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Tales 97【莫迦の花道】

『あの……あの、ナガレ選手?! いきなりなにを……え、えっ? というかまだ試合中ですよ?! いやいや、というか本当に何の話?! あれ?!』


「この闘魔祭で、賭けってのがあるんでしょー? 大々的にか隠れてやってんのか知らないけど! 当事者としては、オッズの内訳がどーなってんのかなーってさ」


『は、はぁ……』



 あまりに突拍子のない問い掛けに、ミリアムは空いた口が塞がらない。

 闘魔祭の勝敗予想が賭博に利用されている事は、確かにある。

 なにせ四年に一度の祭儀。形式ばった礼節はあるとはいえ、三大国家の内ひとつが取り仕切る一大イベント。


 となれば勝敗の行方に注目が集まり、注目が集まれば感情が宿り、そこに金を重ねれば闘魔祭に向けられる熱気は更に大きくなる。

 そこから生まれる経済的動きは、当然セントハイムの国政を担う者達にとって無視出来るものではない。

 よって、祭儀と定めている手前、賭博を推奨こそしないが、厳しく取り締まることもない。

 いうなれば暗黙の了解とされていることだけに、ミリアムの狼狽も至極当然だろう。



 だが、何より分からないのは、どうしてそんな事にいきなり触れ出したのかという点だった。




「ま、実際のところ……どっちがどう期待されてるかなんて、正直どーでもいいんだけどなっ!」


『え、えぇ?』




 賭けの対象にされている事に不満を覚えているようにも見えないし、ナガレ自身そんなものを気にしている訳でもない。

 実際に、切り込んでおきながらあっさりと掌を返す辺りからも、それは間違いないのだろう。



「だって誰がどうアブク銭を稼いだって、そんなもん俺"達"には関係ない」



 多大な困惑も、にとってはなんのその。

 周囲を振り回す事には慣れていた青年は、何故か生き生きと胸を張る。

 何故か、懐かしさに目尻を下げるような、柔らかさを青みがかった黒い目に宿して。



「ま、ただ一言。"御愁傷様"って言っときたくてね」



 サーカスの道化ような語り口の舌触りが、理由もなく不安を煽る。

 不透明な目的を掲げたまま、独壇場から降りず──



「剣と魔法の時間はここまで」



──ただ、幕だけを下ろした。



「こっから先に、あんたらがアテにした"期待値"は……全く頼りにならなくなる」



 期待値。

 つまりは決勝に至るこれまでを基に構築した情報。

 でもここからは、『それら』が全く意味を為さないのだと。

 サーカスの道化ような語り口の舌触りで、理由もなく不安を煽る。


 そして、これがその証拠だと示すかのように。

 唯一、腰にぶら下げたままのショートソードを。

 大観衆の動揺の中で。フォルティ・メトロノームの目の前で。

 鞘ごと捨てた。



「さあ、こっから。どっちが勝つか、もっかい賭け直してみたら?」



 特別張り上げた訳でもないのに、不思議と聞き逃す者がいなかった宣言。


 剣も、精霊も、魔食らう伝説も、全てが隅へと追いやられた今。


 己が信条を蚊帳の外へ弾かれ、屈するように膝をついていた少年と。

 自ら身一つとなった青年が、相対する。

 



「立てよ、フォルティ・メトロノーム」




 ルーイックの座る観覧席からぶら下がる、闘魔祭の『象徴』とも云える剣と盾が描かれたタペストリーが、ふわりと風に撫でられて。


 次のページへ向かうように。

 くるりと半分、捲られた。




────

──


【莫迦の花道】


──

────




『どうしてだよ、爺!』


『何がだ』



 四縁を白い霧に包まれた映像は、確かに自分の記憶だ。

 ストロボの閃光のように、ポツポツと切り替わる絵の彼は今よりもまだ幼い。 

 ただただ抱いた憤りを剥き出しにして、命の恩人に食ってかかっていた。



『錆びついた伝説とか、折れた剣だとか! なんであんな剣すら握ったこともない奴らに、好き放題言わせっぱなしなんだよ!』


『……事実だからな。ワシはもうここ数年、剣より鍬を握っとる方がよっぽど多い。今更、若気の至りに胸を張れるものかよ』


『嘘だ! 爺は強いだろ! 陰で叩く口だけが達者な"臆病者共"なんてっ! 見返してやれるくらいの力も、実力もある癖に!』



 どうして馬鹿にするような言葉に甘んじるのか。

 どうして仕方のない事だって言えるのか。

 剣の一本もまともに振れやしない連中の嘲笑を、そのくせ面と向かって侮蔑の言葉を叩かないような連中を、黙らせてやろうと思わないのか。


 ひたすらに、歯痒くて。



『フォル。力なんぞ誇示するもんじゃない。屈服させる為の剣なぞ、錆びるよりもなおつまらん結末を辿るだけだ』


『爺は、力をもう持ってるからそんな事言えるんだ! 必要なんだよ……持ってない奴には、無力な奴には!』


『フォルティ!』


『うるさいっ!』



 悔しかった。

 せめて胸を張って欲しかった。

 力なんて不要だと、言って欲しくはなかった。


 じゃなくちゃ、あまりにみっともなかった。


 両親を喪った、あの日。

 英雄に救って貰った、あの日。

 何も出来ずに立ち尽くしていた自分が、あまりに惨め過ぎるから。

 他でもない『英雄』だけには、自分を救ったその力を誇っていて欲しかったから。



『そんなにいらないんだったら……俺が、貰う』



 だから証明しようと決めたのだ。

 自分の目に焼き付いた明確な力の証を。

 紅く艶光るこの伝説を、知らしめようと決めたのだ。 

 メゾネの剣は折れないと、鋼のように覚悟と意志を固めた。



──その力を必要とした"一番最初の願い"からは、目を逸らして。




『俺が、メゾネの剣になる!』


「立てよ、"フォルティ・メトロノーム"」



 次第になれた重みは、今、この手になく。

 目の前で、心底気に食わない奴が不敵に笑っている。



「……お前は」



 その手には剣もなく、魔導書もない。

 否、わざわざ遠ざけたのだ。ご丁寧に目の前で。

 怒りに繋がる導火線が、丸ごと焼き切れそうだった。



「決定的にまで追い詰めて、トドメはささずに捨て置いて。挙げ句、武器を捨てておきながら…………俺に、立て、だと?」



 認めたくはないが、己を見下ろすこの男には確かに力があった。

 他力本願とはいえ、大衆を魅力し、形勢を覆し、道理を跳ね返すほどの『力』。

 闘魔祭が始まる当初にはきっと、誰もこの男に期待などしていなかっただろうに。

 今や決勝の舞台へと勝ち進むにつれ、多くの注目と称賛と、揺らぎない期待を手にしている。

 

 自分が、喉から手を伸ばしてでも欲している力の認知と証明を……栄光を掴む、寸前まで至っているという癖に。



「精霊頼りの臆病者が、俺を、"メゾネの剣"を────」



 みすみす放棄したのだ、この男は。

 目の前で、優勝に手をかけておいて、わざわざ。

 そんなものは必要ないとでも言いたげに。



「お前は、どこまで……コケにするつもりだ!」



 心の底から逆流した矜持を叫ぶ。

 答えろと、灰色の瞳に荒れ狂う熱を乗せて睨み上げた途端。

 この決勝が始まって以来、あまり動くことのなかったナガレの瞳が、はっきりとした色彩に歪んだ。


 奇しくも常々フォルティがこの男に抱いていた感情と同じ──黒々とした苛立ちに、歪んでいた。

 


「臆病者、ね。あーそうだよ。あんたに言われるまでもない。んな事とっくに自覚してる」



 臆病者。

 何度と形容した侮蔑の言葉。

 そこには勝ち進んだナガレに対する嫉妬も混ざっていたのかもしれない。


 けれど彼はそんな負け惜しみめいた侮蔑に撤回を求めず、あっさりと認めてしまった。



「けどね、だからこそ俺も苛つくんだよ…………同じ『臆病者』相手に言われるとさ」



 認めた上で、突き返す。

 臆病者。

 お前も同類だろうと、言葉と視線で、刺し貫かれて。


 肌の内を這う血が、青く、冷めた気がした。



「……同じ、だと……?」


「あぁそうだよ」


「俺が、臆病者……そう言ったか、おまえ!」

 

「そう言ったんだよ、チキン野郎」



 ふざけるなよ。

 もはやそんな定型文すら、震える唇は紡がない。


 同列と言ったのか、この男は。

 己がずっと黙らせたいと、憎々しいとさえ思ったあの下らない連中と。

 自分が忌むほどに嫌う、臆病な人間と。



 同じだって、言ったのか。




「────おまえぇっ!!」



 目の奥で火花が散った。

 押さえ付けられたバネが反発するかのように、畳んでいた膝を開いて、固めた拳を振りかぶる。

 撤回させなくてはならない。

 よりにもよって、自分をそこと同じに並べてくれたナガレに、力でもって分からせてやる必要があった。

 例え、剣がなくとも。



「……」



 しかし。

 激情に駆られた拳は武も技もなく、暴れるだけの力でしかなく。

 すい、と顎を引いた標的によって、空を振る。



「っ……ぐがッ──」



 かわされた。

 そんな驚きに表情を歪めた一瞬を埋めたのは、カウンター気味に放たれた憎い男の拳。

 的確に頬を捉えた一発に、フォルティはたまらず数歩後ろによろめいた。



「ぐぅっ、この、野郎……!」


「あんたが俺にムカついてたよーに、俺もあんたにムカついてたよ、ホント」



 口内にじんわりと広がる鉄の味。

 ぺっと吐いて出来た赤いシミには目をくれずに睨み付ければ、穏やかさを忘れた視線同士が唾を競り合う。

 だが思えば、それはフォルティが、ナガレの明確な感情を初めて認識とも云えた。



「メゾネの剣メゾネの剣って、馬鹿の一つ覚えみてーに。背負った看板ばっかり見せびらかして、『あんた自身』はその陰に隠れてるじゃん」


「隠れてる、だと……?!」


「事実だろ。脅えるみたいにさ」


「ふ、ふざけるな! エセ精霊奏者が、俺の何を分かったようにッッ!」



 どうしてだろう。

 頭の片隅で見覚えのある顔が囁く。

 これ以上となく癪に触る男の言葉のどれもこれも、無視出来ない。


 取るに足らないと踵を返しても回り込んでくるのは、疑問を呈する囁き。

 どうして、どうして、と繰り返してばかり。

 理由など分からない。

 けれども鬱陶しく付きまとい続ける疑問に、ついに嫌気が指して。


 振り返った先、目を逸らしてばかりだった鏡の奥で。


 無力だった頃の自分が────映って。




「そうだな。だから俺も看板を下ろさせて貰うよ、『同類』。フォルティ・メトロノーム」



 そして。

 立てと告げた男が。

 同類と呼ぶ男が。



『メゾネの剣』ではなく、『自分の名前』を力強く男が。

 胸を張って、名乗りをあげた。





「"今あんたの目の前に居るのは"、エセ精霊奏者でも、ミステリアスでも、トリックスターでも、クリスタルサモナーでも……都市伝説愛好家でもない。



 俺は。


 俺は……、────【細波 流】だッ!」




 勢いそのままに放たれた真っ直ぐな拳が、深々と頬に刺さって。

 体重を乗せた一撃に、身体がふわりと宙に浮いた。




「ただの……細波 流だッ!」



 ただ、どうしたのだろうか、この心は。

 痛みに悲鳴をあげるでもなく。

 反骨の怒りを燃やすでもなく。


 ほんの少し、あの男を羨んだ、そんな気がして。



「……ッッッ!」



 ここに至り、若い頭脳が結論を急ぐ。

 アイツが武器を手放した理由。

 アイツが勝利を選ばなかった理由。 

 精霊頼りでしかない男が、素手で自分を殴る理由。


 つまり。

 あぁ、つまりは。



 喧嘩を売られているんだろう。



「上等だァ、サザナミナガレェ!」




 どうしてだとか何故このタイミングだとか、そんな疑問は一瞬過った程度で、追い掛ける必要も発想もない。


 今フォルティの脳裏を占めたのは。



「ぶっ飛ばしてやるッ!」




 アイツを羨んだ一瞬について考えることではなく。

 ムカついてしょうがない男に立てられた中指を、へし折ってやる事だけだった。 





◆◇◆




「小僧め……どういう色の風に心を吹かれたというのだ」



 おかげでまた一つ皺が増えたと、えもいわれぬ愚痴を喉元で呑み込めたのは年の功か、はたまた背負ってきた重みの慣れか。



(ここに来て、何故殴り合いなど自ら始めた。如何な利益と思惑があるというのだ。検討もつかん)



 最後の盛り上がりに欠けたとはいえ、これで闘魔祭に幕が下りる。

 痩せた老人の肩に負った荷をひとつ下ろせるかと思えばこれだ。


 決着を間近にして唐突にゴングを鳴らした二人の戦い……否、もはや戦いとも呼べぬ殴り合い喧嘩に、困惑するしかなかった。

 あの小僧は何がしたい、とこの喧嘩を仕掛けて煽った張本人の思惑が、まるで掴めない。

 それは観客も実況も審判も、賢人とうたわれる賢老ヴィジスタでさえ例外ではなかった。



「何かしら、手を──」



 このままテレイザが寄越したあの奇怪な男の好きにさせて良いのだろうか。

 魔物の影が見えても尚、魔女との約束とルーイックの権威の為に行うと決めたこの闘魔祭を、未知たる流れに乗せて良いのかと。


 半ば反射的に、動こうとしたその時。




「──ヴィジスタ」


「……陛下?」



 賢老を足を止めたのは、若き王だった。



「少し、待って欲しい」


「……しかし」



 ヴィジスタの前を遮る、ピンと伸ばした制止の腕。

 しかし、セントハイム王家の持つ澄みきった蒼い瞳に驚きに染まった老人の顔は映らず。

 ルーイックの眼差しは、見入るかの様にコロシアムの中心に定まっていた。



「どうして、だろう。僕自身にも理由は分からない。けど、見届けたいって……思うんだ」


「陛、下」


「頼むよ」



 王としては物足りない気弱さを持つ彼の、芯の通った懇願。

 何がルーイックにそうまで言わせたのかは、賢老には分からない。


 分からなくとも、主君にそう言われてはもはや動くことの出来ないヴィジスタは、静かに視線を主君の行く先と合わせる。



(……まさか。"騒いでおるのか"……?)



 

 眼科にて繰り広げられるのは、見世物とは到底言えない、ただの喧嘩。


 だが、その光景を食い入るように見つめる主君の横顔を一瞥して。


 ツツと流した賢老の冷や汗を、見た者は誰も居なかった。




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