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廃墟の少女  作者: 赤間末広
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第一章 第五部

 大学祭の前日、写真展の展示会場にパーティーションを運び込み、展示会場の準備を進めた。大学祭前日なのに、焼き付けの終わっていない一年がいて、人手が足りず、展示会場と模擬店の前日準備共に、予定より会場準備が時間が掛かってしまった。会場の準備が終わると、額に入れた写真を部室から会場に運び込んで、割り当てられたスペースに展示していった。十枚焼いたが、スペースの関係で、十枚の中から五枚を展示した。メムの写真二枚、銀杏並木一枚、ポプラ並木一枚、リスと思われる小動物の一枚を選んだ。

 自分の写真の展示が終わり、先輩や一年の展示作業を手伝だった。手伝いは直ぐに終わり、先輩は焼き付けの終わっていない一年に発破をかけるのに、部室に戻っていった。

 やることも無くなったので、写真部の展示会場の隣で展覧会をやる美術部の展示スペースを見に行った。水彩画は松島池を描いたものようで、油絵はメムの描いたものであった。陶芸作品は、皿に小鉢で、釉薬もかけてある本格的な物だった。他にも、書、水墨画、絵葉書の作品があった。

 しかし、一番目を引くのは、大島先輩の球体関節人形だった。ただ椅子に座らせているだけではなく、足先を組ませていた。カフェにでもありそうな丸テーブルの上には、ティーカップやティーポット等の小物を置かれ、人間をそのまま小さくし、お茶を飲んでいる様に見えるほどリアルだった。

 大島先輩を見つけて、話しかけた。

「大島先輩、こんにちは」

「最上君、こんにちは」

「大島先輩、写真を撮らせてもらった時よりも、リアルさが増してますね」

「そうかな?」

「ましてますよ。前は、人形と言う感じでしたけど、今は人間をそのまま小さくしたみたいで」

「そんなにリアルかな?」

「リアルですよ」

「魂がこもっちゃったのかな?」

と、大島先輩が言った。人形には魂がこもるらしいとは聞いていたので、少し顔を引きつらせながら、

「こもるとは聞きますけど、まさか……」

と、言うと、大島先輩は、

「怖い?」

と、聞いてきた。

「こもっているだけなら、怖くないですけど……」

と、僕は答えると、

「悪戯したり、嫉妬したりしなければ、別に怖くはないね」

と、大島先輩が言った。

 人形のリアルさから、話題を変えようと、前に撮らせてもらった写真の話をした。

「前に撮らせてもらった写真が、昨日出来上がったんですよ」

「今、持っているのなら見せてくれる?」

「部室じゃないと、見れない一寸特殊なフィルムで撮ったので、部室に行かないといけないんですよね」

「そうなんだ」

「大島先輩、今日は、もうする事が無いんですか?なら、部室に行きませんか?」

「今日は、もうする事が無いから、お邪魔しようかな」

「むさ苦しい、部室ですが……」

と、断り、大島先輩と写真部の部室に向かうことにした。先輩は、球体関節人形を、細長い手提バックに収めた。物が物だけに、置いておくわけにはいかないだろうから、当然の行為だろう。

 展示会場から、サークル棟は結構離れているので、移動はしんどかったが、一人ではないのが救いであった。黙々と歩くと、気が滅入るので、お互いに写真を何時始めたとか、今まで作った人形の数とかを話しながら歩いた。

 最初に話を振ってきたのは、大島先輩で、

「最上君は何時から、写真を撮り始めたの?」

と、聞いてきた。

「一眼レフで写真を撮り始めた時期ですか?それとも、初めてカメラを使い始めた時期ですか?」

と、僕はどちらを答えれば良いのか、分からないので、先輩に聞き返した。

「最上君って、そんなに昔から写真を撮ってたの?」

「初めて写真を撮ったのは、小学校高学年です。親のコンパクトカメラを使って、そこらへんのものを撮ってました」

「私より早いんだね」

「オートフォーカスのカメラで撮っていただけですから、凄くないですよ」

「そうなんだ。今使ってるカメラで撮り始めたのは、何時なの?」

「高校の合格発表があった日に、父親に無事合格したらくれと、ねだっていたこのカメラを、貰ったんですよ」

「カメラって高いんだよね?」

「安くは無いです。ただ、もう予備機にしていたので、合格祝いに貰いました。僕にこれをくれた直後に、父親はライカを買いました」

「ライカか凄いね」

「冬のボーナスの残りで買ったみたいです」

「私が質問してばかりだね。今度は最上君が、私に訊きたいことあるよね」

と、大島先輩が言ったので、いつから人形作りを始めたかは知っていたので、

「大島先輩は、今まで何体の球体関節人形を作ったんですか?」

と、聞いてみた。

「中学校の頃は受験のある三年を除けば、年一体か二体、高校に入ってからは週末しか時間が無かったから、年一体しか作れなかったから、中高では七体くらいかな」

「七体ですか。お母さんに作って貰った子がいるっていってましたけど、何体作って貰ったんですか?」

「お母さんに作って貰えたのは、一体だけなの。仕事で人形を作っているから、時間が余り無いから……」

「そうなんですか」

「自分で作るって言った時は、暇を見て色々教えてくれたけどね。カメラはお父さんに習ったの?」

「初めて使ったジャスピンコニカはフィルムの入れ方とストロボを使うか使わないかの判断、高校の合格祝いで貰ったフジカは内臓露出計の見方と露出の合わせ方を習ったくらいですね。あとは自分で調べて、撮ってました」

「私は、一から十まで習ったんだよね」

「基本的な操作を覚えたら、あとは撮るしかないカメラとは違いますから。大島先輩、大学に入ってからは、何体作ったんですか?」

「大学に入ってからは、この子を含めて完成しているのは五体。作りかけの子が一体いるの」

「今まで作った人形の性別は、女の子ばかりなんですか?」

「男の子は、五体いるよ。男女のペアとして作ったのは、一体だけ」

「ペアですか。見てみたいですね」

「今度見せてあげるよ」

と、大島先輩が快諾してくれた。周りを見渡すと、サークル棟の近くまで来ていた。

 サークル棟に着くと、玄関の前で、大島先輩に、

「大島先輩、美術部の部室で少し待っていてもらいませんか。部室を片してくるので。すいません」

と、お願いした。印画紙の切れ端が落ちていたり、焼き鳥を入れるパックの入った段ボール箱が乱雑に置かれている光景が目に浮かんだからだ。

「いいよ」

と、大島先輩が、美術部の部室に向かうのを見届けると、部室に飛び込んだ。

 写真部の部室に入ると、印画紙の切れ端こそ落ちていなかったが、段ボール箱はお世辞にきれいに置かれているとは言えない状況だった。そして、焼き付けが終わっていないと言う一年が部室の長机でフィルムや写真を広げていた。広げていたのは、上村だった。

「上村!焼き付けが終わっていない一年ってのは、お前だったのか」

「うわぁ。びっくりした。驚かすなよ、最上」

と、上村は作業が終わって帰ったと思った人間が、部室に現れたのでびっくりしていた。

「焼き付けが終わっていない一年に発破をかけに行くと、先輩が言っていたが、先輩が一人も見当たらないのだが?」

「先輩たちは、生協に買い物に行った。長丁場になりそうだから、食い物を調達してくるって」

と、上村は、自分の所為であることを自覚しているのか、していないのか淡々と語った。

「上村、お前の所為だっていう自覚があるか?」

と、聞くと上村はキョトンとしていた。

「上村、机の上を片せ。美術部の大島先輩が来るから、部屋を少し掃除するぞ」

「えっ、何で美術部の大島先輩が写真部に来るの?」

「写真部の人間が美術部に顔を出しているのに、来ちゃ悪いのか?」

「悪いとは一言も言ってません。何で来るのかなって」

「この前、取らせて貰った球体関節人形の写真を見に来る」

「写真なら、美術部の部室でも見れるべ」

「リバーサルフィルムだぞ。ライトボックスと拡大鏡が無いと見れないだろ」

「なるほど」

「部屋を掃除するぞ」

と、会話を遮って、掃除を始めた。

 焼き鳥を入れるパックや塩コショウが入った段ボール箱を格好がつくように、きれいに積み、長机の上のフィルムや写真を片付けた。曲者は、流しまわりに置いてある棚で、電子レンジや調味料が置いてあるのだが、乱雑に置かれていて、一寸やそっとでは片付きそうになかった。仕方が無いので、紙を張って隠すことにした。何とか大島先輩を招ける位には、片付いたので、美術部の部室に呼びに行った。

「大島先輩、部室が片付いたので、どうぞ」

と、美術部の部室に入って、大島先輩を写真部の部室に呼んだ。

「掃除するって言っていたから、どんな状態かなと思ったけど、それほどでもなかったみたいだね」

「女子部員が居ないので、散らかってますが……」

と、大島先輩と話していると、生協に買い物に行っていた先輩方が帰ってきた。美術部の部長で写真部の部員でもある高根先輩は、上村に発破をかけている先輩の一部なのか、写真部の先輩と一緒に部室に入ってきて、大島先輩を見つけて、

「大島、何で写真部に?」

「最上君が撮った、今年展示する子の写真を見せてもらうのに、お呼ばれしました」

「そうか。上村、焼き付けは終わったか」

と、大島先輩が部室に来ている理由を確かめ終わると、上村の焼き付けが終わったかを、確かめた。

「はい。何とか終わりました。今、乾かしてます」

 上村と、高根部長のやり取りを見て、大島先輩は、

「高根部長、なんだか写真部の部長さんみたいですね」

と、不思議に思っていることを、高根部長に言った。

「大島、さすがに写真部の部長までは掛け持ちしてないぞ。最上、部長は最近顔出さないのか?」

と、僕に聞いてきた。

「崎戸部長は、腹痛を我慢していたら、実は盲腸で、腹膜炎を併発する重症で入院中です。悪いことに縫合不全をおこし、傷が中々塞がらなくて、入院が長引いているみたいです」

と、高根部長と大島先輩に説明した。

「盲腸に腹膜炎、そりゃ災難だな」

と、高根部長は、崎戸部長を案じた。大島先輩は、もう一つ疑問に持っていることがあるらしく、僕に質問してきた。

「最上君、副部長さんは居ないの?」

「副部長とは、大島先輩の目の前で名乗っては居ませんが、会ってますよ。僕と一緒に、美術部の部室でお茶を飲んでますよ」

「もしかして、藤田先輩?」

「はい、藤田先輩が副部長です」

「藤田先輩って、三年だよね?」

と、大島先輩は、部長の補佐役たる副部長に二年を宛がうのがものではないかと言う、至極当然の疑問を呈した。

「去年の一年、今の二年の先輩方が悉く大学祭終了後に入部したので、とても部長の補佐をせられないと、藤田先輩が副部長に……写真を見てもらうのに来て貰ったのに、脱線してますね」

と、藤田先輩の疑問に答えながら、来て貰った理由から脱線してきたので、何とか軌道修正を図ろうとした。

 撮影済みのネガフィルムやリバーサルフィルムを保管しているキャビネットから、フィルムを取り出して、ライトボックスの電源を入れた。拡大鏡は常時ライトボックスの近くに置いてあるので、直ぐに見れる状態になっており、大島先輩を呼んだ。

「大島先輩、撮らせて貰った写真を見る準備が出来ました」

 六コマで切ったスリーブを、ライトボックスに載せ、拡大鏡で見てもらった。部室にスライド映写機があるのを事前に知っていたら、マウントで仕上げてもらうのだったが、後の祭りである。

「最上君、良く撮れてるね」

と、大島先輩は、褒めてくれた。大島先輩が褒めたのを聞いて、高根部長と藤田副部長も見せてくれと、ライトボックスの傍に来た。

「この窓辺で撮った写真で、シルエットになって無いのは日中シンクロか?」

と、高根部長が訊いてきた。

「はい。ストロボと同調するのが六〇分の一秒なので、シャッタースピードを落とすのに苦労しました」

「古いカメラだから、大変だな」

と、高根部長は、苦労を知っているので、それ以上は言わなかった。

「最上、良く撮れてはいるが、今度は背景を少し露出オーバー気味にしてみろ」

と、藤田副部長は、批評と改善方法を示してくれた。

 大島先輩は、技法の話の内容は意味が分からないので、キョトンとしていた。上村は、写真部ではあるが、大学から始めた素人なので、話の内容に追いつけて居ないようで、何となく言っている意味が分かったような、分からないような表情で話を聞いていた。

 藤田副部長が、

「上村、最上のポジを見ておけ」

と、上村に言った。それに同調するように、高根部長が、

「上村、最上に日中シンクロのやり方を習っておけ」

と、上村に言った。上村は、

「藤田副部長、高根先輩。そこまでやれるほどじゃないですから……」

と、普通に撮るだけで一杯一杯で、覚える余裕も技量もありませんとアピールしていた。

 僕も改めて、写真を見ると、日中シンクロは藤田福部長が言うように、背景はもう少し露出オーバー気味にしても良かったなと思った。人形の顔の写り具合を見ていると、人形の顔に見覚えがあった。大島先輩に似ているのだ。しかし、微妙に違う。悩んでいても仕方が無いので。大島先輩に、聞いてみた。

「大島先輩、人形の顔の写り具合を見ていたら、人形の顔が大島先輩に似ているんですよね。でも、なんか微妙に違うんですよね」

と、言うと、藤田副部長や高根部長、上村がポジと大島先輩の顔を見比べた。

 まず、高根部長が、

「大島に似てるな」

と、言い、次に

「確かに、そうだな」

と、藤田副部長が言った。大島先輩と顔をあまり会わせていない上村は、ポジと大島先輩の顔を何度も見比べていた。

 何も言わないわけにもいかなくなった大島先輩が、

「モデルが誰かは秘密です」

と、幕引きを図った。

 藤田福部長が、

「上村のお目付けが長引くと思ったから、食うもの買ってきたんだ。最上に大島さんも食べるか?」

と、聞いてきた。腹がすいていたので、僕は、

「良いんですか?いただきます。藤田先輩、何を買ってきたんですか?」

「おにぎりに、調理パン」

「そうですか」

 大島先輩は、

「部外者なのに良いんですか?」

と、藤田副部長に聞いた。

「良いよ良いよ」

「お言葉に甘えて。お茶入れますね」

「悪いね」

と、藤田福部長が言うと、高根部長が、

「大島、俺も手伝うよ。日本茶と紅茶のどっちが飲みたいか、言ってくれ」

と、言ったので、僕は、

「紅茶で」

と、お願いし、藤田副部長は、

「俺は、日本茶」

と、言った。上村は、

「自分でコーヒーを淹れるので大丈夫です」

と、言った。

「最上はレモンティーだったよな?」

と、高根部長が確かめてきたので、

「はい、お願いします」

と、答えた。

 大島先輩と高根部長が、美術部の部室から、お茶を持って来た。長机の上に、おにぎりと調理パンを出して、各々好きなものを選び、食べ始めた。

「しかし、展示前々日までに、写真が用意できてないなんてことを、やらかした一年って、何年ぶりだ?」

と、高根部長が、藤田副部長に尋ねた。

「たぶん、俺が入部する以前にあったとは、先輩に聞いたことはあるが、何年前かは知らんな」

「結構前ってことか。上村、来年はやらかすなよ」

と、高根部長が、上村にお灸を吸えると、

「はい……」

と、上村は、蚊の鳴くような小さな声で言った。

 今何時かなと気になり時計を見ると、六時半を過ぎていた。模擬店の準備があり、明日も早いので、帰る準備を始めた。

「藤田先輩、模擬店の開店準備の当番で、明日早くに来ないといけないので、もう帰ります」

と、僕が言うと、藤田副部長も

「明日も早いし帰るか」

と、言って、帰り支度を始めた。それを見て、上村も帰り支度始めた。大島先輩と高根部長に帰り支度をする気配が見当たらないので、

「大島先輩と高根部長は、まだ帰らないんですか?」

と、聞いてみると、

「俺は、もう少ししたら帰る。大島は、まだ帰らないのか?」

「いえ、私も、もう少ししたら帰ります」

「そう言うことだ。お疲れ」

と、高根部長は言うと、藤田副部長が、

「お先に」

と、言って、部室を出て行った。それに続き、僕も

「高根部長、大島先輩、お疲れ様でした。お先に失礼します」

と、言って部室を出た。後に続くと思っていた上村は、帰り支度をしていたのだが、額の用意を忘れていたようで、額の準備をし始めた。それを見て、あきれ果て、冷たい視線をおくった。

 家に着くと、明日も早いので、直ぐに食事と風呂を済ませて、布団にもぐりこんだ。

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