裏切りの盟友
44000PVアクセス及び8600ユニークアクセスを突破しました、これからも本作を宜しくお願いします。
大陸歴438年霧の月十四日・ラステンブルク伯国周辺
行方不明となったロジナ候国軍残党狩部隊の中隊を捜索する為に第九騎士団が進発した翌日、ロジナに攻め込まれたヴァイスブルクにとっては唯一と言っても良い筈の盟友、ラステンブルク伯国が遂にその仮面を捨て去り本性を露にした。
苦難の道のりの末に到着したヴァイスブルク伯国の残党達、漸く安堵して安堵した残党達を収容した筈のラステンブルク伯国の将兵は既に待ち受けていたロジナ候国軍の追手へと残党達を引き渡し始めたのだ。
収容される前に偶然その光景を目撃した旧ヴァイスブルク第五騎士団長エリーゼ・カッツバッハは辛くも捕縛の手を逃れて逃走し、その最中に遭遇したヴァイスブルク伯爵家の三女にして伯爵家宗家唯一の生存者、マリーカ・フォン・ヴァイスブルクと彼女を護衛していたヴァイスブルク最強の騎士である第一騎士団副団長アナスタシア・フォン・リーゼンダールの主従と共に再びヴァイスブルク方面への逃走を余儀無くされていた。
ヴァイスブルクに残されたただ1つの拠であるマリーカを捕縛すべく森林地帯での戦いに長けたラステンブルク伯国自慢の猟兵団の部隊は急追撃を行い、アナスタシアとカッツバッハはマリーカを死守しながら懸命の逃避行を続けていた。
アナスタシアが流れる様な動作で愛刀である大陸東方の国、扶桑皇国由来の切尖諸刃の刀、霊烏を振るうと襲撃してきた猟兵が瞬く間に骸に帰し、アナスタシアは周囲に気配が無いのを確認した後に後方の木陰に潜んでいるマリーカとカッツバッハの所に駆け寄り、油断なく周囲を確認しながら口を開いた。
「マリーカお嬢様、追手は片付けました、今の内に出来るだけ距離を稼ぎましょう」
「……ええ、そうね、それじゃあ行き……っ」
「マリーカお嬢様!!」
アナスタシアの言葉に応じながら立ち上がりかけたマリーカだったがただでさえ逃避行に消耗している上に盟友と信じていたラステンブルク伯国の裏切りによって糸が切れかけている意識が一瞬遠退きかけて立ち眩みを起こしてしまい、アナスタシアは慌てて駆け寄って崩れかけるその身体を抱き止めながら苦渋の表情で言葉を続けた。
「……申し訳ありませんマリーカ様、既に限界なのは百も承知しております、ですが……」
「……わ、分かってるわアナ、い、行きましょ」
アナスタシアの言葉を受けたマリーカは気丈に答えながら歩き始め、アナスタシアはその背中を痛ましげに見詰めながら呟いた。
「……お痛わしい」
「……そうだな、だが、マリーカ様は私達の最後の拠、捕らえられる訳にはいかない」
アナスタシアの呟きを耳にしたカッツバッハは痛ましげにマリーカの背中を見ながら呟き、その後に沈痛な面持ちで言葉を絞り出した。
「……ミランダが命懸けで逃れる為の時を稼いでくれたのだ、絶対にマリーカ様を護ってみせる、絶対に」
「……カッツバッハ殿」
カッツバッハの悲痛な呟きを目にしたアナスタシアは表情を曇らせながら呼びかけ、カッツバッハは自分を奮い立たせる為に両手で頬を叩いた後にアナスタシアに声をかけた。
「……行こう、アナスタシア、絶対にマリーカ様を護り抜くぞっ」
「……無論です、我が身、我が心、我が剣の全ては既にマリーカお嬢様に捧げております」
(……は、恥ずかしいから変な事言わないでよアナ、へ、変な誤解されたらどうするのよ、ま、まだ、あたし達は……き、清い関係なんだから……あっ……い、嫌な訳じゃ無いわよ……む、寧ろそろそろ次のステップに行っても良いって言うか行きたいって何考えてんのよあたしっ!!)
アナスタシアの決意の言葉が耳に入ったマリーカは笹穂耳まで赤くなりながら逃走を続け、アナスタシアとカッツバッハは追手の気配に注意を払いつつその後に続いた。
(……ミランダ、貴女が命懸けで稼いでくれた時、決して無駄にはしない、自分を押さえきれる自信が無い為に最後の一線を越えられ無かった情けない私だけど、貴女が稼いでくれた時間、決して無駄にはしない、何としてもマリーカ様を御守りしてみせる)
(……マリーカお嬢様、私が今まで剣一筋に生きてきたのは、お嬢様を護る剣となりたいが為、お側に仕える事が出来ただけでも分不相応な幸運であるにも関わらず、剣一筋の無粋な私に想いを告げて頂いた、マリーカお嬢様、愛しき貴女を護る為私は修羅となります)
愛する女への決意を胸にアナスタシアとカッツバッハが進んでいると前を進んでいたマリーカの足が突然止まり、それを目にしたアナスタシアとカッツバッハは慌ててマリーカの傍らに駆け寄ると獲物を構え、アナスタシアは霊烏を正眼に構えながらマリーカに声をかけた。
「マリーカお嬢様、如何なさいました?」
「……あれを見て、アナス、カッツバッハ」
アナスタシアの言葉を受けたマリーカは戸惑いの表情でそう言いながら前方を指差し、アナスタシアとカッツバッハがマリーカの指差す方向に視線を向けると、非常に立派な角をした純白の鹿が木立の合間に佇んでいるのが確認された。
白雪の様に純白の毛に覆われた鹿は臆する事無く佇んでマリーカ達をジッと見詰め、その光景を目にしたアナスタシアは戸惑いの表情を浮かべながらマリーカに囁きかけた。
「……マリーカお嬢様、あの鹿は?」
「……あたしが逃走していたら突然姿を現したの、戦闘の気配も感じている筈なのに臆した様子も無くジッとあたしを見ているの」
マリーカがアナスタシアの問いかけに応じていると鹿はそれが聞こえたかの様にマリーカ達に背を向けた後にまるで誘う様にマリーカ達の方に顔を向け、それを目にしたカッツバッハは半信半疑の面持ちで口を開いた。
「……まさか、ついて来いと言う事なのでしょうか?」
「……如何致します、マリーカお嬢様?」
カッツバッハの呟きを耳にしたアナスタシアは戸惑いの面持ちでマリーカに問いかけ、マリーカは一拍の間を置いた後に速やかに決断を下した。
「……行きましょう、頼みの綱のラステンブルクがこの有り様なのよ、もう、あたし達には行く宛等無いわ、そこに道が示されたの、今のあたし達はそれがどれ程怪しい道だとしてもそれに縋るしか無いわ」
マリーカの苦渋の決断を聞いたアナスタシアとカッツバッハは厳しい顔つきで頷き、マリーカ達を見詰めていた鹿はその会話が聞こえたかの様に進み始めた。
それを確認したカッツバッハとアナスタシアはマリーカの前後に進んで前衛と殿となり、それから3人は怪しい白鹿に誘われる様に森の奥、アイリスのダンジョンの方向へと進み始めた。
ラステンブルク伯国第八猟兵団・選抜部隊
マリーカ達が怪しい白鹿に誘われて逃走を始めた頃、ラステンブルク伯国第八猟兵団長のレンジ・フォン・チーグタム率いる選抜部隊400名はマリーカ・フォン・ヴァイスブルクと言う最大の獲物の存在にいきり立ちながら急追撃を実施していた。
マリーカ達が消耗して逃走のスピードが落ちている事を見越したチーグタムはマリーカ達の痕跡を辿って遮二無二前進を続けて、功績を夢見る猟兵達は天を衝くばかりの意気でチーグタムの強引な進撃命令に従っていた。
遮二無二森の中を突き進む選抜部隊の猟兵達は急進撃によって隊列が乱れがちになってしまい、尖兵隊を率いるリリアン・アハトエーベネは部隊を小休止させて逸る猟兵達の隊列を整えさせた。
「アハトエーベネっ!!何をしているのだっ!!このままでは標的が逃げてしまうぞっ!!」
リリアンが苦虫を噛み潰した様な表情で部隊を隊列を整えていると督戦に来たチーグタムが濁声を張上げ、リリアンは舌打ちしそうになるのを辛うじて押さえ込みながら言葉を返した。
「進撃が急過ぎる為隊列が乱れています、いかに消耗しているとは言え、相手はヴァイスブルク最強にして滅龍騎士の称号も持つアナスタシア・フォン・リーゼンダールに第五騎士団長エリーゼ・カッツバッハ、更にマリーカ・フォン・ヴァイスブルクも高い魔力を誇るヴァイスブルク伯爵家でも一二を争う使い手と聞きます、乱れた隊形で戦えばこちらの損害も大き」
「手緩いっ!!隊列が多少乱れても構わんっ!!遮二無二突き進めっ!!そもそも貴様とて滅龍騎士にして我が第八猟兵団の斬り込み隊長だろうがっ!!」
リリアンの報告を遮ってチーグタムは怒号を放ち、それを聞いたリリアンは冷めた表情を浮かべながら言葉を返した。
「私が倒したドラゴンは成体であるのに対してアナスタシアが倒したのは古成体です、卑下する訳ではありませんが格が違います、既に先走った猟兵分隊が全員骸になって転がっていました。そもそもこの戦いは残敵掃討戦レベルの戦いです、蛮勇に任せて猪突して大きな損害を出してもむい」
「ええいっ貴様の意見等聞いていないっ!!貴様はひたすら突き進み諸悪の根源たるヴァイスブルク伯爵家最後の生き残りを捕らえ、禍根を断つのだっ!!」
(……何が禍根よっそもそも連邦を瓦解させる陰謀云々は大義名分なんだから禍根なんて端から存在してないでしょうが)
チーグタムの濁声を聞いたリリアンがげんなりとした表情で呆れていると、突然頭上で夥しい量の梟の鳴き声が渦巻き、その異様な響きを耳にしたリリアンやチーグタムに猟兵達が思わず頭上に視線を向けると、木々の枝と言う枝には無数の梟が止まっており、一同がその異様な光景に思わず息を呑んでいると無数の梟は妖しく輝く双眸で一同を見下ろしながら一斉に鳴き声をあげた。
夥しい量の梟が発した鳴き声は絡まり合ってけたたましく躍り狂い、その異様な鳴き声を耳にした猟兵達が躍り狂う鳴き声から逃れる為に両手を耳で押さえながら蹲る中、逸早く我に返ったリリアンが言霊を放った。
「……聖なる光よっ災いより我等を護りたまえ、ホーリーライト」
リリアンの放った言霊に誘われて発生した聖なる光によるけたたましく躍り狂う梟達の鳴き声はその勢いを弱め、安堵した猟兵達が立ち上がるがリリアンは厳しい表情を浮かべて自分の首にかけている十字架に手を添えつつ勢いを弱めながらも未だに躍り狂っている鳴き声とそれを生み出している無数の梟達を見詰めた。
(……聖魔法を増幅する加護が施されたこのロザリオにより威力が増幅されたホーリーライトでさえ完全に消しきれない、一体何なのこの連中は)
リリアンが厳しい表情で梟達を見上げていると漸く回復したらしいチーグタムがよろめきながら立ち上がり、それに気付いたリリアンが舌打ちを懸命に押し留めているとチーグタムは未だに頭上で躍り狂う梟達の鳴き声に顔をしかめながら口を開いた。
「……い、一体何なのだ、この連中はっ!?」
(……そんな事知る訳無いでしょ、私が聞きたいくらいだし、私の方が怒鳴り散らしたいくらいよ)
チーグタムの喚き声を聞いたリリアンが内心で毒づいていると、躍り狂っていた鳴き声が唐突に止まると同時に枝と言う枝に止まっていた無数の梟達も忽然と消え去り、一同は狐に摘ままれた様な表情で頭上を見上げていた。
ダンジョン・マスタールーム
無数の梟達によって足止めされていた猟兵達はそれが消失すると若干の戸惑いを見せながらもマリーカ達の追撃を再開し、マスタールームでその光景が映し出されている魔画像を見詰めるアイリスは侮蔑の表情を浮かべながら呟いた。
「……あらあら、警告してあげたのにまた追撃を再開しちゃうのね、こんな猪みたいな指揮官じゃあ強くて優秀で華やかな部下は完全に宝の持ち腐れね」
アイリスはそう言うと厳しい表情で尖兵隊を指揮するリリアンを気の毒そうに一瞥し、その後に視線をマリーカ達が映し出されている別の画像に向けた。
「……フフフ、それに引き換えこっちは華やかで良いわね、彼女達を助けたら一段と華やかになるし、彼女も喜んでくれる、正に一石二鳥ね」
アイリスはミリアリアの表情を脳裏に浮かべながら逃走を続けるマリーカ達を誘導する様に使い魔の白鹿に命じ、その後に狩猟と採取を行っているミリアリアにこの事を魔導通信で報せた。
ロジナに攻撃され孤立無援となっていたヴァイスブルク伯国にとって唯一の盟友ラステンブルク伯国、しかしながら盟友の仮面を被っていた同国はヴァイスブルクの残党達を迎え入れた瞬間にその仮面を外し本性を露にさせた。
裏切りの盟友の魔の手を辛うじて逃れたヴァイスブルク伯爵家最後の生き残りマリーカ・フォン・ヴァイスブルク、窮地に陥った彼女達を救うべく魔王アイリスは彼女達をダンジョンへと誘った……