Tales 1 【ストーリーテラー】
この死に方は、流石に納得がいかない。
そんな感想は多分、そもそも死に方なんて選ぶこと自体烏滸がましいとか、まず死にたくないと思うべきとか、理性的な正論への呼び水になるのは百も承知だった。
本当におっしゃる通りだけども。それでもやっぱりわがままを優先させてしまうのは、一種の性だと思う。
だってそうでもないと。
『階段から転んで死ぬ』より。
『怪談の呪いとかで死ぬ』方が絶対良い。
今際の際に思い浮かぶのが、どうせなら『一人かくれんぼ』とか『こっくりさん』とかやって怨霊か何かに呪い殺されたかっただなんて。
まともじゃない。
自分の事ながら重々承知してる。
友人からも耳にタコが出来るくらい言われてる。
細波流は都市伝説愛好家を自称する、大層な変わり者だって。
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【ストーリーテラー】
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「⋯⋯何処だよ、ここ」
そんな変わりものだって呆気に取られる事くらいある。死んだと思ったら目が覚めた。死んだのに目が覚めるってどういう事って混乱の最中に、更なる混乱の種が目一杯に広がれば、もう固まるしかない。
気付いたら滅茶苦茶に広い部屋に居た。
それこそ学校の体育館くらいの面積はあるんじゃないかってくらいの広間に、数えるのも億劫なほどの本棚が、倒れる前のドミノみたいに並んでる。
そんなとこで、呆然と突っ立ってるのはどういう状況なのか。
「図書館⋯⋯?」
「その推測で概ねあってるよ」
呆然と呟いた言葉にまさか答えが返って来るとは思わず、反射的に発声源へと顔が向く。
両サイドに本棚ドミノがズラッと並ぶ真正面。王城の広間とかにあるレッドカーペットが続く先。
背景に、縦に長いアーチ状の窓ガラスと、周りを土星の環みたいなリングに囲われた玉虫色の地球儀が置かれている、その手前。
図書館の司書が座って作業してそうなアンティークの長机で、手を組んで俺を眺めている人が居た。
⋯⋯ヒト、なんだろうけど、やたら耳が長い。
長くて先っぽが尖ってるその耳は、ゲームとかに出てくるエルフのソレと同じだった。
縁のない眼鏡と、真ん中で分けてる薄紫の長い髪。顔に皺なんて一つもない。なのにそれなりの年季を感じさせるのは、髪と同じ色した瞳の奥が、とてつもなく澄んでいたからだろうか。
「驚いたかな、少年」
「え。まぁ、はい。目を覚ましたら、いきなり知らない場所で」
「ふむ、無理もないね。だがしかし、光陰矢の如し、時は金なりだ。君の生まれた国にもある言葉だろう? 為すべきは速やかに行うとしようか」
「はい? あの、為すべきって⋯⋯いや、それより聞いていいですか?」
「⋯⋯何かな?」
全く話についていけないまま何やら始めようとする彼に、慌ててストップをかけたのは少し失敗だったかも知れない。
時は金なりと言ってただけあって、せっかちな気質なんだろうか。整った眉が不機嫌そうに動く。けれどその反応が妙に人間らしく思えて、萎縮よりも逆に安心感を覚えた。
「あの、俺は細波 流って言います。んで良かったらそっちの名前を教えて貰っても?」
「⋯⋯⋯⋯まず名前を尋ねるか。人としては常識的だが、この状況ではかえって普通ではないな。きみ、変わってるって良く言われないかい?」
「ああ、まぁ。アキラ⋯⋯じゃなかった、友人にもお前は変だって言われますね」
「フフ、だろうね⋯⋯いや済まない、質問を質問で返すなんて無作法な真似をした。神の風上にも置けないね」
「いやそんな⋯⋯って、神?」
「あぁそうだよ、神様だね。けど、それはあくまで記号の様な物だな。人が崇める為の万能な称号を便宜上、借りているに過ぎない。名前は別にちゃんとあるから気にしなくて良い」
「そ、そうですか⋯⋯」
神。神と来ましたか。やっべどうしよう。
ある意味都市伝説とかよりよっぽどエグいのが出て来ちゃって、一周回って変に落ち着いてる自分が居た。
これが例えばこっくりさんとか名乗られたら飛び付き兼ねない自信はあるけど、神様と言われればもうどうしていいか分からなかった。
「『テラー』⋯⋯それがまぁ、私の名前な訳だけどね。あえてこっくりさんとでも名乗った方が良かったな?」
「へ?⋯⋯⋯⋯あの、もしかして」
「神様だからね、頭の中は筒抜けだと思ってくれていい」
「あー、結構失礼なことを考えたかもです。すいません」
「ハハハ、いいさ」
考えてる事がお見通しってのは流石に肝が冷えたけれども、逆にいえば神様っぽさが強まった。
もしかしたら、テラーさんなりのパフォーマンスだったのかも。
「しかし君は余程、都市伝説が好きらしい。だったら、少しは神様らしい所を見せてあげるとしようかな」
「お? もしかして予言とか予知とかですか? あ、でも俺もう死んでるから必要ないか」
「まぁ、神の奇跡は後々のお楽しみにして貰うとして、だ。まずは本来の業務に戻るとしようか。細波 流、君は⋯⋯奇跡といったら何を思い浮かべる?」
神様と話しながら改めて現実問題に向き直るなんて素っ頓狂な事態だと思いながらも、死んだという実感に気落ちする。
けれど、そんな俺にまるで託宣を告げるように問い掛けるテラーさんは、さっきまでと雰囲気が違った。
彼の背後にある長窓からキラキラと結晶みたいに輝く光が射し込んで、神々しいとさえ思えた。
「奇跡⋯⋯例えば五台の車が交通事故を起こして、ドライバー全員がフルネームまで一緒だったとか」
「まさしく運命の悪戯だな。他には?」
「えーっと、生き別れになった姉と弟が同じ通りの真向かいに住んでいたとか!」
「ふむ、確かに。だがそれは少し奇跡と呼ぶには物足りないな。もっと分かりやすくいこうじゃないか」
「分かりやすく⋯⋯」
だから多分、これは最初から求められてる答えがあって。
面白可笑しくユニークに、ゆっくりと手を引かれるようにして引き出された答えなんだろう。
文字通り、神様のお導き。
「⋯⋯死んだ人間が、生き返るとか?」
「ふふ、正解。だが、残念ながらそれは元の世界に生還するという訳ではないんだよ」
「元の世界?」
「そう、元の世界。君がこれから生きるのは、元とは別の『異世界』というものだよ」
「いっ、異世界!? それってあの、文字が訳分かんないとか、写真撮ったら変にピンぼけしたりとか、突然時空のおっさんが現れて元の世界に戻してくれたりするとかいう、あの都市伝説の!?」
「⋯⋯本当に都市伝説が好きなんだな、君は。しかし、残念ながらネットなどで囁かれているのとは違うな。分かりやすく言えば⋯⋯魔法とかモンスターが当たり前な、『ファンタジー』な世界だよ」
「⋯⋯⋯⋯あー、そうっすか」
正直失礼だとは思うけど、つい落胆してしまう。いやファンタジーも凄いけど。
都市伝説愛好家が『異世界』と聞けば、真っ先に思い浮かぶくらいに定番だ。
ある日突然、見覚えはあるけれどどこか異なった世界に迷い込むという体験談。
携帯電話が圏外になっていたり、いつも利用してた駅の文字が読めなかったり、何故か人と全然出逢わない。
そんな意味不明な状況に陥る迷い人を、唐突に現れて現世に戻してくれる人物が所謂、『時空のおっさん』その人なのだ。
この手の異世界に迷い込む系の話は沢山あるが、体験者を現実に引き戻すのは、美男でも美女でもなく決まっておっさん。
さながらデウスエキスマキナの様な役回り。けどおっさん。
眉唾なことこの上ない。だがそれが良い。都市伝説だもの。
だからこそ、ガッカリ感は否めない。
出来れば時空のおっさんと語り合ってみたかった。
酒とか一緒に飲んでみたかった、まだ未成年だけど。
愚痴とか苦労話とかを色々聞いてみたかった。
「露骨だな。しかし、その分、私からの『プレゼント』は喜んで貰えそうで何より。さぁ、それでは⋯⋯細波 流。心の準備は良いかな?」
「プレゼント⋯⋯って、え、今から!?」
「光陰矢の如しと言っただろう? それではカウントダウンといこうか。10、9、8、7⋯⋯」
「うわっ、マジか。心の準備って言われても」
「あ、そうそう。目を覚ましたら、まずは『本』を探すといい。6、5、4⋯⋯」
「本⋯⋯?⋯⋯って、え、うわ何だ、これ、光が!?」
矢の如しにもほどがある。
心の準備が出来る時間すらない。
朗々とマイペースなカウントダウンと、本を探せというアドバイスに戸惑いながら見回した時、身体中から光の粒子が舞い上がっていく。
というより、俺の身体がこの粒子に変わってるのか?
しかし、そんな疑問に答えが返って来る訳ではなく、慌てふためく俺の耳に最後に残ったのは0を告げる一言と──
『私が君を選んだのではない。君が私を選んだ訳でもない。運命の気まぐれなどでは及ばない。これは歴史だ。因果に編まれた、一つの歴史をなぞるだけ』
──身体が幾つもの光にほぐれていく。
フワフワとした浮遊感と、緩やかな落下していく感じの板挟み。
けれどそこに苦しさなんてなく、ただただ摩訶不思議。
昇りながら降りて、落ちながら上がっていく。
『⋯⋯約束みたいなモノだよ。
君と、"彼女"のね』
その独白がどんどん遠ざかって。
『さぁ、細波 流。君の物語を綴ると良い。
【ワールドホリック】に幸運を』
空白が、意識を呑み込んだ。
『行き場を失った物語に、エピローグを』
そして、次に目を覚ました時には──
「ガボッ、ゴバハァ!?」
深い湖の中だった。
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【人物紹介】
『細波 流』
本作品の主人公。
身長173cm、年齢18歳。
艶のある長めの黒髪と、青みがかった黒目。
小綺麗で中性的な顔。
線が細く、痩せた体型。
家族は両親共に他界しており、祖父母の元で暮らしていた。
都市伝説の様な胡散臭いながらも面白い話が大好き。
自他共に認めるほどの変わり者であり、お人好しな部分もあるが、それ以上に腹黒く、普段は意外にも慎重な思考スタイル。
楽観的であり割と熱血な所もある。
大河アキラ、要リョージ、如月チアキという友人を持ち、特に大河アキラとは親友といえるほどの仲である。