軍議
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大陸歴438年霧の月十日・ヴァイスブルク・ロジナ候国軍ヴァイスブルク派遣軍司令部
ヴァイスブルク近郊に展開するロジナ候国第三近衛騎士団の宿営地からヴァイスブルク城の一角に設けられたロジナ候国軍ヴァイスブルク派遣軍司令部に到着したスティリアが係官に案内されて会議室に入室するとそこには第三近衛騎士団と同様にヴァイスブルク近郊に展開しているロジナ候国第十六騎士団長のアレス・フォン・ザイドリッツと第十八騎士団長のジョナサン・フォン・パウルスが到着しており、スティリアに気付いたアレスとジョナサンは立ち上がり敬礼しながら口を開いた。
「「お疲れ様です、スティリア様」」
「お疲れ様です、アレス殿、ジョナサン殿、そちらの様子は如何ですか?」
スティリアはアレスとジョナサンに答礼した後にそう言いながら指定された席に、その言葉を受けたアレスとジョナサンは表情を曇らせながら口を開いた。
「第十六騎士団の宿営地にもざん……あっいえ、掃討部隊の生存者が到着しております、傷を負った者も多く収容したもののそのまま、と言う事も何度か……」
「第十八騎士団の宿営地については今の所平穏ではありますが、部下の間に動揺が拡がりつつあります」
スティリアが難しい顔付きでアレスとジョナサンの言葉に頷いていると、大柄で粗野な雰囲気を宿した筋骨隆々の大男、第七騎士団長のカール・フォン・カスターが入室し、入室してきたカスターはスティリアに気付くとあからさまに顔をしかめた後に渋々と言った様子で敬礼した。
カスターのおざなりな敬礼を目にしたスティリアは内心の不快感を押し殺しながら立ち上がると流麗な動作で答礼し、それを確認したカスターは忌々しげに顔を歪めると足音荒く自分の席につき、アレスとジョナサンに向けて粗野な笑みを浮かべながら口を開いた。
「残党狩り部隊に何があったは知らねえがこれほど急に呼び出されちまうと今後の予定が立たねえよなあ、ザイドリッツ、パウルス、何しろヴァイスブルクの屑どもへの尋問予定が詰まってるんだからなあ」
「……い、いや、それは、まあ」
「……あ、ああ、それはなんと言うかだなあ」
カスターの言葉を受けたアレスとジョナサンは言葉を濁しながらスティリアの方に視線を向け、スティリアは内心の煮えくり返る不快感が面に出ない様に表情筋を叱咤して我関せずの態度を取っていた。
スティリアのその反応を目にしたカスターが粗野な笑みを浮かべているとその他の部隊の指揮官やアロイスにポポフやキャラガンと言ったヴァイスブルク男爵領国の出席者達も姿を現し、最後に派遣軍司令官のナルサスが姿を現した。
ナルサスが姿を現すと出席者達は揃って起立した後にナルサスに向けて敬礼し、ナルサスはゆったりとした動作で答礼すると皆を着席させた後に自分も席に着くと出席者達を見渡しながら口を開いた。
「既に知っている者もいると思うが本日早朝に残党狩り部隊本隊に所属していた者達が散り散りになってヴァイスブルクへ到着してきた、彼等の証言を総合すると残党狩り部隊本隊は一昨日の深夜にモンスターの大規模な襲撃を受け、構築中の砦ごと壊滅したと思われる、現在第五騎士団が現場に急行中だが損害は甚大な物と推測されている」
ナルサスの言葉を受けた出席者の一部からはざわめきが生じ、ナルサスは右手をあげてそれを制した後に詳しい襲撃の様子を部下に報告させた。
報告された襲撃の様子は通常のモンスターの襲撃に比べ遥かに洗練され統制された明らかに異質な物であり、それを聞いた出席者の多くは困惑の表情を浮かべたがカスターだけは暇をもて余している様な様子で報告を聞き流していた。
「……以上がこれまでに判明している状況だ、最後に陣営を襲撃した巨大なドラゴンは恐らく魔龍だろう」
部下の報告が終わるとナルサスはそう言いながら一同を見渡し、一同が厳しい表情を浮かべる中ただ一人暇そうに話を聞いていたカスターが口を開いた。
「……ようするにその魔龍を倒したら良いだろう、だったら任せて貰おうか、この滅龍騎士の俺様にな」
カスターはそう言いながら粘ついた視線をスティリアに向け、スティリアがその視線を無視して出されている紅茶を飲み始めると粗野な笑みと共に言葉を続けた。
「俺が倒したドラゴンは成体だが例え魔龍になった所で所詮蜥蜴は蜥蜴、魔龍ごときこの俺様と第七騎士団で完膚無きまでに叩き潰してやるぜ」
「よし、よく言った、第七騎士団に魔龍討伐任務を付与する、ヴァイスブルク男爵領国には充分な支援を要求する」
「お任せ下さい」
カスターの言葉を受けたナルサスは満足げな表情を浮かべながらアロイスに支援を要請し、アロイスは追従の笑みを浮かべて応じるとカスターが粗野な笑いと共に口を開いた。
「……男爵様、一つ宜しく頼むぜっあの騎士団長みてえな綺麗所であの騎士団長と違って自分の身の程を弁えた奴をよおっ」
「……カスター第七騎士団長殿」
カスターが粗野な笑いと共に告げた言葉を切り裂く様に低い凍り付く様な冷気を纏った声がスティリアから発せられ、カスターが思わずスティリアの方に視線を向けるとスティリアはエメラルドグリーンの瞳をスウッと細めながら言葉を続けた。
「……彼女に、何をした」
「……か、彼女?あ、ああ、そうだな、あの高慢女はあん」
「……質問に答えろ、私は彼女に何をしたのかと聞いている」
スティリアの問いかけを受けたカスターは虚勢を張って返答しようとしたがスティリアは冷たい冷気を纏った言葉でそれを切り裂き、カスターは思わず後退りしそうになる足を踏みとどめながら精一杯の虚勢を張って答えた。
「……た、戦ってやったのさ、あ、あんたと戦ったっていうあの高慢女の実力を知りたくてな、た、大した事無かったぜ、あの高慢女の実力はよ、だからよお、実力がねえくせに無駄に足掻いちまうからよお、壊しちまったんだよ」
精一杯の虚勢を張りながら告げるカスターだったがその言葉はスティリアの逆鱗に触れ、スティリアは周囲が凍り付く様な冷気を纏いながら立ち上がろうとした刹那、その空気を間延びした声が遮った。
「……あの〜御菓子、ありますか〜」
緊迫した空気を物の見事に粉砕してしまうのんびりと間延びした声を発したのは第九騎士団長のリーリャ・フォン・ヴェートーヴェンであり、余りに場違いな空気に周囲が弛緩する中、リーリャはおっとりとした笑顔で言葉を続けた。
「……この紅茶〜美味しいんですけど〜だったら御菓子も欲しいな〜って思ったんです〜ですから〜御菓子、ありますか〜?」
「……り、リーリャ卿残念ながら今回は御茶会では無いから茶果は出ない、だ、第七騎士団については直ちに魔龍討伐の準備に入ってくれ」
リーリャののんびりとした言葉を聞いたナルサスは弛緩した空気を利用してそそくさとカスターに退室を命じ、カスターが小さく舌打ちした後にさっさと退室したのに続いてアロイスの命を受けたポポフがその後を追って退室して行った。
カスターの退室を確認したスティリアは纏っていた冷気を収め、周囲が安堵の空気に包まれる中、スティリアの脳裏に声が響いた。
(……スティリア、熱くなりすぎよ、あのままあの屑叩き斬るかと思ったわ、まあその方が塵がなくなって清々するかも知れないけど)
(……す、すみません、リーリャお姉様、感謝します)
スティリアは士官学校時代の先輩であるリーリャの念話によるたしなめに恐縮しながら応じ、リーリャはのほほんとした様子で紅茶を飲みながら念話を続けた。
(……旧ヴァイスブルク第四騎士団長、クーデリア・フォン・タンネンベルク、滅龍騎士の貴女と一歩も引かぬ壮絶な一騎打ちをした凛々しく気高き騎士団長、か、ふふ、スティリアにもついに春が来ちゃったのね)
(……かか、からかわないで下さい、リーリャお姉様)
リーリャにからかわれたスティリアは再開された軍議に耳を傾ける風を装いながらリーリャの言葉に応じ、リーリャも軍議を聞く風を装いながら言葉を続けた。
(……安心なさい、スティリア、彼女の所には今ミサが治療に向かっているわ、だから軍議が終わったらついて来なさい)
(……ミサ、お姉様が?分かりました)
リーリャの言葉を受けたスティリアはリーリャの同期で第九騎士団の副団長のミサ・シューベルトの顔を思い起こしながら応じ、それからスティリアとリーリャは続けられている軍議へと意識を集中させた。
散り散りになって命辛々で到着した敗残兵達により魔王の軍勢の襲撃の精細を知ったロジナ候国軍ヴァイスブルク派遣軍は軍議を召集し、遅れ馳せながらも急変した事態に対する対策を取り始めていた……