とある日の朝
――星歴1815年。
「痛っ!?」
背中を床に打ちつけ、淡いまどろみの中にあった意識が覚醒する。若干寝違えたような気のする首をさすりつつ、ベッドの上に這い上がる。どうやらベッドから落ちたらしい。
カーテンを閉めた窓から朝日が漏れ出しているのを見ると、朝のようだ。
「痛た……たくっ、何だったんだよ今の夢は……」
確かに奇妙な夢だった。神旗軍になって殺される夢など普通は見ない。
――それに。
「なんで、神旗軍相手に刻印機甲を使わなかったんだ?」
――刻印機甲。鋼鉄の剣や銃の弾丸すら弾いてしまう神旗軍に対抗できる唯一の兵器であり、『古の民』達が残した最強の聖遺物だ。鋼鉄の骨格と真銀の皮膚の体を持ち、真鍮の鎧を身につけたその巨人は単純に言って素早くて、堅い。
遥か昔に密かに研究されていたという《魔術》によって動かされており、柔軟にしなる真銀と堅牢な真鍮によって構成されたその身体は神旗軍の強烈な一撃に耐え、魔術と真鍮の剣や弾丸によって、圧倒することができる。
だが、『古の民』が刻印機甲を持ってしても神旗軍に敗北した理由は大きく二つある。
一つ目は上級だ。神旗軍は、下級、中級、上級、そしてオリジナル級の四種類に分かれている。一機の刻印機甲が対抗できるのは精々中級までで、それ以上となると遭遇率も低いが、強力なものが多い。
そして二つ目が《刻印》だ。刻印とは、人間が産まれた時に授かる紋章のことで、そこから《魔力》を作り出す事ができる。この魔力が刻印機甲を動かすためには必須なのだが、『古の民』にはこの刻印が存在しなかったため魔力を作れなかったらしい。「自分達が作った兵器を自分達が使えないなど滑稽な話である」というのが一般的な意見なのだが、中には「刻印機甲は自分たちに残した希望なのではないだろうか」という意見も出てきている。
そう考えると夢に出てきた人たちは『古の民』なのではないかと思ってしまったが即座に首を振る、『古の民』など出会ったことも見たこともないのだから……
「お兄ちゃーん。起きてるのー?」
すると、扉の向こうから妹の花火の声が聞こえてきた。
「起きてるぞー」
と言おうとした瞬間俺は机の上に置いてあるものを見て、口をつぐまざるを得なくなった。
――しまった。
机の上には昨夜、ドライバーやらペンチやら魔装干渉具やらが入ったピンクの工具箱が置いてあった。昨夜、技術者でもある我が妹の部屋から無断で持ち出したものだ。
「……っ、まずい!?」
足音を聞きつけ、咄嗟に俺はそれをベッドの中に入れ布団をかぶった。
「お兄ちゃん、起きてる?」
ノックもせずに一人の女の子が入ってきた。
「…………」
「お兄ちゃん?」
無造作にベッドに近づき、軽く首をかしげる。
「ん~……本当は起きてるでしょ。寝たふりしてたってわかるんだからね」
「…………」
「もうっ、早く起きないと遅刻しちゃうよ」
花火の声が聞こえるが、俺はまだ目を開けない。
「お兄ちゃん、ほら早く~」
すると、頬っぺたをツンツンと突っついてきた。少しくすぐったさを覚え、かすかに目を開けると。
「!?」
瞬間、俺は硬直してしまう。
「あっ、目を開けた?おはよう、お兄ちゃん」
「…………」
「お兄ちゃん?」
花火の顔が、それこそキスをしてしまうかのような間近にあった。しかも身体が密着し、意識した瞬間柔らかく温かな感触が全身に広がっていく。
(何故俺のすぐ隣で、花火がころんと寝ころんでいるんだ……?)
「な、何してる、花火……」
「だって、お兄ちゃんが全然起きないんだもん」
そう言い、当の妹――桜庭花火は甘えるように擦り寄ってきた。
「おぉぉっ!?こ、こら花火っ」
いくら妹とはいえ、寝起きにこれは反則だ!心臓がドキドキして息苦しくなってきた……
だが、花火の方は平然とした表情をしている。
「お兄ちゃん、目は覚めた?」
「あ、ああ、さすがにこれは覚めた……」
そうして、俺は花火の顔をじっと見つめる。同じ血の繋がった妹なのに、どうしてこうも違うのだろうと感じてしまうほどの美少女だ。混血のため、黒髪の俺とは違う白銀色さらさらのを長く伸ばした髪に、天使と見紛うかのような端整な顔立ちは年頃の男子ならば誰もが見とれてしまうだろう。実際、学校での人気もすごいらしい。
「お兄ちゃん?なにかな、そんなにジッと見て。寝癖でもついてる?」
「いや、花火は今日も可愛いなって。」
俺はそんなことを言いながら、優しく花火の頭を撫でる。
「んっ……やだ、お兄ちゃん。わたしのこと子供扱いしてぇ……」
「まだまだ子供みたいなものだろ」
お兄ちゃんの布団に潜り込んでくる所なんて特に。
「違うもん、わたしだってちゃんとしたレディーなんだから」
そう言いながら、花火はベッドから降りた。すると、何かに気づいたように花火は視線を落とした。
「何かベッドからはみ出して……って、あーっ!その工具箱、わたしの部屋から勝手に持ち出したでしょ!?」
「はっ……し、しまった!」
起き上がった拍子に、隠していた工具箱顔をのぞかせていた。それを見て、花火はぷくーっと頬を膨らましていく。
「また勝手に人の部屋に入って……もう、お兄ちゃんのえっち」
「どうしても直しておきたいものがあってな。それに、かってに部屋に入るのは花火も同じことだろ」
今だってノックもせずに入って来たしな。
「それにまた徹夜したでしょ?わたしにはいつも、ちゃんと寝ろっていうのに」
「それは当然だ。父さんや母さんが死んだんだから、今は俺が花火の親代わりなんだからな。それに、俺だって二時間くらいは寝てるぞ」
「二時間じゃん……」
何かがボソりと聞こえたが、俺は気にせずに続ける。
「親代わりとしては、年頃の娘が夜更かしするなんて認められません!」
「友達は夜中に彼氏から来た手紙をこっそり読んだりしてるんだよ。うちのクラスだって、女の子はちゃんと恋愛してるんだよ」
「そんなことはないだろっ!花火はまだ中学生だぞっ!」
という心の叫びも当の花火には当然聞こえなく……
「わたしもこんな恋がしたいな……」
「……ちょっ、ちょっと待ちなさい、花火」
夢を見るようにそう言う花火に、俺は慌てて待ったをかける。
「うん、なぁに?」
「その、なんだ……こ、恋がしたいって話だが、相手が誰か……いるのか?」
もし花火に相手がいるなら……まずはそいつを叩き斬るべきだろうか。俺の可愛い妹をたぶらかすような奴は、取りあえず制裁をせねば……
「そんな人いないよ。今の私は、お兄ちゃんの世話だけで精一杯なんだもん。いくら寮母さんがいないからって、お兄ちゃん掃除とかしなさすぎ」
俺たちの通う学校――アーストリア士官学園には大小様々な寮があり、俺たちの住んでいる《夜桜寮》を含めた小型の寮には寮母がいないことも珍しくない。それでは生徒達が堕落するのではないかと言われるが、実際そうでもない。そういう寮は学園までの道がやたらと入り組んでいて、少しでも寝過ごそうものならたちまち遅刻してしまう。教師による定期哨戒と抜き打ち哨戒――士官学校のためか、生徒達の間で哨戒とよばれるようになった――があり、生徒は片時も気を緩められない。さらに寮母がいないということは、炊事を含めた家事全般を自分たちでしなければならないということもあり、寮母のいない寮は他の寮よりも人気が無かったりする。
だが痛い所を突かれた。確かに、これまでも花火が掃除してくれなければ哨戒の時に危ういこともあった。
「うっ……それは、まあ……あれだ。花火の花嫁修業的な……な?」
「料理を作らせてくれないのに?」
「料理は包丁を使ったり火を使ったりするんだぞ?危ないだろ」
「お兄ちゃん……どれだけ過保護なの?もう……」
「まあ冗談はともかく、羽美に作って貰った方が美味しいんだから仕方ないさ」
これは本音だ。いや、毎日羽美にお世話になるのも悪いとは思ってるんだが、すっかり餌付けされた身では断れないと言うか……
「羽美お姉ちゃんの作るご飯って凄く美味しいよね。わたしも大好き。それでお兄ちゃん。その羽美お姉ちゃんが朝ご飯作って待ってるんだけど?」
「おっと、そうだった。腹も減ってるしすぐに準備する!」
「先に食堂へ行ってるね。徹夜したからって二度寝しちゃダメだよ」
「大丈夫、脳殺されかけたおかげでお目々はぱっちりだ」
「ふふっ、それじゃあ今度から毎日こうやって起こそうかな」
「勘弁して下さい……」
そう答えた俺に微笑みかけ、花火は部屋を出て行こうとした時、ふと思い出したように立ち止り、口を開けた。
「そうそう、今日はわたしの高等部入学式だから親代わりならちゃんと覚えててくれてるよね?」
「あ、ああ、当たり前だ」
完全に忘れていた……
「ふふっ、それじゃあまた後でね」
花火が忘れていたことに気づいているのかどうかは分からない。その笑顔が喜びの微笑みなのか怒りの微笑みなのか俺には分からないからだ。
花火が完全に部屋から出たのを確認し、俺はシャツのボタンをはずし始めた。
一抹の不安を覚えながら……
どうも、斑鳩です。なかなかロボットが出てこなくてすいません。
滅びた刻印の執行者《アポカリプス》を読んで下さってありがとうございます。題名が中二病っぽいですよね(笑)
それでは謝辞を。(一度言ってみたかったんですよ)
まず、『小説家になろう』さん。こんな文才の欠片も無い作品を掲載して下さって誠に恐縮です。
そして読者のみなさま。いつも読んで下さって感謝のかぎりです。投稿後もちょくちょく修正してすいません。以後気をつけます。
まあ、このぐらいですかね。担当さんもイラストレーターさんもいませんし。
それでは最後に。この作品の一話目を読んでくれた友人に、『終末なにしてますか?忙しいですか?救ってもらってもいいですか?』に似てると言われ、読んでみたら本当に似ていたので驚きました。
枯野瑛先生すいません。これからもどんどん似ていくと思います。