観月・魔王と騎士団長
サウスカロライナが起ち上がり
彼女の手を取るのがアラバマ
続けミシシッピ、ジョージア、フロリダ
はためく麗しの青き旗
フラー!フラー!いざ掲げよ
フラー!一つ星の青き旗
ボニーブルーフラッグ三番歌詞(日本語訳)
大陸歴438年観月の月七日・ダンジョン・マスタールーム
リステバルス王国軍残存部隊の殲滅から数日が経過した観月の月七日、この夜の月は満月であり遥か極東の強国扶桑皇国では観月の月の最初の満月の夜に観月会が行われると言う習わしがあり、アイリーンやエメラーダからその事を聞かされたアイリスは大乗り気で観月会の開催を決定して迎えた当夜、マスタールーム階層では穏やか雰囲気の中観月会が行われていた。
ダンジョンの各居室や食堂等の天井はアイリスの魔力によって天象儀となり蒼く静謐に輝く満月が静かに輝いており、女エルフ達や狐人族の女達は用意された酒肴を嗜みながら思い思いに輝く月を眺めていた。
アイリスはミリアリアやリリアーナと共にマリーカとアイリーンが実施したヴァイスブルク伯国亡命政権首脳陣とリステバルス皇国亡命政権首脳陣の懇親会を兼ねた観月の宴席に参加し談笑しながら暫く酒肴を共にした後にリリアーナをその場に残してミリアリアと共に各所の観月の宴席に顔を見せ、一頻り歓談を楽しんだ後にマスタールームへと移動した。
アイリスとミリアリアはマスタールームに入室すとテーブルに鹵獲品のチーズやベーコン、ヴァイスブルクの森で採取された果実や木の実に鹵獲品の白ワインのボトル2本といった酒肴を並べた後に隣合わせでソファーに腰を降ろし、グラスに白ワインを注ぎ合った後にグラスを手に取った。
「……フフフッ今から2人で楽しくお喋りしましょうね、ミリア」
「……ああ、そうだな」
グラスを手にしたアイリスが嬉しそうに頬を緩めながらミリアリアに声をかけるとミリアリアも穏やか表情でアイリスを見詰めて返答しながらグラスを手に取り、アイリスは微笑みを浮かべて頷いた後に小さく指をパチンッと鳴らした。
アイリスが鳴らした指の音が軽やかに舞うと、マスタールームの天井が天象儀となって静謐な輝きを放つ満月が浮かぶ静寂な月の夜空が映し出され、ミリアリアは感嘆の表情を浮かべて映し出される夜空を見上げながら口を開く。
「……見事な月夜だな、確かに宴席を設けたくなる気持ちも分かるな」
「……本当ね、話を聞いて何だか面白そうだからやってみたけど、この行事思った以上に良さそうね、恒例行事にしても良いかもしれないわね」
ミリアリアの感嘆の呟きを受けたアイリスは相槌を打ちながらグラスをミリアリアの目の前に掲げ、それを確認したミリアリアも小さく頷いた後に手にしたグラスを掲げてアイリスのグラスへと近付けた。
「「乾杯」」
アイリスとミリアリアの口から同時に出た言葉が触れ合うと同時に2つのグラスが軽く触れ合い澄んだ小さな音色が響き、アイリスとミリアリアは穏やかな笑みを交わし合いながらグラスを傾けてスッキリとした甘みの白ワインを喉に流し込んだ。
(……いまだに信じられない時がある、たったの2ヶ月前、私も皆も絶望に包まれていた筈なのに)
ミリアリアはゆったりとした寛ぎスペースのダンジョンルームでアイリスと共にゆったりと観月会を行えている現状に、深い感慨を抱きながら白ワインを嚥下し、アイリスの表情に気付いたアイリスは穏やか眼差しでミリアリアを見詰めながら問いかける。
「……まだ、思い出しちゃうのね?」
「……まだ、2ヶ月しか、経っていないからな、あの頃の我々は1ヶ月の絶望的抗戦に疲れ果て目の前に迫っている亡国の瞬間にもがき続けていた、そして、ヴァイスブルク伯国は地図から消え、私も戦友達の後を追うか、嬲り尽くされていた筈だった」
アイリスの問いを受けたミリアリアは、感慨を噛み締める様に返答し、一度言葉を区切った後に穏やか眼差しでアイリスを見詰めながら言葉を続ける。
「……だが、私はアイリスに出逢う事が出来た、そしてマリーカ様やアイリーン様を救出する事が出来ただけでなく、ヴァイスブルク伯国亡命政権及びリステバルス皇国亡命政権を樹立し三国同盟を締結する事が出来た、ロジナ侯国や売国奴や裏切り者達にも相応の鉄槌を下す事も出来、今、こうして穏やかな時を過ごす事まで出来ている、アイリスは何時も謙遜するが、私達がこうして平穏な時を過ごす事が出来ているのは、紛れも無くアイリスのおかげだ、ありがとうアイリス」
ミリアリアは穏やか眼差しでアイリスを見詰めながら真摯にこれ迄のアイリスの尽力に関する感謝の言葉を告げ、頬を仄かな桜色に染めながらミリアリアの感謝の言葉を受け止めたアイリスは嬉しそうに微笑んでミリアリアを愛し気に見詰めながら言葉を返す。
「……最近のミリアは本当に凄いわ、あたしは魔王の筈なのにミリアの言葉に態度にドキドキさせられ続けてるわ、それに、ミリアもドキドキしてくれてるって教えてくれるのが嬉しいわ、あたしは基本的にミリアが喜んでくれる事を自分の好きな様にしていくだけ、それは変わらないわ、でも、その過程で出来たヴァイスブルク伯国亡命政権も、リステバルス皇国亡命政権も、そして三国同盟も決して蔑ろにしたりするつもりは無いわ、ミリアが喜んでくれる、それは大前提だけど、義理堅くて律儀な彼女達の事、それなりに好ましく思っているもの、だから、これからもミリアやミリアの仲間達と共に歩いていくわ、ありがとう、ミリア、あたしの隣に居てくれて」
アイリスは噛み締める様な口調でミリアリアに告げた後に再びミリアリアの目の前にグラスを掲げ、ミリアリアはアイリスの真摯な言葉に頬を赤らめながら頷いてグラスを掲げてアイリスのグラスに自身のグラスを触れ合せた。
グラスを触れ合わせたアイリスとミリアリアは再びグラスを傾けて喉に白ワインを流し込み、それからアイリスはゆっくりと上体を傾けて甘える様にミリアリアの上体にもたれかかって天井で静謐に輝く蒼い満月を眺め触れ合い身体からミリアリアの温もりと感触を噛み締めながらミリアリアに囁やきかける。
「……こうして、お月見しても良いかしら?」
「……も、勿論だ、わ、私もアイリスにそうして貰うのは、嬉しいからな」
アイリスの囁きを受けたミリアリアは笹穂耳まで朱に染めながら返答した後にテーブルに手を伸ばして木の実を手に取ってアイリスの口元に運び、アイリスは甘く蕩けた表情で小さく口を開けてミリアリアが運んで来てくれた木の実を咥え適度な歯応えと仄かな甘味、咥えた際に触れたミリアリアの指の感触をじっくりと噛み締めた後にテーブルに手を伸ばしてスライスされた山林檎を1切れ摘んでミリアリアの口元へ運び、ミリアリアは頬を真っ赤に染めながらも口を開いてアイリスの差し出した山林檎の切り身を受け止めた。
その後もアイリスとミリアリアは寄り添い上体を触れ合わせあったまま肴と白ワインを互いの口元に運び合いながら天井の蒼き満月を鑑賞し、満月は互いの存在を噛み締め合う2人を見守る様に優しく光り続けていた。
リステバルス王国軍残存部隊の殲滅から数日が経過した観月の月七日、観月の月初めての満月の月夜を迎えたダンジョンでは、アイリーンやエメラーダの情報を基にアイリスが開催した観月会が行われ、ヴァイスブルク伯国亡命政権も、リステバルス皇国亡命政権も、ささやかな宴席を楽しみ、穏やかな時を過ごした。
アイリスとミリアリアは一頻り宴席に参加した後にマスタールームにて2人だけの観月会を行い、ヴァイスブルク陥落から僅か2ヶ月で激変した情勢と、邂逅から今までの互いへの想いを確かめ合いながら穏やかな2人だけの観月会を楽しみ、訪れた束の間の平穏を噛み締め合った……