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Tales 92【エルザ・ウィンターコール】

 闘魔祭最終日の朝でも、取り立てて何が違うという訳でもない。

 なんだったらいつも以上のぐっすり快眠具合に、頭の加減がぼんやりしているくらいだった。



「だらしない顔してますわねぇ。シャキッとなさいな」


「なんでお嬢は朝からそんな元気なの」


「グリーンセプテンバーの家訓が六条、『淑女たるもの、いついかなる時も美を磨け。心も身体も清廉にあるべし』ですわ。淑女は寝惚けた顔で人前に出たりしませんのよ」



 淀みない宣誓。今日も晴天の下が良く似合う快活ぶりだ。

 もういっそ、お嬢じゃなく委員長って呼ぼうか。



「それに今日を勝てば優勝! 優勝なんですのよ! ここで気合いを入れずしてどこで奮起するというんですの!」


「闘うの俺なのに?」


「従者の栄光は即ち主人の喜びですわ!」


「また勝手なこと言い出す」


「となれば、ナガレ様はこのアムソンの後輩となるのでしょうか。指導鞭撻の腕が鳴りますな」


「アムソンさんも時々悪乗りスイッチ入るよね」


「ほっほ」



 宿屋の前でのから騒ぎも、ともすれば営業妨害になりかねない。

 もう顔見知りにもなりつつある女将さんの朗らかな笑顔が強張る前に、早いとこ出発したいんだけど。



「ごめんなさい、待たせてしまったわね」


「そんなひどい寝癖だったの?」


「ええ。見せられなくて残念ね」



 やっとこさ顔を出した騎士が、からかいの言葉に肩をすくめる。

 いつもきっちりしてるセリアが最後ってのは珍しい。

 昨日の援軍要請は問題なく通ったって話だけど、いつの時代も手続きってのは時間が掛かるもんなのか。

 ともあれ、これで顔触れは揃った。



「そうそうセリア。昨日、援軍の件で話しそびれた事があんだけど」


「援軍の? なにかしら……」


「道すがらで説明する。ま、吉報だから期待しててよ」


「?」



 セナトの件。

 あんだけ心労蓄えたんだから、ちょっと勿体振ったってバチは当たんないだろうと。

 肺に送り込んだ鮮明な空気を、するすると吐いて。

 お嬢いわくだらしない顔を引き締める。



「そんじゃ行こうか」



 決勝のコロシアムへと、向けた靴先。

 遠くで響く、まばらな鳥達の羽ばたきが、背を押す応援にも聞こえた。




────

──


【エルザ・ウィンターコール】


──

────




「おぉ、ナガレ選手。これはこれはお早いご到着でございますね」


「……あ、オルガナさん」


「覚えておいでですか、光栄です。ここまでのご活躍、わたくしめもしかと拝見しておりましたよ。本日の大舞台への準備も万端と見えます、善きかな善きかな」



 人通りを気にして早めに到着した闘技場の通路で、懐かしい顔と再会した。

 予選の派手な振る舞いが印象的だった、赤いネクタイがトレードマークの伊達男。

 といってもオルガナさんとは最後に顔を合わせた本選初日から、まだ三日も経っていないけど。



「相変わらずの、なんとも言えない胡散臭さが漂う男ですわね」


「ナナルゥ選手もご機嫌麗しく。三回戦での華々しき激闘はお見事でした。ナガレ選手のお付き添いですか?」


「こ、このわたくしが付き添い役な訳でしょう!」


「はは、左様ですか」



 お嬢が評す、胡散臭いとまでは言わないけど。

 紳士的な物腰の奥で、只者ではない気配が見え隠れする人物といえばそうかも知れない。

 って、それも考えてみれば失礼か。

 そう理由のない苦手意識を振り払うつもりでまばたきを一度、二度と重ねた時だった。


 まばたきの間に割り込むようにして、オルガナさんが俺の目の前ににゅっと現れたのは。



「さて、ナガレ選手。改めて言うまでもありませんが、決勝までの躍進、実にお見事でした。目を引き耳を傾けさせ、心を掴む逆転の数々。公平な立場に務めねばならぬわたくしでさえ、すっかり魅了されてしまいました」


「はぁ……それはどうも」


「えぇ。ですから、是非とも本日の闘魔祭決勝も──噂の『精霊奏者(セプテットサモナー)』らしい、観るものを魅了してやまないような素晴らしきご活躍を……期待しておりますよ」


「────、……」



 彼の赤いネクタイが翻る。

 俺の肩に両手を置きながら、あくまでもにこやかに。

 ズシンと重みがのし掛かったのは、目に映るものだけじゃあない。


 誰を指しているのかなんて、一目瞭然で。

 その当然が、"当然である事自体"が、なんとも言えない苦々しい想いを引き連れる。



「むっ、聞き捨てなりませんわね。精霊奏者ともなれば、精霊魔法を扱う者でもそうでない者でも自ずと仰ぐ箔とも言えます。け・れ・ど・も! やはり栄えある舞台にこそ必要なのは、何より気品ですわ! そう、例えばこのわたくしに備わるような圧倒的ゴージャスなほどの気品がっ!!」



 だからこそ。

 こういう時、すかさずいつもの超理論を掲げてくれるお嬢の存在がありがたかった。

 というか、この人のこういうある種空気を読まない所には、下手したら助けられている数の方が多いかも知れないな。



「ふむ、気品と。一理もない、とは言えませんな。ですが、そうおっしゃっていただくならしっかりと勝ち進んでいただかなければ」


「ふぐぅ……くっ、やはりあの時、あのちんちくりんにまんまと相討ちに持ち込まれてしまったのは失態でしたわね……」


「──なに捏造してんのよ。自爆特攻かましたのアンタの方でしょうが!」


「げっ、エトエナ?!」



 恒例のお約束とも言うべきか。

 お嬢の見え透いた照れ隠しに容赦ない訂正を浴びせる声の主は、振り向かなくても分かる。


 早々に感じるトラブルの気配。

 類は友を呼ぶというか、噂をすれば影というか。

 複雑なことに、今はそんな闖入者の飛び入りは歓迎したいところで。



「ふふふ。それでは、私はこれにて。ナガレ選手、ご健闘を祈っていますよ」


「……どうも」



 ふう、とついた浅い吐息をどう捉えたのかは分からないが。

 にこやかな表情を少しも変えないまま、一礼と共にオルガナさんは去っていく。



「噂の精霊奏者、か……」



 溜め息混じりに落とした呟きが、誰にも届きはしなかったのは幸いか。

 気を取り直してといわんばかりに振り向く。

 するとそこには、想像していた以上の面々が勢揃いしていた。



「やーやー御一行。調子どないー?」


「絶好調。そっちもエルディスト・ラ・ディー揃い踏みか」


「せやで。なんせ決勝やからね、パーッといかんと! それにこうして並ぶとなかなかの迫力やろ?」


「テメェで言ってりゃ世話ねぇぜ」


「迫力あるのってキングとフォルくらいですよ。ある意味クイーンもですけど」


「うふふ、光栄だわぁ」



 幹部である切り札の四枚。山札(キティ)が三枚。

 闘魔祭で出会ったエルディスト・ラ・ディーの面々の揃い踏み。

 確かに、尋常じゃない迫力があった。

 まぁ、クイーンに関しては多分褒められた意味じゃないけれども。

 キティの内の一人は、早くもお嬢とメンチ切り合ってるし。


 と、ふとそこで気付く。

 揃い踏みは揃い踏みなんだが、"見覚えのない顔"がひとつ増えてることに。



「……エース。その娘は?」



 にんまりと凄みのある笑みを浮かべるクイーンの両手に押されて俺達の前へと現れたのは、一人の少女だった。

 年頃は多分、メリーさんと同じくらいだろうか。

 癖のない、朝焼けを浴びて煌めく白雪のような、スノーホワイトの髪。

 それを左右の根元で括ってツインテールしているからか、あどけない印象をより一層増している。


 陶器に似たミルク色の肌が暖かみを感じさせるのに、深く閉じられた双眸が、どこか儚さを抱かせて。

 その儚さに、より拍車を掛けさせるのは小柄な彼女が腰掛けている、"車椅子"の存在が大きかった。



「ほれエルザ。恥ずかしがらんと、挨拶しぃや。連れてけ連れてけってごねたん自分やろ?」


「う。もぉ、分かってるてば。兄やんはちょっと黙ってて」


「へいへい」


「え……兄、って」


「まさか」



 車椅子の上で照れ臭そうに身動ぎする少女の言葉に、思わずセリアと顔を見合わせる。

 些細なやり取りに見える気安さと、よく見るとニマニマと口を緩ませる男に似ている少女の顔立ち。

 そしてエース譲りの、若干の関西訛りと来れば。



「……あの、初めまして。サザナミナガレさん……ですよね? ウチは、エルザ。エルザ・ウィンターコール言います」


「ウィンターコール。じゃあやっぱり」


「はいな。ウチはヤクト・ウィンターコールの。


 エルディスト・ラ・ディー団長『エース』の……妹です」






◆◇◆







「エースの妹さんか」


「エルザでええですよ、ナガレさん」


「そっか、了解。宜しくエルザ」



 予想は外れることなく、やはり車椅子の少女はエースの妹さんだったらしい。

 少し緊張気味ではあるものの朗らかな微笑みを浮かべるエルザ。

 片膝ついてそっと手を差し出す。緊張ほぐしついでに、宜しくという意味も重ねて。


 

「……」


「……?」


「エルザ。握手」


「──! あっ、はいな。宜しくです、ナガレさん」



 けれど差し出した手を前に彼女が反応したのは、エースが促されてからだった。

 わたわたと小さな両手が、慌てたように俺の手を握る。別に焦らなくてもいいのに。


 それにしても、人懐っこくも儚げな雰囲気のエルザが此処に居る理由はなんだろうか。

 闘技場って場所の殺伐とした空気には、全く合わないタイプの子だろうに。



「エルザも観戦に来たのか?」


「いえ、観戦じゃなくて。ウチが此処に連れてきてもろうたのは、ナガレさんにどうしても一度会っておきたかったからなんです」


「俺に? どうして」


「ウチ、面と向かってどうしても御礼を言いたかったんです」


「御礼……」


「……もしかして、精霊樹の雫の事かしら」



 精霊樹の雫。

 言わずと知れた闘魔祭の優勝商品である万病の薬で、エルディスト・ラ・ディーが外部の人間に頼るほどに欲したモノ。

 セリアの心当たりに導かれて顔を上げた俺を、エルザの儚げな微笑が迎えた。



「はいな。実はウチ、『虚色症』っていう病気を患ってまして……」


「虚色症……!」


「知ってるの、セリア」


「……数はとても少ないけれど、第二次成長期を迎えたばかりの子供に発症しやすいとされる難病。病状も厄介極まりなくて、身体の感覚や神経が……徐々に弱まって、最終的には機能しなくなってしまう。弱まる部分は個人個人ごとに多少の差異があるんだけれど」


「……!」



 難病というだけあって、病状も子供が患うには余りに厳しい。

 徐々に弱まって、最終的には機能しなくなる。

 じゃあ、エルザが車椅子を使ってるのは、彼女の場合は脚に病魔が巣食ってしまっているという事なのか。



「それだけでも厄介なのに、発症してしまった人は共通して、大幅な視力低下と色が判別出来なくなる……そして」


「髪の色が、抜け落ちてまう。エルザの髪の色な、元々ボクと同じで、綺麗な黒髪やったんよ」


「"虚色"症って、そういうことかよ」


「言うてウチ、もう殆ど目が見えへんから……色が抜けても自分じゃ分からないんですけどね。えへへ」


「……」



 幼い少女には余りに酷な難病。

 普通ならば出来ることが出来なくなるという事が、どれだけ大変か。


 家事の手伝いを始めた当初、申し訳なさそうな顔でメモでやり取りをする婆ちゃんを何度も見てきただけに、それでも気丈に振る舞おうとするエルザの笑顔の裏にある、苦労や悲哀は語られずとも充分に伝わって。


 でも、と。

 もう一度俺の手を取る少女は、今朝見上げた蒼穹よりも晴れやかな笑顔を浮かべてくれていた。



「でも……ナガレさんが。ナガレさんやフォル君が頑張ってくれたから、ウチの病気も……治せるんや、って。それでウチ、どうしても直接御礼言いたくって、兄やんにワガママ言うてまで」


「……そっか」



 訥々と言葉を詰まらせながらも微笑みを絶やさず。

 それでも俺の手を包む両手は、優しく震えていて。

 視界の端で耳を傾けていたフォルが「なんで俺だけ君付けなんだよ」と、不貞腐れている。

 どう見たって照れ隠しにしかなってないけれど。



「じゃ、治ったらもっと兄やんにワガママ言わなくちゃな」


「ふぇ……や、もう充分迷惑かけてしもうてるし。これ以上甘えた事は……」


「何言ってんの。あんたがしっかり甘えることが、他でもない孝行になるもんなの。そうだろ、エース?」


「なっはっは! せやね、気色悪い遠慮なんてするぐらいなら、そうして貰いたいもんやね! なんやったら一緒に寝たろうか。もっとチビやった頃はちょーっと恐い話聞いたくらいですーぐ『兄やん、眠れへん……』って泣きついてなぁ……」


「み゛ゃ゛ぁぁぁ! ちょっと兄やん?!?! なに大昔のこと言うてんねん!」


「そんな昔やないやろ?」


「へぇ~……眠れへんって、ねぇ……」


「あ、もう、ナガレさん! ニヤニヤせぇへんで下さい!」


「えー? ニヤニヤなんてしてないけどー?」


「見えなくたって分かりますやん! もー兄やんのせいやで!」


「あぁ、可愛いらしいわねぇエルザちゃんは……うふふ、ゾクゾクしちゃう」


「なっはっは!」



 流し目で舟を出せばすかさず乗っかる辺り、甘えて欲しいという願いはエースの本心なんだろう。

 乗っかり過ぎて、ハチャメチャにペースを掻き乱してしまっているけど。


 色々と綺白なぶん、赤らんだ顔色が際立つエルザに、身体を艶やかに(よじ)るクイーン。

 闘技場の通路でやいやいと騒ぎ立てる面々。

 これから決勝を控えてるのに、緊張の欠片もない。


 でも、こういう雰囲気は悪くないなと、ゆっくりと立ち上がりながら頬を緩めた時だった。




────兄さん……



 ふと耳に届いた、内容までは聞き取れなかった小さな囁き。

 賑わう街並みをするりと抜ける冷たい風みたいな音色に、そっと後ろ髪を引かれれば。



(……セリア?)



 いつの間にかひっそりと壁に背を預けた蒼い騎士が、騒ぎ立てる中心に居る少女と青年を、眩しそうに見つめていて。


 藍より深い青の瞳は。


 ここよりずっと彼方を想っているように映った。









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