Tales 113【夜に溶ける】
いつもご愛読ありがとうございます。
今回より、作品の雰囲気をより濃密にするため、都市伝説達の保有技能にちょっとした説明欄を追加しました。
以前再現されたメリーさん達についても、本文中、または各章ラストの「登場都市伝説ファイル」にて記載しておりますので、良ければご覧くださいませ。
危機を乗り越える。
そう聞けば、いち男子高校生からすれば人生における分岐点だとか、急死に一生なものにも思えるけれど。
異世界に来て以来のイベント続きでどこか慣れて来ている自分が居た。
でも往々にして、俺からすれは危機を乗り越えた後が本番みたいなとこがある。
都市伝説を再現する瞬間は、言わば至高で。
再現した都市伝説と触れ合う"この時"は、まさしく至福だ。
ま、こっちがそうだからと言って向こうもそうだとは限らないのが世の常だけどさ。
「ほらシュック。焼いた川魚と山菜のスープ」
『⋯⋯』
「沢山取れたらしいから、遠慮せずとんどん食いねー。今日頑張って貰ったし、腹減ってるだろ?」
『⋯⋯、⋯⋯』
「うっす。スルーですかそうですか」
狼達を退けてから時は移ろい、星屑浮かぶ夜半の平原。
風に揺れる草花を前にうつ伏せた黒いシルエットは、目の前に差し出された湯気立つ料理を、されど歯牙にもかけなかった。
(分かっちゃいたけども、取り付く島もないな)
相手にされちゃいないってことなんだろう。
人間風情に語る言葉はないって、袖にされてる感じだ。
分かっちゃいた。というか、再現し続けるだけで逐一体力と精神力をもっていかれてる現状からして、親和性の低さは言わずもがなだ。
心を閉ざされているというよりは、そもそもコミュニティを築き合う間柄じゃあない、って線引きされているような。
そんな、隔絶とした意識の差が⋯⋯明確だった。
だがしかし。
「だがそれが良い」
『⋯⋯?』
「このつれなさ、そっけなさ。まさに古くから恐れられし都市伝説って感じ。むしろ解釈一致っつーかね、いやほんと愛好家冥利に尽きる! たまんねー!」
『⋯⋯⋯⋯ギィ』
そっけない? 相手にされない?
むしろウェルカム、どんと来いである。
そもそもシンボル的な都市伝説は、人間にとって脅威となる存在がほとんどだし。
つまり、俺みたいな愛好家からすれば一種のファンサービスでしかない。
冷たくあしらったはずが逆にテンションが上がってる俺の姿は、真紅の瞳にどう映ったのか。
一歩二歩と後退るシュックの反応からして、真相は闇に問うまでもなかった。
────
──
【夜に溶ける】
──
────
さて、とはいえだ。
意思疎通を拒まれてる時点で、毎度恒例の交流タイムはお預けを食らってしまってる。
結局食事は口にしなかったし、近くに寄れば途端に静かな殺気を向けられる。
無言の圧力ってやつなのだろう。
ちょっと触れてみたい質感をしてる体毛に手を伸ばすなんて、以ての他。夢のまた夢だ。
そっけない態度もどんと来いとは言ったけども、取っ掛かりひとつ見当たらない以上、手持ち無沙汰になるのは当然だった。
とはいえ、幸いなことに手隙を埋めるには充分なものが、この手の中にはあった。
「そんじゃ、恒例のアーカイブチェックいっときますか」
関係性を円滑にするなら、まずは相手の事を知ることからがスタート……なんて常套句をなぞるつもりじゃないけれど。
乾いた秋夜の風に、アーカイブのページを捲る音が響いた。
────
No.008
【ブラック・シュック】
・再現性『B』
・親和性『D』
・浸透性『A』
◆
・保有技能【Rusty Nail】
焼焦効果を齎すブラックシュックの爪。
『悪魔の指紋は、生者の息根を燃やすもの。
赤鉄に錆びた彼の爪は、突き立てた者を焼焦す』
・保有技能【Hund Voice】
対象の動きを鈍らせるブラックシュックの慟哭。
『死は静止。動じることなかれ。
空を割る彼の叫びは、未熟な命を縛る』
・保有技能【─未提示─】
────
(親和性D⋯⋯ですよねー)
納得、としか言いようがないステータスだった。
親和性が低いのは肌で分かるレベルで予見できたし、再現性も問題なし。
となれば目が行くのは、保有技能の項目だけど。
(保有技能で明らかになってんのは二つ。爪と声、両方ともブラックシュックのパーソナルに関わるとこだけど、声は⋯⋯どっちかってと派生元のブラックドッグの方が伝承は多かったような)
ブラックドッグについての記述でも『この世のものとは思えない鳴き声』ってのは良く見る要素だし。
一応地方出身のマイナーUMAでありながらも、高い浸透性。他にも気になってた事を合わせて考えれば、出来上がった仮説はひとつだった。
(ひょっとしたら、このシュックはブラックドッグのキャパシティも持ってんのかな。シュックの"けむくじゃら"具合とか、モーザ・ドゥーグとかヘアリージャックの方が印象あるし)
他のブラックドッグの有名所をいくつか思い浮かべながら、夜でも輪郭が浮かぶ黒い背中をぼやっと眺める。
シュックに尋ねてみれば早い話なのかも知れないが、取り付く島もなかったぐらいだ。まともな答えが返って来るとも思えない。
少なくとも今は、仮説止まりで我慢ってことか。
「ま、いっか。そのうち分かることでしょ」
『ギ』
「あ、今こいつ適当だなって馬鹿にしただろシュック。違うから、ちゃーんと考えてからの結論だかんね」
『⋯⋯ギィ』
「そこでそっぽ向かれると立つ瀬無いんだけど」
手慣れた茶濁しもシュック相手じゃナシの礫。
ぽっかりヒト一人分の距離が空いたまま、黒暗い伝説は静かに顎をあげて、空を見つめた。
吠えるでもなく、睨むでもなく。
(死の先触れ。不吉の代名詞。なんて名を冠してる伝説だってのに、こうしてるとどっか神秘的っていうか⋯⋯さしずめ、西洋の墓守犬ってとこかな)
──最初に埋められた死人は、墓地の番人となる。
そんな迷信が感染ったからか、イギリスでは新しく墓を造る時に、黒犬を埋めるという風習あったらしい。
埋められた黒犬は教会や墓地を、墓暴きや冒涜者から守る動物霊となり⋯⋯西洋の人々は彼らを、チャーチグリムと呼んだ。
墓守犬も黒い体毛と紅い瞳を持つことから、ブラックドッグと同一視。或いは不吉な存在として、恐れられてるって話だとか。
特にイギリスのヨークシャーじゃ、邪悪な獣犬バーゲストに並んで死を予兆する怪物って伝わってるって話もあったけど。
(ヘアリーシャックかモーザ・ドゥーグかチャーチグリムか。それとも"ちゃんと"ブラックシュックなのか⋯⋯ほんと、よく分からない)
考察に行き詰まって、答えを求めるように右に倣って見上げた空は、なんだか。
真上に敷かれてるのに、沈んでくような。
沼みたいな夜空を見ているせいか、思考までもが引っ張られる。
好きじゃない。嫌いでもない。
得意じゃない、って形容が一番的を得てる、そんな夜空。
「こう星もないと、不安になるな」
『⋯⋯』
静かだった。
木々も深く眠ってる、真空みたいに音が居ない。
熱した後の冷めた時間は、必死になって飛んだ後に見つけた、ほんの少しの止り木のようで。
だからだろうか。
今更、置き去りにしてきた疑問が、沈んだ底から泡みたく浮かぶ。
でも案外、今だからなのかも知れない。
(本質をなぞる時もあれば、アバウトな解釈の時もある。結構良い加減だよな、この能力って)
噛み殺した溜め息が、口の奥でじわりと苦む。
メリーさんのように本質的な再現もあれば、ナインみたいに曲解的な再現も起こる不思議な異能。
明確な線引きを求める性格じゃあないけれど、考えれば考えるほどアバウトで不確かな、まさに都市伝説染みてる。
(魔法なんてものがあるこの世界でさえ、"浮いてる"よな、『都市伝説を再現する』ってさ。火炎を放つでも、光で癒やすでも、風を起こすでもない⋯⋯ほんと、異質だ)
魔法じゃあない。奇跡でもない。
そういう法則とは別の所にあるような、そもそもの違い。
在る者を喚んで召す訳じゃない。
言わば現実味を添えた空想を、形にする力。
そんな出来過ぎたモノが──なんで。
(ほんと。なんで⋯⋯俺、なんだろうね)
どうしてテラーさんは、俺を選んだんだろう。
なんでこんな能力を与えようって気になったのか。
俺に何をして欲しいのか。単なる神様の気まぐれってやつなのか。
分からない。分からないことばっかりで。
(⋯⋯)
立ち止まって見渡す現実には、空に星が居ない。
沼みたいな底の知れない夜闇が広がるだけだったから。
余計に沈んで、沈んで、深く沈んでいって。
『……約束みたいなモノだよ。君と、"彼女"のね』
(──"彼女"って?)
ふと浮かび上がった言葉を、掬い上げようとした時だった。
「こんなとこで黄昏てやがったか、スケコマシ」
「!」
無音な世界に、こざっぱりした男の声が響いた。
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No.008
【ブラック・シュック】
・再現性『B』
・親和性『D』
・浸透性『A』
◆
・保有技能【Rusty Nail】
焼焦効果を齎すブラックシュックの爪。
『悪魔の指紋は、生者の息根を燃やすもの。
赤鉄に錆びた彼の爪は、突き立てた者を焼焦す』
・保有技能【Hund Voice】
対象の動きを鈍らせるブラックシュックの慟哭。
『死は静止。動じることなかれ。
空を割る彼の叫びは、未熟な命を縛る』
・保有技能【─未提示─】
──
【名は体を表し、体が齎すものは、承うけひく説によって変わるが定め。時に人は、それを子への教訓とした】
【イギリスにも古くから犬に纏わる諺がある。人ならずとも家族足る、命は命と、尊さを説いた言葉だ。けれど尊びに反して、恐怖として囁かれし亡霊犬も存在した】
【黒い体毛、赤い単眼。不吉の象徴。死を告げる犬。黒い悪魔。幽霊犬。光と共に現れる、死の先駆者。古くより伝わる、イーストアングリアの冥き伝説】
【その犬の名は、ブラックシュック】
古きよりイギリス、イーストアングリアにて囁かれていた黒い犬の怪物。
その目撃情報は多く、古くは14世紀頃に始まり、16世紀にはサフォーク州バンゲイ町のブライスバーグ教会にて被害が報告され、文献として今なお残っている。
文献内容については
「教会に一閃の雷光が直撃し、その中から不気味な黒い犬が現れ、瞬く間に信者2名の命を奪った」
「教会の金属扉に"焼け焦げ"のような引っ掻き傷を残した後、煙のように消えてしまった」とのこと。
また近年、サフォーク州のレイストン修道院の遺跡にて2メートル以上に及ぶであろう大型犬の骨が発掘されており、この骨がかのブラックシュックのものなのではないか、と世間を騒がせた。
古くから今へと、再び現れし世界の都市伝説。
また、シュックはブラックドッグの一種と言われている。
その影響か姿は文献をなぞるものではあるものの、異様に毛むくじゃらであったり浸透性が高さから、ブラックドッグの有名所の要素も保有しているのでは、とナガレに推測されている。
現された当のシュックは親和性の低さの通り、他者に対して威圧的であり、かつ無関心な態度を取る。
それは再現主であるナガレに対しても例外ではなく、排他的でも攻撃的でもなく興味がないという有様は、古くより恐れられてきた怪物らしさを窺わせた。
しかし、何事にも興味がないと言う訳ではない。
不吉を齎す黒妖犬が紅い眼で見つめる先は、いつだって決まっているのである。
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