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Tales 105【契るなら】

 ガチャリと開けられたドアから空気が抜けて、細く鋭い線を伸ばしたように空気がピンと張る。

 お嬢の一声を皮切りに室内へと入るお馴染みの面々。

 けれど部屋に居る人物について察しているのか、それぞれが普段と違った面持ちを浮かべていた。



「お嬢、それに二人も⋯⋯いつから?」


「少し前よ。ナナルゥが突然、ナガレの部屋から信じられない練度の魔力を感じたって言うから、来てみたんだけれど⋯⋯」



 信じられない練度の魔力。

 恐らくネルさんがゴーレムを精製した時なんだろう。

 すぐ側に居た俺が全く気付かなかったものも、魔力探知に長けたお嬢なら感じ取れても不思議じゃない。

 それだけの相手に一人で対面していたからか、セリアの眼差しが諭すような青に揺れていた。



「ナガレよ」


「ん?」


「この者らは、お主の連れ合いか」


「え、あぁ、そーだよ」


「⋯⋯んむ。変わり種が揃い踏んどるのう。朱に交わったか、類が招いた友柄か」



 目尻を長く細めながら、セリア達を順繰り品定めするように眺めるネルさん。

 感情を悟らせない形ばかりの微笑を象る唇が、妖しく湿る。

 そんな視線に耐えられなくなったのか、短く濃い吐息を皮切りに一歩前へと踏み出したのは、頬にしっとりと汗を伝わせるセリアだった。



「お初にお目にかかります、カンパネルラ様。私はセリア、ラスタリアにて騎士の座に就く者にございます。本日は──」


「ラスタリア。西方果ての鉱脈を持つ故に、負け犬共に首輪を巻かれた田舎国か」


「⋯⋯お答えかねます」


「くく。挑発にのらず、か⋯⋯愛国心や良し。じゃが、やはり変わり種じゃのう。騎士のみならず身分を誇りとするならば、家名こそを名乗るが道理。誇りとしとらんのか⋯⋯"名乗りたくない思惑"があるのかはこなたの知った事ではないが、の」


「──っ」



 右腕を胸の前に掲げながらのセリアの言葉を遮った、ネルさんの魔女帽子の先っぽが、辛辣を重ねるごとに猫の尻尾みたく揺れる。

 分かっておいて突付いて濁す、そんな悪趣味さを連ねているだけ。

 たったそれだけで、あれほど冷静なセリアに苦々しい顔をさせるだなんて、さっきまでのぐうたらをどこへ隠したんだよ。



「で、朗らかな笑みを浮かべとるそこな従僕よ」


「⋯⋯ほっほ。わたくしめにございますか」


「剣呑さが滲んでおったぞ。殺気にまで転ばせぬのは見所と言えるが、相手に汲まれては児戯と同じぞ」


「いやはや失礼致しました。ジジイともなると、ボケに頭の舵を取られる事もしばしばでございましてな。このアムソン、従僕たる身にはあるまじき非礼、心より詫びさせていただきますぞ」


「受け取ろう。二度目はないぞ」


「御意に」



 更に矛先を変えて、今度はアムソンさんにまで。

 だが流石は執事と言うべきか、年の功とも言うべき切り返しであっさりと舌戦を乗り切ってみせる。

 けども魔女相手の追求は肝を冷やしたのか、いつもの柔らかい表情が、今は少し硬い。

 対してネルさんは厳しい口調と反して、口端にほんのりと愉悦を引っ掛けていた。

 まるで遊戯を愉しむ児童のよう。

 悪趣味にも程がある、魔女の肩書きは伊達じゃないってか。



「⋯⋯」


「⋯⋯」



 セリア、アムソンさんと続けば、残るは一人。

 一番にこの部屋へと踏み入れながら、不思議なほどに寡黙を飾っているお嬢の番になる流れなんだけども。


 どう見ても、いつもと雰囲気が違う。

 朝でも夜でも快活なほど光る双眸は、射抜かんとするほどの強い視線で魔女に定まっている。

 さりとてオペラグローブに包まれた両手は、スカートの端を堪えるように掴んでいるし、震えも隠せていない。


 緊張なのか。恐怖なのか。

 どちらにも判別出来そうな、けれどどちらも今までのお嬢とは一線を画したような表情が、ふと。

 エトエナとの戦いで見せた、眩い気高さを過ぎらせた時だった。


 震えを堪える両の手が、淑女の礼儀を象るように、スカートを摘んでみせて。



「⋯⋯わたくしは、ナナルゥ・グリーンセプテンバー。エシュティナの国境、フルヘイムを治めるグリーンセプテンバー家の現当主でございますわ」


「フルヘイムか、懐かしい響きよ。して、鬱陶しいぐらいこなたに熱い視線を寄越す以上、何か言いたいことでもあるのかのう?」


「えぇ⋯⋯かの魔女と謳われしカンパネルラ様に、折り入って願い申し上げますわ」



 小さな唇を目一杯広げて、請い願った。



「わたくしを貴女の、弟子にしてくださいましっ!」





────

──


【契るなら】


──

────




(お嬢が、ネルさんに弟子入り!?)



 並々ならぬ気炎と共に告げられた願いの中身に、紡ぐ言葉のいろはを丸々落としてしまったかのようだった。

 お嬢が部屋に入る前にも確固たる決意を滲ませていたのは見て取れたけど、まさか魔女への弟子入りを考えていただなんて。


 驚嘆と疑問が尾を噛み合ってグルグルと巡って、喉から漏れるのは吐息だけ。

 夜に帳が降りたように、誰も口を挟めない。

 そんな沈黙を破ったのは、予想通りネルさんで。



「⋯⋯⋯⋯はえ? こなたの弟子に、なりたい? は? いやいや、え、正気かお主」



 なんかめっちゃパニクってんのは予想外だよオイ。

 ボソッとマジかぁ、とか呟いてんじゃないよ。

 お嬢の真剣味に対してある意味あんまりな反応に、口を挟まずにはいられなかった。



「いや、なんでそんなに挙動不審になってんのさ」


「や、だって、今までこなたの弟子になりたいって言ってくるヤツなんて殆どおらんかったもん。昔ならまだしも、今のこなたの風評は知っておろう? 弟子入り志願なんてうん十年ぶりぞ」


「⋯⋯ん? でも、トトよりも前にも弟子は居たんだろ?」


「居たには居たが、アレは名を挙げようとこなたを討ちに来たものをボッコボコにした後、罰として弟子にして、家事やらなんやらこき使ってやっとるのが殆どじゃぞ」


「うっそ⋯⋯じゃあセントハイムとの約束は? 今回の闘魔祭、アレがあるから中止出来なかったって話だったけど」


「まぁ、卒業試験的な感じじゃ。こなたにこれ以上こき使われたくないからと、死にもの狂いで挑んどったのう。愉快愉快、いとおかし」


(えぇ、なにそのしょーもない裏話⋯⋯あといとおかしの使い方が変⋯⋯)



 思ってたんと違う。

 そんなフレーズがのしかかる肩透かし感満載な裏話に、紅茶同様冷めた気分だった。

 けれども、少し表情を崩してはいるが、何も語らず瞳に炎を灯し続けるお嬢の心は変わらないらしい。



「お主を弟子に、か⋯⋯正直、気が乗らんのう」


「そ、それはわたくしが弟子と取るに至らぬほどに、魔力を持たないからですの?!」


「んむ? いや別に、そこはあんましのぉ。どーにもならん事はあるもんじゃし。じゃが⋯⋯ナナルゥと申したな。お主、自分が何を申し出ておるか、本当に分かっておるのか?」


「な、何がですの?」


「魔女の弟子になる、という事の意味をじゃ。こなたはそれこそセントハイムの民に恐々と畏れ、忌まれておる世捨て人じゃぞ。エシュティナでもどういう囁かれ方をしとるかすら分からぬし、興味もない。じゃが、家の名を背負い掲げるお主にはそうもいかんじゃろうて」



 お嬢の真剣味を感じ取ったのか、ネルさんの声色も深く沈む。

 己が背負う家名に時には押し潰されそうになりながらも誇りと掲げる令嬢には、確かに魔女の弟子という肩書きはリスクが大きいだろう。

 精霊魔法使いとしての飛躍は望めるかも知れないが、同時に畏怖や嫌厭を持たれるかも知れない。



「フルヘイムの現当主と申したが⋯⋯ともすれば、領民から石槍と焔を向けられる未来も有り得る。【魔女】とはそういうものじゃ」



 その名を背負うが故の、重み。

 同情や憂慮で取り繕うものではなく、ただ突き付けるだけの正論は、さながら巨人の掌で抑え付けるような圧があった。


 けれど。



「お主に、本当にその覚悟が──」


「⋯⋯っ、そんなこと、百も承知のことっ!」



 それでもと。

 鮮烈な青嵐が、圧を振り払うように逆巻いた。



「でも、わたくしは! 奪われるだけ奪われて! 恩人相手に力にもなれずっ!



────そんなっ、泣いて錆び付くだけの女のままで居たくはありませんのよっ!!」



 そこに、風無き峠で膝を折っていた臆病な面影はなく。

 いつかに語ってくれた後悔と悲嘆と、無力な自分への自責の面影を滲ませるような。

 譲れない覚悟で願う、眩い黄金色(かないろ)の決意があったから。



「⋯⋯覚悟はある、と。そう申したか、娘っ子よ」


「当っ然ですわ! このわたくしに二言はありません!」




 酸いも甘いも、じゃないけども。

 へっぴり腰で自分に自信を持てない姿も沢山も見て来たから、今のお嬢の必死さが嬉しくもあり、少し寂しくもある。

 モヤモヤとはしない、けれど複雑な心地。



「んむ! その覚悟や良し!」


「っ、それではっ!」



 蚊帳の外に置かれながら、そんな気持ちを甘く噛んでいた、のに。



「でーも! ぶっちゃけ! めんどいっ!」



 にぱっ、と幼い笑みを浮かべながらそう言ってのけた魔女に、またしても台無しにされたのだった。



「は、はぁぁぁぁぁ?! お、お待ちなさいな! 今のはどう考えてもわたくしを弟子にする流れでしたわよね?!」


「えー。流れとか知らんし。お主の覚悟は確かじゃとしても、そんなんこなたには関係ない事じゃしぃ?」


「んがっ⋯⋯」



 これは酷い。

 その一言に尽きる。

 いやそりゃね、請われる側が受けるも断るのは自由だろうけどさ。これは酷いよ。

 下手に期待させといて突き落とす、まさしく魔女めいた所業にあのセリアでさえ唖然と表情を崩してるぐらいだ。


 が、しかし。

 そんな呆気にとられる俺達をひとしきり眺めると、魔女は満足したように掌を二回打ち合わせた。



「くくく、とまぁ、冗談半分はさておきじゃ」


「冗談だったの?」


「半分は、の。実際こなたにそんな義理はないし。じゃが、場合によっては考えてやらんこともない、という事じゃ」


「! つまり、条件付き、ということですのね!」


「んむ。もっとも⋯⋯」



 悪戯めいた微笑でぶら下げたにんじんに、希望を見つけたお嬢は瞳を輝かせる。

 けれどもネルさんの眼差しは彼女を通り過ぎて、何故か、俺を真っ直ぐへと見据えていた。



「ナガレ。仲間の願うが叶うかは、お主次第じゃ」


「⋯⋯俺?」


「ずばり、交換条件というヤツじゃな」



 ピンと人差し指を立てながらの提案に、更に二の句を告げる暇を与えないままネルさんは椅子から立ち上がる。

 俺の戸惑いもお嬢の焦燥も彼女は彼女の歩幅で置き去りにして、これまでの混迷でさえ寡黙を貫いていたトトの頭に、ポンと手を置いて。



「⋯⋯こなたの愛弟子であるトト・フィンメルを──"ナガレ。お主の連れ添いに加えよ"。それが条件じゃ」




 ひらりと、蝶の羽ばたきほど軽く。

 瞼を閉じて、魔女は告げた。






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