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Tales 98【フォルティ・メトロノーム】

『波乱の展開、と言っていいんでしょうか。すわ決着かと思われた所から一転、眼下では激しい肉弾戦が繰り広げられています!』


「波乱、確かに。こんな展開誰にも読めませんよ……あの人って、つくづく実況者泣かせですね」



 状況に付いていけない。

 そんな一文がありありと伝わるほどに沈痛な面持ちで、ジャックは額に手を当てた。

 本当に、どうしてこうなったんだろうかと。

 発端と結果は観戦していたから分かるにしても、その原因と動機がさっぱり分からない。


 それは彼女の数少ない友人であるミリアムも同様だろう。

 ある意味一番割りを食ってる彼女から今夜、山のような愚痴を聞かされている自分の未来を察するのは容易だ。


 そんな逃避染みた思考に意識を飛ばすジャックの肩を叩いたのは、珍しく機嫌の良さそうな男の声だった。



「随分しけた面してんじゃねェか、ジャック。拾い食いでもしたか?」


「……貴方がそんな冗談を言うなんて、とても機嫌が良いみたいですね、キング」


「カカカ! 良くねェ、つったら嘘になるわなァ」



 混迷の雰囲気が重い会場で、返って不釣り合いな調子の声に少女の眉が潜む。

 仏頂面か威嚇染みた凶笑ばかりが多いこの巨漢がここまで上機嫌なのは、ジャックの目から見ても珍しい事だった。



「はぁ、一応聞きますけど。何がそんなに楽しいんですか? ただの殴り合いなんて、貴方からすれば退屈に映るものだと思ってましたが」


「あァ? おいおい、何を抜かしやがる。こっからが一番良いところじゃねェかよ」


「一番、ですか?」


「おォよ。ククク、ナガレの野郎。澄ましたガキだと思っちゃいたが、なかなかどうして……バカをしやがる相手選びも悪くねェ。フォルのアホなら適任だろうよ」



「……???」



 挙げ句、彼の物言いも自分の中で噛み砕いたモノばかりで何が言いたいのか分からない。

 けれど他人の理解を気にするような性質ではないこの"王"は、ジャックの怪訝も意に返さず、心底愉しそうに歯を剥いて笑う。



「晒してみろ、てめェらの『軸』を。突っ張んなら……そうそうに折れんじゃねェぞ?」



 最高潮を待ちわびる、悪童のように。




────

──


【フォルティ・メトロノーム】


──

────



 一心不乱に振り抜いた拳が、フォルティの脳を揺らした手応えさえあった。



「がふっ、く、このクソが……!」



 だというのに倒れるものかと膝に手を立てて踏ん張りながら睨み付ける瞳が、油を差したばかりのライターの火みたくギラギラと輝く。

 メゾネの剣は……というフォルティお得意の文句よりも、年相応な反骨心の方がよほど折れがたいと感じさせるほどに。



「ナガレェ!」


「ぐぁっ! こ、な……くそ!」



 そんな男がやられっぱなしを良しとする訳がない。

 気炎を吐きながら放たれたフォルの裏拳は、咄嗟に腕で防ごうともガード上から痛みをもたらす。

 こめかみ付近に走る鈍痛に、目の奥がチカチカと明滅した。



「うおらァ!」


「げあっ……ぐ、く、っ……」



 あんなバカでかい剣を振り回すだけあって、とんでもない怪力。

 連続で貰うと意識が飛ぶ。

 苦し紛れのカウンターで放った蹴りが、運良く綺麗に決まりはしたが、膝をつくまでには至らない。



(剣なくたって全然そこらのガキより強いじゃないかよ……や、当たり前か)



 フォルティ・メトロノームは戦士だ。

 剣を振るだけが能だとか、そんな奇特な強さとは違う。

 普通に考えて、少しばっかり喧嘩慣れしてる程度の現代のガキが敵って良い相手じゃない。

 メリーさんとナインにスタミナを相当に削って貰ったからまだ何とかなってるってだけ。


 万全ならとっくに俺は地を舐めてるだろう。

 背は俺よりも小さい、自分よりも年下の子供相手。

 なんて年の差に胡座をかいて良い相手じゃないし、そもそも仕掛けといてそれは、単なる侮辱にしかならない。



「はぁっ、ハァッ……っ、どうした。さっきのが効いたのかよ。もう息が荒いぞ」


「ぜぇ、ッ……うっさい。あんただって人のこと言えた口かよ」



 そう。当たり前の道徳や呵責なんてここに至っては無粋なくらいだ。


 互いにもう、下にも上にも見ていない。

 売り言葉に買い言葉を買い漁り投げ付け合うだけ。

 相手に膝をつけて、見下ろしてやる事しか頭にない。

 真っ直ぐに上下を競うだけだからこそ対等で、対照。

 いじっぱりで生意気な、クソガキ同士のくっだらない喧嘩。

 秩序に用はない。

 いるのは手前勝手な理屈だけ。そうだろ。



「お前みたいな物知り顔で悟ったようなヤツ、イライラするんだよ!」


「ハッ、向こう見ずの頭でっかちに言われたかないね!」


「臆病者って言いやがったこと、死ぬほど後悔させてやる!」


「事実だろうが、フォルティ!」



 臆病者だとあいつに吐き捨てた理由は、挑発だけが意味じゃない。


『けどね、だからこそ俺も苛つくんだよ…………同じ臆病者相手に言われるとさ』


 ピアニィ。あいつの妹から話を聞いて、それが事実だと思ったから言ったまでだ。

 俺と同じだって確信したからだ。



「俺は違う!」


「ぐぁっ!」


「俺は、逃げてないっ! 勝てない相手からも、弱い自分からも! 違う! 逃げない為に、だから俺は、メゾネの……爺の剣を担いだ! 逃げない為に……強く在る為にだ!」


「……ぐ、くっ、げほっ……いいや、違うね」


「知ったような口を!」


「あぁ……知ったよ。あんたの過去も。だからこそ断言してるんだけどさ」


「なにっ!?」



 同種同類、同じ穴の狢。

 けれど、フォルティの言う、ワールドホリックによる都市伝説頼りって意味での臆病者とは違う。

 もっと"芯"、もっと"心奥"。



「ずっと目を逸らしてんじゃんか。逃げたくないって、強く在るって決めたそもそもの原動力。


……"唯一生き残った、あんたの家族"から」



「────、…………な……」



 メゾネの剣は折れない。

 頑強なまで意志と愚直さでもって、英雄の剣を掲げて来たフォル。

 そんなこいつが妹に心配されるほどに強く在ろうとした理由は、フォルの過去を聞けばすぐに思い至った。



「なにを、言って……」


「なにって、あんたが逃げてるもんがそれだって言ってんだよ。逃げるのは怖いから。"また喪う"のが怖いからだろ」


「……っ」



 両親を殺めたデスサーペントが間近に迫った時に、きっと求めたはずだ。

 無力さに震えないほどの力を。

 恐ろしくてたまらない相手に立ち向かえる心を。


 そして。

 背中に庇った、(ピアニィ)を護れるほどの──強さを。


『──"肝心な時に足も動かない"。そんな力の無いヤツは、ただただ失っていくだけなんだよ……今みたいにな!』


 違う、なんて否定出来ないだろう。

 なにせフォルティ自身の口で言ったんだから。



「……言ったろ。『ひとつの事に傾き過ぎるから、肝心な時に大事な何かを見落とす』って」


「…………ピア……あの、お喋りが……」



 人は無力さを思い知った時。無情さを思い知った時。

 目を逸らすのに都合が良いモノを見つければすぐに飛び付いてしまうもの。


 俺ははりぼての奇跡にすがり、フォルは分かりやすい力に焦がれた。

 アイツは伝説の名を背負い、俺は泥沼で埋めようとした。

 大事で身近な人の心配りから──目を逸らして。




「ほんと同類。そりゃお互い苛つくし、気にいらないだろうよ。絵に描いたような同族嫌悪だし」


「……同族嫌悪、か。確かに。それならお前も…………いや、もういい」



 口の端から滲む血を拭いながら、先の言葉を飲み込んだフォルティ・メトロノーム。

 同類で同族。だからこそ分かる。


 それでもコイツは止まらないんだろう。


 妹の心配を肩代わりに伝えた程度じゃ止まらない。

 ピアの頼みを断った時から、なんとなく想像出来てた予想図。

 まぁ、なにせ。

 意地の張り方も、啖呵の切り方も、どこかの流さんと笑えるぐらいソックリと来ていたから。




「サザナミナガレ。それでも俺は、一度担ぐと決めたモノを下ろすつもりはないぞ」


「強情だな」


「忠告なんて、余計な世話だ。メゾネの剣は折れない。それを示すべくして、俺は此所に居る」


「……そーかい」


「だが」




 姿形のなにもかもが似て非なるドッペルゲンガーの雰囲気が、ガラリと変わる。

 灰色の瞳の奥の焔が、激しさを潜めて、熱を増して。


 フォルティ・メトロノームが、何も持たない拳を真っ正直に突き立てた。



「心底腹の立つ男の顔を殴るのに、確かに……あの剣は勿体ないからな」


「ふふ、あっそ」



 魔剣士は剣を下ろし。

 道化気取りはメイクを落とした。

 残るのは、バカが二人。

 ただの『フォルティ・メトロノーム』と、ただの『細波 流』。


 どうしようもない意地っ張り共の、下らない意地の張り合いが続く。

 






◆◇◆




 飛び交う拳と蹴り、殴打の雨。

 片側の心模様が顔色を変えてみせたとしても、やること為すことが変わる訳ではない。



「なんだって殴り合いになってんだよ……」



 みるみる内に増えていく生傷と血と土と泥。

 肌が、肉が、分かりやすく視覚に痛みを訴えていくにつれて、けれども両者は失速することなく、むしろ益々激しさを増していく。



「闘魔祭の最後がこんなんで良いのか?」



 その様相は決して、見る者達の目に華々しいものとは映らないだろう。

 国をあげての祭儀の締めくくりとして相応しいかと問われれば、素直に頷く者はきっと少ない。


 


「剣も魔法も無しって、これじゃそこいらでやる喧嘩と変わらねーじゃねぇか」


 

 だが、どうしてか。

 否定的な口振りとは異なって、その視線は絶えず泥臭く殴り合う二人へと、釘を打たれたように留まっている。



「……でも、全然倒れないぞ、こいつら」

 


 その戦いに、華はない。

 目を引くような神秘の演出も、何もない。

 けれども目を離せない。

 惰性ではなく、奇妙な引力に捕まってしまったかのように。



「さァて──よォ、エース! お前はどっちの大馬鹿野郎に賭けんだ?」



 だからだろうか。

 さして張り上げた訳でもない野蛮な声色なのに、ざわめきの中でひたすら強く、響き渡ったのは。



「えぇ、僕ぅ? せやなぁ、せっかくやから今まで大健闘してくれたナガレくんにしとこうかなぁ!」


「ハッハァ! 相変わらずギャンブルに関しては見る目が曇りやがるなァ、エース! 意地と根性だけで勝てる勝負なんざあるかよ。チップを置くべきは、断然フォルティだ」


「ほっほーう、言ってくれるやん! せやったら負けた方が今日の酒代、全額持つっちゅうのはどうやぁ? ん?」


「良いねェ! 団長サマ自ら勝利の美酒をより旨くしてくれるとは気が効いてる! 財布がすっからかんになっても泣くんじゃねェぞ? カッハハハ!」



 水面に小石を投げると同じくらいの、他愛のない賭け事。

 男同士の馬鹿なやり取りなのだと、傍らで呆れを多く含んだ溜め息をこぼすジャックを見ればすぐに分かる。


 なのにそれは向きを変えた風に撫でられた観衆達の心を、不思議と擽った。



「……なぁ、お前、賭けるとしたらどっちだ?」


「え、そうだなぁ……サザナミナガレじゃね? あのエルディスト・ラ・ディーの団長が賭けてるくらいだし」


「自分の意見はないのかよ!」


「う、うるせぇ! ならお前はフォルティの方にしろよ 。負けた方が今晩奢りな!」


「じょ、上等だ!」





 蝶の羽ばたきみたく、些細な心の揺れは小さく。

 小さく、小さく、少しずつ。



「いや、フォルティだろ。精霊使いから精霊取ったらただのへっぽこじゃないか」


「バーカ。だったらとっくに勝負付いてるだろ。俺はサザナミナガレのガッツに賭けるね」




 道化の本心が鋼の心を溶かしたように。

 散る火花が、観衆の冷めた心を溶かしてみせたのかも知れない。

 小さな羽ばたきが一つ増えて、また一つと増えて。



「あ、あのよ母ちゃん、もしサザナミナガレが勝ったらよ。こないだ賭博場で遊んでたことは綺麗さっぱり水に流して貰えたり、とか」


「なにいってんだいあんたは。またそういう事を言い出して、この唐変木! ならフォルティくんが勝ったらあんたを綺麗な水に沈めるとするさね」


「や、やぶ蛇だった……ナガレー! なんとしても勝ってくれぇー!」



 徐々に僅かに、じわじわと。

 溶けて伝う。




「サザナミナガレだ! アイツならまだ何かかくし球持ってる!」


「フォルティだ! 腕っぷしならあっちに軍配が上がる!」


「フォルティ君よ!」


「いいやナガレの方!」


「フォルティ!」


「ナガレだ! この俺の目をもってすれば勝敗予想なんて簡単よ!」


「サザナミナガレ!」




 さながら──【世界が陥る熱病】のように。


 

 熱は伝う。

 小さく、緩やかに、確実に。

 純粋な意地のぶつかり合いに、植え付けられた火種が蕾と実るなら。



 あとは咲くだけ。



「おら、殴れ殴れ!」


「酒代掛かってんだぞ! へばんな!」


「ナガレ、負けんなー!」


「メゾネの剣が負けるなよ!」


「男見せろ!」




 円形のコロシアムに、莫迦共が咲かせた花道が拓いた。







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[良い点] 相変わらず言葉選びと言葉運びが秀逸で物語に惹き込まれる…… 情景がありありと浮かぶ、それも名もないモブの表情みたいな半ば背景と言ってもいいものすらはっきりと見えてくるのはすごいと思う。
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