接敵
築いた道は自由の為
三百マイル遥か遠く
叛徒は慄き走り去る
我等が征くはジョージア
フラー!フラー!喜び歌え
フラー!フラー!自由の歌を
歌声は響くアトランタの地から
我等が征くはジョージア
ジョージア行進曲六番歌詞(日本語訳)
大陸歴438年葡萄の月二日・フェルト・ヘルン・ハレ司令部
概成したフェルト・ヘルン・ハレであったが、防御機能の完成を優先した為後回しにされた生活用の建築物等の建築が駐留する死霊連隊のボーンウォーリア隊の一部と第二金堀衆のマジックマリオネット隊によって実施されており、その槌音が響く中、仮建ての司令部にて指揮官に任じられたリリアーナが主宰した各指揮官参加の朝の定例会が行われていた。
リリアーナの目の前のテーブルには城塞作戦参加からそのままフェルト・ヘルン・ハレに駐留する事になった各隊の指揮官であるカッツバッハ、サララ、クーリアにアンデッド部隊を代表して出席した第一死霊連隊長のマイヤーが座っており、リリアーナは皆に向け一礼した後に穏やかな表情で口を開いた。
「皆様、おはようございます、本日も宜しくお願い致します」
リリアーナの言葉を受けた一同は頷く事でそれに応じ、それを確認したリリアーナは槌音が響く外を一瞥した後に言葉を続ける。
「……本日も昨日同様、死霊連隊は建築作業を継続しつつ各隊の主力は警戒と巡回を行い、一部を持って狩猟と採取を行って頂きます、今の所敵性反応はありませんが、その兆候が確認された場合はただ」
リリアーナが本日の作業内容を伝達しているとその言葉を遮る様に傍らに吊るされていたベルが鳴り始め、その瞬間穏やかだった場の空気が緊迫した物へと一変し各指揮官に緊迫した表情が浮かぶ中、リリアーナが静かな面持ちで改めて言葉を続ける。
「……本日の予定は全て変更となります、各隊は直ちに警戒態勢へ移行して下さい、マイヤー様、第一戦闘偵察大隊と第一駆逐大隊を周囲に散開させ遊撃戦態勢を取らせて下さいませ」
……承知致シマシタ、残ル各隊ハ所定ノ配置ニ就イテ指示ヲ待チマス……
リリアーナの言葉を受けたマイヤーは恭しく一礼しながら返答した後に立ち上がり退室していき、リリアーナはそれを確認した後に鋭い表情を浮かべるカッツバッハ達に向けて口を開いた。
「……皆様も所定の配置にて警戒態勢へ移行して下さい、私はアイリス様に一報を入れます」
リリアーナの言葉を受けたカッツバッハ達に頷いた後に部下達に指示を送る為に退室し、リリアーナはそれを見送りつつ接近する敵性反応の状態を把握する為、使い魔達の送る映像の魔画像を具現化させた。
リステバルス王国軍偵察隊
フェルト・ヘルン・ハレが接近する敵性反応を察知し迎撃態勢を整えつつある頃、陣営再建の為の偵察と地理不案内のヴァイスブルクの森の地勢把握を兼ねリステバルス王国軍第二次ヴァイスブルク派遣軍から派遣された軽装歩兵小隊規模の偵察隊は、ヴァイスブルク男爵領国軍から派遣された数名の道案内により前進を続けており、将兵は秋空の森の中を物珍しげに眺めながら歩を進めていた。
前進する偵察隊の頭上の木々の枝の上には時折、栗鼠が姿を現して様子を窺うかの様に静かに見下ろし、それに気付いた見習い騎士として同行していた赤毛のセミロングヘアと若草色の瞳のあどけない美貌の美少女リステバルス王国軍第九騎士団所属のマリーナ・ド・カタヤイネンは遠慮がちに偵察隊長に声をかける。
「……あ、あのー、出発前にミスティリア様が仰っていた妙な動きをしてる栗鼠が見えたんですが、そのぉっ、大丈夫でしょうか?」
「……問題無い、小動物に擬態して此方を偵察するなんて世迷言を真に受けるな、滅龍騎士だか何だか知らんが魔導士は魔導士らしく我々の支援さえしておれば良いのだ」
「……わ、分かりました」
マリーナの遠慮がちの問いかけを受けた偵察隊長は不機嫌そうな面持ちになりながらそれを一蹴し、マリーナは小声で返答した後に前進を継続しながら周囲の様子を窺った。
物珍しげな様子で進み続ける偵察隊の頭上の木々の枝の上には時折、栗鼠や雲雀等が姿を現して前進する偵察隊を監視する様に見下ろしており、それを確認したマリーナが嫌な予感を感じながらも見習い騎士と言う身の上からほぼ何も出来ず内心で何も起きない事を祈りながら偵察隊に同行していた。
偵察隊はマリーナの予感を尻目に時折姿を現して此方の様子を窺い続ける小動物の存在を除いて順調に進み続け、昼食を兼ねた大休止を取り、その後に更に数時間進んだ所で目的地である陣営跡地に近付いたがそこでマリーナは自分の予感が最悪の形で的中したと思わしき光景に遭遇してしまう。
陣営跡地の周辺は木々が切り払われ整地されて広大な広間となり、その中心は斜堤と満々と水を湛えた水濠で形成された異様な外見の砦と思しき建築物が鎮座しており、その異様な外見を目の当たりにした偵察隊長は唖然とした表情を浮かべて異様な建築物を見詰めながら呆けた呟きをもらす。
「……な、何なのだ、これは?」
「……わ、分かりません砦の様ですが」
偵察隊長の呟きに対して軽装歩兵隊の分隊長が戸惑いの声をあげ、そのやり取りを聞いていたマリーナは自身の嫌な予感が的中してしまった事に内心で頭を抱えながら遠慮がちに口を開く。
「……あ、あのー、明らかに敵の砦みたいなので直ぐ逃げて司令部に報告した方が良いんじゃ無いでしょうか?あの砦、砦と言うよりも要塞ですよ」
「……そ、そうだな、急ぎヴァイスブルクに戻り報告した方が良さそ」
マリーナの言葉を受けた偵察隊長が返答しているとその言葉を遮る様に下生えを踏みしだきながら2体のブラッディマンティスが姿を現し、異様な要塞の突然の出現に呆けていた偵察隊の隊列に襲いかかり瞬く間に数名の軽装歩兵を切り裂いてしまう。
ブラッディマンティスに切り裂された軽装歩兵のけたたましい断末魔が西日が漏れる木立の合間に響き渡り、突然の事態に硬直していた偵察隊長はその叫びに漸く我に返ると焦燥の表情と偵察隊に命令を下す。
「……総員、退却だっ!ヴァイスブルクに戻るぞっ、グズグズするな、遅れた者は置いていけっ!!」
偵察隊長はそう叫ぶと脱兎のごとく駆け出し、他の偵察隊も弾かれた様に一斉に遁走を開始した。
2体のブラッディマンティスが逃げ遅れた数名の軽装歩兵に真紅の大鎌を振るい血祭りにあげ、その断末魔を背に必死の形相で逃走する偵察隊だったが幾らも進まぬ内に今度は木々の合間から複数のジンベルヴォルフが飛び出し先頭を切って逃走していた偵察隊長を押し倒して牙と爪で切り裂き、その光景を目にした偵察隊の士気と規律は完全に崩壊してしまう。
(マズイマズイマズイ、これは本気でマズイ、あの小動物、やっぱり敵の偵察手段だったんだ、と言う事はこのまま逃げても待ち伏せのフルコース確定的、だけどこの森初めてのあたしが他のコースなんて知るわけ無い、だったら)
偵察隊の軽装歩兵達が壊乱し逃げ散り始める中、マリーナは混乱しながらも何とか現状を打破する方策を思案し周囲を見渡していると、道案内としてついてきていたヴァイスブルク男爵領国軍のエルフ騎士の1人が地面にへたり込んでしまっている姿が目に入り、マリーナは急いでその傍らに駆け寄り声をかける。
「……ねえっ、貴女、他の道知らない?さっきまでのルートは敵に把握されてみたいなの、それ以外のルートでヴァイスブルクへ行ける所を知ってたら案内して欲しいのっ!」
「……ふえっ!?」
マリーナに声をかけられた白銀のショートヘアと黒瑪瑙の瞳のボーイッシュな雰囲気の美貌が印象的な女エルフの騎士は我に返って戸惑いの声をあげ、マリーナはその反応を無視して彼女を物陰に引っ張り込んで恐怖に引き攣った表情で再びへたり込んでしまった彼女に声をかける。
「……お願い、ヴァイスブルクへの他のルートを知っていたら案内して欲しいの、貴女達ヴァイスブルクの人達があたし達に良い感情を抱いてないのも知ってるし、今の状況だって無理矢理駆り出されたせいだってのも理解してる、でも、お互いが生き残る為に協力して欲しいの、お願いっ!!」
マリーナは引き攣った表情の彼女を真摯な表情で見詰めながら懇願し、それを受けた彼女は引き攣った表情でマリーナを暫く見詰めた後にコクンッと小さく頷いて口を開いた。
「……分かりました、少人数なら通行可能なルートがあるので案内します、ヴァイスブルク男爵領国軍第五騎士団のモーラ・ソルニエです、騎士と言っても2週間しか訓練受けてませんけど」
「……ありがとう、あたしはマリーナ・ド・カタヤイネン、リステバルス王国軍第九騎士団所属の見習い騎士よ、流石に2週間よりは長い軍務だけどあたしも新米騎士、最悪に近い状態だけど生きて帰りましょう」
彼女、モーラの返答を受けたマリーナは自身も手短に自己紹介した後にモーラに手を差し出し、モーラも頷きながら差し出されたマリーナの手を握り立ち上がった。
モーラが立ち上がると2人の選択を試す様に下生えが揺れ始め、2人は小さく頷き合った後にモーラが先導する形でこれまで進んでいたルートから大きく離れる形で逃走を開始した。
2人が木々の合間に消えて暫くすると下生えを突き抜ける様に葛龍の吸血蔦が出現し、先端の真紅の花が2人の消えた木々の合間を見詰める様に静止した。
フェルト・ヘルン・ハレ司令部
「……別ルートで逃走するみたいですね」
「……数名程なら通行可能なルートがあります、かなりこの森に精通している者がいた様ですね」
マリーナとモーラの逃走の様子を見ていたリリアーナが傍らのカッツバッハに声をかけるとカッツバッハは頭にヴァイスブルクの森の様子を描きながら返答し、リリアーナは小さく頷いた後に第一戦闘偵察大隊を指揮して偵察隊を襲撃させているマイヤーに魔通信で指示を送った。
「……マイヤー様、アイリス様から数名程度なら逃がして構わないとの指示を受けています、2名別ルートで逃走を開始したので他の者達は刈り取って下さい」
……承知シマシタ、既ニ敵ノ統制ハ崩壊シテオリマス、日ガ暮レル迄ニ片ガ付クト思ワレマス……
リリアーナの指示を受けたマイヤーは即座に返信し、リリアーナは通信を終えた後に司令部に詰めているカッツバッハ、サララ、クーリアを見渡しながら口を開く。
「……発見された敵の偵察隊の駆逐作業は完了しました、これにより敵はフェルト・ヘルン・ハレの存在に気付きました、この地は琥珀の鉱脈も近くヴァイスブルクとラステンブルクの連絡経路も遮断可能な位置にあります、故に敵による攻勢は予想では無く必然であるとさえ言えます、本日以降採取や狩猟は無期限停止とし三直態勢による警戒を実施します、既に一連の状況に関してはアイリス様に御報告しており、アイリス様からはフェルト・ヘルン・ハレの堅持が御下命されております、皆様宜しくお願い致します」
リリアーナは静かな口調で今後の方針を伝達し、カッツバッハ達は表情を引き締めながら頷いてこれから始まるであろうフェルト・ヘルン・ハレを巡る戦いに思いを馳せつつ部下達に指示を伝える為にリリアーナに一礼した後に司令部を退室した。
「……アイリス様、フェルト・ヘルン・ハレ堅持の御下命謹んで拝命致しました、非才の身ではありますがこの地を死守してみせます」
カッツバッハ達を見送ったリリアーナは静かに決意の言葉を呟き、その後に今後の防衛方針を策定する為に地図へ視線を落として思案を開始した。
こうしてフェルト・ヘルン・ハレを巡る最初の交戦は終了し、生き残ったマリーナとモーラは日付が変わる刻限にヴァイスブルク近郊のリステバルス王国軍第一魔導士団の陣営に到着し偵察隊の全滅と異様な外見の要塞の存在をミスティリアに報告した。
三度目の陣営再建を前に行われた偵察活動、ミスティリアの忠告を無視して進んだ彼等は陣営跡地に鎮座する異様な外見の要塞、フェルト・ヘルン・ハレと対面し、その異様な外見に戸惑う中、第一戦闘偵察大隊所属のブラッディ・マンティスやジンベルヴォルフの襲撃を受けてしまう。
使い魔達の情報を下に行われる襲撃に多くの者が倒れる中、ミスティリアの忠告を忘れていなかったリステバルス王国軍の見習い騎士、マリーナ・ド・カタヤイネンは、道案内役の新米エルフ騎士モーラ・ソルニエと共に虎口を脱し、フェルト・ヘルン・ハレ司令官のリリアーナはヴァイスブルク派遣軍の襲来は必然と考え、アイリスから下された堅持の命令を完遂すべく決意を固めた……