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Tales 100【さすらえよメメント・モリ】

 敗北の味は、意外と悪くない。


 そう思えるのは心底満足した証だろう。

 レフェリーが決着を宣言するなり駆け寄って来たメリーさんに抱き起こされながら、口の端に笑みが浮く。

 決勝の行く末に、周りの反応も実に様々だ。

 ワァーと盛り上がる歓声やら、チキショーと悔しがる声やら、涙を流しながらの雄叫びやら、腹を抱えて笑う声やら。

 ある意味阿鼻叫喚で、ハチャメチャで、整然としていない。


 カオスの一言に尽きそうな状況が、なんだか懐かしいとさえ思えて。

 この状況を招いた一端のクセして暢気に目を細めていたからか、罰が当たった。



「ナガレ、あれ」


「ん?………………はっ?」



 ふとしたノスタルジーをぶち壊すように……人が降ってきた。


 俺とメリーさんと、フォルの、目の前に。

 人が降ってきました。



──ドシャァッ……てな具合に、砂塵を巻き上げて。



「「「!?!?」」」



 どこから? 観覧席の一番高い所から。

 それはつまりどこ? 多分、玉座。

 どうやって落ちてきた? 多分、跳んだ。

 それ本当に人間? うん人間。ってか知ってる顔。


 じゃあ、それは誰?



「────誠、心震える試合であった」



 ロイヤルゴールドの髪。反動で靡く高級なマント。

 紛うことなき十代目国王、ルーイック・ロウ・セントハイムその人だった。



(る、ルーイック陛下!? いやいや、え、なんで?! というかっ、あんな高所から飛び降りて来たのか!? 全然平気な顔してるし! それに、あれ、なんか……)



 知ってる顔、知ってる人。

 でもこうして威風堂々と立つ彼が、一度だけ謁見した時の彼と結び付かない。

 首筋を痛めるほどに高いとこからの降下でピンピンしてるって事もそうだけど、それ以上に。



「五十と重ねた我がセントハイムの祭儀。この地を踏んだ勇者達により幾度も繰り越された闘魔の中でも、今日ほどの熱を生んだ試合もなかっただろう」



 俺を見つめる瞳の奥底が、どうにも以前の彼と違う気がする。

 雰囲気が、気配が。

 テレイザ姫の苦境を聞いて慌てふためいてた、あの頼りなさそうな陛下と、ずれているかの様な違和感。



「民草が熱風に揺れ、この蒼穹(ソラ)すら焦がすほどの嵐となった。実に祭儀に相応しき決勝であったと、私は思う。


 皆の意思はどうだろうか!

 賛同する者は、喝采せよ! 賛辞を掲げよ! 最後まで闘い抜いた勇者達へ──喝采を!」



『「「「「「おおおぉおおおぉぉおぉぉぉぉォォォォォ!!!!!!」」」」」』



 けれど抱いた違和感も、コロシアム全体から轟と響き渡った喝采の激流に、形になる前に流されてしまった。

 賞賛を求めた若い王は、空すら揺らしかねない喝采に満足したように頷くと、雄々しくマントを翻した。



「宜しい! ではこれより、闘魔祭優勝者への授与式を執り行う! 壇上と褒賞の用意を!」


「ナガレ選手。それでは治療室まで……」


「あ、はい……メリーさん」


「うん。私メリーさん。ちゃんと支えてあげるの」


「ん。ありがとうね」



 優勝者への授与式。

 つまりはエルディスト・ラ・ディーの悲願である精霊樹の雫の贈呈が行われるってことだ。

 それなら確かに負けた俺がいつまでも此処に残る訳にもいかない。

 ルーイック陛下の宣言と同時に集まり出した係員達、その内の一人に促されて、メリーさんと一緒にこの場を去ろうとよろめきながらも足を動かした。



「……」



 ただ、その去る際で。

 ルーイック陛下が居たであろう特別な観覧席から顔を覗かせたヴィジスタ宰相が。

 ひどく安堵したように肩を落とす姿が、やけに印象に残った。




────

──


【さすらえよメメント・モリ】


──

────




 日向あれば陰。

 栄光を浴びる者居れば、こうしてベッドの上でひっそりと授与式の盛り上がりに耳を傾ける者も居る。

 まぁ、あくまで喩えの話で別段、現状に憂いてる訳とかじゃない。

 憂うよりも、むしろ懐かしんでる。



「ぐぅっ……ってて」



 治療の為に巻かれた包帯代わりの布に包まれた右腕を見下ろす。

 右目は腫れた痕と布とで塞がれてるから、左目だけが自由な不自由。

 上体を起こせばバッキバキになったアバラから鈍痛が響いた。


 ここで風鈴がチリンとでも鳴れば、いつぞやの馬鹿な末路をそっくりそのままなぞれただろうに。

 懲りないノスタルジーを、開かれた扉と、風鈴代わりの冷涼な声が途切らせてくれた。



「……凄い顔ね」


「ちょっ、開口一番がそれ?」


「事実だもの。仕方ないわ」


「怪我人相手になんて冷たい」


「なんとでも」



 此方の顔を見るやいなや、呆れたような溜め息は傷付く。

 まぁ、実際あれだけ馬鹿で無茶な真似したから呆れられるのは仕方ないけども。



「……」


「なに?」


「凄い顔ね」


「わざわざもっかい言う必要ある!?」



 見れた顔じゃないという口振りな癖に、何故かセリアからの視線が逸らされない。

 笑いたきゃ笑えばいいとそっぽを向いてはみるけど、どうにもそういう訳じゃないのか。


 深い青の眼差しに、ただジッと見つめられる。

 流石に落ち着かなくなって、逃げるように見回せばふと、足りない面子に気が付いた。



「あれ、お嬢達は」


「少し席を外して貰っているわ」


「そ、か……いや、あんな格好の付け方しといて負けたもんだから、てっきりお叱りの言葉でも投げつけられるんじゃないかって」


「……負けたからって、彼女は責めるような事はしないわ」


「……そだな」


「えぇ」



 たちまち喧騒へと空気を変えるあの主従がここに居ないのは、セリアが願い出たと聞いて、少し言葉に詰まる。

 なんというか、セリアらしくない。

 主張するよりも受け身な人だし。

 そんな彼女が、意図して二人だけの状況を申し出たってことは。

 いつもの戯れ言に逃げるのはダメ、って事なんだろうか。




「満足は、出来た?」



 手近な椅子ではなく、セリアはするりとベッドに腰かける。

 合わさった目線の高さ。

 手癖で掻き分けた青銀の髪から、涼しい花の香りがした。



「……あんだけ暴れたんだ。満足出来なきゃ嘘でしょ?」


「さぁ、どうかしら。貴方、我慢を隠そうとするのは得意みたいだから」


「……当て付けのつもりはない、ってのは」


「分かってるわ。当て付けても構わないのだけれど」


「そんなダサい真似しないって」


「……そうね。貴方はそういう人だもの」



 俺が葛藤を抱えたのも、隠したのも、押し殺したのも、全部俺自身だ。

 負けられないというプレッシャーは、セリアの責任じゃあない。

 試合の度に無茶をするなと心を配った彼女に、恥知らずな責任転嫁なんてするはずなんてないのに。


 透明な責任まで背負ってしまっていた目の前の女は、自嘲混じりに目を伏せて。



「知らない事の方が多いのに。不思議ね」



 まんざらでもなさそうに、微笑を浮かべてくれたもんだから。

 なんとなく罰が悪くなって、そう不思議でもないだろと切り捨てていた。



「お互い様、だからでしょ」


「どこがかしら」


「強がりたがりな所」


「────、……ふふふ、そう。貴方の言うとおりなのかも。似てるのかしらね」



 強がりたがり。

 自分の言葉だけれど、すとんと腑に落ちた気がする。

 お互い、無垢でいられる年でもないのに子供染みててどうしようもない。


 それならしょうがないとでも、似た者同士目を伏せて笑ってる辺り。

 本当に、どうしようもないよな。



「……ほんとうに、凄い顔ね」


「おいおい、三度目は流石にナシでしょ」


「事実だもの」


「あーもう。だったらそんなマジマジと見なきゃ良いだろ!」



 照れ隠しか、或いは気を紛らわせる為か。

 話題転換の指摘も三度目ともなれば、勘弁を願いたくもなる。

 会話の緩衝材としてなら、せめて言うだけにして欲しかった。

 好きで見苦しくなった訳じゃないんだし、腫れてボロボロな顔を見つめられても困る。


 幾つもの感情を深い青に溶かしたような、優しい眼差しだと──余計に困るから。

 だから思春期に入りたての子供みたいにプイとそっぽを向いてしまったのも、仕方ないだろ。



 煙草があれば、こんな時にでも吸うのかも知れない。


 気恥ずかしさとも、気まずさとも違う浮わついた空気の間を埋めるには、適度にスマートで、丁度良いんだろうかなと。

 そんな風に、埒のつかない誤魔化しを胸中に零していたからか。

 反応が、遅れた。



「そうね。じゃあ、隠させて貰うわね」


「?─────んぇっ」



 脈絡のない台詞の意図を探る間もなく、ぐいっと景色が傾いて。

 気づいたら、視界が塞がっていた。

 硬い感触と、鼻腔に届く清廉な香り。


 抱き締められて、いる。

 セリアに。



「せ、セリア。いきなり、なにしてんの」


「……」



 口数が少ない方なのは知ってる。

 けれども投げた問い掛けに沈黙で返さない律儀さも知っていただけに、余計に混乱が渦巻いた。

 細くしなやかな腕が、背に回ってる。

 強くはないから息苦しくはない。でも離す気配も感じられない。 



 求めるようではなく、ふわりと受け止めるような抱き締め方をされると。

 性懲りもない心が、元の世界での思い出に手を伸ばそうとしてしまうのに。


 なんで、そんな。

 そういうタイプじゃなかったじゃん、あんた。



「セリアに……慰められる覚え、ないけど」 


「……貴方にとって、慰めとしか知らないのね」


「っ」


 

 ズキンと、痛みが刺す。

 当たり前の捉え方をやんわりと否定されて、言葉が詰まった。

 けれど、良いのよ別にと言いたげに髪を撫でる彼女の吐息が、ささやかな温度を運んで来るから。



「女々しいだろ」


「……」


「結局、未練たっぷりだった訳。なのに平気な顔しようとするから、ボロが出てさ」


「えぇ」


「啖呵切っといて、こんなザマ……、──」


「いいのよ」



 こんなことならいっそ『死にたくなかった』とでも、泣いてりゃ良かったのに。

 吐露したのは、弱くも本音。

 女々しい男の泣き言を、形になる前に掬う細腕が、背中越しに力を込めた。



「貴方は生きていく。今までと、何もかもが違っても。もう一度歩き始めるのに必要だったことなのよ、きっと」


「……」


「だから、ナガレ」


「…………」


「頑張ってくれて、ありがとう」


「────」



 掌が、シーツを掴んだ。強く。

 腕を華奢な背中に回そうとする衝動を、堪える。

 きっと、すがるだけになってしまうから。





「どう、いたしまして……」





 なけなしの意地が張った最後の見栄を、彼女は静かに聞き届けて。

 前髪越しに額に触れたセリアの口元が、微かに笑んだ気がした。







「どうせだったら、鎧、脱いでくれてりゃ良かったのに」


「それはお断りよ」


「結構痛いんだけど」


「無茶した罰も、兼ねてるもの」


「……さいですか」





『貴方は、貴方のやりたいように。私も、私でやるべき事を。だからね、ナガレ。

 無茶を叱るのも、お礼を言うのも……全部終わってからにするわ』




 そして、そんなお互いの約束は律儀に果たされて。


 微笑ましい地獄と紙一重の天国を揺りかごにされた俺は、安心したように目を閉じたのだった。






◆◇◆◇






 預けた背を、そっと離す。

 はしたない行為だと指摘されるまでもない。

 承知の上で、それでも望んだ行動の末を憂うような溜め息が落ちた。



「入られないのですかな?」


「……そこまで無粋じゃありませんわよ」



 澄ませた耳に風が運んだのは、必死に闘い抜いた青年の弱さ。

 気付いていない、訳ではなかったのに。

 


 けれども自分は彼の強さに己を見出だし、共に勝利するのだと奮起を促して。

 蒼き騎士は彼の弱さを見つめて、それでも良いのだと受け止めていた。



「アムソン」


「はっ」



 きっと比べるものでもないはずなのに。



『カッコ良かったよ、お嬢』



 彼がくれた言葉が、溢れて。

 胸の奥がどうしても、痛い。




「どこか、静かな場所に」


「……畏まりました、お嬢様」



 主の望みを汲み取るのも執事の仕事。

 既にセントハイムの地理を頭に入れ込んだアムソンが、先導を務めようと主の前に立つ。

 ピンと伸びた背筋は動かず、諭すようだったから。



「……」



 配慮に甘えた若き主は、ゆっくりスカートを翻して。


 厚い扉の向こうへと、小さく唇を動かす。




「──ご機嫌よう」





 投げた口付けは、届かなくとも。


 自分だって此処に居ると、囁くように、示すように。


 それが────彼女の強がりだった。










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