城塞(ツィタデレ)作戦・迫る戦雲
シャーマン隊は来ないとたかを括り
南軍兵士は皆驕る
北軍来たるを知らぬまま
我等が征くはジョージア
フラー!フラー!喜び歌え
フラー!フラー!自由の歌を
歌声は響くアトランタの地から
我等が征くはジョージア
ジョージア行進曲・四番歌詞(日本語訳)
大陸歴438年観月の月三十日・ヴァイスブルク城
第三近衛騎士団と第九騎士団の本国帰還による戦力低下を補う為の大規模増援、その最後の部隊であるツェントラル同盟の派遣した3個騎士団からなる増援部隊はエルヴィーナの指揮するイエナ伯国軍第七騎士団を先陣としてヴァイスブルクへ到着し、軍楽隊が歓迎の行進曲を軽やかに奏でる中ヴァイスブルク派遣軍の将兵達と上層部の見守る中粛々とヴァイスブルク場前を進んでいた。
3個騎士団3000名からなる最後の増援部隊は歓声と行進曲の軽やかな音色が舞う中を粛々と進み、ミスティリアはレミリアナと共にその様子を眺めていた。
ミスティリアとレミリアナが前進するツェントラル同盟の部隊を眺めていると数羽の鳥が木々に止まり羽を休め始め、レミリアナはその様子を一瞥した後に小声でミスティリアに話しかける。
「……ミスティリア様、この援軍到着の情報ですが」
「……せやな、十中八九気付かれとるわ、かなわんなあ、鳥や動物に紛れ込まれたら手の施し様が無いんやけど、近付く鳥やら何やら皆射ち落とす訳にはいかんし、おまけにこんな妙な物まで出て来とるし」
レミリアナに声をかけられたミスティリアはぼやく様に呟きながら昨夜宿営地の付近で遭遇し切断した蠢く蔦(葛龍の吸血蔦)の残骸を手に掲げ、レミリアナは小さく頷いた後に厳しい表情でミスティリアに問いかける。
「……この植物の正体はまだ?」
「……吸血若しくは食獣植物の蔦なんやとは思うんやけど、この辺りにはそんな物騒な物生えとらんし、何より既存の奴は精々100メルス程度位しか蔦を伸ばせんけど徹底的に捜索させた結果本体の痕跡すら見つけられへんかった、恐らくやけど数百メルス、下手したらリークすら超える位伸ばせるんかもしれんなあ、ホンマ厄介極まりない敵やで」
ミスティリアはレミリアナの問いに答えた後にぼやく様に呟き、レミリアナは頷きながら言葉を続ける。
「……鳥や小動物に擬態した使い魔をヴァイスブルクの森全体に散らばらせ情報を収集する、敵の巧みな動きは徹底した情報収集により此方の戦力配備を掴んでいる事も大きな要因の1つと推測されます、ですが、対処は困難と言わざるを得ません、森に散らばる鳥や小動物に擬態した使い魔を全て排除するのは不可能に近く、排除すれば排除したで敵に此方が行動している事を察知されてしまいます」
「……そして、鳥や小動物に擬態させた多数の使い魔を半自律的に行動させるなんてデタラメな魔法、少なくとも現在の魔法学では御伽噺レベルの話や、まあ、これで、第三者の介入自体は確定的になった訳やけど問題はその正体や、高い魔力と魔法学に精通したウィッチ族のクリストローゼ侯国なら有り得なくは無い話やとロジナの連中は判断したんやろうけど、生きたまま氷漬けにした初代アホを王国首都の首脳陣の所へ転位させたり、見たこと無い大型モンスター使役したり、大量のアンデッドを組織運用するなんて事までしとるんやで、明らかに異質で異常過ぎるわ」
レミリアナの懸念の言葉を受けたミスティリアは渋い表情で言葉を返し、それから一拍の間を置いた後に渋い表情のまま言葉を続ける。
「……ウチが気になるんは、この偵察活動が何時から始まっとるんかや、エルヴィーナはんに言われて気をつける様になってから不審な鳥やら小動物やらに気付いたんやけどエルヴィーナはんが言うにはウチ等との初会合の時には変に思わんかった言うとるんよ、せやからここら辺を偵察し始めたんは極最近の可能性がある、つまりは」
「……敵の行動範囲が増大している可能性がある、と言う事ですね」
ミスティリアの危惧の言葉を受けたレミリアナは厳しい表情を浮かべたまま呟き、それからミスティリアとレミリアナは厳しい表情を浮かべたまま粛々と進む、ツェントラル同盟の部隊を見守った。
フェルト・ヘルン・ハレ
ツェントラル同盟の部隊到着とそれを眺めるミスティリアとレミリアナの様子は使い魔達によってアイリス達の所へ送られており、アイリスはミリアリアやリリアーナ、カッツバッハ、サララ、クーリアと共にその様子を確認していた。
「……葛龍の蔦の切れ端を持っているし、一部の部隊の宿営地で装備品や食料なんかの備蓄場所が布や網なんかで覆われ始めてる、リステバルスの滅龍騎士さん達はこっちの偵察活動に気付いてるわね、敵軍全体まではその動きが普及していないから情報が共有されて無いか、伝達された他の部隊が面倒がってやってないかまでは判断出来ないけど、これからは偵察活動もやり難くなってきそうね」
アイリスは葛龍の吸血蔦の切れ端を手に前進するツェントラル同盟の部隊を見守るミスティリアの様子を一瞥した後に思案顔になりながら呟き、その後に傍らのミリアリアに視線を向けて問いかける。
「……イエナ伯国軍の他の部隊がどこの部隊か判る?」
「……旗印からアウエルシュタット男爵領国軍もルウム子爵領国軍の部隊だな、アウエルシュタット男爵領国はイエナ伯国の隣国でルウム子爵領国はイエナ伯国と縁戚にある、ツェントラル同盟で部隊を出す場合は今回の様にある程度親密な関係の国が合同で部隊を派遣させる事になっている、と言ってもツェントラル同盟は基本的に商業同盟なので各国は1個騎士団程度を派遣する事が多いな」
アイリスの問いかけを受けたミリアリアは前進するツェントラル同盟の部隊を注視しながら返答し、アイリスが頷いているとケンプが天幕に入室して深く一礼した後に口を開く。
……アイリス様、各部隊所定ノ配置ニ展開完了致シマシタ、周囲ノパトロールハ第一戦闘偵察大隊ノジンベルヴォルフ隊ガ実施シテオリマス……
「……そう、御苦労様、これより巡検を実施させて貰うわね」
……承知致シマシタ……
ケンプの報告を受けたアイリスは鷹揚に頷きながら返答し、報告を終えたケンプが恭しく一礼した後に退出したのを確認した後に一同を見渡しながら言葉を続ける。
「……作業を一同中断して検閲に入るわ、各指揮官も一度自隊に戻って頂戴」
アイリスの言葉を受けたカッツバッハ、サララ、クーリアは小さく頷いた後に敬礼してアイリスの前から退出し、アイリスがその背中を見送っているとリリアーナが山林檎の果実水の満たされたグラスを乗せたトレイを手にアイリスに声をかける。
「……他の皆様の準備が整うまで一息入れられては如何でしょうか?」
「……そうね、そうさせて貰おうかしら、準備が整ったら報せて頂戴」
リリアーナの言葉を受けたアイリスは小さく頷きながら返答し、それを受けたリリアーナはグラスをアイリスとミリアリアの前に置いた後に一礼して退出する。
「粗ごなしだけど敵の増援が到着する迄に完成させる事が出来たわね」
「……ああ、そうだな、敵の援軍も相当な規模だが、この要塞も相当な堅城に仕上がったな」
アイリスがグラスに手を伸ばしながらミリアリアに声をかけるとミリアリアも相槌を打ちながらグラスを手に取り、アイリスとミリアリアは穏やかな表情で互いを見詰め合いながらグラスを軽く打ち合わせた。
それからアイリスとミリアリアが果実水で喉を潤しながら会話を交わしていると、リリアーナが再び姿を現して準備が整った事を伝え、それを受けたアイリスは頷きながら立ち上がるとミリアリアとリリアーナを従えて外へと出た。
アイリス達が外に出ると目の前の整地された広場にダス・ライヒのボーンナイト隊が整然と整列してケンプと共にアイリス達を出迎え敬礼し、アイリスは鷹揚に片手を掲げて応じた後に小さく指を鳴らして上空の使い魔が撮影した魔画像を具現化させる。
具現化された魔画像には周囲の木々が伐採整地される中に設置された星型要塞、フェルト・ヘルン・ハレの幾何学的とさえ言える程の外見が映し出されており、アイリスはその出来栄えを上空から確認した後に小さく頷きながら呟きをもらす。
「……うん、突貫工事だけど、外観は中々上手く出来てるわね、後は兵舎なんかの建物の追加と石垣化をやりつつになるけど防御拠点としては概成したと言っても問題無さそうね」
「……ああ、それにしても上空から見るとこの星型要塞の特徴が一目瞭然だな、見事な堅城だ」
アイリスの呟きを聞いたミリアリアはフェルト・ヘルン・ハレが映し出される魔画像を感嘆の表情で見詰めながら相槌を打ち、アイリスら満足気に頷きながら魔画像を消した後にミリアリアを愛し気に見詰めながら言葉を続ける。
「……それじゃあ、今から検閲を始めるわね」
「……あ、ああ、任せてくれ」
アイリスに声をかけられたミリアリアは頬を赤らめながら返答した後にアイリスの魅惑的な肢体を両手で抱え上げ、アイリスはミリアリアの胸元にもたれかかりながら完成したフェルト・ヘルン・ハレの検閲を開始した。
第三近衛騎士団と第九騎士団の本国帰還を補填する為の形振り構わぬ戦力増強の最終便であるツェントラル同盟の部隊到着と、それに応じる様に突貫工事で完成した異形の星型要塞、フェルト・ヘルン・ハレ、比較的に平穏な観月の月が過ぎ去り、新たに始まるのは秋の深まる実りの月、クリストローゼ侯国侵攻作戦バグラチオンの歯車が進み続ける中、仮初の平穏に包まれていたヴァイスブルクにも新たな戦雲が迫っていた。
観月の月の最終日、観月の月三十日、ヴァイスブルク派遣軍に行われていた形振り構わぬ戦力増強の最終便たるツェントラル同盟の連合部隊がエルヴィーナ率いるイエナ伯国軍第七騎士団を先頭にヴァイスブルクに到着し、相次ぐ増援にヴァイスブルク派遣軍の将兵は諸手を挙げてその到着を歓迎する中、ミスティリアとレミリアナはアイリスの行っている入念な偵察活動の一端を掌握し、その周到さに不安を抱きながら到着したツェントラル同盟の部隊を見守っていた。
一方、城塞作戦の最大の目標である防御拠点、フェルト・ヘルン・ハレも突貫工事の末に概成の時を迎え、アイリスはその出来栄えに満足しつつミリアリアと共に完成したフェルト・ヘルン・ハレの検閲を行っていた。
ヴァイスブルク派遣軍への最後の増援部隊到着とアイリスの造り上げた異形の星型要塞、フェルト・ヘルン・ハレの完成、それは来たるべき実りの月に迫り来る新たな戦雲の象徴であった……