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大陸歴438年霧の月二十八日ヴァイスブルク城・ロジナ候国軍ヴァイスブルク派遣軍司令部
異形の軍勢の襲撃の襲撃により陣営再建部隊が壊滅的打撃を受けた忌まわしき日から5日が経過し、ヴァイスブルク戦役の終了から数えれば三週間となるこの日、ヴァイスブルク城の一角に設けられているヴァイスブルク派遣軍司令部では緊急会議が召集されており、スティリアもその一員として会議に参加していた。
ナルサスが渋面と共に会議の開始を告げると下級幕僚が集計を終えた陣営再建部隊及び増援部隊の被害状況の報告を始め、出席者達は沈痛な面持ちで配布された資料に目を落としながら報告に耳を傾けていた。
陣営再建部隊との合流を目指し前進を続けていたラステンブルク伯国の2個猟兵団約1600名に関しては指揮官のラキムを含む約1300名が戦死若しくは行方不明と推測され、残る約300名についてもその大半が重軽傷を負うと言う壊滅的な損害を蒙っており、生存者の途切れ途切れの報告から巨大な血塗れの案山子人形の様な怪物や地面から突然姿を表した巨大な二足歩行型の火龍と言った新たな大型モンスターの存在が確認されている。
次に陣営再建部隊本隊に関してはラステンブルクの部隊を襲った大型モンスターとは別種と推定される地中活動型の大型モンスターや巨大な2つの角をもつ獰猛な四足歩行型のドラゴンや極めて強固な魔力障壁を展開可能な四足歩行型の長い首と尾を持つドラゴン、無数の吸血球が集合して出来た異様な大型モンスター等の多種多様な種類の大型モンスターにアンデッド、装甲火蜥蜴、グロスポイズンサーペンからなる異形の軍勢による猛襲を受け、駐留部隊は甚大な損害を受けていた。
第十六騎士団は半数に相当する約1000名を喪い残る人員にも多数の負傷者を出し、騎士団長のザイドリッツは重傷を負いながらも撤退に成功したが、襲撃の翌日、後送途中に死亡してカスターに続く2人目の騎士団長の戦死者となった。
また増援として派遣されたヴァイスブルク男爵領国軍第二騎士団は大なり小なり負傷した100名程が救出された他は全員が戦死若しくは行方不明と言う甚大な被害を被り、騎士団長のキャラガンはカラカラに干からびたミイラの様な変わり果てた姿となって収容された。
その他の軽装歩兵、軽騎兵、魔導兵、弩砲兵の各大隊も甚大な損害を被り残存部隊はラステンブルク猟兵隊のアハトエーベネ率いる部隊の援護の下退却したものの残存兵力ラステンブルク猟兵隊約300名を加えても約1500名程度(少なくない数の重軽傷者を含む)に過ぎず、それらを総計した陣営再建部隊全体での損害は総兵力の約6割を超える約5000名(戦死・行方不明のみ)と言う甚大な数字となっている。
第九騎士団はそれらの襲撃に相前後する形で魔龍と前回の陣営襲撃に際して確認された正体不明の大型モンスターやアンデッドの襲撃を受け、大きな損害を被る事は免れたものの血気に逸り突出した1個中隊の大半約200名が戦死する損害を被っている。
ラステンブルクの猟兵部隊、陣営再建部隊、第九騎士団の損害の総計は戦死・行方不明のみで約7000となり、これに2000名近い重軽傷者が加わると言う壊滅的とさえ言える数字となり、スティリアが損害の大きさに顔をしかめていると損害甚大な第十六騎士団が再編成の為ロジナ候国に帰国した事を伝えて損害報告を終えた下級幕僚に続いてナルサスが渋面のまま口を開いた。
「先の報告にあった通り我々の損害は甚大な物があるが、これに加えて魔龍と接触したスティリア様より更に重要な報告がもたらされている」
ナルサスはそう言うと出席者達は一斉にスティリアに視線を向け、スティリアは大きく頷いた後に立ち上がり出席者達を見渡しながら口を開いた。
「魔龍は私達に事はこの襲撃の目標の1つが収監されている旧ヴァイスブルク伯国軍の捕虜達の救出にあると告げました。魔龍と接触した際に魔龍は初対面の筈の私やリーリャ殿の名まで知悉していたので旧ヴァイスブルク伯国の残党と魔龍が協力関係にあるのは間違い無いと思われます。また魔龍は救出したのは旧ヴァイスブルク伯国軍の捕虜だけで無く娼奴隷となっていた旧リステバルス皇国の関係者も含んでいるとと告げ、更に死亡したと報じられていた旧リステバルス皇国第三皇女アイリーン・ド・リステバルスも救出して庇護していると告げています」
スティリアの言葉を受けた出席者達は一様に渋い表情を浮かべながら気まずそうにスティリアから顔を反らし、その様子を目にしたスティリアは小さく溜め息をついた後に口を開いた。
「……また、魔龍は同盟者がいるとも告げました。陣営再建部隊が襲撃された際に大規模な幻影魔法の確認も報告されていますので旧ヴァイスブルク伯国の捕虜達や旧リステバルス皇国の娼奴隷達の他に両者や魔龍に協力する第三者が存在していると推測されます」
「……第三者と言うと他国の介入と言う訳ですかな?」
スティリアの告げた更なる情報にナルサスが難しい顔付きで質問し、スティリアが同じ様な表情で頭を振りながら着席するとアロイスが得意気な表情で口を開いた。
「……その点に関してなのですが、我等は些か策を仕込んでおりました」
「……ほお、その策とは?」
アロイスの言葉を聞いたナルサスは興味深げな様子で話の続きを促し、ナルサスは得意気な笑みのまま頷いた後に説明を続けた。
「……今回捕虜達の中に我々の騎士団に所属している者を潜り込ませていたのです。その者達とは定期的に連絡を交わしており、その報告によると彼女達は現在新規に発生したとおぼしきダンジョンを改良した拠点に居ります、そしてその地には今回の戦役の首魁たるマリーカ・フォン・ヴァイスブルクやリステバルス戦役の首魁アイリーン・ド・リステバルス等と言った面々に加えてスティリア様が仰っておりました第三者とおぼしき者が確認されております」
「……うむ、よくやってくれたアロイス殿、してその輩は何者なのだ?」
アロイスの説明を受けたナルサスは焦眉を緩めながら問いかけ、アロイスは誇らしげな表情で第三者に関する情報を告げた。
「その者はかなり血の薄い混血の獣人の女だそうです、ダンジョンの主と自称しておりますがダンジョンにはかなりの魔力改造が施されておりこの女は仮初めの長と思われると報告にありました。獣人及び魔力に長けた亜人族の国から組織的な援助を受けていると思われます。現在潜入した者達には継続的な情報収集及びダンジョンに居る連中の離間の煽動を命じております」
「……獣人や魔力に長けた亜人族だと?レーヴェ候国やクリストローゼ候国も一枚噛んでおるやも知れぬな」
アロイスの説明を聞いたナルサスは眉を潜めながら呟き、一方のスティリアはその会話に耳を傾けながら奇妙な違和感を感じていた。
……安心するが良いロジナの姫よ、我が同盟者はお前達より情深い、お前に関しては虜囚とした上に慰み者にさせたり等はせずロジナの戦姫として華々しく壮絶に討死させてやると言っているぞ……
スティリアの脳裏に陣営再建部隊壊滅の際に魔龍から言い放たれた言葉が過り、スティリアがその言葉とこの場で推測されている他国の介入と言う結論との間に存在する違和感を拭い去る事が出来ずにいる内にナルサスが今後の方針を告げ始めた。
「アロイス殿の策により我々は敵の全貌を掴みかけている、この好機を逃してはならない、先ずは傭兵隊を投入して件のダンジョンを改造したとおぼしき拠点を捜索して発見したならば封鎖を行う。また、旧リステバルス皇国の残党の関与が発覚した為盟友たるリステバルス王国軍にも援軍の派遣を要請し戦力を整えた後に小癪な連中を叩きのめすとしよう、連中の拠点を発見封鎖した後に陣営の再建を開始し、第二防衛線及び封鎖部隊に対する補給拠点として整備する」
(リステバルス王国軍の派遣を要請だと?アイリーン・ド・リステバルスの存在が確認されたのだ、あの連中の内誰かが来る可能性があるな……)
ナルサスの指示を聞いたスティリアがリステバルス王国への援軍要請と言う言葉に内心で大いに顔をしかめているとアロイスが勢い込んだ表情でナルサスに対して口を開いた。
「ナルサス様、連中に潜り込ませている我が手の者達には拠点攻略の為の策も持たせております、拠点を発見しても正規軍は封鎖に止め、リステバルス王国よりの援軍到着を持って総攻撃を行った方が宜しいかと」
「……ほほう、その様な策もあるのか、よかろう、連中の拠点を見つけたならば正規軍については攻撃を控え、リステバルス王国よりの援軍が到着した時をもって総攻撃の開始とする、小癪な連中の尻尾を遂に掴んだ、この連中を片付ければこの戦役も完全に終了した事になる、小うるさく蠢動する他国の奴等共々討ち滅ぼしてやるぞっ!!」
ナルサスの言葉に光明を見出だし力強く頷く出席者達だったが当事者として異形の軍勢と接触しているスティリア、リーリャ、アハトエーベネはナルサスやアロイスの話す内容と実際に経験した異形の軍勢の襲撃との間に生じている違和感を拭い去る事が出来なかった。
軍議の終了後、傭兵集団に所属する複数の中小規模の傭兵隊がダンジョン捜索の為ヴァイスブルクの森に向けて進発し、更にヴァイスブルク派遣軍の報告を受けたロジナ候国本国からリステバルス王国に駐留する特使に向けてアイリーン・ド・リステバルスの脱走と捕縛の為の援軍の要請の報せる為の長距離秘匿魔法通信による指示が送られた。
アイリス率いる異形の軍勢による襲撃、ヴァイスブルクの悪夢から5日が経過した霧の月二十八日、ロジナ候国軍ヴァイスブルク派遣軍司令部で実施された対策会議においてアイリスとアイリスが作り上げたダンジョンの存在が把握された。
派遣軍司令部はアイリスの行動を他国による介入と誤断し、肝心な部分に関しては全く把握せぬまま対策を進め、異形の軍勢の襲撃を目の当たりにしていたスティリア達はその状況に漠然とした懸念と違和感を抱えながらも確たる証左が無いためにその方針に従い行動せざるを得なかった……