Tales 93【灯る因果交流電燈】
「貴方も無茶したものね。あのセナトを引き込む話を持ってくるだなんて」
「朗報には変わりないだろ?」
「実力は非の打ち所がないくらい。でも、振舞い的には相当な曲者な気がしたのよね……一体どうやって交渉の席にまで漕ぎ着けたの?」
「……色々あったんだよ。経緯は聞かないでくれ」
「そ、そう」
物悲しく肩を落とす俺を尻目に、セリアは手持ち無沙汰に室内のランプを弄っていた。
決勝まで目前と迫った控え室。
すっかり顔見知りとなった天井のシミを惚けたように眺めると、積み重ねた時間ってやつが実感出来るもので。
「いよいよ、決勝ね」
「あぁ。でも良かったのか? セリアのことだから、てっきり今日にでも一足先にガートリアムに戻るつもりだと思ってたのに」
「そこまで薄情な女のつもりはないわ」
「そっか」
「寂しがり?」
「そこまでガキなつもりはないね」
「そう」
ピア、マルス、セナト、トト。
大なり小なり苦労の差はあれど、苦戦の末に勝ってきた相手達。凝縮された三日間も今日が最後。
そう考えれば、逸る気持ちの一つでも湧いて来そうなものなのに。
不思議とリラックス出来てる。
下手をすれば今までの試合前の時よりも、ずっと。
「エルザはもうクイーンと一緒に帰ったんだっけか」
「えぇ。目が見えないという問題もあるけれど、何よりこの場所の空気自体、あの娘には不似合いなものでしょうし」
「だね。まぁ実際には普通にエルザ並の年頃の子供も観戦してるっちゃしてるが」
「……言っておくけれど、あの娘は今十六歳らしいわよ」
「……はっ? マジで?!」
「マジよ。エースがそう言ってたもの。虚色症の治療が原因もあるけれど、元々すごく童顔なのだそうよ」
「やけに年の離れた兄弟だって思ったら……今日一番の衝撃だぞそれ」
「同感ね」
今と今までとの違いは、エース達との交渉の条件を達成出来ているって事だろう。
勝たなくてはいけないって重圧は、自分で意識してるよりもずっとずっと肩にのし掛かっていたらしい。
「……ま、エルザが帰ってくれたのは助かるかな。今日のは見せられるもんにはならないだろうし」
「?……それって、どういう──」
『ナガレ・サザナミ選手。お時間となりましたので、入場門までお越し下さい』
でも一番の大きな違いは、重圧とかじゃあなく。
やっと……見付けられたからだろう。
「さてと。じゃあ、セリア」
『貴方は、貴方のやりたいように。私も、私でやるべき事を』
だから。
その言葉をくれた張本人に、歯を剥き出しにして笑いかけてやる。
「────『やりたい事』を、やってくるよ」
燈を灯すように。
◆◇◆
「お寒いねェ。裏賭博のオッズじゃ傾きは一目瞭然と来てる。流石に魔女の弟子を破ったともなれば、疑いようのねェ箔になるらしい」
「……だからなんだ」
尖る歯先を光らせる巨漢の嘲る笑みは、分かりやすい挑発としかいいようがない。
内心で轟々と燃える焔を感じながらも、フォルティ・メトロノームは務めて冷静に聞き返した。
「ほう、強がるじゃねェの。前評判でこうも差を付けられてるってのになァ」
「……」
「魔女の弟子と噂の精霊召喚師の激突。それこそが事実上の決勝だった。今大会のピークは過ぎ、残るは"不戦勝で勝ち上がった幸運なガキ"との消化試合……だと」
「っ」
消化試合。
顔の知らない評論をわざとらしく並べられて、少年の表情が苛立たし気に歪む。
暗に、決勝まで勝ち進んだのは実力ではないと示すような揶揄。
舞台に爪先を乗せてすらいない者達の言葉が酷く癪に障ったけれども。
それでもフォルティは、浅く息を吸って、己が誇りの刀身を見つめた。
「関係ない。誰が相手だろうと、誰にどう言われていようと。俺が為すべき事は変わらない」
「……それで良い」
「チッ。師匠気取りが、いつか黙らせてやる」
「誰がいつテメェを弟子にしたよ。ようやく一端の剣を振れるようになったひよっこ風情が。暇潰しに過ぎない分際を越えてから口を利きな」
フォルティの決意は、刃なほどに愚直だった。
例え圧倒的な相手と対峙しようとも、グレイの瞳に業火を宿したまま決して退こうとしない。
早死にする男の目だろう。
愚かで浅い。しかしそれ故に愉快だと。
愚直を叩きなおすどころか、より燃え盛る火にくべる巨漢は、再び獰猛に笑った。
「……そう、関係ない。相手が誰だろうと、俺は」
『フォルティ・メトロノーム選手。お時間です。入場門までお越し下さい』
そんな歪んだ期待に応えるように、少年は身の丈に合わない大剣を背負い歩き出す。
関係ないのだ。
周りの声が自分を蔑んだものだろうと、誰が相手だろうと。
フォルティ・メトロノームの為すべき事は、最初から決まっているから。
「────『示すべき事』を、示すだけだ」
答えを求めない少年の背中が遠退こうとも、巨漢は笑みを潜めることはなかった。
(そう……テメェはそれでいい。突き進むなら折れるまでだ。男ならそのくれぇの気概で誇りを謳え)
ラウンドサングラスの奥の凶眼が、喜悦に尖る。
この試合が辿る経緯が。行く末までの道筋が。
楽しみでしょうがないと言いたげに。
(だが。火ィ付いてんのは、どうやら向こうも同じようじゃねェの。小僧のあの、"ギラついた目"……何やら企んでやがったな)
何故なら。彼、キングはその目で見たからだ。
己が突き付けたシンプルな問いに返す言葉すら喪っていた、あのつまらない青年の瞳の奥が。
実に、彼好みの……『バカな男』の火の色を灯していたから。
(ようやく雄の面をしてやがった。カカカッ! 消化試合……ねェ)
故に、キングは確信する。
消化試合とまで期待値を下げたこの決勝こそ、自分好みの闘いが拝めるのだと。
────
──
【灯る因果交流電燈】
──
────
『巡るめくめく巡るめくぅ!! 数々のドラマ、度肝を抜く展開! そして、選手達による激闘が繰り広げられた第五十度目の闘魔祭!!! いィィィィィよいよォォォ! 決勝の刻がやぁぁぁぁぁぁっって来ぃましたぁぁぁぁぁぁ!!!』
セントハイム中で羽根を休めていた鳥達も一斉に飛び立ってしまいそうな、ミリアム・ラブ・ラプソディーのマイクパフォーマンスが轟く。
おびただしく広がる清空を、鳥の群れが影を散りばめて渡り去った。
「……最後だからと惜しげもなく喚き立ててくれますわね。おかげで耳鳴りがしますわよ、もう。少しはお淑やかに振る舞って欲しいものですわ」
「珍しくアンタに同感よ。あーもう、耳の奥がキンキンする」
「仕方ありますまい。大一番を飾るものは何より豪奢と豪快さとが肝要でありますから」
単純な耳の大きさか、それとも純粋な種としての構造の違いか。
豪快というに相応しいミリアムの高周波に、エルフであるナナルゥとエトエナは揃って耳を塞いだ。
『泣いても笑っても喚いても、これがラストの大一番。数々の激闘を乗り越え、残るはたった二名の勇姿。今日此処におられる皆様は、栄光を握る最後の一人を目撃することになるでしょう!』
「……どうだか。大一番っていう割には、昨日の方が盛り上がってたと思うけど」
見渡しても空席一つ見当たらない満席の闘技場。
喉奥を惜しげもなくかっ開いて煽り立てるミリアムに、呼応する歓声もまた大きい。
しかしエトエナの言うとおり、会場を包むボルテージの熱は、昨日の準決勝には及んでいないのも事実だった。
「セントハイムにおける魔女ってのは、そんだけ存在感があるって事やね」
「ふん。優勝候補を二人も倒したエセ精霊奏者と、不戦勝で駒を進めた剣士とじゃ、勝敗なんて分かりきってるって事でしょ」
「なっ……なんですのそれ。ルーイック王も言ってじゃありませんの! この舞台に爪先を乗せただけでも、勇壮を示した何よりの証と!」
「だあぁっ、もう、耳元で叫ぶな! んなことアタシに言ったって仕方ないでしょ。アンタもムカつくんならそこらでしたり顔してる客にでも言いなさいよ!」
冷めた一面に、義憤に駆られたのか。
顔を赤らめながらも唾を飛ばすナナルゥだったが、闘魔祭が祭儀である以上、薄情な一面が生まれるのも必然。
不条理を嫌う彼女の素直さに、エースは頬を綻ばせつつも、やんわりと諭した。
「ま、ナナルゥちゃんの気持ちも分かるけどやな。ボクらが此処に居るんは、あくまでこの闘いを見届ける為やろ。余所見はアカンよ?」
「ぐっ……言われるまでもありませんわ!」
「はぁ、だったら最初からそうしてなさいよ。面倒なヤツね」
「ほっほ」
余所見をするなと暗に促されたからか、口を尖らせながらもナナルゥは大人しく視線を闘技場の中心へと向けた。
納得として呑み込めはしなくとも、彼の言いたいことは理解していた。
人の心や物の見方など、十人十色。
立場が違えば、見つめる角度も違うもの。
この闘いを消化試合だと定める冷めた目線もあれば、逆もまたあって然りなのだから。
「遂にここまで来おったか」
ルーイックの隣で、複雑な感情を押し込めたように呟くヴィジスタ。
「どれどれ。まーた新しい精霊でも見せてくれんのかね、あのミステリアス君は」
売り子から買ったドリンクを片手に、ニヤリと興味深そうな笑みを浮かべるマルス・イェンサークル。
「いや、それより報告書纏めて下さいよ。マルス様が"私以外部下を一人も付けなかった"もんだから、書類作るの本当にキツいんですからね……」
闘いの舞台には目もくれず、ひたすら手元の紙にペンを走らせながら上司を睨むイコア・ペンテッド。
「さてさて、余興よな」
口振りとは裏腹に、さしたる興味の熱すらも灯さぬ冷たい眼差しで見下すグローゼム・アルバリーズ。
「……」
壁に背を預けて腕を組みながら、静かに闘技場を見下ろすセナト。
「……全く、最後の試合くらい見て行けば良いのにねェ」
独自魔法によって再びジム・クリケットの姿を取りながら、此処には居ない誰かに向けて呟くシュレディンガー。
そして。
「……ナガレ」
決意を固めた青年の背を見送ったばかりの、蒼き騎士。
『さぁ────雌雄を決する偉大な戦士の二人を今、ご紹介致しましょぉぉぉぉぉう!!!!
先ずは、剣のコーナーからァァ!!』
それぞれが異なる関わり方を、異なる見つめ方をしながら。
今、その視線が──其処に集う。
『それでは、ご紹介しましょう!!
未知なる力を駆使してこの闘魔祭を勝ち上がって参りました!
その活躍っぷりについた呼び名が【無色の召喚術師】!!
────サザナミ・ナガレ選手の入場です!!』
◆◇◆
小高い丘の上。
蒼い風が、灰色の髪を揺らす。
「決勝が始まったか」
立場が違えば、見える角度も違うというのなら。
「……なぁ、ナガレ」
緋色に映る世界は。
「次、お前と会えた時。私は────」
流者と、魔王とでは。
果たして、どこまで重なるのだろうか。