三国同盟
更新当初はここまのアクセス数やブックマーク数を頂けるとは想像していませんでした。読者の皆様に感謝致します。
これからも本作を宜しくお願い致します。
大陸歴438年霧の月十九日・ダンジョン・多目的ルーム
マリーカ達が救出されてダンジョンにて保護された後に三日が経過した霧の月十九日、ダンジョンの多目的ルームにはダンジョンに保護されている旧ヴァイスブルク伯国(ミリアリア除く)と旧リステバルス皇国(闇神官リリアーナ除く)の関係者達が一同に会していた。
一同が緊張しつつもどこか誇らしげな表情で整列をしているとアイリスがミリアリアと闇神官リリアーナと共に入室して皆の前へと移動し、それを確認したマリーカとアイリーンは一歩前に進み出た後にアイリスに向けて深々と頭を垂れた。
「「敬礼!!」」
マリーカとアイリーンが頭を垂れるのと同時にカッツバッハとサララが鋭く号令を発すると一同はアイリスに向けて敬礼を送り、アイリスは鷹揚に頷いた後に皆に向けて口を開いた。
「それじゃあ始めるとしましょう、会盟の儀を」
アイリスがそう告げると一同は引き締まった表情のまま更に威儀を正し、アイリスは頷いた後に視線をマリーカへと向けて厳かに告げた。
「マリーカ・フォン・ヴァイスブルク、魔王アイリスは貴女を首班とするヴァイスブルク伯国亡命政権の存在を認知しその地位を保障する物とする」
「寛大なる御言葉を頂き深謝の念に耐えません、我がヴァイスブルク伯国亡命政権はアイリス様の盟友としてアイリス様に絶対の忠君を尽くします」
アイリスの言葉を受けたマリーカは淀み無い口調でアイリスとの会盟を宣言し、アイリスは小さく頷いた後に視線をアイリーンへと転じて口を開いた。
「リステバルス皇国亡命政権女皇アイリーン・ド・リステバルス、魔王アイリスは貴政権の存在を認知しその地位を保障する物とする」
「アイリス様の御慈悲と御温情に深く感謝致します。我がリステバルス皇国亡命政権はアイリス様の盟友としてアイリス様に無二の忠君を尽くします」
アイリスの言葉を受けたアイリーンからもアイリスとの会盟宣言が告げられ、アイリスはそれを聞き終えた後にマリーカとアイリーンを交互に身ながら宣言する。
「我が盟友となりしヴァイスブルク伯国亡命政権及びリステバルス皇国亡命政権に告げる。本刻限より両政権は相互安全保障同盟を締結し、魔王アイリスがその有効性を保障する物とする」
「ヴァイスブルク伯国亡命政権は慎んでアイリス様の御下命を受諾致します」
「リステバルス皇国亡命政権にも異論は御座いません」
アイリスから相互安全保障受諾締結を告げられたマリーカとアイリーンは即座に受諾の返答を返し、それを聞いたアイリスが頷いていると闇神官リリアーナが一歩前に進み出てアイリスに対して一礼した後に厳かな口調で告げた。
「本刻限より魔王アイリス様、ヴァイスブルク伯国亡命政権、リステバルス皇国亡命政権による三国同盟を締結する物とします、只今より条文を発表します」
リリアーナはそう言うと条文が記された条約書を掲げ、一同が沈黙する中朗朗と条文を告げ始めた。
三国同盟条文
第1条
魔王アイリスの後見及び保障の下ヴァイスブルク伯国亡命政権を樹立し、首班はヴァイスブルク伯爵家当主マリーカ・フォン・ヴァイスブルクが務める物とする。
第2条
魔王アイリスの後見及び保障の下リステバルス皇国亡命政権を樹立し、リステバルス皇国皇女アイリーン・ド・リステバルスが女皇を務める物とする。
第3条
ヴァイスブルク伯国亡命政権及びリステバルス皇国亡命政権は魔王アイリス仲介の下、相互安全保障条約を締結し、同時に両国は魔王アイリスを盟主とした同盟を各個に締結する。
第4条
第3条によって締結された魔王アイリス、ヴァイスブルク伯国亡命政権、リステバルス皇国亡命政権の相互同盟を三国同盟と呼称する。
第5条
魔王アイリスは同盟加盟国に対して活動拠点としてダンジョンを提供し、加盟国は魔王アイリスが軍事行動を実施する際に戦力を提供して魔王アイリスに協力する物とする。
第6条
同盟の継続期間は5年間とし経過した後は両国から解消を申し出ない限り毎年自動更新される物とする。
第7条
ヴァイスブルク伯国亡命政権はミリアリア・フォン・ブラウワルトを、リステバルス皇国亡命政権はリリアーナ・ド・サジタリオを魔王アイリスの下へ派遣して臣下とさせる、更に数名を定期的に派遣して魔王アイリスの護衛及び侍従の任に当たる物とする。
第8条
軍事並びに外交活動に際する命令権及び決定権は魔王アイリスにあり、両国はその指揮下に入る物とする。ただしこれは両国の意思及び意見を無視する物では無く両国は作戦及び外交決定会議に於て積極的に意思及び意見を示す権利を有している。
第9条
魔王アイリスは軍事及び外交活動以外の全ての事項に関して加盟国の主権を認め、それを妨げない物とする。
第10条
魔王アイリスの同盟者たる魔龍の地位に関しては魔王アイリスに次ぐ物とし軍事活動の際に於てはアイリスに次ぐ指揮権を有する物とする。
第11条
本同盟に追加条文が必要となった際は三国が協議した上で追加条文を加える物とする。
リリアーナは朗朗とした口調でアイリスとヴァイスブルク伯国亡命政権及びリステバルス皇国亡命政権との間で締結された相互同盟、三国同盟の条文を告げ、出席している一同が後ろ楯も何もない現状で魔王と結んだとはとても思えない寛大な条文内容を万感の思いと共に聞いているとアイリスがゆったりとした口調で皆に告げた。
「以上を持って魔王アイリス、ヴァイスブルク伯国亡命政権、リステバルス皇国亡命政権による三国同盟会盟の儀を終了するわ、本当にささやかなだけど宴の用意をしているから食堂に移動して頂戴、それじゃあ解散」
何時もの飄々とした口調に戻ったアイリスが解散を告げると一同はアイリスに対して敬礼した後に解散して三々五々になって食堂へと向かい始め、アイリスがその様子を見ながら軽く伸びをしているとミリアリアが傍らへと歩み寄り口を開いた。
「……お疲れ様」
「……フフ、ありがとうミリア」
ミリアリアの労いの言葉を受けたアイリスは嬉しそうに頬を緩めながら応じ、ミリアリアはそのあどけない姿に頬が熱を帯びるのを感じながら食堂へと向かい始めたヴァイスブルク伯国側の出席者達へと視線を向けた。
ミリアリアが向けた視線の先にはマリーカ保護の後に行われた議論の結果ダンジョンに受け入れられる事になったエウレーネが監視役のラリッサ、サーシャと共に食堂に向かう順番を待っており、ミリアリアが彼女達を見詰めている事に気付いたアイリスは同じ様にエウレーネ達へ視線を向けながら口を開いた。
「良かったわね」
ミリアリアがアイリスの言葉に頷いていると、アイリス達の視線に気付いたエウレーネはアイリス達の方に向き直ると深々と頭を垂れた。
「……フフ、ホントに義理堅いのね、エルフもダークエルフも」
エウレーネの様子を目にしたアイリスは苦笑を浮かべて呟きながら軽く手を振って応じ、それを確認したラリッサとサーシャから声をかけられたエウレーネは頭を上げた後に2人に促されて食堂へと向かい始めた。
「アイリス様、ミリアリア様、私も食堂へと向かいます」
アイリスとミリアリアが食堂に向かうエウレーネの背中を見送っているとリリアーナから声がかけられ、アイリスは頷いた後に食堂へと向かい始めたアイリーンとクラリスを示しつつ口を開いた。
「彼女達と一緒に行きなさい」
「はい、ありがとうございます。アイリス様」
アイリスの言葉を受けたリリアーナはその中に籠められた配慮に対して礼を告げた後にアイリーン達の所へと迎い、その様子を目にしたミリアリアは独りでに頬を緩ませた。
(……アイリスは何時もそうだ、目覚めた魔王が好き勝手にやっている等と言いながら戦友達の為に心を砕いている。……その理由が私を喜ばせる為だと言うのがらしいと言えばらしいが)
「……なあ、アイリス」
「……どうしたの、ミリア?」
ミリアリアは出逢ってから今に至るまでのアイリスの尽力の数々を噛み締めながらアイリスに声をかけ、唐突な呼びかけに小首を傾げて応じるアイリスを愛しげに見詰めつつ言葉を続けた。
「……本当に感謝している。ありがとうアイリス」
「……ッ、ほ、ホントに最近のミリアは凄いわね、あ、あたし、魔王の筈なのに……ドキドキ、させられっ放しよ……でも……嬉しい、ありがとう……ミリア」
ミリアリアの言葉を受けたアイリスは顔を赤らめさせながら応じ、そのいじらしい姿に箍が吹き飛んでしまったミリアリアは笹穂耳まで赤くなりながら言葉を続けた。
「……こ、これくらいでドキドキしてしまうなんて……ぞ、存外大した事が無いな」
ミリアリアはそう言いながらアイリスに近寄り、真っ赤な顔のアイリスが淡い瑠璃色を仄かに潤ませているのを確認すると更に真っ赤になりながらその耳元に囁きかけた。
「……し、食堂まで運んでやる……わ、私に抱き着いてくれ」
(……って何言ってるんだ、私は、オイ、落ち着け、私、気を確かに持て、私、い、いや、けっしてやりたくない訳では無く、寧ろ喜んでしたい位だが、って違うっ!!そんな事が問題では無くてだな)
「……ほ、ホントにいいの?」
勢いに任せて爆弾発言をしてしまったミリアリアが内心で盛大にテンパりながら自身にツッコミを入れていると真っ赤な顔のアイリスがオズオズと確認の問いを行い、ミリアリアが更に顔を赤くさせつつ反射的に頷くと躊躇いがちに抱きつきながら言葉を続けた。
「……それじゃあ、お願い、ミリア」
「……あ、ああ、え、遠慮するな、アイリス」
アイリスの言葉を受けたミリアリアは真っ赤な顔で応じながらその身体を抱え上げ、アイリスは甘える様にミリアリアの胸元に寄りかかりつつ問いかける。
「……大丈夫?重く無い?」
「問題無い、これでも騎士団長だぞ、それに、初めてじゃないだろう、こうして運ぶのも」
(……そ、そうだ、もう何回かアイリスとこうして浴室に移動している、だ、だが、まだ全然慣れない、こうして私の腕の中にアイリスがいると言う事にもアイリスの全身を見下ろす事にも……)
アイリスに問いかけられたミリアリアは己の腕の中にあるアイリスの姿に身体の奥をざわつかせながも答え、アイリスは真っ赤な顔で頷いた後に躊躇いがちに問いかけた。
「……後悔、しない?」
「……愚問だぞアイリス、アイリスは絶望しかなかった私に未来を与えてくれたんだ、だったら私は共に征く、その道がどれほど屍によって鋪装されたとしても、その道がどれほど血に塗れようともな……世界の全てが敵に廻る?望む所だ、世界の全てを敵に廻る事すら厭わずに私を救ってくれたアイリスとならどこまでだって征ってやる」
アイリスの躊躇いがちの問いかけを受けたミリアリアは真っ赤な顔でアイリスを見詰めながらも躊躇う事無く返答し、それを承ればアイリスはミリアリアと同じくらい真っ赤な顔で頷いた後にミリアリアの身体に廻した手に力を籠めつつ言葉を続ける。
「……やっぱり魔王のあたしは最後に宴に参加した方が良いでしょう?だから、皆が出て行って暫くしてから食堂に行って貰って構わない?」
「……あ、ああ、それくらい造作ない食堂に向かうのは皆が出ていっ…………皆が……出て……行って?」
アイリスの言葉に応じていたミリアリアがその途中でその言葉の中にあった一句を反芻しながら強張った表情で周囲を見渡すと、食堂に向かう順番を待っていた女エルフと狐人族の女達は何気無い風を装いながらも顔を赤らめさせてチラチラとアイリスとミリアリアの様子を窺っており、それを目にしたミリアリアはこれ以上無い程真っ赤になってしまった。
「……フフフ、大丈夫、ミリア?無理しなくて良いのよ」
「…………あ、ああ、だ、大丈夫だ、や、約束を違えるつもりは無い」
アイリスが真っ赤になって絶句してしまったミリアリアを見上げながら問いかけると、ミリアリアは真っ赤な顔のまま返答し、それを受けたアイリスは嬉しそうに笑いながらミリアリアの胸元へと甘える様にもたれかかった。
食堂
同盟成立を祝う為の宴が催される予定の食堂のテーブルの上には採取した鳥獣や魚、果物を利用した料理(アイリスやミランダ、アイリーンの侍女達が中心となって用意)が並べられており、出席者達は談笑を交わしながらアイリスとミリアリアの到着を待ち受けていた。
「ふーん、あの堅物のミリアリアがそんな事をしたの……それを見逃すとは惜しい事をしてしまったわね」
一足早く食堂に向かっていた為にアイリスとミリアリアのやり取りを見逃してしまったマリーカは、目撃したアイリーンから詳細を報されてニマニマしながら感想をもらし、アイリーンは同じ様な笑顔で頷いた後に表情を改めながら言葉を続けた。
「……ヴァイスブルク伯国亡命政権首班マリーカ・フォン・ヴァイスブルク様、改めまして宜しくお願い致しますわ、僅少な我等ではありますが共にアイリス様を御助けして行きましょう」
「……勿論です、リステバルス皇国亡命政権女皇アイリーン・ド・リステバルス様、アイリス様が態々同盟に期限と離脱の余地を残して下さったのは我等に選択の余地を残して下さる為、国を喪った我等にそこまでの御温情と御配慮を頂いた以上我等に出来る事はアイリス様を御助けし、共に征く事のみです」
アイリーンの言葉を受けたマリーカは同じ様に表情を改めながら迷い無い口調で言い放ち、2人の会話に耳を傾けていた一同が力強く頷いていると食堂のドアが開かれて外でアイリスとミリアリアの到着を待っていたライナとリーナとアリーシャが入室して来た。
「……アイリス様が御到着されました」
ライナがアイリスの到着を告げると食堂の中は水を打ったように沈黙し、出席者達は威儀を正して食堂のドアに相対した。
その様子を確認したライナは自身も威儀を正した後にドアの前に控えるリーナとアリーシャに頷きかけ、リーナとアリーシャは頷きを返した後にゆっくりとドアを開いた。
リーナとアリーシャが開いたドアをくぐり抜けて頬を赤らめさせながらも嬉しそうに微笑んでいるアイリスを抱え上げた茹で蛸の様に真っ赤な顔のミリアリアが入室し、それを目にしたマリーカは思わず吹き出してしまいそうになるのを多大な努力で止めながら傍らのアイリーンに小声で語りかけた。
「……まるで、新婦と新婦の入場ね」
「……ええ、アイリス様やミリアリア様がウェディングドレスを御召しになっていないのが残念でなりませんわ」
マリーカの囁きを受けたアイリーンは穏やかに微笑みながら返答し、マリーカは頷いて同意した後に真っ赤な顔のミリアリアを見ながら言葉を続けた。
「……本番前でここまで真っ赤になってしまうなんて先が思いやられるわね、本番まで時間は有り余ってるでしょうけど慣れて貰う必要があるわね」
マリーカはそう言うとゆっくりと手を叩き始め、それを目にしたアイリーンは茶目っ気のある笑みと共に頷くと同じ様に手を叩き始めた。
マリーカとアイリーンが始めた拍手の音を聞いた出席者達は次々にそれに加わって行き、暫しの間を置いた後には出席者全員がアイリスとミリアリアに向けて拍手を送っていた。
皆の拍手を受けたミリアリアは顔を真っ赤にさせながらマリーカとアイリーンの所へと歩を進め、ミリアリアの腕の中のアイリスは嬉しそうにニコニコしながら皆に向けて小さく手を振っていた。
アイリスを抱え上げたミリアリアは鳴り響く拍手の中を真っ赤な顔でマリーカとアイリーンの所まで進んで少し名残惜しげな様子でアイリスを降ろし、アイリスはミリアリアに笑いかけた後にマリーカとアイリーンに視線を向けて口を開いた。
「ちょっと待たせちゃったみたいね、さあ、宴を始めましょう」
アイリスがそう言うと出席者達はテーブルに並べられたワイン(補給部隊襲撃の際の戦利品)や採取した果物のジュース等が満たされたコップを手に取り、アイリスとミリアリアにはクラリスがワインのコップを手渡した。
「……皆、グラスは持ったわね、それでは三国同盟締結を祝って乾杯するとしましょう、乾杯」
「「乾杯!!」」
皆がコップを手にしたのを確認したアイリスが乾杯の音頭を取りながら手にしたコップを掲げると出席者達は力強く唱和しながらコップを掲げ、それを合図として三国同盟締結を祝する宴が開始された。
アイリスはコップを口に運ぶ前に傍らのミリアリアに向けてソッと差し出し、ミリアリアは真っ赤な顔で頷きながら自分が手にしたコップを掲げてアイリスの差し出したコップに軽く触れさせた。
大陸歴438年霧の月十九日、魔王アイリスは保護したヴァイスブルク伯爵家令嬢マリーカ・フォン・ヴァイスブルク、リステバルス皇国皇女アイリーン・ド・リステバルスの両者を首班としたヴァイスブルク伯国亡命政権及びリステバルス皇国亡命政権を樹立させ、両国との相互同盟、三国同盟を締結した……