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廃墟の少女  作者: 赤間末広
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第一章 第ニ部

 午後の講義は地質調査概論の一コマだけでだったので、講義が終了すると、文科系サークルの部室棟に向かった。高校ではいわゆる写真部に所属していたので、大学でも写真部に入った。

 高校のときは、部員数の問題等で、美術部写真班と言うなんとも妙な名前の部に所属していた。写真班の予算は薬品と印画紙の購入で無くなるので、フィルムは手前持ちと言う状況だった。現像液はフィルムと印画紙の両方に違う薬品が必要なので、予算の関係上部で現像できるのは月に一人フォルムを一本か二本だけだったが、自腹で二本現像していた。被写体は、デッサン用の石膏像、美術部の作品、演劇部の公演のリハサールと、被写体には困らなかったし、美術部の顧問の教諭は、自宅の一室に暗室を造る筋金入りの写真愛好家だったので、暗室作業の基礎、焼付けの極意や裏技等を教えてもらえたので、実りの有る部活動だった。

 大学の写真部では、活動資金は基本的に入学式の写真販売で工面し、それでも足りない分は、大学祭で出店している模擬店の焼き鳥の販売で稼いでいた。一年生は、入学式の写真を予約して、写真を受取に来ない同じ学科の学生に写真を渡し、代金を回収する重大な任務が課せられていた。幸い地球科学科の学生は予約しておいて、写真を受取に来ない不届き者がいなかったので、代金の回収に追われることはなかった。

 部室のロッカーに入れてある愛機のフジカST八〇一を取り出すと、大学の敷地内のメムや並木を撮りに行った。北総大の敷地は広く、端から端まで移動するには徒歩では時間が掛かるので、写真部の先輩が卒業時に不用になった自転車を貰って、移動用に自転車置き場に三台置いてあるが、早い者勝ちで、今日は運よく一台残っていた。お陰で、移動に時間をとられずに、撮影に集中できた。豊平川の伏流水が噴出した泉池がメムであり、それを水源とした小川が流れているが、今では涸れていたり、かろうじて水を湛えていたりと様々だが、木々に囲まれたそれは、良い画になる。並木は有名なポプラに銀杏のふたつがあり、どちらも画にはなるが、やはりポプラは別格で、大概ポプラ並木の方に人は流れていく。

 木々に囲まれたメムは、憩いの場になって居るので、休んでいたり、散歩している近隣住民の邪魔にならない様に、写真を撮らないといけないのが、大変ではあるが、撮影心に火をつけるものがあり、苦にもならなかった。

 銀杏並木は、許可を受けている業者の車や緊急車両等しか通らないとは言え、道路なので車が来ない瞬間を狙って撮らなければならないので、平日にベストショットを決めるのはなかなか難しい。しかし、今日に限って業者等の車が来ないので、西門に行って見ると西門前の道路工事で、西門から車が敷地内に入れないお陰で、撮影が捗り助かった。

 西門の銀杏並木を撮り終えると、ポプラ並木を撮りに移動した。銀杏並木からは、自転車なら数分の距離で、散歩でもなければ、歩いて行くのは億劫になる。ポプラ並木は観光地にもなっているので、数人の観光客と散歩に来ている地元の住民が居た。

 ポートレートが苦手なのと、肖像権の問題もあるので、人が被写界に入る場合は、承諾を得やすい後姿になる様に、撮影上回り込めない場合を除けば、わざわざ回り込んで写真を撮っていた。得意な被写体は静物に風景で、人物写真は間抜けな写真しか撮れないので、記録用のスナップ写真しか撮らないようにしている。

 ポプラ並木を観に来た観光客の後姿は画になり、久しぶりに良い写真が撮れたと思った。三十六枚撮りのフィルムを、撮りつくしたので、部室に戻ることにした。

 部室に戻ると、撮り終わったフィルムを巻き戻し、カメラから取り出した。撮影済みのフィルムが六本も溜まっているので、現像することにした。ダークバックでパトローネを解体し、リールに巻いて現像タンクに入れた。現像液を水と一対一で希釈して適温になるまで温めている間に、停止液の酢酸と定着液を用意した。酢酸の臭いがきついこときついこと、濃度が五十パーセントもあるのだから、きついのは当然なのだが。用意している間に、現像液が適温になったので、現像を開始した。最初の一分間はかくはんし続けないといけないのが、キツイ。最初の一分間のかくはんが終われば、一分ごとに五秒かくはんなので、楽になる。現像、停止、定着を卒なくこなし、片付けも含めて一時間ほどで終わった。

 水洗をしている間は暇なので、隣の美術部の部室に顔を出した。美術部と写真部を掛け持ちしている部員が居るのと、作品を被写体にさせてもらっているので、交流があり、よく行き来している。

 美術部の部室には、文学部の二年生の大島静と三年生で部長の高根が居た。

「失礼します。暇つぶし来ました」

と、挨拶した。

「定着後の水洗待ちか?」

と、美術部の部長にして、写真部の部員でもある高根が聞いてきた。

「お察しのとおりです。現像後の水洗中です」

「焼き付けはしないの?」

「今週末にしようかなとは考えてます」

「準備に、後始末が大変だからな」

 部長との談笑は、一まず切り上げて、大島さんに声をかけた。

「大島先輩、何してるの?」

「大学祭で展示する球体関節人形の服を縫ってるの」

と、球体関節人形を指差しながら言った。人形は、いかにも仮の服と言う白い上下を着て椅子に座らされていた。大きさは、立たせると四十五センチメートルくらいあるかなと、思われた。彼女から許可を貰い、手にとらせてもらった。

「すごい。人形も一から作ったんですか?」

「そう。石粉粘土で一から作ったの。本当は、グラスアイも自分で作りたかったけど、諦めちゃった」

「人形を一から作るだけでも凄いですよ。何時から作り始めたんですか?」

「最初の人形を作ったのは、中学一年のとき。結構、お母さんに手伝ってもらったけど。服は、お母さんが作ってくれた人形に好きな服を着せたくて、小学校高学年のときに習い始めたの」

「そうなんですか。」

「うん。この子、かわいいでしょ?」

「はい」

「この子の服ができたら、写真撮らない?」

「良いんですか?」

「良いよ」

「ありがとうございます」

 服の完成後の撮影の許可をもらった。

 大島先輩と話している間に、部長が紅茶を淹れていた。部長は珈琲が苦手で、紅茶と日本茶を愛飲しているので、部長が飲み物を用意すると、紅茶か日本茶だった。部長が入れた紅茶を飲みながら三人で話し始めた。

「最上、今日は何を撮ってたんだ?」

「メムにポプラと銀杏並木です。」

「メム?」

と、大島先輩が聞いてきた。

「豊平川の伏流水が噴出している泉池のことです」

「植物園の池のこと?」

「それもそうです。あとは、道庁の池が有名ですね。部長、レモン果汁あります?」

「濃縮還元の果汁で言いのなら、冷蔵庫にある。砂糖は冷蔵庫の横の戸棚にあるから持ってきて」

「わかりました」

と、レモン果汁と砂糖をテーブルに持っていった。部長は砂糖を入れて飲んでいるのに、砂糖を持ってくるのを忘れることがあり、レモン果汁を取りに行くついでに、持ってくることが間々ある。紅茶にレモンと砂糖を入れ終わったのを見計らったように、部長が、

「メムの話も良いけど、並木は良い写真が撮れたか?」

と、聞いていた。

「西門前の道路工事の関係で、西門から車が入れなくなっていたので、普段は撮れない写真が取れました」

「そんなことなら、撮りに行けば良かったな。失敗した」

「部長、そんなにすごい事なんですか?」

「工事でもなければ、許可車両が出入りするから、車が居ないなんて、そうそう無いからな」

「そうなんですか」

と、大島先輩が言ったときに、美術部の扉が開いた。

「最上、ここに居たのか。水洗、終わってるんじないか?」

と、写真部の部員が声をかけてきた。

「わかりました」

「俺は帰るかな。大島は、まだ残るのか?」

「はい。もう少しやっていこうかなと」

「うじゃ、お先に」

「部長、お疲れ様でした」

と、大島先輩は、部長に挨拶した。

 僕は紅茶を飲み干し、ティーカップを流しに持っていった。

「お邪魔しました。部長、紅茶ご馳走様でした」

「また、暇を持て余したら、顔出せよ」

と、高根部長が言ってくれた。

 美術部の部室を辞し、写真部の部室に戻った。

 部室に戻ると、水を止めて水洗していたフィルムを取り出した。リールからフィルムを外して、巻き付けミスによる現像の失敗が無いか確かめたが、現像の失敗はなく、安堵した。重り付きのクリップをフィルムの両端につけて、暗室に乾しに行った。フィルムを乾し、暗室から部室に戻り、リールを洗い水を切って、棚に戻した。

 写真部の部室には、三年の先輩が二人、二年の先輩が一人、フィルムを乾しに行っている間に来た一年が二人、僕を含めて六人が居た。先輩は、フィルムを巻いたり、乾してあったフィルムを六コマ毎に裁断している。一年生は、カメラのレンズを磨いたり、ピントあわせの練習をしていた。

「ピントあわせの練習?」

と、一年の上村に聞くと、

「親が使ってたカメラが届いたのが連休明けだったから」

と、言った。

「親が整備にでも出しての?」

「家に連絡してから、届くまで結構時間が掛かったから、たぶん」

「整備済みか、良いな。何処のカメラは?」

「キヤノンのEOS六三〇」

「スクリーンは、スプリット?」

「スクリーンは、スプリットに戻してもらった」

「それなら、マニュアルでピントあわせが出来るな」

「レンズはオートフォーカスを使うと駆動音がうるさい旧式だから……」

と、上村は嘆いた。

「水島は、何処のカメラ?」

「オリンパスのOM二N」

「絞り優先で撮れるんだよな?」

「最上、何で知ってるんだ?」

「親父が持ってるから。貸してくれと言ったけど、使ってるから駄目だと言われた」

「お父さん、カメラ好きなの?」

「カメラ好きというより、撮影好きかな?」

「へえ、そうなの」

 水洗が済んだフィルムの処置も済み、もうやることも無くなったので、

「もう、帰るかな」

と、言うと、美術部の部室に水洗が終わったのを知らせに来てくれた三年の藤田先輩が、

「最上、車が居ない銀杏並木を撮ったんだろ。焼いたら見せてくれ」

と、聞いてきた。

「今週の土日に焼こうかなと思ってます」

「そうか。焼いたら、頼むは」

「はい。先に帰ります。お疲れ様でした」

と、部室をあとにした。

 自宅に着いたのは、六時半過ぎだった。最近、父は仕事が忙しいようで、八時過ぎ頃に帰って来るので、先に母と夕食を済ませた。

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