Tales 94【空響雷華】
『時に繊細に、時に大胆に。幾度も私達を魅了する激戦を繰り広げてきたサザナミ・ナガレ選手! 噂のと枕詞を置けば積み上がるその通り名の数々、枚挙に暇がありません! ついに辿り着いたこの決勝で、彼は栄光を掴むことが出来るのでしょうか!』
ミステリアス。
トリックスター
クリスタルサモナー。
よくもまぁこんなに色んな名前が付いたもんだと、一周回って感慨深ささえ覚えるくらいだ。
身に余り過ぎてる名札の多くと、耳にかんかん届く声援に目を細めれば、向こう側の門が開く。
『対しまして、魔のコーナーより! 今大会最年少ながらに、決勝の舞台まで勝ち進んで来ました若き剣士、フォルティ・メトロノーム選手の入場でっっす!!』
門から姿を現すのは、俺よりも若く小さなシルエット。
肩当てと籠手が陽光浴びて煌めき、シルバーのレギンスがザクリザクリと砂を踏む。
逸らすことなく俺を見据える抜き身の刃のような雰囲気が、身に纏った軽装備の数々が飾りではない事の証明だった。
『魔食らいの大剣を振るい、立ち塞がる障害を全て両断してきた、臆す心を持たない勇敢なるソルジャー! 迷いのない渾身一刀で、光輝く頂点まで切り進むのでしょうか!』
だがやはり一番に目を惹くのは、彼に背負われた紅蓮の大剣だ。
魔を食らう大剣──メゾネの剣。
血塗れたような紅が他の色に染まる事を知らない、覚悟にも思えるのは。
やはり、ピアに彼女ら兄妹の過去を聞かされたからだろうか。
「泣かすもんじゃないよ」
「いきなりなんだ」
「妹さんのこと」
「……お前には関係ないだろ」
「分かってるって。兄妹の間に入ろうって訳じゃない」
立て板に注がれた水の如く、サラサラと勝手に言葉が流れる。
説得でもない。先輩風を効かせたい訳でもない。
強いて言うなら単なるケジメみたいなもんで。
「……その剣、見るからに身の丈に合ってないな」
「口数の多いヤツめ。挑発のつもりか?」
「だとしたら?」
「黙らせてやるまでだ」
「そーかい」
『睨み合う両雄。果たしてどちらが栄えある第五十回闘魔祭優勝者となるのでしょうか! 決戦の火蓋が今、切られます!!』
言うだけ言って満足したような俺を、苛立たし気にフォルが睨む。
剥き出しの敵意。立ちのぼる闘気。
けれども尖る灰色の瞳は、まだ俺を捉えてはいない。
もっと先、もっと奥。
ここはまだまだ通過点なんだと。
俺なんて、メゾネの剣を証明する為の踏み台のひとつに過ぎないと。
尋ねるまでもなく、雄弁に語ってくれているから。
(……そう来なくちゃな)
アンタが決勝の相手で良かったよ。
こっちもこっちで、遠慮なくやりたい事をやり通せる。
『さぁ、それでは参りましょう! 闘魔祭、決勝戦! サザナミ・ナガレ選手 対 フォルティ・メトロノーム選手!!』
「只今より、決勝戦を行います」
「……」
「……」
黙らせてやる、か。
ならこっちは。
『試合──』
「試合……」
その重くて仕方なさそうな大剣を、潰れないように必死な背から、下ろしてやるまでだ。
『開始ィィ!!』
「開始ッッ!!」
「【奇譚書を此処に】
──来てくれ、メリーさん」
────
──
【空響雷華】
──
────
『きたきた来たキタァァァァ! やっぱりこの最終局面を飾るのは彼女をおいて他にありません! すっかり本大会の顔ともいえる活躍を見せ続けてくれた可憐な精霊少女、メリーさんを召喚だぁぁぁ!』
半ばお約束とも言えるキャストの登場に、拡声器を握り締めるミリアムの熱気は早くも高くへと昇り出す。
通りの良い声に煽られて、白金光から現れた銀鋏を携えるメリーの姿に黄色い歓声が沸き立った。
しかし、一部ではまだ冷め冷めとした眼差しで舞台を見下ろす観客も少なくなかった。
「どちらが優勝、って言ったってなぁ……」
「なんだよお前。ミリアムちゃんがせっかく盛り上げてんだから声援ぐらい送れよ」
会場のボルテージに今一つ乗れないと斜に構えた男が、せっつく友人の言葉に眉を潜める。
というのも、彼にとってはこの決勝のカードがどうも味気ないと感じているのだ。
「だってよ……ここまでの試合を全部見てりゃ、どっちが勝つかなんて分かりきってんだろ?」
「番狂わせがあるかも知れないじゃないか」
「よく言うぜ。ミリアムが盛り上げてなきゃテメーだって……今朝消化試合だっつってた癖によ」
「う、うるさいな。しょうがないだろ」
消化試合。
手に血豆の一つも作っていない男が、物知り顔で鼻を鳴らす。
勝敗が分かっているような試合など、何も面白くなんてないと。
「片やあの黒椿に、魔物憑きの化物まで倒した精霊奏者。それに比べてあの剣士の方は、大剣こそ立派だがてんで釣り合ってねぇよ。あのエルフのどっちかでも残ってりゃ、よっぽど面白い試合になってただろうによ」
「あぁもう、良いから黙って試合を盛り上げろ! 微妙な空気じゃミリアムちゃんが可哀想だろ!」
「けっ、ミリアムファンはこれだから」
けれども彼らのような冷めた目線で試合を眺めている人間は、僅かではない。
それこそ番狂わせが起きてくれる事を期待している。
そんな薄情な心理は、闘魔祭を娯楽と捉える民衆が多いからだろう。
エトエナとナナルゥの試合にて、ナガレに対する詳しい調査を求める声が圧倒的に少なかった理由もまた、そういう心理に起因するのだから。
しかし。
エンターテイメントを求める負の面が、表層に薄く表れていたとしても。
決勝の舞台に立つ二人には、そんなことに気を割いてやる云われはなかった。
その目に映るのは、対峙する相手のみ。
「……来たか、鋏女」
来るのは分かっていたと、どこか面白くなさそうにフォルが吐き捨てた。
「なぁにその安直なニックネーム。メリーさんはメリーさんなの。忘れたのなら教えてあげる」
「それこそ要らねぇよ」
可愛げのない呼び名に、金髪眩い少女は負けじと不服そうに頬を膨らませる。
あどけなさの残る少年と少女だが、正眼に構えたそれぞれの武器は見かけ倒しの玩具ではない。
紅蓮の剣と、白銀の鋏。
「メリーさんとお遊戯、する?」
「遊べるもんなら……やってみろっ!」
相反する色彩の凶刃が、フォルの怒号と共に交差し、火花を作った。
「てやっ!」
力と力の衝突に、轟音が響いた。
しかしメリーは鍔迫り合いには持ち込ませず、いち早く軸をずらし、ターンすると共に切り払いを仕掛けるが。
「そこ!」
「うぁっ」
読んでいたのか。
半歩下がりながら刺突の態勢を作っていたフォルが、大剣による突きを放つ。
斬りでも薙ぎでもない、突き。
慮外の攻撃にメリーは思わず面食らう。
そうでなくても、薙ぎと突き。
面と点の衝突では点の方に軍配が上がるの必然で、たまらず人形少女はたたらを踏んだ。
「っとと」
しかし彼女もそのまま押しきらせず、軸足を上手く運びクルリと反転。
舞うような動きで、姿勢を崩し切るまでに至らない。
「吹っ飛べ!」
すかさずの追撃。
コンパクトな突きの一撃から更に踏み込みながら、後方から前方へと。
始点から終点へと半円を描きながら、ダイナミックに紅蓮を振り下ろす。
轟と落ちる剣撃は、さながら紅い稲妻。
落雷地点と定められた銀鋏を構えて、メリーが迎え撃った。
「つああぁっ!」
襲雷を受け止めた少女の顔が、苦しげに歪む。
だが張り上げた声は悲痛の声ではなく、切り返しの布石。
「こんのぉぉぉ!」
正面切っての力比べ。
凛と気炎に燃える雄叫びをあげながら、形勢を押し返す少女の剛力は並みではない。
分の悪さに見切りを付けるや、フォルは大きく後ろに飛び退いた。
「……大した遊びだな」
「ふふん、まだまだウォーミングアップ段階。メリーさんのお遊戯はもっとずっと……ハード、なのっ!」
緩和は余りに短い。
夏の通り雨の様な静けさも一瞬、すぐに再び殺伐とした鋼音がぶつかり合った。
斬るではなく削ると喩えるほうが相応しい紅塊の一撃を、銀鋏の遠心を込めた横薙ぎが真っ向から迎え打つ。
剛と硬。
直線と湾曲の軌道が重なり合い、疾る紫電の火花がまた一輪。
(散々見てきて分かっちゃいたが、チビの癖になんて力だ)
真空すら絡め取るかの様な一閃は、つくづく幼い少女に似つかわしくない。
銀の刃を受け止めた衝突と共にガリッと削れた奥歯が、踏ん張りのそれとは別の苦々しさを呼び込んだ。
「たあぁぁぁ!」
「んぐ……っ」
(おまけに……動きも違う。一回戦の時と変わって来てやがる。精霊なのに、まだまだ発展途上だっていうのかよ)
成長しているのだ。
太刀筋の無駄も減っており、力任せの無軌道な大振りではなく、次の動作に繋がる為の牽制も織り混ぜている。
メリーが初めて姿を晒した、彼の妹との一回戦の時と見比べれば、戦闘技術に触れる者ならば明らかに変化に気付くだろう。
セナトのような強敵との闘いを経て、彼女もまた成長しているのかも知れないと。
(……ふざけるなよ)
成長する精霊。
その事実が。その自覚に凛と笑うメリーの誇らしげな表情が、フォルティの癪に障って仕方ない。
認めてやれるものかと。
誰かの指図を受けて、良いように使われるような存在の癖に。
「っっ──なめるな!」
「くうっ」
そんなやつらに、おめおめと圧され始めている状況を認められるのなら。
フォルティは最初から、沸き上がる反骨の心のままに振るったこの紅蓮の剣を背負ってはいない。
並々ならぬ気炎の込めた一撃に、メリーもまたナガレの元まで大きな後退を強いられた。
「……なかなかやるの、あのおにーさん」
「じゃなきゃここまで勝ち残ってないよ」
「ん。メリーさんも気合い入れ直すの」
再度やってきた一息の緩み。
だが油断大敵と気を引き締める向こうのやり取りには、まだ切迫感が欠けている。
つまるところ、余裕があるのだ。
試合が始まったばかりだからではなく、まだ彼らの真骨頂はこれからであるという余裕が。
強がりではなく事実に基づいたそのゆとりが鼻について、フォルはつい、挑発にも満たない悪態をついていた。
「ふん……女子供けしかけて、最後の最後まで自分は高みの見物かよ。ムカつくヤツだ」
「あっそ。妹に心配かけてまで刃物振り回してる奴には言われたくないね」
「減らず口が」
負けられない。
口をついて出た悪態に平然と切り返されて、大剣の柄を握る掌に力が篭る。
負けられないのだ。
自らではなく、誰かに頼る闘いをする男相手に──メゾネの剣を握る自分が、負ける訳にはいかなかった。
「なら、黙らせてみなよ」
「言われるまでもない!」
沸々とした怒りの火が燃え広がるままに。
フォルティは踏み込み紅蓮を叩き付けるが、やはり刃は憎たらしい青年の元へと届かず。
思いの丈を込めた一撃も、銀を両手に颯爽と割り込んだ金色の少女が許さない。
ぶつかり合う鈍い衝突音を合図に、苛烈な剣戟は再開された。
◆◇◆
(高みの見物か。確かに、もっともだ)
目の前で幾度も散る雷華を見詰めながら、ナガレは静かに青めいた黒の瞳を伏せる。
忌々しげに吐き捨てられたフォルティの悪態が、平静を装う彼に何の感慨も与えていない訳ではなかったのだ。
(やるなら自分一人で闘えって事だろ。これしかないとはいえ、虎の威を借る狐に屈するなんて屈辱以外の何物でもないもんな)
女子供をけしかけて、その後ろでもっともらしく腕を組んで戦況を見つめる。
そんな自分の姿が、自ら動くことをしない卑怯者のように年若い剣士の目には映っているのだろう。
そんな男に、負けられない。
合理性よりも愚直なプライドに傾くフォルティの考え方は、ナガレは嫌いではなかった。
(けど……)
いいや、むしろ。
そんな愚直な少年がこの最後の舞台の相手だからこそ、自分も思う存分やれるのだと。
ひっそりと自嘲とも取れる微笑を浮かべながら、閉じていた奇譚書をもう一度広げて。
(……俺も、最後の最後まで見物で終わるつもりはさらさら無いよ)
その脳裏に描いた未来図を、より現実を引き寄せる為に。
細波 流は──更なる伝説の名を謳う。
「【奇譚書を此処に】
──ナイン。宜しく」