売国騎士団
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大陸歴438年霧の月二十日夕刻・ダンジョン・マスタールーム
魔龍討伐隊潰滅に対応する為に行われた陣営再建部隊に対する増強、その行動は小動物に擬態してロジナ候国軍の動静を監視していた使い魔達によって察知され、アイリスはマスタールームにて使い魔達が収集したロジナ候国と同盟国の軍勢の展開状況を確認していた。
「……敵の増援部隊はエルフの騎士団とラステンブルクの連中、それに加えて魔曲騎士団、か」
アイリスが確認された新な敵性部隊について呟いていると、狩猟と採取を終えて帰投して来たミリアリアがマスタールームに入室し、ミリアリアの姿を目にしたアイリスは嬉しそうに微笑みながらソファーから立ち上がってミリアリアを出迎えた。
「おかえりなさい、ミリア」
「……ああ、ただいまアイリス」
アイリスに声をかけられたミリアリアは頬を緩めながら言葉を返し、アイリスが頷いた後にニコニコしながら両手を広げると笹穂耳を仄かな朱に染めつつ歩を進めてアイリスの広げた腕の中へと入った。
「……ミリア、狩猟と採取お疲れ様」
「……アイリスこそロジナの連中をずっと監視してくれていたんだろう?何時もありがとう、それとお疲れ様、アイリス」
アイリスがミリアリアの身体を抱き締めながら労いの言葉をかけるとミリアリアは労いの言葉を返しながら少しぎこちない手つきでアイリスの背中に手を回して抱き締め返し、アイリスとミリアリアはそれから暫くの間互いの身体を抱き締め合った。
(……アイリスの温もりと匂いがする)
ミリアリアが自分の腕の中にあるアイリスの柔らかな身体の温もりと鼻腔を妖しく擽るアイリスの匂いに頭がクラクラになりそうになるのを感じていると、アイリスが頬を赤らめさせつつ名残惜しげにミリアリアの背後に回していた手をほどき、ミリアリアは安堵と寂寥と言う相反する気持ちをない交ぜにさせてアイリスの背後に回していた手をほどいているとアイリスが表情を引き締めながら口を開いた。
「……敵の増援部隊が出現したわ」
「……何!?」
アイリスから新な敵情を告げられたミリアリアは険しい表情になりながら声をあげ、アイリスは頷いた後にミリアリアをテーブルへと案内した。
「……これが現在のロジナ候国軍と同盟国軍の動きよ、2時間程前に陣営再建部隊の所に援軍が到着しそれに前後する形で補給路防護隊らしいロジナ候国軍の部隊、例の魔曲騎士団が仮寓を始めたわ、そして陣営に向かっているとおぼしきラステンブルク伯国軍の部隊も確認されたわ」
アイリスは地図に記された敵性部隊の状況を示しながら精細を告げ、それを聞いたミリアリアは厳しい表情で地図を見詰めつつ口を開いた。
「……魔龍討伐隊の潰滅が余程応えた様だな、陣営再建部隊と合流した部隊はどんな部隊なんだ」
「……その事なんだけど……これ、見てくれる」
ミリアリアら陣営再建部隊に合流した部隊に関する問いかけを受けたアイリスは彼女には珍しい歯切れの悪い口調で応じながら、陣営再建部隊の様子が映し出された魔画像を具現化させ、それに目をやったミリアリアは画像にエルフの騎士達が映っているのを確認して眉を吊り上げながら押し殺した呟きをもらした。
「……成程、コイツ等が増援部隊と言う訳か」
「……ええ、大隊規模の部隊でコイツが指揮官みたいね」
ミリアリアの呟きを聞いたアイリスは相槌を打ちながら指揮とおぼしきエルフの騎士が映し出された魔画像を示し、それを確認したミリアリアは憤怒を押し殺しながら吐き捨てる様にその騎士の名を告げた。
「……ゼークト・フォン・キャラガン、戦役の最中に私達を裏切った第七騎士団の団長だ」
「……そう」
憤怒を押さえるために指先が白くなる程両手を固く握り締めながらエルフの騎士、キャラガンの名を告げたミリアリア、それを聞いたアイリスは短く応じた後にミリアリアに近付いてその身体を優しく抱き締めた。
「……あ、アイ、リス?」
ミリアリアが突然の抱擁に頬を赤らめさせながらアイリスに声をかけると、アイリスは優しく微笑みながら頷いた後にあやす様に優しくミリアリアの背中を軽く叩き、アイリスの気遣いを感じ取ったミリアリアは表情を緩めつつ口を開いた。
「……ありがとう、アイリス」
「……御礼なんて言わなくても大丈夫よ、ミリアを抱き締めたくなっただけだもの」
ミリアリアの感謝の言葉を受けたアイリスは飄々と言葉を返したがその頬は嬉しそうに緩んでおり、それを目にしたミリアリアはぎこちない動きでアイリスの背中に手を廻してアイリスの身体を抱き締め返した。
「……え?み、ミリア?」
「……お、御礼だけじゃないぞ……わ、私もアイリスを抱き締めたくなったんだ」
アイリスが予想外のミリアリアの行動に頬を赤らめさせながら声をあげると、ミリアリアは笹穂耳まで真っ赤になりつつ少し早口で返答し、それを受けたアイリスが嬉しそうに微笑みながらミリアリアを抱き締める手に優しく力を込めるとミリアリアも真っ赤な顔でアイリスを抱き締める手に優しく力を込め返した。
「……もっとこうしていたいけど、今は敵の情報を確認するのが先決ね」
「……あ、ああ、そうだな」
暫くした後にアイリスが名残惜しげに告げた言葉を受けたミリアリアは幾ばくかの未練を感じつつ返答した後にアイリスを抱き締めていた手をほどき、一方のアイリスも名残惜しげにゆっくりとミリアリアの身体から手を離した後にキャラガン率いるエルフの騎士団が映し出された魔画像へと視線を戻して口を開いた。
「コイツ等が到着してから陣営を再建していた部隊が陣営の拡張作業を開始したわ、現在陣営に移動中のラステンブルクの部隊の外にも増援部隊が送られる予定があるのかもしれないわね」
「……となると、陣営再建部隊の総数は10000を超える可能性すらあるな」
アイリスの説明を聞いたミリアリアは厳しい表情で魔画像を見詰めながら呟きをもらし、アイリスは頷く事でそれに同意した後に不敵な笑みを浮かべつつ口を開いた。
「……連中の思惑どうりに事が進んじゃうのは面白くないわね、相手はかなり大軍だけど今ならラステンブルクの連中が到着して無いから各個撃破が狙えるわね」
「……やるのか?」
アイリスの言葉を聞いたミリアリアは鋭い表情と共にアイリスに問いかけ、アイリスは暫し思案した後に言葉を返した。
「……そうねえ、合流前に叩くのも一案だし、無理はせずに連中を無視してダンジョンに引きこもるのも一案ねえ、案の取捨選択はあたしが決めても良いんだけど折角三国同盟が締結されたんだから三国の戦略会議を召集して対策を協議しましょう」
「……それで良いのか?三国同盟では軍事行動に関しては我々ヴァイスブルクもリステバルスもアイリスに従う事が明記されている筈だが」
アイリスの言葉を聞いたミリアリアは戸惑いの表情と共に問いかけ、アイリスは茶目っ気のある笑みと共にそれに応じる。
「確かに軍事外交に関してはあたしに全権が委任されてるわ、けど、両国には活発な献策も保証されているわ、連中を叩くのも無視してダンジョンに引きこもるのも方策として成り立つから協議するのよ、三国同盟はあたしが主となって締結したのよ、だからあたしは出来うる限りそれを遵守する必要があるのよ」
「……アイリス」
アイリスの言葉を聞いたミリアリアは名ばかりの存在に近いヴァイスブルク伯国亡命政権とリステバルス皇国亡命政権に対する配慮を感じながらアイリスの名を告げ、アイリスは嬉しそうに微笑みつつ言葉を続けた。
「……そう言う訳だからヴァイスブルク伯国亡命政権首班とリステバルス皇国亡命政権女皇に戦略会議召集を伝えて頂戴、それが終了次第作戦会議を召集するから他の皆にも待機を命じておいて、あたしは戦略会議に向けて情報を整理しておくわ」
「……ああ、分かった、何時も尽力してくれてありがとう、アイリス」
アイリスの言葉を受けたミリアリアはこれまでのアイリスの尽力と配慮に関する謝意を告げた後にマスタールームから退室し、アイリスはその背中を見送った後に穏やかに微笑みながら呟きをもらした。
「ミリア、喜んでくれてるみたいね……さてと、それじゃあ情報を整理しておくとしましょうか」
アイリスはそう呟きながらキャラガン率いるヴァイスブルク男爵領国軍第二騎士団の画像に視線を向けたが、映し出されている画像に新な動きが生じたのを確認して動きを止めた。
画像ではライトアーマーを装着していたエルフの女騎士と狐人族の女性達がライトアーマーを剥ぎ取られて扇情的な下着だけの姿にされてロジナ候国軍の兵士達に連行されて行く様子が映し出されており、それを目にしたアイリスは淡い瑠璃色の瞳をスウッと細くさせてキャラガンを見据えながら冷たい呟きをもらした。
「……上役の目を誤魔化す為に態々兵士の格好をさせて連れ込んだみたいね、ホント呆れた連中、差し詰め売国騎士団って所かしら、これは、出撃決定になりそうね、新しく来た娘達への装備作製や新しくテイムしたモンスターの進化も進めなきゃならないわね、忙しくなりそうね」
アイリスはそう言うと開催される戦略会議に関する情報の整理を開始した。
その頃マスタールームを退室したミリアリアはマリーカとアイリーンの下を訪れてアイリスが戦略会議を召集している旨を告げ、2人は即座に快諾すると随員と共にマスタールームへと向かった。
一方残る皆は戦略会議終了後に実施される作戦会議に備えて待機を命じられ、一同は新な戦闘の予感に気を引き締めながら各々の居室等でその時を待つ事となった。
陣営・牢屋
アイリスが戦略会議の召集を告げた頃、陣営を再建中だった部隊は売国騎士団、ヴァイスブルク男爵領国軍第二騎士団の到着と彼等からの贈り物に喜色を浮かべていた。
贈り物、スティリアの目を盗む為に第二騎士団に所属する騎士や兵士を装って移動させられて来た女エルフの捕虜8名と狐人族の娼奴隷15名は着ていた軍装を剥ぎ取られて扇情的な下着だけの姿にさせられており、そして、その屈辱的な姿のまま新築された牢屋へと連行されていた。
陣営再建部隊のロジナ候国軍の兵士達は扇情的な下着姿の女エルフの捕虜達と狐人族の娼奴隷達の姿を野卑た笑みと共に見詰め、女エルフ達と狐人族の女性達は虚になりかけた眼で引き摺られる様に歩かされていた。
牢屋へと連行される捕虜達と娼奴隷達、その中の1人、エメラーダ・ド・トラジメーノは薄れかける意思を懸命に震い立たせながら歩みを続けていた。
「……エメラーダ様」
懸命に歩を進めるエメラーダの隣を歩まされているエメラーダの元護衛騎士イレーナ・ド・カンネーが痛ましげな表情で小さく声をかけ、それを受けたエメラーダは気丈な笑みを浮かべながら小声で応じた。
「……大丈夫ありませんわ、イレーナ、私よりもヴァイスブルクの方々を気にかけてくださいまし、彼女達の心痛察するに余りある物がございますわ」
エメラーダはそう言うと覚束無い足取りで前を進む女エルフの捕虜達の姿に沈痛な表情を浮かべ、イレーナも同じ様な表情で頷いた後に言葉を続けた。
「……私達も、彼女達も、決して脱け出す事の叶わぬ生地獄に嵌まり込んでしまったのでしょう」
「……そうかもしれませんわね、この地で起こった魔龍の襲撃によってアイリーン様が御落命なさっと聞きます、死なねば抜け出せぬ生地獄、私も何度絶望した事でしょうか、イレーナ、貴女がいなければ私の心もとうの昔にに砕け散っていた事でしょう」
「……それは私とて同じ事ですエメラーダ様、御護りすべき貴女様がいてくれたからこそ、全てを喪った私はまだ心を残せているのです」
絶望しか無い状況の中、最後の拠となっている互いへの想いを確かめ合うエメラーダとイレーナ、そんな2人の近くに1羽のナイチンゲールが近寄り、近付いて来たナイチンゲールはゆっくりとエメラーダの剥き出しの肩へと止まった。
「……あらあら、可愛らしい御客様ですわね」
「……そうですね、ロジナや同盟国の獣どもとは比べるべくもありませんね」
エメラーダが微かに微笑んで肩に止まったナイチンゲールを見詰めながら呟きをもらすとイレーナも同じ様に微かな笑みを浮かべつつ相槌を打ち、一方エメラーダの肩に止まったナイチンゲールは首を忙しなく動かして拡張作業が行われている陣営の其処彼処を見詰めていた。
到着した同盟国軍より新な饗宴への供物を受け取り喜色に包まれている陣営と陣営再建部隊、愚かな彼等はまだ知らない、自分達の行動が筒抜けとなっている事に、絶望に包まれ陣営に連行された女エルフ達と狐人族の女達、絶望に染まる彼女達もまだ知らない、自分達の窮状を救うべく動き始めた物達がいる事を、そして到着したヴァイスブルク男爵領国第二騎士団、国を売り渡した騎士達もまだ知らない、彼等に向けて復讐の刃が磨がれ始めている事を……
魔龍討伐隊潰滅に対応する為に実施された陣営再建部隊の増強、それを確認したアイリスはそれに対する対応を協議する為に戦略会議の召集を決意した。
陣営再建部隊に加わった援軍、それは国を売り渡した騎士達によって編成された売国騎士団……