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◇
雷が今日も鳴っている。
しかし、かつて都を襲った雷撃が、再び人々の暮らしを脅かすことはなさそうだ。都からほど近い、小高い丘に作られたこの施設に築かれた美しい天使の像が雷を誘い、都や都から少し離れた大神殿を守ってくれるからである。
大昔、この役割は大神殿に生える聖樹が行っていたらしい。だが、都に高い塔が築かれ始めた頃から、神の怒りか雷が都を襲うようになってしまい、長年人々は困っていた。
それが、ここしばらくはそんな被害もぱったりと止んだ。小高い丘に天使の像が築かれたためだ。吸収した雷は膨大なエネルギーを生み出し、人々の知的好奇心を満たす手助けをしてくれた。
神の怒りは神の恩恵に変わってしまったのだ。
現在も、施設を守護する緑の天使像が雷を吸収し、送電ケーブルを伝って施設全体に流れ込む。そのほんの一部が、施設最大の聖域とも呼ぶべき「卵の殻」という名の実験室にぶら下がる無数の管に流れ込んだ。
管に繋がれているのは、見ているこちらがうっとりするような少年とも少女ともつかない中性的な美を宿す子どもだ。しかし、本物の子どもではない。我が信頼の国にて高度な技を代々受け継いできた人形技師たちの魂が込められた作品である。
頬ずりしたくなるような素晴らしい裸体がそこにある。揺れる毛髪は月の光のようだった。一応、少女人形ということで作られた彼女の名は、もうすでにこの私が決めていた。
――リリト。
天使も舞い降りるより前、古代に栄えた王国の言葉で「夜」を意味するその名は、きっと彼女を輝かせるだろう。
「所長、リリトが反応しました」
計測器を睨んでいた博士が振り返りながら言った。言われなくとも見ていれば分かる。管に繋がれたリリトは少しずつ動きだし、その瞼も開きつつある。人体と同じ数だけ関節を持つ指が滑らかに動き、苦しそうに足が動いている。
しかし、問題はこの後だ。送電が終わった後、彼女はどうなるのか。そのまま沈黙してしまえば振り出しに戻る。私たちが作りたい機械人形にはならない。
私は早く、彼女と会話がしたかった。心ある無機物との会話こそが、私の夢だった。
◆
「心のある機械人形ですって? 何故、そんなものを」
薄暗い施設の中は光が届きづらい。ここで日々、開発されている機械技術が我が国や同じ信仰を守る周辺国の農耕に役立つ一方、殺戮兵器にも用いられているという事実は、所員の中の一部に暗い影を落としているらしいと聞く。
だが、それらを設計する博士として、私はいちいち心を痛めている暇がなかった。
すべては我が信頼の国の基盤である黄金の果実や信頼の杖といった聖女さま方を守るためだと信じているからだ。近頃、よくない噂が世界を覆っている。特に東の果てに存在する勇敢の国の噂がすこぶる悪い。守護天使より授けられし聖剣を用いて、いったい何をするつもりなのだと皇帝陛下はいつも目を光らせているそうだ。
そんな殺伐とした空気の中で、所長が私の元に持ってきた話は、大変呆れる話であったのだ。
――心のある機械人形を作りたい。
天使の姿をし、空を飛び、悪と戦い、自爆することもできる人形兵器。
私の設計はいつも完璧だ。私に作れぬ機械はない。所長の要望通りの人形も作り上げることはできるだろう。しかし、引っかかるのはやはり、「心ある」という部分だ。
驚く私を前に、所長は愛想笑いもせずに頷く。いつも思う事だが、この人は魔物の血など一滴も引いていないはずなのに、吸血鬼のように顔色が悪い。生気の宿らぬ様子でこんなことを言われ、誰がまともに取り合うだろうか。
だが、私もまたこの施設で働き始めて短くはない。所長が正気であるということは、よく分かった。
そもそも所長一人の考えではないかもしれない。帝都や我が国で強い権力を持つ大神殿の元で生まれた話を持ち込んできただけの可能性もある。
「やはり、博士にも不可能か……」
残念そうにそう言われ、私は思わず不快を顔に出してしまった。
「不可能というのは早計です。私に作れぬ機械はありません。ただ、疑問を呈しているだけです」
「疑問?」
分かっていない様子に、ますます苛立ってしまう。
「何故、そのような兵器に心が必要なのです。人形兵器ならば人形兵器でいいのです。遠隔操作で決められた動作のみを行えばいいのですから、心など必要ありません。いかに空を飛び、戦わせ、自爆させるかのみを考えればよろしいのではないでしょうか」
「それではいけないのだよ、博士」
所長はやれやれとため息を吐く。全くもって不快極まりない。何がいけないというのだろう。私の話のどこにいけない要素があるというのだ。
「私が作りたいのは、天使の姿をした機械人形ではない。機械人形の姿をした天使なのだ」
「はあ……」
徹夜続きで狂ってしまったのだろうか。まあ、この人が狂っているのは元からかもしれないが。
呆れる私には気づくことなく、所長は生気のない顔で目を輝かせて語りだした。
「君は昔、機械人形に入れる心臓の設計図を見せてくれたね。私はあれがどうしても忘れられない。生殖ではなく、我々の手で一から作り上げた人形に心が宿ったら……どんなに美しいだろうか」
「あんなもの、夢見がちだった頃の落書きに過ぎません……」
口を挟むも、所長の語りは止まらない。
「――あれから十数年、先日になってようやく神官長が幼い聖女さまの養育もできる優秀な機械人形が欲しいと仰せられた。お分かりだろうか、博士。神官長が心ある人形を欲しているのだ。信頼の杖の模範となるような心ある人形戦士をお求めなのだ」
「神官長も相変わらず無茶苦茶なものですね。それはいいのですが、さすがの私でもあの設計図の心臓は無理です。禁忌ですので」
「禁忌か……」
そう呟く所長の表情はどこか上の空だ。禁忌を犯してでもという思いがあるのかもしれない。
しかし、どんなに願われようと、心臓を生み出す気にはなれなかった。もちろん、言うまでもないことだが生み出せないのではない。生み出さないのだ。この違いは大きい。
何故、生み出さないのかと言えば、心臓の製造に誰かの血液を用いねばならないからだ。体液が巡ることで機械人形は動く。そうして宿るのは心ではなく魂だ。体液が巡り、魂の宿った機械人形は、もはや機械人形ではなく、ひとりの国民と呼ぶべきだ。
――人の血を継ぐ者は神の加護を得るだろう。
聖典の一文もまた、私の心を捉えて離さない。これは禁忌である。犯せばきっとよくないことが起こるだろう。
「では、心臓は諦めよう」
不満そうに所長はそう言った。けれど、油断はならない。なぜなら所長の視線が、まだ遠い未来を見つめているためだ。
「しかし、私が作りたいのは自分の意思で会話のできる人形だ。魂は宿っていなくてもいい。自分で考え、会話ができる人形だ。すくすくとお育ちになる聖女さまの為の、よきパートナーだ。体液は用いない。魂は宿さない。禁忌を犯すような存在ではないはずだが……」
そう言って所長は私を流し見る。所長の言いたいことは分かっている。すなわち、私の技術でそんな高度なものが作れないのは分かっていると。
もちろん、これには反論せざるを得ない。私の名誉にかけて、心臓などなくとも、魂などなくとも、心ある機械人形を生み出せることを証明せねばなるまい。
「分かりました。作りましょう。作ってみせましょう。世界初の心ある機械人形です。人形の聖地である我が信頼の国に相応しい美少女を、聖女さまの為にお作りしましょう」
腑に落ちないところはあったが、疑われては仕方ない。私にどれだけの有用性があるのか、この酔狂な所長にとくとお見せしようではないか。
「その言葉を待っていたよ、博士! ぜひともやろう! 共に生み出そう! 心の宿る美しい天使をこの手で作ろうじゃないか!」
興奮気味に所長は私の手を取った。そのはしゃぎようは子供のようだ。
ともかくこうして、我々の計画はスタートしたのだった。
表向きは家族から引き離された聖女さまの御心を慰めるお人形作り。そして、間違いなく国民である番人たちの命の消費を抑えられる高度な人形兵器の試作。その裏側にあるのは、ひとりの国民の見る夢である。
古い時代、我が国の人々を守ったという信頼の天使の再現。所長の見ている夢は、とても純粋であり、しかしそのために、私からすれば狂気にさえも思えた。だが、この計画に加担している私もまた、人のことは言えないだろう。失敗を幾度となく繰り返しつつも、所長も私も諦める気にならなかった。そうして反省と考察は繰り返され、やっと成功への道しるべが見つかった。
世界初の心ある機械人形リリトが作られていく。今度こそうまくいくはず。そんな信頼の元に、一人の少女をこの手で生み出す行為は、少女の美しさも相まって、ぞくぞくするほどの恍惚をもたらした。
そして、運命の日は訪れたのだ。
◇
施設の中庭を建設したのは、私が信頼している博士の遠縁にあたる人物である。
彼は、魔物の血をわずかながらに引いていると言われている。つまり、魔族というものだ。なんのことはない、聖域の中で暮らせるのならば彼は兄弟と呼ぶべき存在。しかし、偏見や差別心というものはそう簡単に制御できるものではないというのも理解できる。
彼の先祖にいたのは、食人鬼と呼ばれる聖域外に暮らす魔物だ。
魔物の立ち入れぬ聖域の中で国民として暮らしていても、いつその血が目覚めて狂ってしまうか分からないと本気で怯える者が現れ、悪い噂が流れ始めたことがあった。
それでも、彼は美しく純粋なものに憧れ続け、やがてここを追い出される直前、この中庭を含めた数々の建築に携わり、誰もがうっとりとするような空間を作り上げたのだ。
今でも彼のことをたまに思い出す。今、私が見ている光景について、彼は何を感じただろう。中庭にいつの間にか生えてしまったヤグルマギクを見つめている美しい少女リリト。きっと彼も見惚れただろうに、見せてやることが出来なくて残念だ。
都の仕立て屋に作らせたドレスを着ている今、彼女を機械人形だと見抜ける者はいないだろう。ただただその美しさに見惚れるだけだ。
しかし、リリトはそんな自分の美しさにも気づくことなく、一輪のヤグルマギクを見つめ、指先をそっとくっつけた。繊細な動きが彼女の意志通りに生み出されていることが窺える。
完成した。私と博士の夢が、そこにある。
それにしても、我が国の人形技師は素晴らしい体をくれた。リリトのあの美しさ。畏れ多くも大神殿にて暮らす聖女さま方にも匹敵するのではないだろうか。広くて狭い環境に閉じ込められ、退屈な毎日を過ごしていると他ならぬ神官長が評する聖女さまの生活も、リリトによって大きく変わるに違いない。
大神殿に引き渡すまでに、我々は何をすべきか。
もちろん、決まっている。リリトに教えるのだ。何故、自分が生まれて来たのか。何をすればいいのか。そして、どのような最期を迎えるべきなのか。
ヤグルマギクを見つめていたリリトの指先に、一匹の蝶々が止まる。一瞬だけ怯えの表情を見せたことを私は見逃さなかった。
「調子がいいようです」
博士もまた同じだったらしい。博士の目にはリリトの美しさのみならず、その下の構造が透けて見えるのかもしれない。
「喜び、好奇心、驚愕。今日一日だけで、これらによく似た感情をあの子から確認できております。残るは悲しみや怒りですが、それも時間の問題。実験は成功ということでよろしいでしょうね、所長」
満足そうに博士は言った。
成功したかどうか、いちいち言われなくとも見ていれば分かる。リリトは確かに生きているように振る舞っているのだ。中身は糸や歯車、電気の通る管、計算機しかないはずなのに、そのガラス玉の目から捉えた世界までも、ひとつひとつを覚えようと好奇心の強い子供のように視線を動かすのだ。
これを成功と呼ばずに、なんと呼ぶ。
「あとは空を飛べたら言う事なしなのですが……」
博士が悔しそうに呟いた。
「いい。いくら博士でも限界があるだろう」
リリトに翼はない。外見上は普通の少女のようだった。
当初予定していた機能だが、どうしても飛ばすことが出来なかった。人鳥の国民の協力を得て、空を飛ぶ巨大な翼の構造を参考に何度も試してみた。その結果、空を飛ぶ人形自体は出来たのだが、どうしても、心ある人形との両立が出来なかった。
これは仕方がないことだ。神官長にもどうにか理解してもらうしかない。もしも天使様の再現を待ち望んでいらっしゃったのならば、聖女さまにも申し訳ないが、それでもリリトならば彼らを満足させることができると信じている。
「この私に限界などありません」
私の言葉が気に障ったのか、博士はつんとした態度でそう言った。
扱いの難しい人物だとつくづく思う。偏見と差別の果てに、この施設から去ってしまった遠縁の彼とは大違いだ。だが、こういう性格の方が生き残りやすいものなのかもしれない。博士ならば悪い噂を流されたところで、流したものを下に見て、黙々と自分の仕事をこなしていくだけだろうから。
「いつか作ってみせましょうとも。リリトに翼を与えるのです」
そう宣言する博士の顔は本気のようだった。一度、火がつけばなかなか消えない。きっとその宣言通り、いつの日かリリトは本物の天使になるのだろう。
しかし、そんな博士の情熱も、今の私には至極どうでもよかった。
私にとって、それが天使であるかどうかは翼の有無ではない。今のままでもリリトは十分天使であった。
あとは言葉を喋るのを待つだけだ。それには赤ん坊にするように、よくよく話しかけてやるのが大事だろう。
いつかリリトは喋りだす。我が子と向き合うように会話をし、笑い合える日が来るのだろう。
未来は明るいものに違いない。これから先が非常に楽しみだった。