城塞(ツィタデレ)作戦・発動
吹き鳴らせビューグルを歌と共に
魂震わす北軍歌
数多の兵士と声合わせ
我等が征くはジョージア
フラー!フラー!喜び歌え
フラー!フラー!自由の歌を
歌声は響くアトランタの地から
我等が征くはジョージア
ジョージア行進曲・一番歌詞(日本語訳)
大陸歴438年・観月の月二十二日・ダンジョン周辺
防御拠点構築とヴァイスブルクへの偵察活動を主目的とした作戦、城塞作戦発動当日、ダンジョン周辺にはアイリスの転位魔法によって展開した異形の軍勢が集結して進発の時を待ち受けていた。
ヴァイスブルク伯国亡命政権より派遣された女エルフ騎士達とリステバルス皇国亡命政権より派遣された狐人族の女兵士達、そしてクーリア率いる女戦士達も各々の指揮官達の所に集まりその時を待ち、総指揮官のアイリスは随伴するミリアリアやリリアーナと共に見送りに来たマリーカやアイリーン、エメラーダ達の所で出撃前の挨拶を交わしていた。
「……それじゃあ、行ってくるわね、今月一杯はかかる予定だから、留守は頼むわね」
「……承知致しました、行ってらっしゃいませ、アイリス様」
「……皆様の御無事を御祈りしておりますわ」
「……御出発前に農耕エリアの進捗状況を報告致します農工エリアでの小麦の生育は順調ですわ、また、別区画で実施した玉蜀黍の生育も順調で来月には収穫可能の予定となっておりますわ」
アイリスに声をかけられたマリーカとアイリーンが深く頭を垂れながら返答したのに続いてエメラーダが農耕エリアでの作物の生育状況に関する朗報を伝え、それを聞いたアイリスは穏やかな笑みを浮かべて頷きながら口を開いた。
「……それは朗報ね、持久態勢の確立に向けた大きな一歩だわ、来月が楽しみだわ……それじゃあ、行ってくるわね」
アイリスが改めてマリーカ達に出立を告げるとマリーカ達は深々と頭を垂れる事で応じ、アイリスはそれを確認した後に傍らに控えるミリアリアに視線を向けて穏やか表情で声をかける。
「……ミリア、お願い出来る?」
「……あ、ああ、お安い御用だ」
アイリスに声をかけられたミリアリアは頬を赤らめながら応じた後にアイリスの身体を両手で抱え上げ、アイリスは嬉しそうに微笑んだ後に後方で控えているグノーベルスドルフに声をかける。
「……それじゃあ、行きましょう」
……承知致シマシタ……
アイリスに声をかけられたクノーベルスドルフは恭しく一礼しながら返答した後に前進開始を命じ、それと同時に異形の軍勢は粛々と前進を開始した。
部隊の先遣部隊として第一戦闘偵察大隊の偵察中隊のジンベルヴォルフが軽やかに駆け出して木々の合間に消えて行くのに続いて死霊連隊のボーンウォーリア隊が粛々と進み始め、それを確認したヴァイスブルク伯国亡命政権軍とリステバルス皇国亡命政権軍もカッツバッハとサララの号令により動き始めて異形の軍勢の軍列へ加わり歩き始めた。
アイリスがミリアリアに抱え上げられたまま進撃を開始した異形の軍勢を見守っていると、LSSAの駆逐中隊から派遣された最も巨大で戦闘能力の高いダークマンティスがアイリスとミリアリアの騎乗用として天蓋付きのリクライニング式の背凭れ付きの鞍を装着した状態で近付き、それを確認したミリアリアは名残惜しさを感じながらアイリスを地面に降ろした後に軽やかな身のこなしでダークマンティスに乗り込み鞍へと乗り込んだ。
ミリアリアが乗り込んだのを確認したアイリスは自分もダークマンティスの背中に乗り込むとニコニコしながらミリアリアを見詰め、ミリアリアは笹穂耳まで真っ赤になりながらぎこちない表情で自身の太腿をポンポンと叩いて見せた。
ミリアリアの行動を目にしたアイリスはニコニコしながらミリアリアの太腿に跨ると、ゆっくりと背中をミリアリアの上体に預け、ミリアリアがもたれかかるアイリスの身体を包み込む様に抱き止めた後にダークマンティスの頸部に装着された手綱を手に取った。
ミリアリアが手綱を手に取るとダークマンティスはゆっくりと身体を起こして動き始め、護衛として随伴するダス・ライヒのボーンナイト中隊も追随して進軍を開始した。
マリーカ達は粛々と前進を開始した異形の軍勢に対して恭しく送別の一礼を送り、異形の軍列はそれに送られながら粛々と前進を続けて木々の合間へと消えて行った。
数時間後・陣営跡地
進発した異形の軍勢は適宜小休止と中食を兼ねた大休止を挟みながら順調に軍旅を進め、陽が中天を大きく越えて秋の黄昏に向けての周囲の影が大きく伸び始めた頃合に2度に渡る大規模戦闘の痕跡が残る陣営跡地に到着した。
尖兵として前進していた第一戦闘偵察大隊のジンベルヴォルフ隊とブラッディマンティス隊が確保し周囲を警戒する中、到着した第二死霊連隊のボーンウォーリア隊とリステバルス皇国亡命政権軍は跡地に入り簡易テントによる簡易宿泊所の建設を始め、その作業中にも各隊が到着して前もって定められた区割りに従って各々の宿泊準備を開始していった。
宿泊準備が進められる中、サララ、カッツバッハ、クーリアはダークマンティスに搭乗して到着したアイリスとミリアリアの下に向かい、アイリスはミリアリアとリリアーナにクノーベルスドルフ、マイヤー、プリマー、ケンプも招集してダス・ライヒのボーンナイト隊が展張した大型天幕にて今後の方針に向けた協議を開始した。
「……無事に到着出来たみたいだし、簡易宿泊施設と簡易待機施設の設営と並行して仮設の陣営設営と周辺の警戒を行うわね、警戒は第一戦闘偵察大隊と第一駆逐大隊が行い、各死霊連隊主力は四周に木柵と逆茂木を構築、設置して頂戴、それと並行してワイト隊及び各死霊連隊から1個大隊を派遣し即応部隊を編成し、巡回パトロールを行いつつ予備隊として待機して貰う事になるわ」
……承知致シマシタ、直チニ行動ニカカリマス……
アイリスの指示を受けたクノーベルスドルフは一礼しながら返答し、アイリスは頷いた後に視線をカッツバッハ、サララ、クーリアに向けて言葉を続ける。
「……貴女達には採取と薪集めをお願いするわ、食事自体はダンジョンで温食を作って貰って転位魔法で運んで貰うけど食料や薪はストックしておくにこした事は無いから頼むわね」
アイリスに声をかけられたカッツバッハ達が頷いていると分裂した吸血球数個と付近の地中に潜んだ葛龍の伸ばした吸血蔦が1本アイリスの傍らに姿を現し、アイリスはそれを一瞥した後に傍らのミリアリアとリリアーナに視線を向けて言葉を続けた。
「……吸血球獣と葛龍も展開を終了して吸血球と吸血蔦を四方に展開させて警戒と監視を行わせているわ、明日になったらリリアーナは部隊を指揮して防御拠点の構築作業を開始し、あたしとミリアリアは吸血球と吸血蔦、使い魔達を利用してヴァイスブルク方面に対する偵察活動を本格化させて行く事になるわ」
アイリスの言葉を受けたミリアリアとリリアーナは頷く事でそれに応じ、それを確認したアイリスは小さく頷いた後に一同を見渡しながら最終的な命令を下す。
「……取り敢えず今日の行動はそんな所ね、これから暫くはこの地に駐留して防御拠点の構築とヴァイスブルク方面への偵察活動を実施して行くわ、作業が終わったら各自は明日に備えてゆっくりと身体を休めて頂戴ね」
アイリスの言葉を受けた一同は大きく頷いた後に部隊にアイリスの指示を伝える為に退室し、アイリスはそれを見送った後に軽く伸びをして身体を解しながらミリアリアに声をかける。
「……それじゃあ、あたし達は少し休ませて貰いましょう、ミリアも採取に参加するんでしょ?」
「……ああ、そのつもりだが、それまでアイリスの言う通り少し休ませて貰うとしよう」
アイリスに声をかけられたミリアリアは穏やかな表情で返答しながらアイリスと向き合う形でテーブルを囲み、その様子を目にしたリリアーナは微笑みながら収納魔法で収納していた水筒と木のコップを取り出し、コップに適度に冷やされた果実水を注いだ後に一礼して大型天幕から退室して行った。
城塞作戦開始当日、アイリス率いる異形の軍勢はマリーカとアイリーン達に見送られてダンジョンを出発し、順調に軍旅を進めた末にアイリス達の勝利の象徴とも言うべきロジナ侯国軍の陣営跡地に到着した。
到着した異形の軍勢は陣営跡地を仮の陣地として整備する一方、一部の部隊と吸血球獣と葛龍による巡回パトロールによる警戒態勢を構築して明日から始まる防御拠点構築とそれに並行する形でのヴァイスブルク方面への偵察活動実施に備える事となった……