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アイリス・ドクトリン

疎ましき輩ぞ見せよ、戦にて雄々しき姿

シレジアの民から領地まで、かけがえ無き世が宝なり

シレジアの民から領地まで、かけがえ無き世が宝なり


フリードリッヒ大王の歌・二番歌詞(日本語訳)

大陸歴438年葡萄の月一日・クリストローゼ侯国首都グロスベルリオール・城館書斎


秋深まる葡萄の月の初日、クリストローゼ侯国首都グロスベルリオールのクリストローゼ侯爵家の城館の書斎には若き当主フレデリカの姿があり、その目の前の机には可能な限り収集されたヴァイスブルク陥落後の戦闘の経緯が纏められた文書と地図が置かれていた。

フレデリカは端然と座して書類を読み進めながら地図に記された戦局を確認していたが、そこに記されている戦闘の内容は明らかに異質であったが同時に巧みで洗練されているとさえ言える物であり、フレデリカはその異質で洗練された戦術に破砕されていくロジナ侯国と同盟国の軍勢の様子が記された書類を喰い入る様に読み進めていた。

「……ルイーゼ様も仰る通り、明らかに異質な敵を相手にしている様ですわね、ロジナ侯国とその同盟国は」

書類を読み進めていたフレデリカはそう呟くと傍らに置かれていたティーカップを手に取って温くなりかけの紅茶で喉を湿し、その後に改めて机の上に広げられた地図に視線を向ける。

地図にはラステンブルク伯国軍の増援部隊と陣営再建部隊、そして予備戦力のロジナ侯国の第九騎士団全てが攻撃を受け、第九騎士団以外が潰滅的打撃を被った戦いの戦局が記されていおり、フレデリカは喰い入る様に地図を見詰めながら種類を記されていた戦局を思い返す。

「……魔曲騎士団として名高いロジナ侯国の精鋭騎士団第九騎士団を有力な支隊で牽制、拘束し、その隙にラステンブルク伯国軍と陣営再建中のロジナ侯国、ヴァイスブルク男爵領国連合部隊を攻撃、潰滅させる、この様な異質な戦闘が頻発しているのであれば、戦役終了後にも関わらず度々援軍を派遣しているのも頷けますわね、到着予定の援軍が到着する端から潰滅しているのですから」

フレデリカはそう呟きながら改めて地図を見詰め戦局の推移を頭に描きながら真剣な表情で呟きを重ねる。

「……この戦闘もそうですが、ヴァイスブルクの生き残りを助けロジナと戦っている存在は、恐らく数的にはロジナの戦力に劣っている筈、それにも関わらず主導権を握り続け、数的に勝るロジナとその同盟国に痛撃を与え続けている」

そう呟くフレデリカの脳裏にはロジナ侯国と同盟国のロングバルド侯国、ヴァンブルク侯国の三国に囲まれる形の自国の状況が浮かび、フレデリカは自国の状況を鑑みながら真剣な面持ちで数的な劣勢化の中で局所的に優勢な場面を造り出してロジナ侯国とその同盟国に痛撃を与え続けている事を記した書類と地図からその戦術を学び取ろうとし続けていた。

(……あの強硬極まりないロジナの糾弾とロジナ、ロンゴバルド、ヴァンブルク軍の活発な活動報告、単なる恫喝であれば良いのですが、万が一実力を伴う行動があれば我国は三方から侵攻を受ける可能性がある、数的に圧倒的に劣勢である私達は能動的に行動して敵に主導権を渡さない様にする事で活路を見出すしかありません、ヴァイスブルクの森でロジナと同盟国相手にそれを成し遂げているこの方々の様に)

「……大胆、大胆、常に大胆であれ」

フレデリカは自国がロジナ、ロンゴバルド、ヴァンブルクの三侯国に攻撃される、と言う最悪の展開に巻き込まれてしまった場合の拠として書類と地図に記された戦術を読み取ろうとしながら己を鼓舞する様に呟き、後にこの呟きはフレデリカ・デア・グロッセを象徴する言葉の一つとして後世の人々に広く知れ渡る事になるのだが、当の本人はそんな事等知る由もなく必死に書類と地図からアイリスの戦術を学び続けていた。


ヴァイスブルク周辺・アウエルシュタット男爵領国軍第三騎士団宿営地


フレデリカが危急の時に備えアイリスの戦術を学び取ろうとしていた頃、ヴァイスブルク近郊に設けられたたアウエルシュタット男爵領国軍第三騎士団の団本部では、柔らかな亜麻色のセミロングヘアと静謐な輝きを放つ碧眼の理知的な雰囲気の美女、第三騎士団長のカーラ・フォン・クラウゼヴィッツがテーブルに広げたヴァイスブルク陥落後の一連の戦闘の状況が記された書類と地図を見詰め、ロジナとその同盟国を翻弄し続ける異形の軍勢の行動を分析していた。

「……やはりミスティリア様やエルヴィーナ様の言う様に我軍の損害に比例する様に敵の攻撃規模が増大していますね、皆様の予想通り現時点での敵の戦力は20000近くまで増大していると判断せざるを得ませんね」

カーラはそう呟くと啄木鳥作戦の生存者達の証言により纏められた三国連合軍潰滅の顛末が記された地図に視線を向け、ミュラ率いる残存部隊の脱出を示す矢印を見詰めながら呟き続ける。

「……この時もそうですが、ある程度纏まった戦力が脱出する際には無理に追撃を仕掛けず、散り散りになって逃げる者達を確実に刈り取り、残敵掃討戦レベルの戦闘でも極力無理な消耗を避け続ける……数的劣勢下の中でも局所的な優勢を創り出しその優勢を決して手放さず維持し続ける、空恐ろしい程に巧みで狡猾、そして用心深く慎重な戦術展開です」

カーラは感嘆の呟きをもらしながらこれまでの戦闘の経過を纏め、その後に陣営襲撃戦から三国連合軍潰滅に至るまでの各戦闘の情報が記された地図を並べ改めて異形の敵の戦術展開を見比べる。

「……我軍の損害を戦力増加に転換した結果、敵の戦術はますます巧みに、そして、大規模になっていっています、巧みで洗練された戦術、例えるならば、戦争芸術、とでも言うべきでしょうか」

カーラは冷静な面立ちの中に微かに興奮を滲ませながら呟き、その後に私物の鞄から紙を取り出すと羽根ペンを使用して異形の敵の戦術展開に関するレポートを書き記し始めた。

後にカーラが纏め編集したアイリスの戦術に関するレポートはその他書簡と共に取り纏められた上で『戦争論』と名されて出版され、アイリスの戦術を分析、実践したフレデリカ・デア・グロッセの戦術とそれも含めて分析、体系化したこの書簡は後にアイリス・ドクトリンと呼ばれる事になり、十字教関係者に忌み嫌われながらもアイリスの星型要塞と共に広く伝播して行く事となるのであった。

秋深まる葡萄の月を迎え、フレデリカとカーラがアイリスの戦術に触れ、学び、分析し始めた頃、増強なったヴァイスブルク派遣軍は二度に渡り潰滅してしまった陣営の再建を三度企図して偵察隊の派遣を実施する事を確定し、偵察隊は翌日の出発を目指して準備を開始していた。



秋深まる葡萄の月の初日、高まる外圧に晒されるクリストローゼ侯国の若き当主、フレデリカとアウエルシュタット男爵領国軍第三騎士団長、カーラ・フォン・クラウゼヴィッツはヴァイスブルク周辺での異様な戦闘の経緯に触れ、そこに展開される巧みな戦術展開に惹き込まれながら迫る外圧に抗う為、飽くなき探究心を満たす為、アイリスの戦術展開を学び、分析し、己の一助とする為に貪欲に資料を読み進め分析していった。

アイリスの展開を分析、実践したと両者を始祖とした書簡は後にアイリス・ドクトリンと呼ばれる様になり、十字教関係者の忌み嫌われながら広く伝播していきこの世界の戦術戦略構想に多大な影響を及ぼして行く事となる。

一方、増強なったヴァイスブルク派遣軍はに度に渡り潰滅した陣営の三度目の構築を目指して偵察隊の発進を企図し、偵察隊は翌日の出立に向けて準備を整え始めていた。

異形の星型要塞、フェルト・ヘルン・ハレを巡る最初の攻防戦、第一次フェルト・ヘルン・ハレ攻防戦の開幕が迫り、ヴァイスブルクの森に新たな惨劇が発生しようとしていた……

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