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Tales 110【勇敢なる弱者】

 一際強く吹いた風が、不穏な予感を助長させているような気がした。


 こちらへと迫る黒い帯は、闇を呼ぶ物であるのか。闇そのものであるのか。

 心なしか、目に映る景色の冥暗まで一層暗くなった気もする。

 自然ぐるみで立体的に悪しき予兆を演出してるようで、冷たい汗が頬を伝った。



「ハウンドリカオン?」


「あぁ。よもやこんな所でお目にかかるとはな」


「魔物、だよな。普段あんまり見ない類って口振りだけど」


「知らねーのか? ハウンドリカオンって言えば、基本的には湿地帯の森の深部や洞窟とか、そういう陰気くせぇとこを棲家にしてる陰気な連中だ。だから曇り空とはいえ、こんな真っ昼間のど平原に群れごと現れるってのは珍しいんだよ」


「へぇ⋯⋯」



 要は夜行性って事なのか。

 確かに昼下りにモグラの大群が地中から顔を出してたら、天変地異の前触れかって思うよな。

 庭先でカラスの群れが大騒音コーラス奏でた十分後に大きな地震があったりとか、動物の異常行動が何かしらの予兆であったケースは、とてつもなく恐ろしい都市伝説の内容にも、良く描写されてるし。



「⋯⋯って、珍しがってる場合じゃない。アイツらこっちに来てんじゃん!」


「奴らは嗅覚が非常に優れているからな。あれだけ離れていても、新鮮な血の匂いは嗅ぎ付けられる。余程腹を空かせているのだろうな」


「餌の立場でのんびり言うな! で、どうする? 偵察だから一旦戻るべきか?」


「⋯⋯俺一人なら、いやさ俺とアクセルだけならそれでもいーんだけどよ。なにせアイツら、とんでもなく足速ぇからな。いや俺とアクセルからすりゃ亀かってくらい鈍足なんだが⋯⋯二人乗りのお前らじゃ────あっという間だろうな」



 なんて、勿体ぶって告げられながら、顎で示された先には。

 まだ遠いと思っていた黒い帯がちらばって、俺の目にもそれが黒い犬種の群れである事が分かるほどに、奴らはすぐそこまで迫っていて。



「⋯⋯『奇譚書を(アーカイブ)此処に(/Archive)』」



 緑の曇った平原の上、俺達は黒濡れた狼達と対峙する事となった。




────

──


【勇敢なる弱者】


──

────




【グルルル⋯⋯】


【ガウッ!バウウッ!】


【ハァッ! ヘッヘッヘッ⋯⋯】



「⋯⋯いや遠目からして結構居るなとは思ったけどさ。これは、居すぎだろ。群れ過ぎ。全部で何十匹って話だよ!」


「目算で、三十匹くらいか。惜しいな、あと十匹追加でエルディスト・ラ・ディーの旅隊数に並べたのだが」


「今此処に居んのは俺達含めてもたった三人だろ! 呑気か!」


「お前はやけに元気が良いじゃないか。はしゃいでいるのか、さては犬派か?」


「焦ってんだよバカ!」



 いやほんとに呑気か。


 目の前にズラッと並んでる、この狼軍団が目に入ってないのかよ。

 真っ黒い体毛と金色の目をギラギラさせてるこの獣達が。

 ダラリと舌を垂らして獲物を見定めてる、この魔物達が。

 数えられてるんだから入ってんだろうけど、どうして悠長に構えてられるのか不思議でならない。

 どう考えても窮地じゃないかよ。



「ライ、これどうする?!」


「こーなった以上、ここで何とかするしかねーだろ。昼間にこいつ等を見たなら、不幸の前触れって言われてるぐらいだしよ、諦めるしかねーぜ?」


「前触れも何も、現在進行形で厄介事真っ只中じゃん! あぁもう、やるしかないんだろ! セナトも頼むぞ!」


「やれやれ、都合の良い時は磨り減るまで使って、どうせ飽きたら捨てる癖に。酷い男だな」


「今はそのノリ要らねーから!」



 どっちかってと、今日始まってからずっと不幸続きな気もするけど。

 弛緩した調子で乗り切れるような局面じゃない。

 セナトもふざけながらも、いつの間にか黒刀を手にしていた。

 戦いの火蓋が切って落ちるまで、秒読み間近。



「群れに向かって直進はまずいよな。だったら退がりながら、一匹一匹⋯⋯が正攻法か?」


「いや、ハウンドリカオン相手にそれは悪手だ。何故なら──」



 未知への脅威に固唾を飲んでいた俺が真っ先に行ったことは、"自分の目と耳"を疑うことだった。



「──さあて、と! そんじゃお前ら、"後"は任せるぜ。オレっちは戦闘の方は、あまり自信ないんでな! いくぞアクセル!」


「⋯⋯⋯⋯はい?」



 え。後は任せるって、え、どういう意味、それは。

 なんて疑問を音にする間もなかった。


 スチャっと片手を挙げるや否や、並び立っていた一頭が、クルリと華麗にUターン。

 そのまま俺達が来た道をパカラッパカラッと掛け戻っていく。

 見事な後退。鮮やかな後退。お前はマルスか。

 だが目を剥くような事態はここだけで終わらない。



【バウッッッ!!!】



 先頭に立っていた群れのリーダーっぽいハウンドリカオンが一際強く吠えた途端、リーダー含めた群れ全体が、再び駆け出したのだ。

 一斉に。一目散に。犬まっしぐらってな具合に。

 真っ先に逃げ出したライを、親の仇かってぐらいに追いかけ回し始めたのだ。


⋯⋯無論、俺達の"両脇を通り抜けて"。




「ハウンドリカオンの習性はな」


「⋯⋯うん」


「真っ先に背を向けた相手を"弱者"と定めて、一斉に襲いかかるんだよ。あんな風に」


「へー⋯⋯合理的」



 つまりあれか、弱肉強食的な。

 弱い奴から全力で潰すタイプか。魔物って随分野生的なんすね。肉食獣の本能って怖い。

 なんて言ってる場合でもないのは明らかだったけども。



「──なにやってんのアイツゥゥゥ!!!」



 じゃあ逃げちゃダメじゃん。

 そんな魂込めた叫びは、薄暗い平原に虚しく響くだけだった。




◆◇◆



「くっ⋯⋯馬の、上って、荒っ、ぽいよなぁ、くそぉ!」


「文字通り鞭打ってるからな。それよりもっとしっかりしがみ付け、落ちても知らんぞ」



 風が薙ぐ地平を、一体になって駆け抜ける。

 頬を削るような風圧。目を見開くことさえ億劫な程。

 映画で見た優雅さなど欠片もない必死さで、セナトの背中にしがみついていた。

 男としてなんか情けない絵面だが、んなことに気を回せる状況じゃない。



「分かっ、てる! それより、ライは!」


「さあな。だが列の尾は捉えたぞ」


「!」



 刻蹄乱打の中で届いたセナトの言葉に目を開けば、居る。確かに。獰猛な黒の列。

 一心不乱に追う黒獣の群れの後に、俺達は迫っていた。



「打てる手はあるか?」


「今から打つ!


──来い、ナイン!」



 しがみついてる間に、手段は考えていた。

 喚び現すのは、黒と対する白銀の鎌鼬。


 止まり木の枝みたく伸ばした左腕の先に、光の奔流。

 現界した小さな獣は、聞き慣れた甲高い鳴き声を風に響かせる。



「キュイッ! キュ、キュイイッ!」


「っ、悪いねナイン。爪立てていいから、掴まって!」


「キュ⋯⋯キュイ!」



 けれど体躯が小さいからか、慣性や圧に押されてしまいそうになってる。ならば、爪を立ててでも。

 俺を傷付ける事に戸惑いを見せながらも、ナインは意を決して、袖に掴まってくれた。

 でも本番はこっからだ。



「そこからどうするつもりだ?」


「"風を活かす"んだよ! ナイン、【一尾ノ風陣】!」


「キュイィィ!」



 引き絞った叫びと共に、鉄棒の逆上がりの動きで、ナインの尻尾が振り上がる。

 産み出されたのは緑閃光の三日月。

 地平を抉って突き進む風の刃は、直前に気付いた黒影の幾つもを切り裂いた。

 だが、これで終わりじゃない。



「ナイン! そのまま乱れ打て!」


「キュイイー!!」



 尻尾を振り上がれば、向かい風が体躯を回す。

 クルンと一周。満ちた月を描くよう。



【グォン!?】


【ガァッ!?】



 向かい風を追い風に、勢いそのまま、もう一周。

 さながら銀に舞うの車輪の如く。

 その度に空を裂く三日月を、一つ、一つと咲かせていけば。

 俊敏な魔物の列とて、地平と等しく、みるみる内に削れていく。



「風ぐるまか! 考えたじゃないか」


「どーも! けど、このまま一気に、は無理っぽいな」


「あぁ。連中も馬鹿ではないらしい」



 無防備な背面からの攻撃は相当脅威と映ったんだろう。

 数を減らした列の後ろ半分は、既に俺達を迎え打とうと鋭い牙を光らせ、黒い体毛を震わせていた。



「フッ⋯⋯ここからは馬脚より、腕を振るうとしようか。囮役を買って出て貰った訳だしな」


「囮役?」


「見ろ」


「⋯⋯!」



 馬速を緩めながら語るセナトに促されて見た先では、遠くでハウンドリカオンに追い回されてるライとアクセルの姿が在った。

 だが、それは今までの直線的な動きとは違い、曲線の軌道。

 つまり、本隊と合流する為の逃げ方じゃなく、"引き付ける"為の動きである事を意味していた。



「"後"は任せた、って、そーいう事かよ」


「勇敢なる弱者も居たものだな。では、さっさと目先を片付けるとしようか」


「あぁ」



 ハウンドリカオンの習性を理解した上での、囮役。

 魔物と対峙する事の多い傭兵団の一員が、自ら下手を打つのも変な話だと思ってたけど。


 粋じゃないか、あいつ。

 なら応えなきゃ⋯⋯男が廃る!




「殲滅するぞ」


「あいよ!」



 気炎を吐いて、フードの中にナインを包み。

 馬上から勢い良く飛び降りた俺は、攻め手を緩めない為にも、更なる一手を喚び現した。



「来てくれ、メリーさん!」






次回、新たなる説来たる。


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