恋の花の蕾が芽生えし通学路にて
俺の朝は、妹の入れてくれた一杯の珈琲から始まる。
「うん、旨い」
「旨い、じゃないでしょ。珈琲を味わうのも良いけど、早くご飯食べないと遅刻するわよ」
炎の民の朱色の髪を二つに括った幼馴染の篠沢羽美に、呆れられたような眼差しを向けられてしまう。
「悪い。でも本当に美味しいな、豆を変えたのか?」
「変えてないけど……あっ、もしかしたら少しブレンドして試してみたからかも」
なるほど、それで少し後味が違うわけか。
「花火、グッジョブだ」
「うん、ありがとう」
頬を染めて嬉しそうにはにかむ花火。
そこに、つまらなそうに羽美が口を開く。
「もしもーし、純一~」
「ああ、悪い。羽美も毎日美味しいご飯を作ってくれてありがとな。」
両親のいない俺たち兄妹の朝夕のご飯を作ってくれる幼馴染なんて、俺にはもったいなすぎると思う。隣りに住んでたから物心つく前から一緒にいたが、そういうきっかけがなければどうなっていたか……
だからこそ、俺は心から感謝を述べられる。
「ううん、別にお礼なんて。おじさんとおばさんが亡くなったあの日から、あたしは二人のご飯を作り続けるって決めたから……って、そうじゃなくて、早くしないと遅刻しちゃうって言ってるの!ただでさえ、夜桜寮から学校まですっごく遠いんだから!」
そう言いながら、羽美の頬が少し赤くなっている。
「うん、そうだね。早くしないとご飯が冷めちゃうもんね」
「ああ、そうだな。いただきます!」
「いただきます、羽美お姉ちゃん」
俺と花火は揃って行儀良く手を合わせた。
そんな俺達に、羽美はまだ頬に赤みを残したまま小さく微笑む。
「う、うん、召し上がれ。」
俺は箸を持つと、真っ先に大好物の卵焼きへと手を付けた。
「ん……旨い!!この甘さが最高だ。俺の好みをばっちりおさえているんだよな!」
昔、羽美の卵焼きを旨いと言った日から朝食はこればっかりな気がするが、それでも飽きない美味しさを保っているのが羽美の卵焼きなんだよな。
「お兄ちゃん、本当に卵焼き好きだよね」
「もちろんだ。羽美の作る料理は何でもおいしいけど、これは格別だからな」
「そ、そうかな……」
ほんのりと頬を染め、羽美は嬉しそうにはにかんだ。
本当に、俺には出来過ぎた幼馴染だと改めて思った。
寮の中から花火が出てきて扉を閉める。
「お兄ちゃん、羽美お姉ちゃん、お待たせ。そろそろ行こ」
「そうだな……っと、ちょっと待った」
「どうかしたの?」
「花火、ちょっとこっちに来るんだ。襟が曲がってる」
「えっ、ほんと?」
とことこと近づいてくる花火の襟を、俺は丁寧に直していく。
「ありがと、お兄ちゃん」
俺の手が離れると、花火は嬉しそうに表情をほころばせた。
「はあ……まったく、この兄妹はもう……」
何故か、俺達を見ていた羽美が小さく溜息をつく。
「なんだよ、溜息なんてついて」
「別に……ただ、純一と花火ちゃんって本当に仲がいいなって思っただけ。子供の頃からずっと一緒だったあたしはいいけど、他の人から見たら純一なんてシスコンに見えるよ」
「なっ……!」
驚愕する俺に向かって、花火はとどめをさす。
「それはそうだよ。だってお兄ちゃん過保護すぎるんだもん」
「花火ちゃんも兄離れが出来ない子、みたいだけどね」
「えっ……」
「ま、まあ、兄妹の仲が良いのは良いことだしな」
「それにしても、ちょっと仲が良すぎない?」
うーん、そうなのかな?
首を捻っていると、花火は羽美ににこりと微笑みかけた。
「でも、お兄ちゃんが優しいのは事実だしね。死んだお父さんお母さんの代わりに私のこと守ってくれるしね。あっでも、いびきはちょっとうるさいかな。勝手に人の部屋に入って工具箱を持ち出す所も嫌かも。でも、困ってる時はいつも助けてくれるし、頭を撫でられたらなんだか幸せな気分になっちゃうし……そんな所も全部含めて、わたしはお兄ちゃんのことが大好きだから」
「ちょ、ちょっと待て、そんなに褒められても何も出ないぞ?」
妹にベタ褒めされて、照れくさくなってきた。
「それにしてもな……」
でも、さり気なく俺への不満を混ぜ込むあたり、なかなか油断ならないと思う。だが、同時に気恥ずかしさが付いてくるのも事実だ。
「ほら、モタモタしてると遅刻するぞ」
そんな気恥ずかしさを紛らわす為に二人を促すと、先導して歩き始め
た。このままここに突っ立って雑談していると、その優しさに甘えそうになるからだ。
俺にその優しさに甘える資格なんて、ありはしないのだから……
「お兄ちゃん、これなら遅刻せずに済みそうだね」
大通りに出た辺りから、同じ制服に身を包んだ生徒がぽつぽつ増えていた。その流れに乗りながら、俺は花火と肩を並べて歩く。
「って言うよりも、外でも『お兄ちゃん』なんだな」
「……?それがどうかしたの?」
「いや、なんでもない」
なんというか、外でこんな美少女に『お兄ちゃん』なんて言われると気恥ずかしくなってくる。でも、世の中には妹に呼び捨てされたり、そもそも名前すら呼ばれない人もいるそうだからな。それに比べれば、贅沢なんて言えない。
「お兄ちゃん、なんだか変な顔してる」
「変な顔ってなんだよ」
「うーん……なんだかえっちっぽい感じ?」
なんて、可愛らしく微笑みながら俺を見つめてきた。そんな風に見つめられると、妹とは言えドキドキしてくるが、言葉はなかなか酷いものである。
すると、近くから花火と同じくらいの男子の声が聞こえてきた。
「うぉぉぉ、始業式から桜庭さんに会えるなんてラッキーだ!」
「やっぱり可愛いよなぁ、お前声かけろよ」
「無理、無理だって。クラスメートだったけど近づくのも恐れ多いだろ!?」
「だよなぁ。あの隣にいる人って兄貴だろ?あの位置、良いよなぁ……」
「お前、譲ってくれなんて言いに行くんじゃないよな?そんなことしたら学校中の男子がお前の敵になるからな。それにあのお兄さん、滅茶苦茶強えらしいからな」
「なにしろ高等部一年の学年十位内だからな……お似あいといっちゃお似合いか……」
「まあ、高嶺の花だよなぁ……」
周りからそんな声が聞こえてきて、俺は苦笑する。
「相変わらずの人気だな」
「えっ……何のこと?」
「いや、花火がさ、有像無象に男どもにモテモテなんだなって」
そこまで言い、俺は口を噤んでいた。確かにうちの妹は可愛い。こうして微笑んでいると、周りの男たちが騒ぐのも分かる気がする。
だが、だが……
「お兄ちゃんは心配だよ」
「えっ?なに、急に」
俺の呟きに花火は驚いたように小首を傾げた。
「うぉぉぉぉぉ、可愛いぃぃぃぃぃ!!」
そんな仕草に周りの男どもはどよめき始める。
「それだ!その男を惑わすような仕草!危険過ぎる!」
「そんなこと言われても、よく分かんないんだけど……」
「花火……誰かに告白なんてされてないだろうな?」
「そんなのないよ。そもそも、男の子から声をかけられることなんてほとんどないし」
「えっ、本当に?」
「うん。お断りするのも大変だから別に良いんだけど、どうしてだろう?」
それはもしかして、逆に近寄りがたい雰囲気でもあるってことだろうか?それなら兄としてはちょっと安心だが……
「それはそれで複雑な心境だな。花火はこんなに可愛いっていうのに」
「お、お兄ちゃん?」
俺がぽろっと漏らした言葉に、花火の頬がみるみる赤く染まり始めた。困った様子で視線をさまよわせ、しまいには俯いてしまう。
「そ、その……本気で、言ってる……?」
「ああ、もちろん本気だが……」
「そうなんだ……」
ますます恥ずかしげに俯く花火。そんな花火を不思議に思い、俺は花火に声をかける。
「おーい、花火~?」
「…………」
だが、花火は俯くばかりで何も答えない。
「そんなに酷ことでも言ったかな……」
そう思い、若干忘れかけてるさっきの会話を思い出す。
――それはそれで複雑な心境だな。花火はこんなに可愛いっていうのに。
「一体俺は何を口走っているんだぁぁぁ!?」
とんでもないことを言っていたことに気付き、俺の顔が花火と同様に赤く染まる。これは花火も恥ずかしがるわけだ。おい、世の男諸君。こんな言葉は14歳までにしておくことだ。さもなければとんでもない恥をかくぞ。
兄妹そろって顔を赤らめていると言うのも変な光景だが、さっきの会話を思い出してしまった以上気恥ずかしくってなにも話しかけられない。もちろん花火もだ。
こういう時は一気に話題を消し飛ばすのが一番だ。
「なんてな!冗談だよ冗談」
「……えっ?」
「家を出る時に褒め殺されたからな、そのお返しだ」
「そうなんだ。はあ、びっくりした。もう……驚いちゃうから突然そんなこと言わないで、お兄ちゃん」
「ははは、悪い」
「でもそうやって普通に褒められると、凄く嬉しい」
本当にそう思っているのか、花火は柔らかくはにかんだ。破壊力抜群の笑顔が、俺の心臓を貫いていく……
「くっ……」
「うぉぉぉ、桜庭さんの貴重な萌顔だぁぁぁ!」
「あああ、癒されるでござるぅぅぅ!」
「くそっ、桜庭さんみたいな彼女が欲しい……俺も女の子と付き合いてーよぉ!」
まぶしさに眩みそうになるのと同時に、周りの男どもがまた騒ぎ始めた。
この天使みたいな娘、俺の妹なんだぜ……?
俺は周囲の男どもに優越感を覚えながら、花火の頭を軽く撫でる。
「……ふぅん」
「あ……」
隣から不満気な声が聞こえ、俺はハッと我に返った。そういえば羽美も一緒だったのをすっかり忘れていた……
するともう一人の美少女さんはつまらなそうに口を開いた。
「別にあたしのことなんて忘れてても良いのよ?純一は他の人達みたいに、浮かれてイチャイチャしていれば良いんじゃない?」
「ま、待った、羽美の事を忘れていたには悪いと思うが、あんな奴らと一緒にするのは止めてくれ!」
羽美の言葉に、俺は思わずそう言ってしまう。だって、それはあんまりだ。
「見ろよ、モテない奴らが俺たちのことをやっかんでるぜ」
「やーん、視線がキモーイ」
「もっと見せつけてやろうぜ。ん~」
「ちゅっ」
「ラブ☆エクスプロージョン♪」
あんなのとか……
「ねえ、そこの彼女~良いお尻してるね!俺と一緒に押しくらまんじゅうでもしようぜ!」
「はぁ?あなたバカ?いっぺん橋から落ちて頭冷やして来い」
「オーマイガッ!手厳し~」
あんなのと同列に扱われるんだぞ!?てかっ、なんだこの通学路、クズの見本市じゃねぇか。こいつら一応士官候補生だよな?
「でも最近は本当に乱れてるよなぁ」
「うん、生徒会や風紀委員がかなり目を光らせてるらしいんだけど、やっぱりここまでくると何か問題が起こりそうだよね」
少し不安そうに羽美が視線を落とした。
「安心しろ。羽美と花火は俺が守ってやるからさ」
「うん、ありがとう……」
羽美は不安が取り除かれたように笑った。その笑顔を見ながら俺は少し後悔した。
俺が二人を守れる保証なんて、どこにも無いのだから……
純一君はシスコンではありません。どうも斑鳩です。
今回も『滅びた刻印の執行者《アポカリプス》』を読んで下さってありがとうございます。
では謝辞を。
まず、『小説家になろう』さん。毎度毎度、私の作品を掲載して下さってありがとうございます。まだまだ修行中の身ですので、長い目で見ていて下さい。
それから読者の皆さま。今回も読んでいただき感謝感激です。今回もロボットの『ロの字』も出てこなくて申し訳ございません。温かい目で見ていて下さい。
それでは最後に……本作の主人公、桜庭純一君はシスコンではありません。ただ、過保護なだけです!勘違いされた方すいません。