城塞(ツィタデレ)作戦・新たな脅威
名誉の旗は風に揺れて
久方ぶり掲げられる
祝えや歓喜に頬濡らし
我等が征くはジョージア
フラー!フラー!喜び歌え
フラー!フラー!自由の旗を
歌声は響くアトランタの地から
我等が征くはジョージア
大陸歴438年・観月の月二十三日ヴァイスブルク近郊・リステバルス王国軍第一魔導士団宿営地
城塞作戦が動き始め、防御拠点フェルト・ヘルン・ハレ構築とヴァイスブルク偵察活動が開始された観月の月二十三日の昼、ミスティリアはアハートエーベネと再び調整業務の為ヴァイスブルク男爵領国を訪問したエルヴィーナを昼食に誘い、団本部の大型天幕にてレミリアナを加えた4名でテーブルを囲んでいた。
「……エルヴィーナはんもアハートエーベネはんもよお来てくれはりましたね、ウチ等の総司令官中々アレやから気ぃっ張ってしょうがないから来て貰おてホンマに嬉しいわぁっ」
「……いえ、こちらこそお誘い頂き感謝致しますミスティリア様、あの司令官の下での御苦労お察しします、私としても歴戦の勇士で滅龍騎士のミスティリア殿や滅龍騎士のアハートエーベネ殿が居られる事は大変心強いです」
「……私からもお誘いに感謝申し上げますミスティリア様、ミスティリア様や戦巧者で神出鬼没な戦いぶりから幽霊騎士団の異名を誇るイエナ伯国軍第七騎士団長のエルヴィーナ様の御参加はスティリア様やリーリャ様の本国帰還や度重なる損害による戦力低下を補填し得る吉報です……あの司令官は気になりますが、それでも御二人の参加は喜ばしく思います」
ミスティリアに声をかけられたエルヴィーナとアハートエーベネが穏やかな表情で言葉を返していると、レミリアナが鶏肉と川手長海老と野菜をトマトで煮込んだ料理を皿に盛りつけ、ミスティリアは苦笑を浮かべてレミリアナを一瞥した後に言葉を続けた。
「……ウチ結構ズボラで研究没頭したりしたら碌な食事せん事も珍ししゅうのうてな、そんな時にレミが有り合わせの物煮込んでこれ作ってくれたんやけど、これが意外にイケてな、そんで作って貰った時の研究も成功しもんでその後も験担ぎでちょくちょく食べとったん、やけど滅龍騎士になる古成体をマレンゴで討伐する前にも食べて討伐成功したんでウチはそれ以来この料理をマレンゴ風煮込み言うて食べとるんよ」
「……それは吉兆なメニューですね、私達の験担ぎにもなれば良いのですが、中々良い匂いで験担ぎ関係無く食べていきたいですね」
「……レミリアナさん、後でレシピを教えて頂けますか、ルシーに教えたいので」
ミスティリアが見慣れぬメニュー、鶏のマレンゴ風煮込みの説明を行うとアハートエーベネとエルヴィーナが食欲を唆る匂いに相好を崩しながら感想を述べ、レミリアナが微笑みながらエルヴィーナの言葉に頷いて自分の席に座るとミスティリアが表情を引き締めながら口を開いた。
「……アハートエーベネはん、これまでの戦闘の経緯や展開、読ませて貰うたわ……この敵、恐ろしいわぁっ、正直底が全く見えへん」
ミスティリアの真剣な表情と言葉を受けた一同は同じ様に表情を鋭くさせながら頷き、その後にエルヴィーナが真剣な表情で口を開く。
「……私も同じ意見です、同時多発的で様々な戦力を組み合わせて統制が取た攻撃、魔龍すら作戦の歯車に組み込んでいるとしか思えない作戦展開、有力な支隊で我々の動きを拘束し、その間に主目標を全力で叩く、敵ながら洗練された見事な用兵と言わざるを得ません、アンデッドが主力なのは恐らく我軍の死体を利用して戦力を増加させる為だと思われます、その証拠に我軍の損害に比例する様に敵の攻撃規模が増大している様に見えます」
「……私もエルヴィーナ様の意見に賛同します、最初は大隊規模の陣営に対する奇襲攻撃でしたが、啄木鳥作戦の際は万を超える三国連合軍に対する大規模奇襲作戦でした、そして現在に至るまでの我軍の損害と見るべき戦果がほぼ皆無な状況を鑑みれば敵の規模は10000は優に超え20000近い可能性すらあります、アンデッド部隊に加え装甲火蜥蜴、ブラッディマンティス、レッサーヒュドラ、ジンベルヴォルフ等の大型モンスターに魔龍、更に最低でも成体クラス以上の龍に比肩し得る可能性のある未知の大型モンスター複数の存在も確認されており、此方から軽々に攻撃を仕掛けるのは危険を通り越して無謀の域に近付いていると思われます」
エルヴィーナに続いてアハートエーベネも厳しい表情を浮かべてミスティリアの意見に賛同し、ミスティリアは小さく頷いた後の難しい顔付きになりながら言葉を続ける。
「……正直言うとウチ等の国はこの地域に何の利害関係もあらへんし、リステバルス皇国亡の残党云々の話にしてもそもそも戦死した言う話やったのにいきなり生きとった言われたんよ、アレな王国首脳陣の連中がいきなり9000もの大軍派遣させた思うたら部隊は壊滅して総司令官なのにダンジョン突っ込んだ魔導局長閣下は王国首脳陣の目の前で木っ端微塵、そこで辞めれば良いのに、完全に頭に血が昇った王国首脳陣がアレを総司令官に今度は20000もの大軍派遣を命令して来てみればこのあっきらかに面倒な敵情、ホンマに貧乏籤引いてもうた気分やわ、最初の方から駐留しとったアハートエーベネはんには悪いんやけど」
「……お気になさらず、私自身似たような感想を抱いておりますので」
ミスティリアのぼやきと謝罪を聞いたアハートエーベネは苦笑を浮かべながら返答し、そのやり取りを聞いていたエルヴィーナも苦笑と共に口を開いた。
「……私も正直貧乏籤を引いてしまったと思いますが、既にリステバルス王国軍は到着し、我々ツェントラル同盟の部隊も今月末には到着します、これまでの戦歴を鑑みれば地理不案内なヴァイスブルクの森での作戦行動は危険と言わざるを得ません、ヴァイスブルク周辺で守りを固め、ロジナ侯国の新たな大規模軍事作戦の行方を見守るのが定石だと思いますが、アレが大人しくしてくれる事を祈るしか無いですね……期待薄な気がしますが」
「……ああ〜無理やわ、アレが大人しゅうしとるなんて天地がひっくり返ってもあり得へんわぁっ、アレが大人しゅうせん方にレミの魂賭けれるわぁっ」
「……賭けられる事自体に異論はございませんがミスティリア様にノーリクスのベッドになってますよ」
エルヴィーナの希望的観測の言葉を受けたミスティリアは天を仰いでそれを否定する言葉を発し、もらい事故の様に巻き込まれたレミリアナはジト目になりながら抗議の声をあげ、息の合ったやり取りを目にしたエルヴィーナとアハートエーベネが思わず吹き出しかけると、ミスティリアが笑みを浮かべながら2人に声をかける。
「……まあ、ウチの司令官がアレなんはもうどうしようもあらへんけど、エルヴィーナはんやアハートエーベネはんみたいな女等もおるからそう悲観せんでもええかもしれへんし、折角のウチの験担ぎメニューが冷めてもうたらあかんし、取り敢えず楽しく食事せえへん?」
ミスティリアの笑みと言葉を受けたエルヴィーナとアハートエーベネは笑みを浮かべて頷き、それから一同は食欲を唆る香りを放つ鶏肉のマレンゴ風煮込みを談笑混じりに堪能した。
その頃、第一魔導士団の宿営地は昼餉の時を迎えて将兵達にも鶏肉のマレンゴ風煮込みが振る舞われており、束の間の憩いの一時を過ごす宿営地の周辺には数羽の雲雀やナイチンゲールが飛び交い、木々に止まりながら無機質機な硝子玉の様な眼で宿営地の様子を窺っていた。
フェルト・ヘルン・ハレ建築現場・本部
雲雀やナイチンゲールに擬態した使い魔達が観測する第一魔導士団の宿営地の様子はフェルト・ヘルン・ハレの構築作業が進む陣営跡地の一角に設けられたアイリスの利用する大型天幕へと送られ、アイリスは渋い表情を浮かべて第一魔導士団の宿営地の映像が映された魔画像を見詰めながら同席して情報の分析作業を行っていたサララに声をかける。
「……あたしの記憶が正しければ頭号部隊は結構精鋭部隊の筈なんだけど、何かの間違いで間違ってたりしてくれてないかしら?」
「……残念ですが、第一魔導士団は精鋭部隊です、そして指揮する第一魔導士団長、ミスティリア・ド・ティベリウスは滅龍騎士でもある歴戦の勇者です、その従兵のレミリアナ・ハドリアヌスも勇猛な戦士で有名です」
「……アイリス様、非常に申しあげ難いのですが、先程本部に入って行った女性はイエナ伯国軍第七騎士団長のエルヴィーナ・ロンメルです、彼女は戦巧者として有名で彼女の指揮する第七騎士団はその神出鬼没の戦いぶりから幽霊騎士団の異名を誇るツェントラル同盟屈指の騎士団です」
アイリスに声をかけられたサララが厳しい表情でアイリスの願望を比定すると、サララ同様情報の分析の為同席していたカッツバッハが同じ様に厳しい表情でエルヴィーナの情報を伝え、アイリスはげんなりとした表情になりながら傍らに座るミリアリアに声をかける。
「……ラステンブルクの滅龍騎士も居るし、これにロジナのお姫様と魔曲騎士団まで加わるのかしら?面倒くさくなりそうな予感しかしないんだけど……」
「……どう、だろうな?」
アイリスの言葉を受けたミリアリアは思案顔になりながらサララとカッツバッハと視線を向け、サララとカッツバッハも同じ様に難しい表情になって他の使い魔達が送ってきた魔画像を見ながら口を開く。
「……第一魔導士を発見した宿営地は本来、ロジナ侯国の第三近衛騎士団が駐留していた宿営地との事前情報がありましたが、実際には第一魔導士団と第四魔導士団が駐留していました、これは近衛騎士団の規模が大きく2個魔導士団を駐留させるキャパシティがあった為と思われます、移動させたのならば他の使い魔達に捜索網にかかる筈ですが発見は出来ていません、リステバルス王国の部隊はかなり発見され20000近い規模と推察されますが、一方、ラステンブルク伯国軍は1個猟兵団規模の部隊しか確認出来ず、スティリア・フォン・ロジナ率いる第三近衛騎士団も魔曲騎士団も事前情報の宿営地で発見出来ず代わりにリステバルス王国の部隊が発見されています、現状の情報だけで判断するのは早計ですが、両部隊は本国若しくは他の正面に転進しその補填としてリステバルス王国の部隊が入ったと考えるのが自然と思われます」
「……私もサララ殿の意見に賛同します、理由として第三近衛騎士団と魔曲騎士団長以外のロジナの部隊は概ね事前情報通りの宿営地に存在していたのに対して両部隊のみ存在が確認されていない点、リステバルス王国軍は相当の規模で複数の宿営地が新設されているにも関わらずまだ幾つか新たな宿営地らしき箇所が整備されていましたが、エルヴィーナ・ロンメルの存在からそれらはツェントラル同盟から派遣される部隊が使用すると思われ、確認出来る範囲内の話ではありますが両部隊が駐留する宿営地の存在が確認出来ていない点、そして明らかに急速錬成による水増し増強と思わ れますがヴァイスブルク男爵領国軍が恐らく5個騎士団態勢を確立した事が確認される等、多くの情報が確認されているにも関わらず両部隊に関する情報だけが全く確認出来ていない点等から両部隊は既にヴァイスブルクから転進し、その補填の為戦力を大幅かつ強引に増強している可能性が高いと思われす」
カッツバッハとサララは使い魔達から送られる魔画像を精査しながら自分達の所感を伝え、それを聞いたアイリスは思案顔で頷くと形の良い眉を潜めさせながら口を開く。
「……ロジナのお姫様と魔曲騎士団の行方も気になるけどそれを別にしても敵の増援が相当の規模なのは確認出来たわね、今の所此方に積極攻勢をかけてくる気配は少なそうだし、変にちょっかいかけて過剰反応されても面倒だから襲撃計画については中止して偵察活動を徹底しつつフェルト・ヘルン・ハレの完成に全力を尽くした方が無難そうね」
アイリスの言葉を受けたミリアリア、カッツバッハ、サララは鋭い表情で頷いて賛意を示し、アイリスはそれを確認した後に鶏肉のマレンゴ風煮込みを食べる第一魔導士団の魔画像に視線を向けて呟きをもらす。
「……リステバルスの滅龍騎士に幽霊騎士団の団長に、20000以上の援軍、そしてロジナのお姫様と魔曲騎士団の行方が不明、面倒くさそうな情報だらけでげんなりしちゃうわね、収穫はこの美味しそうなお料理位ね」
「……あの料理はミスティリアが滅龍騎士となるマレンゴに出現した古成体の龍を討伐する前夜に食べた創作料理ですね、それまでも食べていたのですが討伐以降は鶏肉のマレンゴ風煮込みと本人が呼んで時折振る舞う様になりました、と言っても当の本人の料理の腕は潰滅的なので作っているのは従兵のレミリアナになりますが、空覚えですが材料とざっくりとしたレシピなら覚えています」
「……そうなの、なら今度作ってみようかしら、少し位は収穫を得たいし」
アイリスの呟きを聞いたサララは苦笑しながらアイリスに声をかけ、アイリスはそう言葉を返した後にミリアリア達と共に使い魔達の収集した情報の確認作業を再開した。
フェルト・ヘルン・ハレの建築が開始された頃、ヴァイスブルク近郊に宿営するリステバルス王国軍の第一魔導士団本部では団長のミスティリアと従兵のレミリアナがアハートエーベネと再度ヴァイスブルクを訪問していたエルヴィーナを招いた昼食会を催した。
その席上に置いてヴァイスブルク陥落から現在に至るまでの戦況の確認作業がおこなわれ、ミスティリアとエルヴィーナはヴァイスブルクの森に潜む正体不明の敵の能力と規模に警戒を抱き、その状況とリステバルス王国軍を率いるバジリスコスの短慮な性格と行動に深い懸念を感じてしまう。
一方、ヴァイスブルク近郊に到達した使い魔達の偵察活動によりミスティリアとエルヴィーナの存在を確認したアイリスは大規模なリステバルス王国軍の規模とミスティリアとエルヴィーナの存在、そしてスティリアと魔曲騎士団の存在が掴めない事等からヴァイスブルクに対する襲撃活動は実施せず偵察活動とフェルト・ヘルン・ハレの構築に全力を傾注する事を決意した……