常に大きかった。

 だからこそ、自信をつけられた要因であるナガレ、その連れ添いであるセリアには、自分の旅をする理由を話しても良いと思える。

 そして、同時に、興味も。



「…………」


「……何かしら?」


「……貴女、なんで騎士なんてやってますの?」


「いきなりどうしたの」


「どうしたのも何も……まぁ、ナガレは気付いてないかもしれませんが、このわたくしの目は誤魔化せませんわよ。わたくしも淑女としてそれはもうお母様にみっちりと仕込まれましたもの」


「……つまり?」



 風に靡いた草の中に、青い花弁を宿した綺麗な草花。

 けれど脆さ故に、花弁の一枚が風に千切れて舞い上がり、蒼い少女の頬を追い越した。


 泉の水際で、薄いタオルだけを纏った美しき女のサファイアブルーの瞳が、細くなる。



「セリア。貴女も"貴族"、もしくはそれなりに地位のある階級にあった者……そうじゃありませんこと?」


「────」



 心当たりはそう多くはなかったけれど、ナナルゥには確信があった。


 紅茶を飲む時の所作、細かな仕草に散見された気品。

 身嗜みに頓着なさそうに振る舞ってはいても、そういう身に付いた癖はそう簡単に拭い切れない。

 ナガレは何となく勘づいてる程度だけれども、同じ貴族の息女として育てられてきたナナルゥであれば、その癖を見抜くことは容易かった。


 けれど、だからこそ抱く疑問がある。



「それに加えて……まぁ、わたくし程じゃないにせよ、それなりに見映えの良い立姿をしてる貴女がそんなにも"傷"を作ってまでして、騎士をやってる理由……わたくしには解せませんわね」



 今回のミノタウロス戦の立ち位置でも、セリアは女の身でありながら一歩も引くことなく前線に留まり続けた。

 その影響で、身体の所々で新しく出来たと見られるすり傷もあったけれど。


 正直、それなりどころではなく、どこか神秘的な美しささえ映えるその女性的な身体には、小さな古い傷が幾つも見られた。

 まるで、過酷な戦場を多く駆け抜けてきた証のように。




「──そうでもないと思うわ」


「?」


「不思議なものね。確かに……貴女と私の立場はほとんど一緒よ。貴族で"あった"という事も……『戦う理由』も」


「!! では……貴女も、ですの?」


「……えぇ、そう」



 青みがかった深い夜空と月を背負った、蒼い甲冑を脱いだ女騎士。


 銀月光に女性的な輪郭を浮かび上がらせたその姿は、まるで女神のように息を呑むほど美しく。

 宿したサファイアの瞳が、ぞっとするほどに輝いて。



────復讐。それが私の戦う理由よ。




 藍色の舞台を縦に裂く、復讐の剣が冷たく光った。





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