北欧より出でしは如何なる者なりて
年季の入った木造の空間に、静かだが厳かな声が響き渡る。
「新入生諸君、まずはこの場にいることを讃えよう」
その声の主はすぐにわかる。ここには大勢の生徒がいるが、誰一人として言葉を発さず、ただ壇上の存在を見上げ直立している。
「だが、その力に溺れてはならぬ。良き才も磨かれなければ、その真価は発揮されぬことを心にとどめておけ」
壇上には、式典用であろう豪華な装甲を見に纏った刻印機甲がこちらを威圧するかのように見下ろしていた。
「諸君らはこれより十二年の歳月をこの学舎で過ごし、同胞と共にその才を磨くのが、諸君らの務めだ」
その足元には、初老であろうと思われる男がたたずんでいる。
「今、この世界は『古の民』の愚行によって生み出された忌々しい獣――神旗軍によって支配され、民は恐怖に怯えている。その民を、そして祖国を守る盾となり、神旗軍を打ち払う矛となる為に諸君らはここにいる」
彼の名は、レグエス=アルバ=アーストリア――アーストリア士官学園の学園長だ。
「今ここに、諸君らの入学を歓迎する。ようこそアーストリア士官学園へ」
――アーストリア士官学園。『古の民』によって造られた、巨大な人工海上浮遊島《アルカナ》の上に建てられたこの学園は、七歳からの初等部から十八歳までの高等部までの幅広い年齢の学生達が通っている。
海上に建てられたこの街は二二もの区に分けられており、それぞれアルカナカードの名で呼ばれている。中央統括区である二一区《世界》、巨大な広場がある六区《恋人》、買い物客で賑わう三区《女帝》……
その中でも学生を多く見られるのが、島の東端に建てられた学園のある十区《運命の輪》だ。早朝や夕方には黒と赤を基調とした制服に身を包んだ生徒でごった返すだろう。
だが、八十万平米という広大な敷地に、商業施設や娯楽施設なども揃ったこの島の学園へ入るのは、当然のことながら容易なことではない。毎年世界中から《天才》と呼ばれる搭乗者候補生が何百人と落第していく試験を抜け切ったものだけがこの島へ足を踏み入れることを許される。
そんな粗い篩に掛けられて生き残った猛者たちは、当然ながら強い。それだけの期待がもたれているからこそ、世界的な大貴族や大商人達がこぞって資金をかけ始める。まさに地上最高の搭乗者育成機関と言っても過言ではないだろう。
「えっと、最初の授業は……」
俺と羽美はここで十一年、花火は十年学んできた。だからこそ慣れた感じで、初めの授業がある教室――今回の場合だと搭乗士科Ⅱだった――へ向かうことができる。
「それじゃお兄ちゃん、羽美お姉ちゃん」
「ああ、また後でな」
「うん、わたしだけ違う教室なのはちょっと寂しいけど……」
「子供じゃないんだし、別に大丈夫だろそれくらい。それに、いつも兄にべったりでも仕方ないしな」
「別に、べったりじゃありません」
俺が頭を撫でながらそう言うと、花火はちょっと拗ねたように頬を膨らませる。そんな顔も可愛らしい。
「冗談だ。今日も勉強頑張れよ」
「うん、お兄ちゃんこそ授業中寝ないようにね。徹夜してるんだから」
たぶん居眠りはしてしまうと思うけど……
「それじゃ、そろそろ行くよ」
「うん、ばいばい」
俺達は花火と別れ、教室へ向かった。
「おはよー、今日も朝から元気だね」
「美火!やっぱり今年も搭乗士科取ってたんだ」
「よお、李」
「うん、桜庭君もおはよー」
教室に入るなり元気な声が聞こえてきた。
彼女の名は李美火。中華帝国出身で、炎の民の桜色の髪を短く切った猫目のボーイッシュな雰囲気の少女で、羽美とは中学の頃からの友人だ。
「って、桜庭君。目の下にちょっと隈が出来てるね。どうかしたの?」
「……そんなに分かり易いのか?」
今朝、顔を洗う時に鏡を見た時はそれほどでもなかったと思うんだが……
「ええ、とても分かり易いですよ。あともう少しでパンダになれますね。隈だけに」
「熊とパンダの間には1歩どころじゃない差があるような気がするが……」
「あっ、おはよーマリア」
「おはようございます、羽美」
この横から急に現れた丁寧な物腰の少女はマリア=ローゼだ。イニターリア共和国出身で、風の民の若草色の髪を横に括り、おとなしそうな表情をしている。同じく羽美とは中学からの友人だ。
「でも、本当にどうしたの?夜更かし?」
「それがね、純一ってばまた徹夜したみたいなの」
「いや、二時間ぐらいは寝たから徹夜じゃないぞ」
「育ち盛りの高校生は二時間じゃダメでしょ」
「ふむ……それで今日の純一は遅い登校だったわけか」
と、そこでもう一人クラスメートが話に入ってくる。
「ラース、生きてたのか」
「当たり前だ。あのくらいで俺が死ぬわけないだろ」
ラーシアッド=リフリンド。ルーシ連邦出身で、月の民のプラチナ色の髪をしたこの少年は、中学時代からの俺の悪友で、よく俺とつるんでは頭の悪い遊びをやっている。
ついこの前も、ちょっとした遺跡に無断で潜り――遺跡に立ちいるには、専用の許可がいる――探索していたら、下級神旗軍である蛇蚯蚓の放った一撃が、近くに合った大量の擲弾やらクラスター爆弾やら名称が不明だがとにかくやばそうな物体やら――もともと軍事基地だったらしい――に当たり大爆発を起こした。
俺もラースも刻印機甲に乗っていたから無事だったが、遺跡は崩壊していた。
「え~、またなんかやらかしてきたの?この小悪党」
「まったく、本当はいけないことだって分かってるの、純一」
「危険だから無断立ち入りを禁止しているのに……あなた達みたいな人がいるから、死傷者はいなくならないんですよ?」
「いいだろ別に、無事だったんだしさ」
「でも世界協定ぐらいは守らなきゃだめだよ。いくら校則や命令を違反したってさ」
まったくひどい言われようだ。
「そう言えば羽美。こんな話は聞いてますか?今思い出したのですが、この学園に留学生が来るそうなんですよ。北欧のスオミ共和国から」
「留学生?編入生じゃなくて?」
搭乗士の名門校ともなれば編入生は少なくない。だが、留学生は珍しかった。
「俺もそんな話は聞いたことは無いな……お前はどうだ、同郷?」
「ルーシ連邦を北欧と言った奴は法律で死刑と決まっているぞ。だが、俺もそんな話は聞いたことは無いな」
「その留学生、今度うちの寮に来ることになったそうですよ」
「へぇ、それなら楽しみだな~」
美火がそう呟いていた。確かに、自分たちの寮に留学生が来るというのは、ちょっとしたニュースだろう。
「でも、こんな学園じゃ、北欧人の珍しさなんて分かんないな」
「まあね、いろんな国の人や、種族の人がいるからね」
俺の言葉に羽美が共感する。
ちなみに種族というのは髪の色で分けられているだけで、国境は関係ない。――事実、おなじ大和皇国出身の俺や花火や羽美は全員違う種族だ――種族について強いて言うならば、遺伝子が関係していることと、種族によってある程度刻印が決まるということぐらいだろう。実際、赤い髪をした炎の民の羽美や美火は、炎に関する刻印だし、白銀い髪をした月の民の花火やラースは電撃に関する刻印だ。他にも翠の髪をした風の民のマリアは嵐に関する刻印で、黒い髪をした影の民の俺は闇に関する刻印だ。
すると、周りが騒がしくなってくる。
「お、おい、ローゼ、その話はマジなのか!?」
「留学生……留学生!どんな人が来るのかな?格好良い人が来るのかな!?」
「私、素敵な男の子だと思う。そして出会うなり、その人と私は恋に落ちるの!」
「いや、まだ男子だとは決まってないだろ、女子の可能性だってあるぞ」
「まてまて、その中間という可能性だって――」
「それは無い!」
「ですよね~……」
声を揃えて否定されてしまった。……いや、俺も本気でその可能性があると思っているわけじゃないけど。
「桜庭、お前だって可愛い女の子の方がいいだろ?そう思うよな?な!?」
「それは……確かにな」
こいつらじゃないけれど、可愛い女の子とお近づきに……俺だって、可愛い女の子とイチャイチャしてみたいしな。
「ふっ、お前には負けないからな、桜庭」
「当然だ、いつも可愛い女の子を周りにはべらせてるお前には、絶対に負けん!!」
と、ビシッと指を差してくる男子生徒二人。なんかこの前読んだ小説で似たようなことを言っている大和人を見た気がする。名前は確か……『吉留 快』だったはずだ。
「ねぇねぇ、羽美は――別に興味無いか」
「えっ、どうして?」
「でって、どんな素敵な男の子が来ても関係ないでしょ?」
「でも、羽美としては可愛い女の子だと気になるんじゃないの?ライバル出現!ってさ」
「なっ……へ、変なこと言わないでよ美火っ!別に……あたし、そんなの気にしてないし。まだ男の子の可能性だってあるわけだし……」
「だよね、男の子だったら絶対にゲットして見せる!あぁ、待ってて私の王子様!」
「盛り上がってるところ悪いですが、来るのは女性ですよ」
盛り上がる女子に冷や水を浴びせるように、マリアが笑いながらそう呟いた。
「羽美、女の子だってどうする?」
「べ、別に、どうもしないわよ。あたし純一を信じてるし……」
「おーおー、焦ってる焦ってる。 頑張れ羽美!」
「も、もうっ、からかわないで!」
「そういえば、留学生について何か知ってるのか?」
ふと思い立ち、俺はマリアに尋ねる。
「名前と同い年だということは知ってますが……なんですか、気になるんですか?桜庭君も男の子だったんですねぇ」
ぐっ、これは絶対誤解を受けている……そういう目だ。
「いや慣れない土地で大変だなって思ってさ」
せめて出身地でも分かれば多少のフォローは出来ると思う。
「おや、桜庭君の割には良いことを言うじゃありませんか。これでシスコンじゃなければもっとましな人間にもなれたでしょうに」
「……って、ちょ、待てローゼ!もしかして俺のことを言ってるのか?」
「ええ、そのままズバリ。反論があれば聞きますが?」
「おれに妹趣味はない」
「え?」
何故かマリア以外から意外そうな声が聞こえてきた。
「李はともかく、羽美まで!?」
「ご、ごめん、でもさすがに……ねぇ?」
「桜庭君が言っても説得力がないと言うか……」
「では、多数決をとります。桜庭君がシスコンだと思う人」
「えっと……はい」
「は~い」
案の定というか、羽美達はスッと手を挙げた。
「はい」
「は、はい」
「は~い」
「って、お前らもか!?」
お前らは向こうで留学生の話をしていたはずだろ。
「どうですか桜庭君。これが現実です。降参しますか?」
「くっ」
降参する?ふざけるな。これには俺の誇りが掛かっているんだ。死んでも降参なんかするか。
だがそこへ、穏やかな声が割り込む。
「は~い皆さ~ん。席についてくださ~い」
教室に二十代半ばであろうと思われる女性――搭乗士科Ⅱの担当教師のミーラ=ライグリィだ。
「ほ、ほら、教師が来たんだし席に座らないとな。」
俺は安堵しながらそう促す。そしてミーラに感謝した。
もっとも、そんな感謝が教師に伝わるわけもないが。
「さて、皆さん春休みで気が抜けてませんか?間違えても、勝手に遺跡に入ったりしてませんか?」
何人かからの視線が俺とラースを射抜くが、気にしない。
「明日は新入生歓迎模擬戦がありますから、出場する予定の人は、早めにエントリーを済ませておいてくださいね」
では、授業を始めます。と言ってミーラは授業を始める。だが、俺は窓の外を見ながら、誰にも聞こえないようにそっと呟く。
「こんな学園に留学するぐらいだ、精々楽しませてくれよ」
自分の意思と関係なく沸々(ふつふつ)と強まってくる思いを鎮め、俺は授業に意識を戻した。
どうも、斑鳩です。最近逆お気に入り登録されて喜んでおります。十条 楓様どうもありがとうございます。
さて、またロボットは出てきませんでしたね……(反省しています)ですがそれはそれ、今回も可愛い女の子がどんどん増えました。そうです、可愛いは正義なのですっ!
しかし、この作品を書いている時に前回の後書きを無視して純一君をシスコン設定にしようかなとふと思ったのも事実です。まあ、やりませんが。
長くなりましたが、謝辞を。
まず、『小説家になろう』様。毎度毎度こんなへっぽこ作品を掲載して下さって感謝の限りです。
次に、読者の皆さま。私の作品をクリックして下さって誠にありがとうございます。今回、投稿が大幅に遅れてすいませんでした。
それでは最後に、作中に出てきた『吉留 快』は架空の人物です。言ってみれば、序章の『キース』と同じ役割です。