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滅びた刻印の執行者《アポカリプス》  作者: 斑鳩
Ⅰ章 アーストリア士官学校編
3/5

恋の花の蕾が芽生えし通学路にて

 俺の朝は、妹の入れてくれた一杯の珈琲コーヒーから始まる。

「うん、うまい」

「旨い、じゃないでしょ。珈琲を味わうのも良いけど、早くご飯食べないと遅刻するわよ」

 炎の民(ブレイジス・フレム)朱色しゅいろの髪を二つにくくった幼馴染おさななじみ篠沢しのざわ羽美はみに、あきれられたような眼差まなざしを向けられてしまう。

「悪い。でも本当に美味しいな、豆を変えたのか?」

「変えてないけど……あっ、もしかしたら少しブレンドして試してみたからかも」

 なるほど、それで少し後味あとあじが違うわけか。

花火はなび、グッジョブだ」

「うん、ありがとう」

 ほおを染めてうれしそうにはにかむ花火。

 そこに、つまらなそうに羽美が口を開く。

「もしもーし、純一じゅんいち~」

「ああ、悪い。羽美も毎日美味しいご飯を作ってくれてありがとな。」

 両親のいない俺たち兄妹の朝夕のご飯を作ってくれる幼馴染なんて、俺にはもったいなすぎると思う。となりに住んでたから物心ものごころつく前から一緒にいたが、そういうきっかけがなければどうなっていたか……

 だからこそ、俺は心から感謝かんしゃを述べられる。

「ううん、別にお礼なんて。おじさんとおばさんがくなったあの日から、あたしは二人のご飯を作り続けるって決めたから……って、そうじゃなくて、早くしないと遅刻しちゃうって言ってるの!ただでさえ、夜桜寮よざくらりょうから学校まですっごく遠いんだから!」

 そう言いながら、羽美の頬が少し赤くなっている。

「うん、そうだね。早くしないとご飯が冷めちゃうもんね」

「ああ、そうだな。いただきます!」

「いただきます、羽美お姉ちゃん」

 俺と花火はそろって行儀ぎょうぎ良く手を合わせた。

そんな俺達に、羽美はまだ頬に赤みを残したまま小さく微笑む。

「う、うん、召し上がれ。」

 俺ははしを持つと、真っ先に大好物だいこうぶつ卵焼たまごやきへと手を付けた。

「ん……旨い!!この甘さが最高さいこうだ。俺の好みをばっちりおさえているんだよな!」

 昔、羽美の卵焼きを旨いと言った日から朝食はこればっかりな気がするが、それでもきない美味しさを保っているのが羽美の卵焼きなんだよな。

「お兄ちゃん、本当に卵焼き好きだよね」

「もちろんだ。羽美の作る料理は何でもおいしいけど、これは格別だからな」

「そ、そうかな……」

 ほんのりと頬をめ、羽美は嬉しそうにはにかんだ。

 本当に、俺には出来過ぎた幼馴染だと改めて思った。



 寮の中から花火が出てきてとびらを閉める。

「お兄ちゃん、羽美お姉ちゃん、お待たせ。そろそろ行こ」

「そうだな……っと、ちょっと待った」

「どうかしたの?」

「花火、ちょっとこっちに来るんだ。えりが曲がってる」

「えっ、ほんと?」

 とことこと近づいてくる花火の襟を、俺は丁寧ていねいに直していく。

「ありがと、お兄ちゃん」

 俺の手が離れると、花火は嬉しそうに表情ひょうじょうをほころばせた。

「はあ……まったく、この兄妹はもう……」

 何故か、俺達を見ていた羽美が小さく溜息ためいきをつく。

「なんだよ、溜息なんてついて」

「別に……ただ、純一と花火ちゃんって本当に仲がいいなって思っただけ。子供のころからずっと一緒いっしょだったあたしはいいけど、他の人から見たら純一なんてシスコンに見えるよ」

「なっ……!」

 驚愕きょうがくする俺に向かって、花火はとどめをさす。

「それはそうだよ。だってお兄ちゃん過保護かほごすぎるんだもん」

「花火ちゃんも兄離れが出来ない子、みたいだけどね」

「えっ……」

「ま、まあ、兄妹の仲が良いのは良いことだしな」

「それにしても、ちょっと仲が良すぎない?」

 うーん、そうなのかな?

 首をひねっていると、花火は羽美ににこりと微笑みかけた。

「でも、お兄ちゃんがやさしいのは事実だしね。死んだお父さんお母さんの代わりに私のこと守ってくれるしね。あっでも、いびきはちょっとうるさいかな。勝手に人の部屋に入って工具箱こうぐばこを持ち出す所もいやかも。でも、こまってる時はいつも助けてくれるし、頭をでられたらなんだか幸せな気分きぶんになっちゃうし……そんな所も全部(ふく)めて、わたしはお兄ちゃんのことが大好きだから」

「ちょ、ちょっと待て、そんなにめられても何も出ないぞ?」

 妹にベタ褒めされて、照れくさくなってきた。

「それにしてもな……」

 でも、さり気なく俺への不満ふまんを混ぜ込むあたり、なかなか油断ゆだんならないと思う。だが、同時に気恥きはずかしさが付いてくるのも事実だ。

「ほら、モタモタしてると遅刻するぞ」

 そんな気恥ずかしさをまぎらわす為に二人をうながすと、先導せんどうして歩き始め

た。このままここに突っ立って雑談ざつだんしていると、その優しさに甘えそうになるからだ。

 俺にその優しさに甘える資格しかくなんて、ありはしないのだから……



「お兄ちゃん、これなら遅刻せずにみそうだね」 

 大通おおどおりに出た辺りから、同じ制服せいふくに身をつつんだ生徒がぽつぽつ増えていた。その流れに乗りながら、俺は花火とかたを並べて歩く。

「って言うよりも、外でも『お兄ちゃん』なんだな」

「……?それがどうかしたの?」

「いや、なんでもない」

 なんというか、外でこんな美少女に『お兄ちゃん』なんて言われると気恥ずかしくなってくる。でも、世の中には妹にてされたり、そもそも名前すら呼ばれない人もいるそうだからな。それに比べれば、贅沢ぜいたくなんて言えない。

「お兄ちゃん、なんだか変な顔してる」

「変な顔ってなんだよ」

「うーん……なんだかえっちっぽい感じ?」

 なんて、可愛かわいらしく微笑みながら俺を見つめてきた。そんな風に見つめられると、妹とは言えドキドキしてくるが、言葉はなかなかひどいものである。

 すると、近くから花火と同じくらいの男子の声が聞こえてきた。

「うぉぉぉ、始業式しぎょうしきから桜庭さんに会えるなんてラッキーだ!」

「やっぱり可愛いよなぁ、お前声かけろよ」

「無理、無理だって。クラスメートだったけど近づくのもおそおおいだろ!?」

「だよなぁ。あのとなりにいる人って兄貴あにきだろ?あの位置、良いよなぁ……」

「お前、ゆずってくれなんて言いに行くんじゃないよな?そんなことしたら学校中の男子がお前の敵になるからな。それにあのお兄さん、滅茶苦茶めちゃくちゃ強えらしいからな」

「なにしろ高等部一年の学年十位内ロイヤル・ナイトだからな……お似あいといっちゃお似合いか……」

「まあ、高嶺たかねはなだよなぁ……」

 周りからそんな声が聞こえてきて、俺は苦笑くしょうする。

相変あうかわらずの人気だな」

「えっ……何のこと?」

「いや、花火がさ、有像無象うぞうむぞうに男どもにモテモテなんだなって」

 そこまで言い、俺は口をつぐんでいた。確かにうちの妹は可愛い。こうして微笑んでいると、周りの男たちがさわぐのも分かる気がする。

 だが、だが……

「お兄ちゃんは心配だよ」

「えっ?なに、急に」

 俺のつぶやきに花火は驚いたように小首をかしげた。

「うぉぉぉぉぉ、可愛いぃぃぃぃぃ!!」

 そんな仕草しぐさに周りの男どもはどよめき始める。

「それだ!その男をまどわすような仕草しぐさ!危険過ぎる!」

「そんなこと言われても、よく分かんないんだけど……」

「花火……誰かに告白こくはくなんてされてないだろうな?」

「そんなのないよ。そもそも、男の子から声をかけられることなんてほとんどないし」

「えっ、本当に?」

「うん。お断りするのも大変だから別に良いんだけど、どうしてだろう?」

 それはもしかして、逆に近寄りがたい雰囲気ふんいきでもあるってことだろうか?それなら兄としてはちょっと安心だが……

「それはそれで複雑ふくざつ心境しんきょうだな。花火はこんなに可愛いっていうのに」

「お、お兄ちゃん?」

 俺がぽろっとらした言葉に、花火のほおがみるみる赤く染まり始めた。困った様子で視線しせんをさまよわせ、しまいにはうつむいてしまう。

「そ、その……本気で、言ってる……?」

「ああ、もちろん本気だが……」

「そうなんだ……」

 ますます恥ずかしげに俯く花火。そんな花火を不思議に思い、俺は花火に声をかける。

「おーい、花火~?」

「…………」

 だが、花火は俯くばかりで何も答えない。

「そんなに酷ことでも言ったかな……」

 そう思い、若干じゃっかん忘れかけてるさっきの会話を思い出す。


 ――それはそれで複雑な心境だな。花火はこんなに可愛いっていうのに。

 

「一体俺は何を口走くちばしっているんだぁぁぁ!?」

 とんでもないことを言っていたことに気付き、俺の顔が花火と同様どうように赤く染まる。これは花火も恥ずかしがるわけだ。おい、世の男諸君(しょくん)。こんな言葉は14歳までにしておくことだ。さもなければとんでもない恥をかくぞ。

 兄妹そろって顔を赤らめていると言うのも変な光景だが、さっきの会話を思い出してしまった以上気恥ずかしくってなにも話しかけられない。もちろん花火もだ。

 こういう時は一気に話題わだいを消し飛ばすのが一番だ。

「なんてな!冗談じょうだんだよ冗談」

「……えっ?」

「家を出る時にめ殺されたからな、そのお返しだ」

「そうなんだ。はあ、びっくりした。もう……驚いちゃうから突然とつぜんそんなこと言わないで、お兄ちゃん」

「ははは、悪い」

「でもそうやって普通にめられると、すごうれしい」

 本当にそう思っているのか、花火は柔らかくはにかんだ。破壊力抜群はかりょくばつぐんの笑顔が、俺の心臓をつらぬいていく……

「くっ……」

「うぉぉぉ、桜庭さんの貴重きちょう萌顔もえがおだぁぁぁ!」

「あああ、いやされるでござるぅぅぅ!」

「くそっ、桜庭さんみたいな彼女かのじょが欲しい……俺も女の子と付き合いてーよぉ!」

 まぶしさにくらみそうになるのと同時に、周りの男どもがまた騒ぎ始めた。

 この天使てんしみたいな娘、俺の妹なんだぜ……?

 俺は周囲の男どもに優越感ゆうえつかんを覚えながら、花火の頭を軽くでる。

「……ふぅん」

「あ……」

 隣から不満気ふまんげな声が聞こえ、俺はハッと我に返った。そういえば羽美も一緒だったのをすっかり忘れていた……

 するともう一人の美少女さんはつまらなそうに口を開いた。

「別にあたしのことなんて忘れてても良いのよ?純一は他の人達みたいに、浮かれてイチャイチャしていれば良いんじゃない?」

「ま、待った、羽美の事を忘れていたには悪いと思うが、あんなやつらと一緒にするのは止めてくれ!」

 羽美の言葉に、俺は思わずそう言ってしまう。だって、それはあんまりだ。

「見ろよ、モテない奴らが俺たちのことをやっかんでるぜ」

「やーん、視線がキモーイ」

「もっと見せつけてやろうぜ。ん~」

「ちゅっ」

「ラブ☆エクスプロージョン♪」

 あんなのとか……

「ねえ、そこの彼女~良いおしりしてるね!俺と一緒にしくらまんじゅうでもしようぜ!」

「はぁ?あなたバカ?いっぺんはしから落ちて頭冷あたまひやして来い」

「オーマイガッ!手厳てきびし~」

 あんなのと同列どうれつあつかわれるんだぞ!?てかっ、なんだこの通学路つうがくろ、クズの見本市みほんいちじゃねぇか。こいつら一応いちおう士官候補生しかんこうほせいだよな?

「でも最近は本当にみだれてるよなぁ」

「うん、生徒会せいとかい風紀委員ふうきいいんがかなり目を光らせてるらしいんだけど、やっぱりここまでくると何か問題が起こりそうだよね」

 少し不安ふあんそうに羽美が視線しせんを落とした。

「安心しろ。羽美と花火は俺が守ってやるからさ」

「うん、ありがとう……」

 羽美は不安が取り除かれたように笑った。その笑顔を見ながら俺は少し後悔こうかいした。

 俺が二人を守れる保証ほしょうなんて、どこにも無いのだから……


純一君はシスコンではありません。どうも斑鳩です。

今回も『滅びた刻印の執行者《アポカリプス》』を読んで下さってありがとうございます。

では謝辞を。

まず、『小説家になろう』さん。毎度毎度、私の作品を掲載して下さってありがとうございます。まだまだ修行中の身ですので、長い目で見ていて下さい。

それから読者の皆さま。今回も読んでいただき感謝感激です。今回もロボットの『ロの字』も出てこなくて申し訳ございません。温かい目で見ていて下さい。

それでは最後に……本作の主人公、桜庭純一君はシスコンではありません。ただ、過保護なだけです!勘違いされた方すいません。

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